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7話 細胞が俺に訴えかけているような気がした

 完全に死角だった。

 俺たちは知らない間に何かに後をつけられていた。それも存在気づけないほど静かに。


 女神と歩いていると、俺の後ろで何かが着地する音が聞こえた。森の中だ、木の上からずっと追ってきていたのだろう。俺が振り向こうとしたときには、俺は自分の持っていた荷物――おばあさんからもらった団子だーーを奪い去られていた。一瞬の出来事だった。それを持ったまま、襲撃者はそのまま走り出した。


「待て!」


 そういって俺は襲撃者を追いかける。女神は一緒に走り出さなかった。というよりも俺が走り出した時にはもう女神の姿は見えなくなっていた。「干渉したも個体にしか姿を見せてはいけない」と女神が言っていたことを思い出す。女神はどうやらこの世界のルールに従っているようだ。


 襲撃者はどんどん速度を上げながら森の中を駆け抜けていく。まだその正体がいったい何なのか捉えることができなかった。ただぼんやりとしたシルエットが見えるだけだ。


 荷物の中にはおばあさんの団子が入っている。それだけだったが、おばあさんの思いが詰まった大事な物を手放すわけにはいかなかった。あの中にはおばあさんの思い詰まっている、俺とおばあさんとおじいさんで交わした約束がこもっている。


 森の中の道は,俺にとって想像以上に不慣れだった。歩いているだけでは気にしなかった小さなデコボコも、走るとなると大きな障害となる。俺は障害だらけの森の道を何とか態勢を維持しながら走っていく。襲撃者はそんな俺とは対照的に難なく森の道を駆け抜けていく。それがどこに向かっているのかわからない。ただ、俺を撒くために走り続けているだけかもしれない。とにかく、今できることは襲撃者のシルエットを見逃さずに追いかけることだけだった。


 しばらく走るうちに、自分が全く息を切らしていないことに気が付いた。それなりの時間を走っているはずなのに全く体力が切れる気がしない。思えば、この世界に来て初めて全力を出している。自分の体がどれくらいの身体能力を持っているのかあまり意識して生活していなかった。もう少し速度を上げられるような気がした。まだやれる、と体の細胞が俺に訴えかけているような気がした。


 試しに足を踏ん張ってみる。地面を踏みつける力がぐっと強まる。一歩踏み込んだ時の進む距離が明らかにさっきよりも長くなっていた。体に受ける風の量が強まる。さっきまで走りにくかった地面も自分の足で踏みとどまれるようになっていた。体がこの世界に適応している、その感覚を細胞一つ一つから感じることができた。俺は重心を前に傾けてさらに加速していく。


「もっとやってしまいなさい。力を制御する必要なんてないんだから」と耳元で女神がささやいた。彼女も姿は見せないが共に襲撃者を追っているらしい。


 襲撃者との距離が近づいてくると、ぼんやりとしか見えなかった姿が次第に鮮明になってきた。逃げている襲撃者は二足歩行で走っている。その姿は単なる獣という風には見えなかった。その手と思われる部分には俺の荷物らしき影が見える。まだ距離が遠い。その距離を少しずつ詰めていく。


 走っていくうちに体の中の細胞がが目覚めていくのを感じる。ようやく力を使ってくれたか言わんばかりに活発に体全体が動き始める。俺の意識はただ足を動かすことと、目の前の襲撃者を追うことだけを考えていればよかった。あとは体が勝手にやってくれる。俺の体は前いた世界よりも強くなっている。襲撃者との距離がどんどん近くなっていく。


 視界が目標を捉えた。周りの背景がぼんやりとして、捕まえるべき目標の姿だけがはっきりとその視界に移っている。狩りをしているような感覚だった。もう獲物は手の届く距離まで近づいている、あとは手を伸ばすだけ……。


 最後のひと踏ん張りで俺はその手を伸ばしてみた。

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