6話 なにかはわからないものが俺のことを見つめている
目を覚ました時、女神は俺の隣でずっと起きていた。
俺は広場に差し込む朝の光で目がさめた。孤児院にいた時に外で寝させられたことはあったが、こんな森の中で眠ったことは初めてだった。体には木の根の感覚がある。
「おはよう」と女神は言った。
おはよう、と俺も目をこすりながら言った。正確な時間は分からないが、森の中の朝は家にいた時よりも早いように感じる。俺は体を起こして朝日を差し込んでくる光を見つめる。朝露に反射する光は眩しかった。
俺たちは起き上がって体を伸ばしてみる。森の中はしんとしていて俺たちの声以外に聞こえるものはなかった。ここにいると、この森の中には俺と女神しかいないのではないかと感じてしまう。しかし、実際はそんなことはない。多分、まだほかの生き物も眠っているだけなのだろう。
俺たちはまだ残っていた団子を食べて朝ごはんにした。おばあさんがくれた団子ももう残り少しだ。早めに食べなきゃいけないが、大事にしておきたい。
「これはなかなかのうまいさだな」と女神は団子を頬張りながら言った。その姿葉食べ物を頬張る少女そのものだった。
「女神さまもこういうの食べるんだな」と俺は訊ねてみた。神が俺と同じものを食べるというのがイマイチ実感がわいていなかった。
「まあ、私は管理者だからね。世界に合わせて有形にも無形にもなれるのよ。その世界のルールにあっていればね」と女神は言った。
「それで、この世界では有形の姿でいると?」
「そういうこと。あなたがもともといた世界のルールでは、『神』という存在は無形の存在だったでしょう?人間に干渉しないし、その姿を目に見ることはできない」
俺は元いた世界のことを思い返してみた。たしかに、神なんてものは信じられるものではなかった。そんなものがいるのなら俺の運命だって変わるはずだって考えていた時期もあった。
「それがあの世界のルールだったのよ。でも、この世界は違う。私はこの世界でならあなたたち生き物と同じ姿でいることができる。ーーまあいろいろと制約もあるんだけどね」
「制約?」と俺は訊ねた。
「そう、制約よ。私は管理者ではあるけれど、大本のルールは世界自体が持っているのよ」
「具体的には?」
「この世界で言うならば、私は自らが干渉した個体にしか姿を見せてはいけないの。もし、何の関係のない者に見られてしまったら大変なの」
ふうん、と俺は言った。女神もいろいろと面倒なことが多いみたいだ。
女神はそれ以上の制約については話そうとしてくれなかった。
「話せないことも多いのよ」と女神は言った。それがいたずらなのか、本気で言っているのか判別するのが俺には難しかった。
軽い朝ご飯をすますと俺たちはまた歩き始めた。おばあさんからもらった荷物を背負って歩き始める。まだ森が静まり返っているうちに出発してしまいたかった。今度は女神も一緒に歩くようだ。
「一人じゃさみしんでしょ?」と女神は笑いながら言った。「それに森の中は危険なことでいっぱいだからね」
「やっぱり危険な生き物が住んでいるのか?」
「まあ、森の生き物たちはいいやつばかりじゃないから。危険な生き物もいる。……最近は獣以外にもなにか住み着いているしね」
女神は顔を曇らせながら言った。俺は集落で聞いたおばさんの話を思い出した。集落から飛び出して言ってしまった男。彼は何を思って「偽りの平穏」なんて言ったのだろうか。
森の中を風が吹き抜けた。生き物たちの活動を伝える朝だ。静まり返っていた森に生き物たちの呼吸が聞こえてくるような気がした。さっき目覚めた時と森の中の雰囲気は明らかに変わっていた。そこにはまた俺らのことを見つめている気配があった。なにかはわからないものが俺のことを見つめている。それが悪意のあるものなのかはよくわからない。
俺と女神はまっすぐに歩き続けた。早くこの森を抜けてしまいたかった。森の出口はまだ見えてこない。
そんな俺たちを背後から何者かが襲い掛かって来た。




