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10話 どれだけ距離が離れようとも

 朝がやってきた。おれはおじいさんと共に日の出の光を浴びながら目を覚ます。空は薄暗さを残しながらも、雲ひとつない空が少しずつ朝日に照らされていた。おばあさんはまだ帰ってきていなかった。


 俺は静かに支度を始める。と言っても、やっぱり準備するものなんてほとんどない。服だってそのままだし、剣などの武器も持っていない。準備するものといえば新しく作った下駄くらいだ。結局俺は手ぶらで鬼退治に出かけることになるんだ。


「すまんのう。本当はもっとしっかりとした準備をしてやりたかったのじゃがのう」おじいさんは申し訳なさそうに俺に言う。

「いいんだよ。突然鬼退治に行くなんて言い出したのは俺なんだし。それに女神さまが俺に行けと言ったんだ。きっと大丈夫に決まっているさ」


 俺はおじいさんを安心させることに努めた。事実、俺は装備が全然ないことをあまり気にしてはいなかった。この世界を管理している女神のことだ。鬼退治に出かけさせるのであれば、それなりの準備はしてくれているのだろう。というか、それくらいしてくれていなければ困る。


 外では、朝日が完全に夜の闇を光でのみこんでいた。絶好の旅立ち日和だった。


 もう旅立たなくてはいけない。なぜだかわからないがそんな気がした。おそらく鬼退治のための使命とやらが俺にささやきかけるようになったのだろう。


「もう行かなきゃ」


 俺は家を出る。おじいさんが前まで送ってくれる。


「婆さんのことは気にするな。きっといなくなる桃太郎の背中が見たくないんじゃ。婆さん、あれで寂しがりじゃからのう」

「必ず帰って来る。そう伝えて」

「うむ」おじいさんは続ける。「桃太郎、忘れるでないぞ。お前は一人でこの世界に生まれてきたかもしれないが、決して孤独なわけではない。どれだけ遠く離れようとも、この山にはお前のことを待っている人が二人、確かにいるんじゃ。距離などは問題ではない。その存在だけで人間は強くも弱くもなれる」


 俺はおじいさんと抱き合った。おじいさんからは薪のにおいが染みついていた。長年山の中で暮らしてきた人だけが身にまとうことができる優しい香りだ。


「おじいさん、ありがとう」


 それじゃあ、と旅立とうとしたとき、背後から大きな声がした。聞き覚えのある大きな声だ。


「太郎ちゃん!」


 声の方向に振り返るとおばあさんが走りながら帰って来ていた。おばあさんは俺のところまで走り抜けると、俺の腰に手を当てながら息を整えている。その息の荒さから、どれくらい走ってきていたのかがうかがえる。


「婆さん、どこに行ってたんじゃ」おじいさんは驚きながら尋ねる。

「山のふもとまで行って太郎ちゃんの準備をしていたんじゃよ」

「ふもとまで?どうしてそこまで……」俺はおばあさんの行動に戸惑ってしまった。

「そりゃあ、太郎ちゃんの鬼退治をカッコ悪いものにするわけにはいかんじゃろう」

「でも、反対しているんじゃ」

「そりゃあ、太郎ちゃんがいなくなるのは寂しい。なんたって初めての息子じゃからのう。しかし、太郎ちゃんの姿を見るたびに、太郎ちゃんは女神さまが与えてくださった子なんじゃって思うのじゃ。だから、その女神さまがいうのであれば、わしらも信じるしかないんじゃないのかと、冷静になってそう思ってしまったんじゃ。だから、だから……」


 そこまで言うと、おばあさんは言葉が続かなくなってしまった。その代わり、俺の浮くを握る力が強くなる。俺は顔をおばあさんに合わせて、はっきりと言った。


「おばあさん、俺は鬼退治をしたら、必ずここに帰って来るから。今度は女神の使命なんてなしに、おばあさんとおじいさんの息子「桃太郎」として。だから、その時まで安心して待っていて」


 おばあさんは涙を流しながら、抱きついてきた。人の温かさをこんなに感じたことは俺は今までなかった事だ。人間というのはこんなにも温かく、離れるときには名残惜しく感じるのか。俺は生まれた世界で感じることのできなかった幸福を、新しい世界の中でようやく手に入れることができたんだ。――だからこそ、この世界を守らなければいけない。この大事な世界を。俺の中の使命に火がついたを確かに感じた。


「そうじゃ、桃太郎、これを持っていけ」そういっておばあさんは包みを俺に渡してくれた。


「これは?」


 俺は包みを開けてみる。そこには白く輝く服が入っていた。今着ている木綿の服なんかとは違う、絹だろうか、高級そうであることだけは確かだった。その外には団子が入っていた。俺の大好きな月見団子だ。


「太郎ちゃんの新しい服じゃよ。私らの着るような服で太郎ちゃんを旅させるのは行けないから、下の集落から貰ってきたのじゃ。早く着てみておくれ」


 服を着てみると、それは俺の体に不思議なほどなじんでいた。まるで最初から俺に着られるために作られていたかのように。やはり女神は、ちゃんと準備をしているらしい。おばあさんはその俺の姿を見て、満足といった感じだった。


「ありがとう、おばあさん。これがあればどこでも心配なさそうだよ!それに、この月見団子もありがとう」

「太郎ちゃん、あんたは立派な子じゃよ。女神さまからの使命は大変かもしれないが、わしらはいつでも太郎ちゃんの味方じゃからね」おばあさんの表情はどこまでも柔らかい。

「うん。ありがとう……行ってくるね」


 俺はもう一度、おじいさんと抱き合った。強く強く抱き合った。もう一度三人の体温を一つに合わせた。俺の体温は二人へ、二人の体温は俺の中へ、それぞれ交し合う。どれだけ距離が離れようとも、この体温は三人の中で生き続けるだろう。


 俺はついに旅立った。おじいさんたちは手を振りながら、どこまでも俺の旅立ちを見送ってくれていた。いつまでもおじいさんたちの声が聞こえるが、その声援は歩を進めるに従って次第に遠くなる。そのさみしさに泣きそうになったが必死にこらえた。俺の本当の目的はこれから始まるのだ。ここで泣くわけにはいかなかった。


 こうして俺は鬼退治の旅に出ることになる。その目的の果てに何があるのかもまだ知らない。それでも俺の中の使命は燃え続けていた。その思いを携えて、俺は山を下って行った。


とりあえず一区切りです。

これから桃太郎の冒険です

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