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最終話 旅に出ようかと思う

最終話です。

「そうでしたか。やはり女神様の手の内だったということですか……いやはや、恐ろしいお方です」


 狐は俺の話を聞きながら、笑っていいのか、どういう表情をすればいいのか困った顔をしていた。


 森の広場は月の光が差し込んで、なにかうちあけ話をするには心地の良い薄暗さを演出してくれていた。はじめて狐にあったこの場所は、どういう訳か俺にとって落ち着く場所になっていた。


 戦いが終わったあと、俺たちはモモが昔住んでいた小屋に住んでいた。鬼退治が終わった時点で、みんなには、それぞれ行きたいところに行っていいとも言ったのだが、モモたちは俺と一緒にこの森の中で住むことになった。


 鬼も出なくなった静かな森の中に住むことにしたのは、しばらく俺が人間と会いたくなかったということもあったのだが、1番は狐に会いたかったのだ。

 だから今こうして、狐を呼び出してこの鬼退治で起こったことをただただ話を聞いてもらっていた。


「女神様はなんでもないような顔をして見せて、その中では何を考えているのかよく分かりませんからね……わたくしも女神様を目の前にするとどうしても縮こまってしまうものです」

「゛この世界を救うため゛に人の運命まで決めてしまうんだもんな。しかもそれが終わればバイバイだし」

「本当、誰かを困らせることに関しては誰にも負けない才能をもっておりますからね」


 俺は持っていた木の実を狐に分けてあげた。狐はそれを礼儀正しく、しっぽを振りながら食べ始めた。ちょうどお腹が空く時間なのだ。


「なあ、狐」と俺は言った。

 狐は木の実を食べるのを一旦やめて俺の方をむく。


「お前は俺が鬼の血を引いているということを知っていたのか? なんかそれらしい事言っていたよな?」

「いえ、正確に桃太郎さんに鬼の血が入っているということが分かっていた訳ではありません。わたくしはただ、桃太郎さんに他の人とは違う雰囲気を感じただけです」


 狐は残っていた木の実を一口で食べ終えた。


「しかし、あの時もう少し時間があればその雰囲気の正体として桃太郎さんの中に鬼の血が混ざっていることにも気がつけたのかと思います」

「そんなことできるのか?」

「年の功とでも言うのですかね。多くの生き物を見てきましたから、彼らの雰囲気の一つ一つの違いは見分けられるくらいになりました」

「鬼でも?」

「不可能なことではありません。ただあまり多くの鬼に出会ったことがないので、時間はかかっていたでしょうが。あの時は特に、女神様に邪魔されてしまいましたしね」

「あの野郎」


 俺の悔しがる顔を見て、狐も少し表情を緩めた。


「きっと女神様は最後まで教えないつもりだったのでしょうね。桃太郎さんに鬼退治をさせるために」

「そして、俺はまんまと女神の策略に乗ってしまったというわけか」


 もう、俺と狐がどんな話をしていようと女神が姿を現すことは無い。きっともう別の世界の問題事に首を突っ込んでいるのだろう。鬼が居なくなって平和になった世界にはもう関わっている暇なんてないのだ。


 俺は無性に叫びたくなった。意味なんかあるのか分からない。ただ、これまでに溜まりに溜まった感情をどこかに吐き出してしまいたかった。大きく息を吸い込む。肺にしっかりと空気を溜め込んで、大声を出す準備をする。それに気がついた狐が、えっ、と声を詰まらせる。

 俺は狐の方を見て少し微笑みかけながらそのままありったけの声を吐き出した。


「この、バカヤロウ!!!」


 声は空に向かって大きく響き渡った。空を超えて、それが少しでも女神に届いているのならばそれでいい。周りの木々が揺れ、俺の中にある力がまだ健在なのだということを知る。

 俺の力は女神から与えられたものだけではない。鬼の血を引く力も俺の中には眠っているのだ。今はその力をしっかりと認識できているのが嬉しい。


「も、桃太郎さん……?」


 隣から狐の弱々しい声が聞こえた。見れば、耳を塞いだ狐がその場でただ固まっていた。


「叫ぶのでしたら、あらかじめ言ってくだされば良かったのに」

「ごめん、ごめん。本当に衝動的だったんだよ」

「そういう所は女神様と似ているのですね」


 困った、というような狐の表情を見ていると、なぜ女神が狐のことを気に入っていたのかも何となくわかってしまうような気がした。俺は狐の頭を撫でてやった。


「ありがとうな、なんかやっと楽になれた」


 狐は頭を撫でられながら、ただじっと俺の顔を見つめていた。それから、いつも通りの落ち着いた雰囲気を取り戻して、頭を軽く下げた。


「いえいえ、わたくしなんかの力で桃太郎さんの助けになるのでしたら光栄です」

「そんなに自分のこと低く見なくてもいいのに」

「わたくしにはこれが一番性に合うのです。それに桃太郎さんだって、もうこの世界の英雄ではありませんか。もっと堂々としていればいいのです」


「それこそ、わたくしのことなんか顎で使うくらいに」と狐は笑いながら言った。狐の笑い方は穏やかな春のような暖かさをもっていた。きっと、俺はこの狐だから女神に言われた秘密さえも打ち明けることが出来たのだろう。


「ありがとう。そろそろ帰るよ」

 俺はもう一度狐の頭を撫でてあげてから、その場をあとにしようとした。そろそろ帰らなきゃモモたちも待っている。


「あ、桃太郎さん」と狐が帰ろうとする俺を呼び止めた。俺は狐の方を振り返る。

「あの、これからどうされるのですか? ずっと森の中で暮らしていかれるのですか?」


 狐の質問に俺は首を横に振った。


「もう少ししたら旅に出ようかと思ってる」

「旅、ですか?」

「ああ、もう少しこの世界のことを知ってみたいんだ。俺はまだこの世界に来て全然時間が経ってないから」


 狐は俺の答えを聞いて安心したようだ。

「そうですか。それは良いことです」


「それでは、お元気で」と狐は言った。最後まで本当に律儀なやつだった。


 広場を出て、暗くなっている森の中を歩いていく。もう冬が訪れようとしている森の中では落ち葉も増え、だんだんと殺風景な姿に変わろうとしていた。生き物たちも冬眠をするのだろうか。いつまでもこの森にいたってしょうがないということだ。


 俺は、この世界のことをあまりにもよく知らない。父と母はこの世界の中で一体何を見てきたのだろう。価値観の違う二人の間で一体何を感じていたのだろう。死んでしまった今となっては、もうそれを聞くことは出来ない。だから、探していくしかないんだ。


 鬼としての俺は、もう死ぬことは出来ない。ならば、少しでもこの世界で生きてみるしかないんだ。それがきっと、この世界に生まれた俺の意味なんだと思う。

 時には鬼退治のことを思い出して、どうしようも無い感情に襲われることもあるだろう。でも、それでも、それだとしても、俺はこの世界で生きていく。


 幸いなことに、この世界では俺に鬼の血が引いていることを知っている人間は誰もいない。それに、この世界には大事な仲間もいる。


「大丈夫、きっとうまくやっていける」


 寒い風が吹き抜ける道を早足で小屋にまで帰っていく。小屋にはぼんやりと明かりが点っている。俺の事を待っている灯りだ。だんだんと鮮明になる灯りを目印に、歩いていく。


 俺は、この世界を、1歩ずつ確実に踏み続けていくのだ。

これにて完結となります!

最後までお読みいただきありがとうございました!!


またすぐに新しく連載を始めますので、そちらの作品でもどうぞよろしくお願いいます!!

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