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1話 何が理由であっても許せない

 山の麓まで降りてきた。


 出発した時にはまだ薄暗かった空は、今ではすっかり水色に染まっていた。山の中の木々は紅葉に染まり始め、緑と赤、黄色と鮮やかに彩られていた。この景色を見ていると、なんだか鬼退治に行くというよりかは、軽い旅行に行くのではないかと錯覚してしまう。これは、単なる旅行であって、本当はこの世界には鬼なんていないんじゃないかという考えが頭をよぎる。


 「そんなわけないでしょうが」とどこかから声がした。女神の声だ。声の方向を探してみるが、その主の姿は見つからなかった。どうやら女神は姿を現さず俺の姿をどこかから見ているらしい。俺がこの使命を完遂できるようにどこまでも付いてくるつもりなのだろうか?俺は試しに女神のことを呼んでみるが返事はなかった。なにか姿を見せるための、この世界のルールがあるのかもしれない。


 俺はそのまま道を進んでいく。山の麓には集落がある。あまり行ったことはなかったが、何度か家に集落の人がやって来ることもあったので顔を知っている人もいる。これから鬼退治に行くために挨拶をしておく必要があるだろう。それに、なにか情報を得ることができるかもしれない。


「あら、桃太郎さん」

集落に入ると水の入った桶を持ったおばさんが話しかけきた。近くに流れる川(俺が流れてきた川だ)からくんできたんだろう。恰幅のいい、このおばさんは今日もボロボロの木綿の服を着ながら、元気に働きまわっていた。つい最近子供を産んだと聞いた時には信じることができなかった。彼女からは生命力がオーラとなって体の周りにまとっていた。


「立派な服着てるじゃない。おばあさんから聞いたわよ、あんた鬼退治に出かけるんですって?突然そんなこと言いだすから、おばあさん驚いていたわよ」おばさんは汲んできた水を持ちながら、俺のもとにやって来た。

「そうなんです。どうしても出かけないといけないことになってしまって」

「女神さまからの啓示だっけ?あんたは生まれた時から不思議な子だって言われてたけど、やっぱり不思議な子には不思議なことが起こるものなのね」


 おばさんは俺のことをまじまじと見つめている。おばさんに見つめられているとなにか試されているような感じがした。まるでこのまま取っ組み合いでも始まるんじゃないかとさえ思った。でも、実際にはそんなことは起こらない。俺は、もう行くので挨拶だけしておきたいのだ、をおばさんに伝えた。


「それなら、一度長老さんに挨拶していきなさいよ。あんた会ったことなかったでしょう?」とおばさんは提案してきた。「この集落のちょうど出口のところに、他の家よりちょっと豪華な家があるから寄っていきなさい。きっと何か助言をくれると思うから」

 

 正直、そんなに長老の家に行きたいという気持ではなかったが、有無を言わせぬといった感じで、おばさんに背中を押されながら、長老の家にまで連れていかれることになった。おばさん、恐るべしである。このおばさんを連れていけば鬼退治も楽勝な気がしたが、さすがに恐ろしくて言えなかった。


 集落には家が10軒ほどあった。どの家も藁ぶきの木造の家か、家全てが藁でおおわれている家ばかりであった。あまり裕福層には見えなかった。おじいさんたちの家よりも少し小さい。おじいさんたちはいったいどういう暮らしをしていたんだろうか、とこの家を見ながら考えた。今度帰った時に聞いてみよう。


 集落の中では、どの家でも収穫した作物の仕分けに忙しそうだった。秋、刈入れ時の季節なのだ。

「今が一番大切な季節なのよ。もうすぐ冬がやって来るからね。たくわえがなきゃ死んでしまう」

おばさんは作業中の人々の様子を見ながら言う。そして、寂しげな顔を浮かべながら続けた。

「でも、せっかくたくわえをしたって、鬼が来てしまえばおしまいなのさ。奴らは私らが蓄えた食料さえもたった一日で全部奪いとって行ってしまう。それで鬼たちは生き残れるだろうけど、遺された私たちはどうすればいいっていうのさ?全てを奪いとられた絶望と、これからやって来る冬の辛さを思い浮かべて毎日震えながら生活しなきゃいけないんだよ。私はそんな汚い野郎たちは何が理由であっても許せないね」


 俺を押すおばさんの手は自然と力が入っていた。鬼は確かにいて、この世界に危機をもたらしているのだ。「何が理由であっても許せない」というおばさんの言葉が頭の中で響いた。おばさんに押されていた俺は一歩前に踏み出し、おばさんの方に振り替える。突然のことにおばさんは態勢を少し崩してしまう。重い水を持ちながら、それでも倒れないおばさんはやっぱりすごい。俺はおばさんを見つめながら、集落全体に届くように言った。


「俺は、鬼からこの世界を救うために鬼退治に行ってきます。だから安心して俺の帰りを待っていてください。ここにある作物は全部守りぬいてみせます」


 おばさんの顔ははじめはきょとんとしていたが、だんだんと笑顔に変わっていった。気が付けば集落の人々も俺の方に向いていた。彼らは思い思いに声援を送ってくれた。この人々たちを守るために俺は鬼退治に行くんだ、とはっきりと自分の使命を実感することができた。世界の危機なんてピンとこないけれど、この人々は鬼退治を必要としてくれている。それでいいような気がした。


 「頼んだよ」と言うと、おばさんは俺のそばによって背中を思い切り叩いた。あまりの勢いにうめき声のような低い声を出してしまった。その様子を見て集落の人々は、やりすぎだろ、と笑う。飛び切り重量のある、温かい痛みだった。俺は叩かれたところを抑えながらもう一度歩き始める。


 長老の家はもう目の前だった。


2章が始まりました。桃太郎の成長をお楽しみください。

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