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63話

 

「どこまでもイカれてやがるな。こんなに容赦がねえとは」

「敵だからな。情けをかけて余計なリスクを負うつもりは毛頭無い」

「そりゃそうだな」


  伊崎は深くは考えなかったのか、それ以上は何も言わなかった。


  図書館内に転移し、周囲の気配を感じる場所に攻撃を仕掛けた。

  ただ、その攻撃は加減はしているが容赦はしていない。炎の波に焼かれて炭になる。


「外も外でおっぱじまったみたいだな」

「伊崎、俺達はこっちを片付けるぞ」

「分かってる」

「あのー、私も居るから忘れないでよね」

「そういえばお前も居たな。帝の愛人」

「誰が愛人よ!」


  俺の周囲には混ぜるな危険の奴が多い。


  真美の響き渡る声を聞いたのだろう、黒服の男達が銃器や刃物を手に迫る。


「お前達のせいだぞ」

「しっ、知らないわよ!」

「俺のせいじゃねえよ」


  こいつら、もう嫌だ。






  地を走る稲妻と突風。


「オラァ!」

「かかって来いやぁ!」


  手当たり次第に暴れまわる高柳兄弟を見ながら、五十嵐は少しばかり引いていた。


「あいつらの豹変ぶり、ヤバいッスね」

「元々があんな奴だ。好戦的な性格で有名だったぞ。それで伊崎に喧嘩を仕掛けてボロ負けして今に至るって感じだ。伊崎の前では飼われた猫みたいにおとなしかったが、それでも結構好戦的だったはずだぞ」

「それに、五十嵐恒平の変わり様も尋常じゃなかったのだがね」

「俺がッスか?」

「他に誰がいる」


  クラスメイトからの言葉による総攻撃を受け、五十嵐は黙り込んだ。


  銃弾が疾走する。


  男達の銃器と機体からの銃撃だ。


「奴らは任せるのだがね」

「大丈夫か?」


  伊織の心配に、香川は少し考えて答える。


「正直厳しいが、何の対策をしていない訳ではない。一晩で急ごしらえしたのだがね」


  香川の周囲に三角錐(さんかくすい)の金属の物体が浮遊している。


「何だ?それは」

「それは見れば分かるのだがね」


  香川に機体が迫る。

  サイを模したであろうその巨体は勢いを増しながら突き進む。

  誰もの脳内に、その数秒先の未来が映し出される。


  だが──


「お前達のデータは揃っている。昨晩、もう一機届いてなければここでリタイアだったのだがね」


  機体が吹き飛ばされる。

  香川の嬉しそうな、それでいて誇らそうな表情には、隠された努力が伺える。


「凄いですね。晴也から話は聞いていましたがここまでとは」

「まあな」


  出雲の称賛に伊織は内心では驚愕に支配されながらも、自分は知っていましたよアピールするかのように認めた。


  そんな雰囲気を切り裂くように無数の氷のつぶてが飛来する。


「出雲啓太に神無月伊織だな。どちらも優れた姉に隠れた日陰者同士、仲良くなるのも自然の摂理という訳か」

「口がすぎますね」

「人をおちょくる技術なら三流以下だぞ。五流がいいとこだ」


  出雲の手のひらには青白い炎を出現させる。


「炎帝の一族だけあって炎か。だが、私の氷の前では──」

「オゥラァ!」


  一閃の光が男を襲う。

  それは高柳虎の放った稲妻。

  男は氷の壁を作り出し防ぐが、二撃目の雷に破壊される。

  男は氷の槍を放つが横からの衝撃に軌道が逸れる。


「俺もいるッスよ」

「誰だお前」


  黒服の男ではなく、高柳虎に真顔で問われた五十嵐は調子を崩したかのように体勢まで崩した。


「任せるぞ、五十嵐」

「伊織さん、やってやるッス」


  軽く視線を送り、出雲も高柳虎に激励を送った。


「大した強さを持たない子供二人が私の相手とはなめられたものだ」

「グチグチうるせえな。うちのクラスなら、男は黙って拳で勝負だぜ。口よりも先に腕を動かせよ、オッサン」

「Fクラスとはまた違った文化ッス」


  男は不敵に笑う。

  五十嵐も虎も男が攻撃体勢に入った事を察し、意識を集中させる。


  雷と氷がぶつかる。

  形状は互いに槍。

  魔力の出力と質が負けているのか、虎は次第に押されていく。


「クッ!」


  虎は歯を食いしばるが、その表情は笑っている。まるで、自身の敬愛する伊崎晴也が強敵と相対した時のように。まるで、負けるつもりは無いとでも言うように。


  虎と男がふらついた。地面が揺れたのだ。


「五十嵐とか言ったか?お前、何してやがる。俺まで転びそうになったじゃねえか!ぶっとばすぞ!」

「敵の攻撃を防いであげたんだから感謝してほしいくらいッス」

「敵の攻撃?何言ってんだ?」

「足元を見てくださいッス」

「そんな余裕はねえよ」

「お前達、コントでも始めたのか?」


  突如始まった五十嵐と虎の言い争いに、男は呆れを隠しきれない。


  遂に、押され続けた虎に氷の槍が(かす)める。


「ギリギリセーフだ」

「いや、どっから見てもアウトッス」

「シバくぞ五十嵐」

「やれるものならやってみるッス」


  五十嵐がガントレットを地面に叩きつける。


「馬鹿野郎!危ねえだろうが!」


  地に両手をつけた為転びはしなかったが、体勢を維持するので精一杯な虎は五十嵐のいきなり始めた奇行に吠える。

  五十嵐は、更に地を殴り続ける。


「今ッスよ」


  虎は男を見れば、自分と同じく体勢維持に意識を集中させている。

  瞬間的に二人の視線が交わる。

  感じたのは運命じゃない。五十嵐の狙いだ。

  虎は笑いながら姿勢の維持を捨て、転びながら雷を放出する。

  男は氷の壁を作り出すが、すぐさま崩れる。五十嵐の発する振動に耐えきれなかったからだ。


「ならば防御は捨てる!」


  男は前方に転がり雷を避けると、氷の槍を五十嵐へ向けて放つと同時に氷の壁を創出する。


「そう来ると思ってたッス」


  五十嵐はガントレットで槍を殴り付ける。

  槍は造作もなく破壊され、衝撃波が氷の壁を襲う。

  だが、壊れない──その攻撃では。


「何!?」


  壁が砕ける。

  そして、雷が無防備な男を襲った。


「振動を放てるのはガントレットだけじゃないんスよ」


  男は体から煙を発している。


「やりすぎじゃないッスか?」

「功労者に文句を言うなよ」

「アンタ一人じゃ勝てなかったッスよ!」

「うるせえ!最後の一発は俺の攻撃だ。つまり俺のおかげだ。感謝しろ」

「ちょっ、そこはお互いの実力を認め合うって展開じゃないんスか?」

「人間関係ってヤツは、そんなに単純じゃねえんだよ」


  絶望に打ちひしがれうずくまる五十嵐を無視し、虎は次の敵へと向かっていった。


  その光景を終始見ていたのは二人の少年。


  翔と高柳虎の双子の兄である高柳龍。

  この二人もフィリップス配下の異能力者と戦っていた。


「余裕なのですねぇ」

「うるせえな、オカマ野郎」

「いたって同感だ」


  二人の前に居るのは、いろいろと際どいピンクの過激なデザインのドレスをその身に纏った男。

  隆起した筋肉、清潔とは無縁な髭面、太い眉、大きく開いた胸元から覗かせる濃い胸毛。

  翔は視界に入れる事すら不快とでも言うように顔をしかめ、龍は胃に入った昼食を吐き出しそうになっていた。


「マジで何なんだ?この化け物は」

「知る訳がなかろう」

「あら、失礼ね。私から見たら、誰もが化け物よ。ポラリというちゃんとした名前があるのに」

「あれか、エイリアスから見たら俺達もエイリアスってやつか。俺はここまで奇妙きてれつな奴は見た事がない」

「ここまでお前と意見が合う日は珍しいな」

「ああ、そろそろ真面目にやるか」

「真面目……ねえ。随分と虚仮にされているみたいね」


  翔は両腕にはめてある腕輪からトンファーを出現させる。


「そっちの不良くんは魔道具(レリック)は出さないの?そのくらいの時間は待ってあげるわよ」

「要らねえな。俺はステゴロで勝負するからな。魔道具(レリック)なんて余計な物は要らねえんだよ。そんな事をする奴は貧弱って事よ」

「何だか馬鹿にされている気分なんだが」


  翔は抗議するように呟いた。


「お姉さんも本気を出しちゃおうかしら」


  そう言いながら、人が見上げる程の大きさをした槍をどこからか取り出した。

  とてつもなく大きく太く、黒いその姿は西洋の槍を模している事は明白だ。


  右腕に持たれている槍を一度振り回せば、風が吹き荒れ大気が揺れる。


「二人揃って可愛がってあげる」

「キメェ」


  強烈な見た目へのささやかな抵抗とばかりに龍が呟いた。


  振り下ろされる槍をトンファーが受け止める。

  体の芯にまで響くその衝撃を受け、翔は膝を地面につけるが意地を見せるかのように何とか(こら)える。


「グゥッ!」


  翔の口からうめき声が漏れた。


「もう限界?男なら足腰は大事よ。そしてレディはもっと丁寧に扱って」

「少なくともテメェは女じゃねえよな」


  龍が風を纏わせた右腕で殴り付ける。


「アラァ、失礼ね。心はレディよ」


  風の拳は左手で受け止められていた。


「見た目だけじゃなく、身体能力まで化け物か」

「あなた達、さっきから本当に失礼よ」


  槍を大きく振り回し、二人を風圧だけで吹き飛ばした。


「言っておくけど、私はあの氷使いよりも強いわよ」

「見れば分かる」


  鋭かった翔の眼差しが一層鋭くなった。


  再度、槍とトンファーがぶつかり合う。


「今度こそ全力って訳ね」


  鳴り響く金属音と囁くような男の声音。


「私も加減は無しね」

「加減?その余裕も直に無くなる」


  翔が足を払う。

  足を払われた自称レディは、槍を地へと突き刺し体勢を立て直すが次の攻撃が眼前に迫っていた。

  体を強引に(ひね)り、攻撃をかわす。全てではなく半数以上の攻撃を。

  翔は槍を踏み動きを封じる。

  ポラリは咄嗟(とっさ)に守るように左腕を顔の正面に掲げるが、翔の狙いはそこではなかった。

  金属音が何度も響く。

  翔の狙いはポラリではなくポラリの武器である槍。


  絶え間無く鳴る音に、龍は耳を塞いで傍観するしかしていなかった。龍は翔の恐ろしさを知っていた。普段の翔ではなく、臨戦体勢に入った翔の恐ろしさを。

  中等部在籍時に伊崎への気分取りで翔へ喧嘩を仕掛け、怒らせた挙げ句兄弟揃って打ちのめされた。

  何故(なぜ)か翔は異能力を使わない。授業や試験では使うのだが、模擬戦や喧嘩、実戦になれば決まって魔道具(レリック)のトンファーのみを使い戦う。


  鳴り響く金属音が二十を超えた頃、遂に槍は破壊される。

  ポラリは拳を振るうが、翔は冷静に冷徹にカウンターを返していく。次第にカウンターから一方的な攻撃に変わっていく。

  右脇、左目、左足、顎、右膝に的確にトンファーが穿つ。

  悲鳴を上げる間も無く、次の一撃が体を襲う。


「弱いな」

「餓鬼風情がなめるなぁ!」


  ポラリが防御を捨て襲いかかる。


「少しは学習しろ」


  トンファーに内蔵されていた刃物がポラリの首を切り裂いた。


「うわぁ、容赦ねぇ」


  独り言を発した龍の顔は真っ青だった。


  少し離れた場所には、伊織と出雲が一人の異能力者と対峙していた。


「これでお仲間は居なくなりましたね」

「みたいだな。どうだ?今の気分は?」

「何ともないな」


  伊織と出雲が透明な壁に上方から押し潰される。


「……また幻術か。未だに幻影しか感知出来ない。なかなかの練度だ」


  両目を塞いでいる法衣を纏ったスキンヘッドの男が感嘆するように呟いた。

  (まぶた)には上下に切られたであろう古傷が確認出来る。


「ヤバいぞ。あのオッサン、尋常じゃなく強いな」

「仙術の類いでしょうね。一度だけ聞いた事があります。物理を超越した武術と魔術のハイブリッドが仙術だと。どこまでが真実かは存じませんが、武術と魔術を高い水準で習得しなければならない為、会得が非常に困難とか」

「聖王協会の和尚とかいう奴がその仙術の使い手と聞いた事があるな」

「聖王協会全盛期の十二人の円卓の騎士と呼ばれた幹部達は今も尚、伝説ですからね」

「その内の何人かは牢獄にぶちこまれてるらしいけどな。行方不明の奴までいるみたいだし」

「そんな事より、今は目の前の敵を倒す事に集中しましょう」

「そうだな」


  呑気に会話している最中にも、四度幻影の伊織と出雲が潰されている。


「伊織殿、そろそろあなたも魔道具(レリック)を出してくれませんかね」

「そういうお前は出さないのか?」

「私には不要です。ですが、あなたは魔道具(レリック)ありきの実力でしょう?」

「……そうだよ。悪かったな」


  伊織は制服の下に着込んでいたホルスターから、一丁の回転式拳銃を晒す。

  銃身は厚く黒い。刀のような紋様が彫られ、芸術的価値の高さを感じさせる。


「自分はあなたのサポートに回りましょう」

「分かったぜ。上手くやれよ」

「任せてください。それでは幻術を解きます」


  幻影が消え去り、スキンヘッドの男と伊織の視線が交わる。

  男の無表情に対し、伊織は笑う。

  二人の他には誰も居らず、互いに意識を向ける。


「おらよ」


  銃口を上空へ向けて引き金を引く。


「どこに向かって打っている」


  男は体を沈め、一瞬で間を詰める。


「んっ!速すぎだろ」


  男の放つ掌低(しょうてい)打ちを足を蹴り上げて防ぐ。

  空から黒い刀身の刀が雨のように降る。

  男はバク転で後方にかわす。


「なるほど、先ほどの弾丸が刀となり降り注ぐという事か。ならば──」


  男は構える。


「それを考慮して動けばよいだけの話だ。何も難しい事ではない」

「それをパッパと実行に移そうと出来るとはな。近くに寄られれば勝ち目が無いな」


  伊織が駆ける。

  逃げるのではなく、男に駆け寄る。


「気は確かか?」


  男の正拳突きが伊織の胸を貫くが、霧散する。


「だろうな、これは幻影。正面から戦えば敗北は必至、ならば幻術で奇策を用いる事が最善手」


  男は静止した。

  (しず)かなる事、林の如く。

  動かざる事、山の如く。

  敵の動きに確実に対応出来るように、心身共に準備を整え、余計な事では決して動かない。


  上空から再び刀の雨が降る。


「これは幻影」


  刀は男の体をすり抜ける。

  だが、数本が男の体に刺さる。

  右足と左肩、そして背中の計三本。


「これもまやかし」


  突き刺さった刀は消えていく。


  銃弾が襲いかかるがこれも反応しない。その全てが体を傷付ける事はない。


「そこだっ!」


  男が苛烈な回し蹴りを放つ。

  確かな感触。(たが)うはずがない人体の破壊の感覚だ。


「胴を裂いた。残り一人だ」


  再び意識を集中させる。

  視界を捨て、聴覚を極め、手に入れた第六感。

  男は思う、どこかおかしいと。


「どうなっている」

「そりゃあ、アンタの感覚が狂ってるからだ」


  ただの独り言に返答がくる。


「感覚が狂う?何を……言っている」

「じゃあ、今のこの状況をどう説明するんだ?まあいいや、どうせ意識は消えてるだろうしな」


  伊織は力無く倒れた男から出雲へと視線を移した。


「とんでもない力だな。その狐火ってヤツは」

「一人ではここまで上手くいきませんでしたよ。それに、あなたがもう少し真面目にやってくだされば自分も楽が出来たんですがね」


  伊織はケラケラと笑いながら周囲を警戒する。

  そして、一点を見つめ冷や汗を流す。


「あのマシン、合体可能なようですね」

「見れば分かる」


  香川だけでなく、翔に五十嵐、高柳兄弟も連携しているが手も足も出ずにあしらわれている。


「シールドが破れないようですね」


  虹色の球体に包まれた機体に、伊織が銃口を向けて刀を飛ばすが、難なく防がれる。


「固すぎだろ。火力が足りないな」


  悪くなった天候が今の気分を表していると思いながらも、伊織は突破口を探す。

  何度も轟く雷鳴に思わず舌打ちしながらも頭を回転させる。


「ったく、うるせえな。どうせなら稲妻でも落ちてこいよ」


  直後、赤雷が機体をシールドごと押し潰した。


「はっ?えっ?マジか。俺って預言者?」

「違いますよ、よく見てください」


  伊織が目を凝らしたその先に、黒い制服を着た一人の硬派な青年。


「とうとうおいでになさったようだな。国土異能力対策課」


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