67話
船内を走る。
「場所に目星はあるのか?」
「ない」
「おい!」
打てば当たるってやつか。
まあ、この状況で目星はつけれないだろうけど。
眼前を二つの人影がよぎる。
俺達は視線を合わせ、全力で追いかける。だが船内の通路は狭い為、一列に並んで。
角を曲がり、先頭の天道は扉を蹴破る。
広い倉庫のような空間に向けられる銃口。
「誘い込まれたみたいだぞ」
「神月、そんな事は見れば分かる」
様々な銃器を持つ者、丸腰の者、機体に身を包んだ者。そして、その中央には革命家とフィリップスが立っていた。
彼らの表情には余裕は無いが心配や恐れも無い。
「どこまでも私の邪魔をするか」
革命家のその言葉は、ずっと追いかけていた天道に向けた物ではなく俺に向けた物か。
フィリップスは、どこか苦し気な革命家を支え、逃亡するように促した。
そんな中、天道は俺だけに聞こえる声で呟く。
「俺が革命家を追いかける。神月、お前はここを頼むぞ」
天道は足に赤雷を纏わせて、壁を駆けていった。
「…………」
俺は呆然とその後ろ姿を見つめていた。
普通、逆じゃないか?ここは俺に任せて先に行けだと思うんだが。
もう愚痴を言っても仕方がない。
フィリップスとそのお仲間をどうにかする方が先だ。
切っ先をフィリップスに向ける。
「あんたら、やっぱり神無月を使い捨てにするつもりだったろ?」
「何を根拠に?」
「おたくらは、互いに利用し合ってるって思ってたんだが、どうにもお前と革命家はもっと他の繋がりがありそうなんだよな。ほれほれ、正直に言うなら今しかないぞ」
「相変わらず口が減らん奴だ」
そして、フィリップスは言った。
「お前達、もういい。もう逃げろ。対策課が来た以上、全員が逃げられはしない。主犯格が派手に捕まれば上手く逃げられるだろう」
白器を振り上げるフィリップスに、部下達は拒否するように動こうとはしない。
「あなたはそれでいいんですか!?」
「……マーカス、もういい。夢は覚めた」
うなだれそうなフィリップスにマーカスと呼ばれた男は怒鳴らず淡々と口を開いた。
「あなたはここで終わっていいのですか?足掻くだけならまだ出来ますよ」
「足掻く……か」
俺は疾走し、妖刀をマーカスへと突き放つ。
それを阻むのは白い巨大な刀身。
「やるなら、さっさとやれや」
思わず頬が歪む。
まるで初恋の相手を前にしているかのように心臓が跳ねるように鼓動し、魂が高揚する。
これだ、俺を殺してくれるかもしれない相手との殺し合い。これがこの上無く面白い。
真横から銃声が響く。
「朧月」
弾丸が文字通りに通り抜ける。
すかさず妖刀を振るう。飛び散る血飛沫を浴びながら迫る白器を受け止める。
「だいぶ表情が豊かになったらしいな、フィリップス」
白器を受け流し、柄頭をフィリップスの額を叩く。
苦悶の息を漏らすフィリップスは後方に転がった。
間髪入れずにフィリップスを守るように飛び出した四足歩行の機体を切り刻み、赤く輝く第一の指輪を床に触れさせる。
深紅のエネルギーが解き放たれ、フィリップスの部下達を一掃した。
「まあ、加減したしこんなもんか」
ゆっくりとフィリップスへと歩み寄ると、足に抵抗を感じた。視線を向けるとマーカスが右足を掴んでいる。
「大層な忠誠心だ。だが、実力が無ければ何もなせないぞ──今みたいにな」
マーカスの首に妖刀を突き刺そうと妖刀を持ち変えるが、下ろす寸前で船体が大きく揺れる。
前触れの無い完全な不意討ちだったからか、体勢が一瞬だけ不安定になった。
マーカスはその一瞬で俺の足を揺さぶり転ばそうとするが、マーカスを遠く離れた倉庫の隅に転移させた。
その間にフィリップスは立ち上がっていたが、俺と同様に何が起こっているのか分かりかねているらしい。
天道は前方を走る革命家を追いかける。
革命家の逃げ足の速さはお世辞にも速いとは言い難い。特に、アスリートさえ驚愕する身体能力を有する天道と比べれば、より顕著だ。
天道が追い付き肩に手が触れる直前、革命家の姿が消えた。
「またかっ!」
思わず悪態を吐くが、何度も目にした能力だ。天道は対策の一つは持っていた。
か細く弱々しい、今にも途絶えそうな赤雷が周囲に走る。
天道が確認出来た生命体は二つ。それはどちらも逃げているのだが、かなり近くに固まっている。
天道は迷わず走った。
角を二回曲がり、最短で最速で辿り着く。
そして、赤雷を放つ。
しかし──
「俺の赤雷が消えた?」
赤雷が天道の体を離れた瞬間に消えていった。
「悪いが革命家は逃げたぜ」
姿を現したのは、二十代半ばの天道よりも僅かに若い青年。
「……諏佐仙次郎。最も危険な異能力犯罪者にして最も過激なテロリスト」
「赤雷を自由自在に操る、対策課創立史上最強の天道真に知られているとは光栄だな」
「知らない方がおかしいだろう」
「それにしても、あの阿呆にぶっ飛ばされたがギリギリ間に合ったらしいな」
「それで、貴様が今回の黒幕か?」
「素直に教えるとでも?」
「これ以上の会話は無駄らしい」
二刀を構える天道に諏佐は余裕を隠しもせずに笑う。
「それは見解の相違だな。俺はもう少し話したいぜ」
空間さえ切り裂きそうな二振りを、諏佐は魔剣を鞘ごと掴み受け止める。
「対策課の今の"勇"はあんただってな。対策課には"勇"、"知"、"仁"の称号が与えられた異能力者がいる。"勇"は最高の戦闘力、"知"は最高の知謀知略、"仁"は最高の指揮能力」
「……随分と詳しいな」
「聞いてねえか?前任の"勇"の異能力者から」
「何を言っている」
「いずれ分かる、全てが。何があり何が起こったのか」
赤雷の出力を上げた天道に、諏佐は楽しそうに口笛を吹いた。
そして、諏佐は天道を押し飛ばすと同時に腹部に蹴りを穿った。
「やっぱりそうか」
「何がだ?」
訝しげに睨む天道に諏佐は面白そうな表情を崩さない。
「お前もこっち側の人間だろ」
諏佐に返ってきたのは言葉ではなく激しい赤雷。諏佐はそれを素手で弾く。
「どれだけ抗おうとも、どれだけ後悔しようとも、過去からは逃れられない。気付いた時には、明るい未来に進むのではなく、暗い過去から逃げている。愉快だよな、人間って奴は」
「だからこそ、人はやり直せる」
「それは言い訳だろ」
今度は諏佐が攻撃を仕掛けた。
赤く煌めく魔剣を赤雷を纏ったブレードが防ぐ。
諏佐は手持ちぶさたな左手で天道の首を絞める。
「これで最強か?いくら相性の問題があろうとも、この程度で最強とはふざけてんのかよ」
諏佐は天道を投げ飛ばす。
天道は宙返りをして体勢を崩さずに、ブレードを振るう。
諏佐は笑いを引っ込め、頭を下げる。
直後、拡張された赤い刃が通りすぎる。
「なるほど、その透明なブレードは赤雷を纏わせているのではなく、赤雷を取り込んでいるのか。それは、もっと確実なタイミングで使うべきだったな」
振り下ろされる赤い刃をかわしながら諏佐は呟いた。
そして、諏佐が放った拳を天道は右膝で止める。天道はそのまま体勢が崩れるが宙返りすると同時にブレードを床に突き刺し、蹴り放つ。
諏佐は後ろによけ、距離を置く。
「ここじゃ狭いな」
天道の思わず呟いた本音。
「だったら、こうすればいい」
諏佐は魔剣から赤黒い、エネルギーと言うにはあまりにも禍々しく、魔力と呼ぶにはあまりにも恐ろしい。
まるで憎悪が剣の形をなしているかのようだ。
諏佐はその剣を天井へと向けた。
魔剣は天井を呑み込み夜空を迎え入れる。
それを容易にやってのけた諏佐に天道は驚愕の視線を向けた。
「何を驚いてやがんだ?お前もこのくらいは出来んだろ」
確かに諏佐が言ったように天道にも可能だ。
だが、諏佐のように魔力の消費による疲労を一切見せずにこなせるかと言われれば難しい。
諏佐は船首近くへと駆ける。
後を追うように天道も続く。
「天道さんよぉ、あんたはどうしてそっち側にいるんだ?」
「どうしてお前は人々を苦しめる?」
「お前が答えてくれるのなら、教えてやってもいいぜ。だがお前は言わないだろ?」
天道は何も言わない。
それを予期していたのか、諏佐も何の反応も見せない。
天道は赤雷をブレードに纏わせる。
「またそれか。……まあ、あの阿呆みたく、使える魔術技が多い方がおかしいよな」
赤雷を構成する魔力の密度と量が急激に膨れ上がる。
諏佐は前傾姿勢となり警戒する。
「……奥の手ってやつか」
残像のように赤いスパークを残し、天道の姿が消える。
諏佐は驚愕に目を見開いた。
背後から薙ぎ払われる赤い刃を、体を仰け反らせ、顔を横に向ける事で辛うじて紙一重でかわす。その頬には冷や汗が浮かんでいる。
すぐさま距離を空ける諏佐は咄嗟に──最早、勘に近い──魔剣を頭上に掲げる。
その魔剣にブレードが襲いかかった。
諏佐の顔から驚愕は消え失せ、絶対零度のように冷たい視線で冷静に天道を観察していた。その心は灼熱のように激しく燃え盛っている。
「……なるほど、体を異能力を行使する為の媒体にしているのか」
答えない天道に諏佐は続ける。
「それはいつまで持つ?魔力を垂れ流しているに等しいんじゃないか?それに何より、体がもたないだろうに」
そして、諏佐は目を獲物を狙う猛禽類のような眼差しを向けた。
「タネさえ分かってしまえばどうって事はない。……それにしても惜しいな。ポテンシャルだけは申し分無い。だが、地力が足らない」
魔剣と押し合っている二本のブレードが次第に押され始める。天道が上から抑えつけるような体勢は、いつしか逆転する。
「グッ!」
天道が苦しそうに息を吐き出す。
天道が両手でブレードを交差させているのに対し、諏佐は右腕一本のみ。
天道を纏う赤雷は弱々しくなり、そして消えた。
「これがお前の限界だ。それが正義とやらの限界だ」
「……口だけは達者のようだな。お前には屈しない」
「正義は悪に屈しないってか?悪を正す為に正義があるとでも?お前も本当は理解出来てんだろ?悪を正す為に正義があるんじゃない。正義が不完全だから悪が生まれる。この世の混沌、絶望、憤怒、虚無、犠牲、これらは全て、正義が創造した。正義は屈しない?馬鹿言うなよ。屈する以前に立ち上がりさえしてねえだろうが」
拳が天道の顎に放たれる。
転がりながら体勢を立て直そうとするが、脳を揺さぶられたからか平衡感覚が損なわれている。
ゆっくりと歩む諏佐に天道はせめてもの反撃とばかりに赤雷を飛ばすが、掻き消えた。
「そう言えば……異能力を消す能力を持っていたな」
「そうだな。どうやら今のお前では俺と同じステージではないらしい」
魔剣が天道の心臓を突き刺さった。
諏佐は天道に興味を失ったのか魔剣を引き抜き、視線を何かを探すようにさ迷う。
心の奥底で鳴る警鐘に諏佐は視線を天道に戻した。
心臓を穿ったその一撃は、天道の命を刈り取った──はずだった。
「傷が消えてやがる……フフフッ、そういや、あんたもいたんだったな。鞍手」
腕から発される赤雷を顔を僅かに動かす事でかわし、新たな援軍へ向けて蹴り飛ばした。
「真さん!」
星野が心配そうに天道に駆け寄るが諏佐は反応せずに、鞍手を嘲笑するような顔で見つめる。
「時間逆行か。既に起こった特定の事象を数秒前の状態に巻き戻す。だが、その絶大な能力の行使には莫大な魔力を消費する……だったよな」
「よく覚えているな。無駄口を叩くつもりはない。お前を逮捕する」
「逮捕?俺が何をしたよ」
「お前は今まで多くの人間に危害を加えた」
「危害ねぇ。この社会じゃあ、やられたらやり返さるのが当然の摂理だ。そう思わないか?」
「ならば、貴様の流した流血で償いにでもするか?」
「鞍手、忘れたのか?自分達の都合の良い事だけを言ってんじゃねえよ。先に仕掛けたのはお前達だろ」
話に着いていけない天道と星野は諏佐と難しい顔の鞍手を交互に見た。
「世界にはやむを得ない事もある」
「だったらお前の娘の死と世界の滅亡なら、当然お前は娘の死を選ぶって事だよな?」
唸る鞍手に呆れた視線を向ける諏佐。
「テロリストに呆れられたら不味いだろ」
諏佐は唐突に後方に下がる。
「おおっと!」
「マジですか」
赤い髪をしたチャラ男──柳川歩が姿を現す。
物陰から姿を見せたのではなく、透明だった体がだんだんと本来の色彩を帯びていく。
「殺気は極限まで抑えていたが、完全に殺しきれてなかったな。不意討ちが見事に決まっていりゃあ、俺の首を掻き切れたかもしれないのにな」
諏佐は周囲を見渡して気配を確認する。
「もういないみたいだな。それで、最後の一人は空か。国土異能力対策課の第三隊、変わった経歴の異能力者を集めた異例の部隊とどこかで耳にしたが……なるほどなぁ」
既に姿を消している柳川に気が付いていた諏佐は、突如背後に左手を向ける。
掴んだのは、ナイフを持ったままの柳川の腕。骨が砕け肉が軋む音、そして柳川の絶叫が響く。
「確かにお前達は異質だ。だがなぁ、この世には理不尽ってモンがある」
諏佐は魔剣で赤雷を防いだ。
「天道、まだ戦うか?」
「当然だ」
「いくら群れたところで勝てねえよ」
柳川を適当に放り投げ、飛来する錨を掴む。
「ほらよ、くれてやる」
掴んだ錨を星野へ投げる。容赦の無い速度を有したまま星野に迫る。
すんでのところで鞍手が防性結界を張るが、容易に破られ星野の腹部に命中した。
星野は何度も跳ね、気を失ったが結界が無ければ命も危なかっただろう。
「世界有数の力を持つ組織の切り札がこんなもんかよ。期待外れもいいとこじゃねえか。まあ、相手がそこらの雑魚ならどうにか出来るだろうがな」
諏佐は、天道の荒ぶるような剣撃の全てをかわす。
「おぉ、鞍手が魔力枯渇で倒れたぞ。下手すれば死ぬな」
「余裕だな」
「よく分かったな」
諏佐の放った蹴りが天道の左手に命中し、その手に握られたブレードが離れる。
すかさず右手を掴み、天道の攻撃を封じた。
「チームプレーってやつはどのような分野であれ、実力が近しい者同士がやらなきゃただの足枷だぞ」
天道が頭突きを放つ。
僅かに仰け反った諏佐が頭突きで返す。
天道は後方に転がる。
諏佐が足を踏み出そうとしたが足が一切動かないのか、びくともしていない。
「あのジジイの仕業か。最後に余計な置き土産を残しやがって」
苦々しく呟く隙を天道は見逃さない。
再度、体に赤雷を纏わせる。
跳躍し、ブレードを振り下ろす。
全てを一撃に込めて放つ、全身全霊の一振り。
赤黒い魔剣と赤雷が衝突する。




