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5話

 

「先ずは人払いをお願いできる?」

「分かった、ヴァルケン」

「かしこまりました」


  ヴァルケンは一礼し、他の者達を連れてリビングから退室する。

  ラースとテラは、少しばかり後ろ姿が嬉しそうに見える。


「聖王協会の現状だったか?止めとく、後数十年は聞かなくていいや」

「聖王協会は君がいなくなってから随分と変わった」

「ちょっとそこのお兄さん!人の話聞こうね!コミュニケーションは大事だよ!」


  ジョーカーは悲痛な表情をしながらも、なおも口を開く。


「これは聖王協会に限った話じゃないけれど第八次妖魔大戦以降、世界各国の異能力組織の異能力者の実力は下降傾向にある」

「それは、戦闘能力が下がっているってことか?それとも質の低下ってことなのか?」

「どっちにも当てはまることだけど、どちらかと言えば前者かな」

「戦いの強さってのは、実戦がなけりゃあ強くなんねえからな」


  ジョーカーは頷き肯定する。


「だが、疑問なのは、俺が抜けてからのたった数年でそんなに変わるのかってことだ。たった二、三年しか経ってねえだろ」

「単純な話だよ。第八次妖魔大戦終結を契機に前線を退いた者が多かったからだよ。君と同様にね。とは言っても彼らは彼らの理由があったんだけどね。言ってしまえば、早すぎる世代交代だよ」

「ハイハイ、大した理由なく辞めてしまってすいませんね。で、どのくらい変わった?」


  俺の質問にジョーカーは一拍空け、答える。


「幹部は半数近く引退したかな。元々、第八次妖魔大戦が終われば辞めるつもりのようだったし。幹部以外でも辞めた人はかなりの数だね」

「そうかい。その空席の幹部の座は埋まってるのか?」

「埋まってるよ。現に、君のよく知るあの二人も今では幹部だし」


  聖王協会のよく知る二人とやらを思い出そうとするが、幹部になりそうな人物は思い当たらない。

  同期の連中はもう少し先、後五年は先だと思うし一切見当がつかない。


「コードネームは、ルクスとシルフ。これだけ言えば分かるでしょ?」

「……マジでか。あいつらが?」

「マジだよ」

「君がいなくなってから凄く頑張ってたよ。あれ以上、仲間を失いたくなかったのに、君が勝手に抜けちゃうから」


  楽しそうに喋るジョーカーに思わず、苦笑する。


「それに関しては、いかにも辞めろって雰囲気だったから俺が空気を読んで辞めただけだろ」

「それでも、結局辞めると口にしたのは君の方だよ」

「ただの屁理屈だろ、それ」

「そうかもしれないね」

「一応、聞いておくがあいつらの序列は?」

「やっぱり気になる?ルクスが五位、シルフは十二位。ルクスはともかく、君もまさかシルフが円卓の騎手の仲間入りをするとは思いもしなかったでしょ?」

「確かにな」


  かつて、共に任務を遂行したブロンドヘアの少女を思い出す。あまり記憶にはない。

  正直に言えば、振り返りたくもない最悪のあの件が頭によぎる。

  現実を無意味に信じすぎていたあの頃。現実の無慈悲さを知っていながらすがってしまったあの時。伸ばした手が再び届くことはなかった。

  だが、今では全て過去の出来事。時の経過と共にいつかは忘れ、脳という器官から消去されていくのだろうか。

  石を穿つ雨垂れのように。


「どうしたの?急に黙っちゃって。嫌なことでも思い出した?相談なら乗るよ」


  前を見ればジョーカーが居る。いつものような胡散臭い雰囲気を纏い、口元にはからかうような笑みを浮かべながら。


「あいにく、お前に乗ってもらうような悩みはねえよ。まあ、あいつらもあいつらで頑張ってるらしいな。五位とは頑張ったんじゃねえか」

「元二位の君に言われても嫌味なんじゃない?それにしてもシルフには何も言わないのかい?」

「それにしてもとは?」


  ジョーカーの笑みが更に歪む。

  ジョーカーは十分美男子と言えるため、何も知らない他人が見れば凶悪な物とは思いもしないだろうが、知っている者からすれば、あの笑みは不吉の予兆だ。


「シルフからバレンタインにチョコ貰っていたのに?」

「あぁ、アレな。イギリスではバレンタインは男から渡すのが定番だったからかなり目立ってたな」

「恐らく、日本のバレンタインでの風習を勉強したんじゃない。帝は、目付きの悪さと口の悪さと態度の悪さを直せばモテモテだろうに。勿体ないね。千年に一人の美貌を無残に帳消しにするだけでなく、下手すると零を越えてるかもね」


  笑いをこらえているジョーカーを睨みながらも何も言わない。

  ジョーカーの次の言葉を待つ。


「怒らないの?からかい甲斐がないね。つまんないの」

「それで、何が言いたいんだ?」

「その認識阻害は、あまり使わない方がいいよ。唯一無二の欠点は気が付いてるよね?」

「まあな。一目で見破るとは思いもよらなかったがな」

「分かってると思うけど、長く使いすぎると人として存在できなくなるよ」

「忠告どうもありがとう。肝に銘じておくよ」

「分かってくれるならいいけどね」


  苦笑いを浮かべるジョーカーは部屋を見渡し、疑問を呈する。


「この部屋……いや、家全体か。幾重にも魔術陣を構築しているね。今の今まで気付かなかったよ。それにしてもなかなか隠すのが上手い」

「まあな」

「いつ、この魔術陣の構想を?」

「俺が魔道具(レリック)を集めていた時のこと、覚えてるだろ?その時からだよ」


  ジョーカーは納得したように頷く。


「そう言えば、集めた魔道具(レリック)に刻まれた魔術陣を解析するように言ってたね。アレは単に、帝が次から次へと魔道具(レリック)を集めてくるから、その対策だっただけなんだけどね。でも、ためになったのならよかったよ」

「そうだな。最後の方は、魔術陣式じゃない魔道具(レリック)を集めてたけどな」

「概念が宿ったレリックかい?それはまた稀有な物に目を付けたね。確かに、魔術陣式の魔道具(レリック)よりは強力だけど、ちゃんと扱えるのかい?」

「使えねえ魔道具(レリック)は使わねえよ」


  更にジョーカーは質問を続ける。


「その使える魔道具(レリック)とやらは、今いくつあるんだい?」

細々(こまごま)とした物も含めてか?」

「実戦の使用に耐えうる物だけだよ。そこの壁に立て掛けられた金色の鍵を含めてね」

「十二?いや七かな?分かんねえや。全てを実戦で使ったことがないからな。話が少し逸れるが、俺が着手しているのは量産型の《レリック》の生産。いくつか考えてはいるが、じっさいに実戦に使えるかどうかはやってみなければ分からない」

「なるほど。もし、それが実戦に耐えうる物であれば大きく変わってくるね。いろいろと」


  ジョーカーの瞳に興味の色が浮かぶ。

  無言で視線を向けていることから、続きを聞きたいのだろう。


「今の魔道具(レリック)は型はあるが、全く同一の物は作られない。正確には作れないのだが」

「そもそも魔術陣を構築するには個人個人の技量が物を言うからね。そして何より、時間がかかる」

「そこで考えたのが、魔術陣を構築する魔道具(レリック)だ」


  ジョーカーはすかさず反論する。


「けれど、あの如月家でさえ作ることはかなわなかったはずだけど。原因以前に、魔術陣を刻む魔術陣なんて作れないのは常識だよ」

「そうだな。だから、目を付けたのが科学だ」

「科学とは、名門が嫌いそうな手段を用いたね」

「抜け道を探し、見つけ出すのが得意技だからな」

「嫌な特技だね」

「ハイハイ、話は終わりか?終わったら帰れ。終わってなくとも帰れ」

「しょうがないなぁ」


  ジョーカーは、「やれやれ」と首を振りながら席を立つ。


「思ったより早かったね」

「どうせ、お前が来たからだろ?それと、新しい家を用意しとけよ。爆破されたりでもしたらたまったもんじゃないぞ」

「まあ、心当たりはあるよ。彼女に任せておくよ」

「彼女?まあ、いいや。そんなら、よろしく頼む」

「またね。魔王ちゃんによろしく伝えといて」


  右手を振りながら席を立ち、右手親指にはめられた銀の指輪が光る。


「結局、あんたも魔道具(レリック)かよ」

「その通り。楽だからね。かなり希少な物だけれど」


  空間が歪む。渦を巻くように。

  直径、二メートル程の円の奥には質素な部屋が見える。年期の入った木製の机に、ガラスのシャンデリア。お世辞にのゴージャスとは言えない乳白色のカーペット。


「相変わらず地味な部屋だな」

「派手な部屋は嫌いでしょ?」

「ああ、嫌いだ」


  満足そうに頷くジョーカーは円をくぐり、再び指輪を光らせる。


「またね」

「じゃあな、もう二度と会いたくないけどな」

「きっと、すぐ会えるさ」


  円は消失する。同時に、ジョーカーを視認できなくなる。


「帰ったか。嵐のようなヤツだな」


  家の周囲を囲むような気配を確認する。数は五つ。

  ジョーカーが逃げるように帰っていった原因だ。

  気配が洗練されていることから、そこらの雑兵ではない。恐らく、急遽来日したジョーカーを追ってここまで来たのだろう。

  いい加減な奴だが、最後にとんでもない面倒事を置いていったらしい。


  机を見ると、銀色の携帯電話が置かれている。ジョーカーが座っていた場所であるため、わざと置いたのだろう。

  連絡用としての物だろうが、何故今になってなのかは分からない。ただの連絡であれば、特殊回線を使えば済む話だろうに。


「帝様、ジョーカー様はどちらへ?」


  ヴァルケンがリビングへと入ってくる。


「帰ったぞ」

「そうですか。久しぶりにお会いになったのですから、もう少しお話になられてもよかったのでは?」

「別に話すことなんてねえよ」

「ところで帝様、周囲に展開している気配達の処遇はいかがいたします?」


  ヴァルケンは空いた皿を下げながら聞く。


「放っておけ。あいつらは国土異能力対策課の

 連中だ。下手に叩けばしっぺ返しをもらう恐れがある以上警戒だけに留めておけ」

「了解いたしました」

「他の連中は?」

「ラースとテラは自室へ。真美様には、部屋へと案内し必要な家具や私物のピックアップをしてもらっております」

「一人で大丈夫か?この世界の家具と私物のピックアップって言ったって、パンフレット渡すだけじゃあ不安じゃないか?」


  俺の質問にヴァルケンは冷静に答える。


「一人でやってみたいと仰っていましたし、後程帝様がお手を貸せば大丈夫でしょう」

「なんで俺が手を貸す前提になってんだよ。それと、もうちょいしたら引っ越しだぞ」

「住所が知られたからですか?」

「一言で言ってしまえばそうだな。最大の理由はジョーカーが国土異能力対策課をつけられてるのを知っていながらやって来たからだ」

「連中、すぐにでも魔術陣で異世界に跳ばされていないことに気付くぞ」


  ヴァルケンは食器を洗いながら、「そうですね」と端的に答える。


「それと、異世界云々は丸投げされた」

「そうですか。では、微力ながら尽力させていただきます」

「そうかい、ありがとさん。問題は、どう解決するかだな。異世界へ行くための手段はある」


  金色の鍵へと視線を向ける。


「だが、状況が大きく変わらない限りは深く踏み込むつもりもない」

「そうですね。クーデターを起こされたと仰っていましたですからね」

「滅ぼすのは簡単かもしれないが、非常に面倒だ」

「それに、真美様の今後も考えて行動を選択しなければなりませんからね」


  ヴァルケンは階段を見る。


「おや、真美様。いかがしました?」

「えーっと、ジョーカーさんは帰ったの?」

「帰ったぞ」

「そう」

「一つ聞いていいか?」

「何よ!」


  真美の視線は睨み付けるように強い。


「……俺、お前に何かした?」

「しらばっくれる気!?」

「だから何を!?」

「これよ!」


  真美がテーブルに叩くように置いたのは、一枚のビラ。


「えーっと、どれどれ?メイド喫茶モエモエ天国?何これ?」

「そう言えば、最近テラが新たな世界を開拓したと言っておりましたね」

「おいおい、マジかよ。厨二病の次はメイド萌えかよ。半端ねえな、オイ」

「私が少し、シメて来ましょう」

「……程々にな」


  いつにも増して満面の笑みを浮かべるヴァルケンは、ビラを片手に階段を昇っていく。


「話を戻すぞ」

「ええ」

「お前は、元の世界をどうしたい?救いたい?それとも復讐したい?」

「……私は……私には選ぶ権利はない」


  真美は俯きながら口を開く。


「辛気臭い顔してんじゃねえよ。俺が聞いてるのはどうしたいかの気持ちだけであって、どうするかはどうでもいいんだよ。聞いてるだけでお前の意思を尊重するつもりは皆無だし。つうか面倒くせえし、働きたくねえし」

「私はどうしてクーデターを起こしたのか、本当の理由を知りたい!」

「まあ、頑張れ。俺には何もできないけど応援してるよ」


  俺はカットされたフランスパンを手に取る。


「えっ?」

「へっ?どうした?」

「今のは、何だかんだで助けてくれるって流れなんじゃないの?」

「案外図々しいな。人助け?俺が?ないないない」


  真美はテーブルを叩きながら更に口を開く。


「このままだと、私の世界の人も魔族も大勢死んじゃう!」

「そうかもな。俺のクラスメイトもそっちの世界に跳ばされたし。こりゃあもう大虐殺かもしれないな。あっ、そっちのパスタの皿を取って」

「聞いているの!?」

「聞いてるって、大勢死ぬんだろ?」

「じゃあ何で、そんなに平然としていられるの!?あなたは強いんでしょ!?」

「そうだな、そこらの一般的よりは強いな。俺が平然としている理由だったか?それは俺にとっては他人事だからだよ。対岸の火事には誰しも興味を持つが、それはあくまで好奇であって憂慮じゃない」


  真美は開口するが、即座に閉じる。それを何度も繰り返す。


「人間、生きてく上で重要なのは過信しないことだ。自らの実力を見誤れば、傷付くのはお前だけじゃない」

「……あなたは一体、何を失ったの?」

「……さあ、何だったかな。そこのクロワッサンの入ったバスケット取って」

「はい」


  無言でクロワッサンを口に運ぶ。


「私は、自分で自分なりの自分の答えを導く」

「頑張れよ。それと、まだ正午を少しすぎたばかりだし出掛けるか?」

「……いいわよ。あなたがそこまで言うなら」

「そこまでって、一回しか言ってねえよ。別に嫌なら断ってもいいんだぞ」

「いいわよ、行ってあげるわよ!」


  真美は逃げるように階段を昇る。元気な奴だ。


  だが、恐ろしいほど支配者に向いてない。

  クーデターを起こしたどこの誰かも顔も知らない異世界の誰かの気持ちも分からなくはない。

  このままでは、どう転んだとしても真美の望む結末には向かわないだろう。


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