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66話

 

  蜘蛛型の妖王は自らの脚を(むさぼ)りだした。

  口に生えた鋼鉄のような牙で噛み千切り生々しい咀嚼(そしゃく)音を立てている。


  正直、何をしたいのかが分からない。


  そして、腹部から何かを産み落とす。

  騒がしい恐怖を(あお)るような悲鳴を撒き散らし、二足で立ち上がる。腕が六本ある事からも、人型の蜘蛛と言うよりは蜘蛛が無理に人型になった物という印象を受ける。


  それが計五体。

  身長は僅かに見下ろす程度、動きは迅速。全てにおいて無駄の無いとは言い難いが、それでもそれなりの脅威を感じる相手だ。


  母体の蜘蛛は、一連の流れに体力を取られたのか体躯を上下に揺らしている。


  高位の魔道具(レリック)は、装着者以外が発する大抵の異能力を防ぐ。故に、取り寄せ(アポート)は不可能。だが、相手の力量を考慮すればあれらを使う必要も無い。


  蜘蛛達が走る。俺に向かって殺意と共に駆ける。

  その一体に近付き、喉に人差し指を当てる。


威突(いとつ)


  その蜘蛛の喉が跡形も無く吹き飛ぶ。

  それでも四肢を動かしているが気にしない。


穿天(せんてん)


  突き出した腕の直線上にある全てが消滅した。二体の蜘蛛も含めて。


断界(だんかい)


  蜘蛛を左右平等に分けるように、空間が避ける。


崩星(ほうせい)


  最後の蜘蛛が構成を失う。全てが塵となり宙を舞う。


「悪くはないな。まだ万全とはいいがたいが、これくらいが丁度いいかもな」


  これらの母体であった妖王にゆっくりと歩む。


  久しぶりだ。

  さようなら、無機質だった俺。

  お帰り、何もかもを諦めていた俺。


  妖王である蜘蛛は歯ぎしりするようにギチギチと音を鳴らしながら後退ろうとするが、空間を断絶させ逃がさない。


「終わりだ。もしお前が神無月と共存して共闘したら厄介だったがお前単体じゃあ、ただの雑魚だ」


迅閃(じんせん)


  空間に流動的に動く亀裂が妖王を無数に切り裂く。

  脚部も頭部も腹部も、その全てが乱雑に放り投げられたかのように床に散らばった。


「……終わったのね。あっという間だったわね」


  小さく呟いた真美の声に、少し放心気味だった意識が引き戻される。


「少し疲れたな。この姿じゃあ、俺が誰かが分からないかもしれないな」

「まあ、そうよね。よく見たらなんとなく帝って気付くレベルよ」

「そんなにか?」


  真美は黙して頷く。


  上手く誤魔化すしかないな。






  保健室のベットに寝そべる三人を囲む。

  寝ているのは、神無月と伊崎と瀬良。対し、囲むように神無月の話を聞いているのは限られた関係者のみ。


「つまり、話を要約すると革命家(レジスタンス)とフェルプスは最初からグルで、神無月はそれに巻き込まれたと」

「いえ、私も首謀者の一人です」


  目を覚ました神無月は随分と大人しくなり、対策課の男の取り調べに素直に応じている。

  腰の両側の大きな鞘から変わった形状の柄と持ち手が伸びている。これが魔道具(レリック)であり主装備なのだろうが、かなり手入れが行き届いている。

  それと、あれは能力を向上させるというより──やっぱりいいや。これ以上は野暮だ。

  生真面目な奴とだけ言っておくか。


「学生の諸君、ご苦労だった。それと救援が遅くなってすまない」

「一人だけ行方不明だったけどな。誰かとは言わないが、どっかの委員長さんが」

「それで誰の事なのか分かってしまうだろ。それに俺は学外で戦っていた」


  事実、破壊された機体の残骸が数十機も山になっていた。


「学内は殆ど大丈夫そうだな」

「大丈夫の基準がいまいち分かりかねるが、死亡者の中に学生はいない。当然、職員もだ」


  神無月はすがるように俺を見つめていた。

  気のきく奴なら、きっとこの視線の意味を瞬時に理解してしまうのだろう。


「随分としおらしくなったんだな、神無月」

「……そうみたい」


  どこか気取った話し方を止めた神無月は、どこかホッとした表情を見せる。でもこれは、神無月の望んだ言葉でない事くらいは分かってる。


「戦ってたんだよな、お前は。俺と違って立派だよ」

「そんな事はない」

「どうだろうな」


  俺はあの時逃げたんだ。

  第八次妖魔大戦が終わった直後に。守りたかった者を守れずに、ジョーカーからの切り出しの心のどこかでホッとしたじぶんがいた。


「俺から一つ聞いていいか?」

「……何?」

革命家(レジスタンス)達はどうしてお前に目をつけたんだ?」


  本来であれば、神無月家が必死に隠している事を探り当てる事など非常に難しいだろう。


「それは……」

「分からないか?」


  神無月は申し訳なさそうに頷いた。

  そして、だんだんと瞳に溜まっていった涙を隠しもせずに途切れるような声で呟いた。


「少しだけ……抱き締めて」

「そのくらいでよければ」


  異性をどころか誰かを抱き締めた記憶なんて皆無だ。やり方から聞きたい気分だが、視線の圧に負けた。特に女性陣からの。

  不器用ながらに泣きじゃくる神無月を抱き締めた。


  この件をすぐに解決しなければな。

  別に今さらながら正義感が沸いて出た訳ではない。そんな安っぽい物はヒーローだけで十分だ。きっとアイツならこうしただろうと思っただけだ。

  もう猶予は無いも同然だ。

  早く止めなければこれからも被害者は増え続ける。


  それ以上の会話は無く解散となった。


  対策課は事の全ては話さなかった。

  神無月琴音の中に妖王が巣食っていた事、同盟者が互いが互いに騙し合っていた事、今回の件は神無月が仕掛けた事。

  表に出れば、全てを神無月琴音という個人に押し付けられ、断罪される。神無月家も何もせずに黙したままだろう。


「神月帝といったな」


  一人で歩く俺を呼び止める声に振り返るれば、千早涼ともう一人の対策課の異能力者が歩いて来る。


「何か用か?」

「事態は何も解決していない。分かっているな?」

「分かってるよ。それでこれ以上は手を出すなってか?」


  本件の本当の黒幕は革命家(レジスタンス)でもフィリップスでもない。


  諏佐仙次郎(すさせんじろう)


  あの馬鹿は一体何をしたかったのか。それを見極めなければならない。

  恐らくは復讐だろうが、誰かが止めなきゃならない。


「お前の事は長官から聞いている。強いらしいな、それもか弱い女子を守りながら妖王を倒すくらいにな」

「買いかぶりすぎだ」

「どうだろうな。口では何とでも言える」


  男は俺から視線を外さずに見つめ続けている。


「確か、天道って名前だったよな」

「ああ、天道真(てんどうまこと)だ。それで話を戻すが、今晩革命家(レジスタンス)達を一網打尽にする」

「可能なのか?えらい振り回されたって聞いたが」

「確かに振り回されたのは事実だが、我々は何もしていない訳ではない」


  天道は紙切れを渡し、千早を引き連れて去っていった。


「また座標。最近流行ってんのか?時間は夜の十一時か。良い子はおねむの時間だぞ」


  対策課の目的は革命家(レジスタンス)達の捕縛と俺の実力の確認という事か。無駄の無い効率化の極みだな。






  三日月が浮かぶ夜空。


「天道、場所が空港なら素直にそう書いておけよ」

「そのまま書いて誰かに読まれでもしたらどうするつもりだ」


  座標でも大して変わらないだろ。


「対策課からは五人か。千早はいないんだな」

「隊が違うからな」


  答えたのは鞍手。他には、ほんわか美人の星野に、赤髪の俗に言うチャラ男と、腰まで垂らした長い黒髪のスレンダーな長身美女。


「そっちは一人か」

「大丈夫だ、あんたの百倍は強いから心配するな」


  鞍手の嫌みのような呟きに間髪入れずに返す。


  家に待機させていた晴華を連れてくる予定だったのだが、対策課の異能力者も一緒となれば話は別だ。


「それで、空港って事は空飛ぶ相手と追いかけっこか?」

「奴らは船だ。特殊なコーティングと強力な異能力者による認識阻害が施されていたから、発見には手間がかかったがな」


  鞍手は何でもないように言うが、大したものだ。


「その船とやらに飛行機で突っ込むのか?」

「馬鹿かお前は。ステルス機で上空から飛び降りるに決まっているだろ。怖いか?」

「誰もそんな事は言ってねえだろ。邪推すんな」


  飛行機を格納する為の倉庫──ハンガーから姿を見せるステルス機を無言で眺める。


  「お前が誰かの為に戦うとは、少しは成長したらしいな。もしくは惚れたか?神無月琴音に」

「野暮な詮索はすんなよ」


  耳元で囁く鞍手に呆れながら返答する。

  惚れた腫れたなんて大層な理由じゃない。


「何があったにせよ、やるべき事は分かってるな?」

「承知している」


  鞍手は一呼吸おき、再度呟いた。


「お前の正体は、対策課内では私と長官しかいない。他人に触れ回るつもりはないから安心しろ」

「最初からそんな心配はしてねえよ」


  そう言いながら、俺はステルス機から下ろされたタラップを上がった。






  ステルス機が飛行を開始して既に二十分。

  かなりの高度を飛行しているはずだ。

  操縦はスレンダー美女がやっている。


「どのくらいの高さを飛んでるんだ?」

「高高度ね、大体地上から一万メートルくらいね」


  シートベルトに体を固定させたまま大人しく席に座っているのだが、非常に居心地が悪い。

  あのチャラ男でさえ何かしらの仕事をしているのだ。俺だけが何もせずに両手でベルトを掴み天井を見つめていた。


「着いたわよ。目標地点は、一万メートルくらい下ね」


  いい加減だなぁ。


  スレンダー美女の言葉と共に、後方の貨物扉が開かれる。


「神月、下降時に異能力を使えば気付かれる恐れがある」

「だから異能力を使わずに降りろって事ね」

「そうだ、これを使え」


  天道は開かれていないパラシュートを差し出す。


「いらんね。俺はそんなモンに身を任せる程やわな人生送ってない」

「正気か?」

「好きにさせてやれ」


  鞍手がこちらを振り向きもせずに、パラシュートを背負いながらそう言った。


  天道はその一言を聞き、パラシュートを引っ込めた。


「そんじゃあ、先に行ってるぞ。バイビー」


  俺はステルス機から飛び出した。

  迫る大気を黒衣が(さえぎ)る。

  異能力は使わなくとも、常時発動型の魔道具(レリック)は感知される事はない。


  加速を続けた体躯は、船とさほど離れていない地点の水面に着地する。

  そして念動力(サイコキネシス)を使い、船上へと体を動かした。


  見張りはそれなりの数がいるようだが、辺りがくらいせいか大して周囲が見えていないらしい。

  だが、見張り全員がもれなくライフルを抱えている。一人にでも気付かれて発砲されれば、侵入者が居るとバレるだろう。


  見張りの一人に近付き首を横に回転させる。力を失った体を海中へと放り投げた。

  見張りの数は非常に多い。一人片付けた程度では大して状況の好転とは言えない。豪華絢爛(ごうかけんらん)とまではないが、かなり大きな船体である事からも非常に警戒心を煽られる。


「一体どこからこんなモン、持ってきたんだ?普通、こんなに馬鹿デカイ船があれば目立つだろ」


  いくら強力な異能力者が認識阻害をかけたといっても、このレベルの大きさであれば限度がある。二流の豪華客船と言っても疑われないだろう。


  足を払い、喉に肘を打ち込む。

  悲鳴を上げるよりも前に処理する。迅速かつ丁寧に確実に。


  取り寄せ(アポート)させた黒刃(こくじん)を僅か五メートル先の男の頭部に投合し、近くに居る一人の首を絞め気絶させてそのまま海に放る。


  まだ、高位の魔道具(レリック)を使う程の相手ではない。余計な魔力を消費せず、余計な情報を与えずに完封したい。

  他にも理由はあるのだが、俺の聖王協会所属時の仕事には裏切り者の粛清や危険人物の暗殺が多かった為に《《殺す》》事にはなれている。今さら、人殺しに躊躇(ちゅうちょ)は無い。慣れてしまった日常のようなものだ。


  投げた黒刃(こくじん)を回収して、偶然通りかかった男をライフルごと叩き切る。

  倒れる体を掴んで、音を立てずにゆっくりと地面に下ろす。

  次の狙いを決め──天から降り注ぐ赤雷が船を食らう。


「誰がやったんだ?……あの天道って奴か。俺が久しぶりに真面目に頑張ってるって時に全てをぶち壊しやがって」


  銃声と共に迫る五つの弾丸を掴んで投げ返す。


「正直者は馬鹿を見るってこの事だな、きっと。俺は正直者じゃないけどなっ!」


  回し蹴りを他の男の顎に命中させ、そのまま船外へと吹き飛ばした。


「おい!何してやがんだ!」


  天道に詰め寄りながら、怒鳴った。


「何って俺も神月と同じようにパラシュート無しで落下して着地する瞬間に異能力を使っただけだ」


  いかにも「何か問題でも?」と言いたげな表情に顔を引きつらせる。


「ったく、囲まれちまったじゃねえか」

「そうらしい」

「殆どお前のせいだろ。腰に差したブレードは使わないのか?」

「お前こそ、黒衣に隠した刀は抜かないのか?」


  ……気付いていたのか。思ったよりも、勘が鋭いらしい。


「しょうがねえな。使ってやるか」


  黒衣の袖から刀を晒す。


  妖刀"絶禍(ぜっか)"


  黄泉の不浄が産んだ災厄を司る邪神の一柱──禍津日神(まがつひのかみ)を封じ込めた妖刀。

  聖王協会所属時に使っていた刀の一つだ。地下室の奥底に眠らせたいた物を今回引っ張り出してきた。

  黒い鞘に、金色(こんじき)に煌めく鍔。刀を抜き放てば禍々しいオーラが広がる。


  対し天道は二本のブレードを抜き放ち、刃は雷を纏い赤く染まっている。


「それがお前の武器か。ビリビリくんって名前か?」

「そんな訳がないだろ。名は無い」

「そうか、他のお仲間が来る前に大方終わらしといてやるか」

「そうしよう」


  向けられた数多の銃口を見る。


「神月、自分の身は自分で守れるな?」

「そうじゃなきゃ、来てねえよ」


  俺達が笑うのと銃声が響くのは同時だった。

  俺は周囲の空間を歪める事で銃弾を防いでいるが、天道は赤雷が自動的に弾いているみたいだ。


  刀の一振りでライフルの五丁を持ち主ごと切り伏せる。"絶禍(ぜっか)"の妖刀たらしめる力はまだ使わない。

  銃撃は通用しないと理解したのか、男達はナイフを取り出すが──


崩星(ほうせい)


  ナイフは形を失った。


  その事実に理解が追い付く僅かな刹那に赤雷に襲われた。


「楽勝だったな」

「これはただの前哨戦だ。気を抜くなよ、神月」


  俺達は船内へと足を踏み入れる。


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