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58話

 

  席に座り直し、改めて室内のメンツを見渡す。


  Eクラスの伊崎、Cクラスの天城、Bクラスの如月──そして俺。アウェイ感というか場違い感が尋常じゃない。

  そもそも、俺はクラスの代表的な立場じゃないし。


「それで如月、全員揃ったぜ」

六角(ろっかく)さんはどうなさったのですか?」

「間に合えば来るだとさ。悪を倒して正義を救いに行くとか何とか。俺にはよく分からないが場所だけは伝えておいた」

「そうですか。分かりました」


  俺にはさっぱり分からん。

  流石は如月家のご令嬢。半端ないな。


  如月は一呼吸おき、部屋に居る面々に視線を向ける。


「これから皆さんと話したい事は昨日の件です。神月さんが襲われたそうですが、他にも数件似たような報告が上がっています」

「それは襲われたって事か?」


  如月は首を横に振り、俺の発言を否定した。


「襲われたのではありません。一方的に攻撃されただけです」

「それは襲われた内に入らないか?」

「嫌がらせ程度の威力と聞いておりますので、正確には襲われたとは言えないかと」

「そうか」


  伊崎と天城は既にこの話を聞いているのか、驚いてはいない。だが、二人とも考え込むような表情をしている。


「その嫌がらせは昨日だけか?」

「ええ、今のところは」


  何件あったかは、さほど重要ではないな。


  如月はどこでどのように起こったのかを簡潔に説明する。


「──以上です」

「つまりは、学校周辺で七件も起こったのか?」

「ええ」


  常駐の警備がざるすぎるな。

  ざるというか、全く機能していない。本来の役目は、学校内とその付近と学校から支給されたパンフレットで目にした記憶がある。


「今回のこの集まりの目的はその情報共有って事か?」

「じゃなきゃ、他に何があるんだ?」

「俺はいきなり呼ばれて何がなんだかよく分からないんだよ」

「ハッ、知らねえよ」


  伊崎は足を組ながらあ嘲笑するように俺を見た。


  ヤベェ、ぶちのめしたい。


「如月、話は以上か?」

「話を急かしすぎだぞ」


  席を立とうとする俺を天城が呼び止める。


「この件でクラスメイト達を怖がらせたくはありません。ですが、何も教えないのも悪手。いずれ、誰しもの耳に入る事でしょうし」

「だから俺達が注意を促せばいい」


  伊崎が天城に胡散臭い視線を送る。

  どうやら、内心では俺と同意件らしい。


「注意を促せばいいって、促したところでビビる奴はビビるだろ。促すのなら問題は伝え方だろうが。促す事が正解みたいな表情しやがって」

「まあまあ、落ち着きましょうか二人とも」


  如月は微笑みながら仲裁した。慣れているのだろう。驚く様子も怯える様子もない。


(しゃく)だが、確かに伊崎の言う通りだと思うぞ。襲われた襲われてないは別として、攻撃された事は事実だ。伝えるにしても、変に動いて状況を掻き回せば泥沼にはまるぞ。特に如月、おたくの王子はそういったタイプだろ」


  俺の指摘に一瞬だけではあるが、如月は顔を青ざめさせた。

  どうやら、素で忘れていたらしい。あいつは興味ないが、ここまでくれば同情してしまいそうだ。


「そうですね、王子は動くでしょうね。もしかしたら、話を聞いて既に動いているかもしれません」

「あの馬鹿の四肢を引きちぎればいいだろうが」

「伊崎さん、私も一瞬だけ考えましたが、それはダメですよ」


  犯罪だからな。


「王子はその程度では止まりませんよ」

「そっちかい」

「神月さん、どうしました?」

「いや、こっちの話。それは別として、睦月弟を何とかしないと不味くないか?委員長に言って聞かせるのは──」

「無駄でしょうね。異能力者としては、恒四郎さんの方が上ですが魔眼持ちではない為、王子は自分の方が優れていると内心ではそう確信しています」

「おい、どうして現代のモンスターを作り出す前に誰も止めなかったんだ?テロリスト対策からモンスター対策に話が変わったじゃねえか」


  如月は表情を崩す事はないが、反論も見つからないようで申し訳なさそうな視線を俺に送る。


  そもそも、睦月弟は魔眼持ちではない伊崎に模擬戦で敗れた時点で魔眼持ちとしての優位性は無い。魔眼は異能力者同士の戦いにおいて一種のアドバンテージにはなるが絶対ではない。絶対的なアドバンテージにしたいのなら、それ相応の能力が必要だ。もしくは、複数の能力を有する重複(セベラル)の魔眼を持つか。


  俺は閉じた(まぶた)を無意識に撫でる。


「如月、お前が王子に言って止められるか?」

「無理ですよ。そのくらいは天城さんでも分かると思うのですが」


  天城は唸る。


「精神干渉してはどうだ?」

「神月くん、精神干渉は犯罪ですよ」

「バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ。浮気と同じだって。バレなければ無罪なんだよ」


  俺には奥の手として、対策課から貰った証書があるしな。


「仮に精神干渉をするにしても、誰がするんだ?異能力者相手への異能力の効果は薄れる。並の使い手では話にはならんぞ」


  伊崎が即座に否定する。


「責任は俺が取る」

「お前がやるのか?お前は空間干渉が得意なはずだが」

「ある分野の異能力が得意だから他の異能力は使えないって訳ではない事は常識だろ。学校でもやってる」

「その通りだが、得意分野とそれ以外では効果と強度は大きく変わってくる。違うか?」

「違わないな」


  だが、それ以前に俺の得意分野は空間干渉ではない。

  それに──


「やるのは俺ではない」

「だったら誰がやるんだ?」

「夜にやらせる」

「夜?……あぁ、あの時の黒髪のあいつか」


  伊崎は思い出したらしい。如月は天城に夜の説明をしている。


「だが神月、バレなきゃいいって言ったってやる事は犯罪だ。俺は賛同出来ないな」


  天城は思い止まらせようとゆっくりと言い聞かせるように話す。


「もしバレても大丈夫だったら?」

「精神干渉がバレたら、最後に出てくるのは対策課だぞ。大丈夫なはずはない」


  この場で反対意見を主張しているのは天城一人。

  如月は俺が聖王協会の関係者である事を知っているし、伊崎は先日の機体での一件で鞍手と何らかの関係を持っているとは気が付いているのだろう。


「心配はいらん。奥の手がある」

「奥の手?」


  それでも天城は納得していないらしい。

  どうやら天城はバレた後の心配というより、犯罪行為を実行する事に抵抗があるようだ。本当ならば、それが正しい判断だ。誰しも、天城と同じ考えを持つだろう。

  だが、この部屋には普通の感性を持つ者は他にはいない。如月でさえ、名家故の責任と責務を優先している。


「満場一致とは言えないが、いつまでもぐずぐず言ってんのはお前だけだぞ、天城」

「伊崎、正気か?如月も。これは犯罪だぞ。それに精神干渉なんて狂気の沙汰だ」

「他に方法が無いだろ。却下するのなら代案を出せよ。お前はどこかの政治家かよ。帝にはバレても奥の手があるらしいからな。それに、精神干渉以外にあの馬鹿を止める手段なんて思い浮かばねえよ。殺す以外にな」


  天城は苦々しく唇を噛み締めるが何も言わない。内心では、伊崎の言う事の方が正しいと思っているのだろう。それを、静止させているのは天城の若さ故の青臭い正義感とやらか。


「もうそろそろ朝礼が始まるぞ」

「気にする必要はありません。私達は自習をすると学校側へ申し出ていますから。勿論(もちろん)、神月さんは心配する必要はございませんよ」

「そうか」


  如月家の令嬢だからこそ可能になる特権だろうな。俺がやろうとしても、即座に却下されそうだ。


  チャイムが響く。

  熱い議論もチャイムが流れる間は休戦となる。


「分かった。どうやら、この状況は覆せないらしい。だったら神月、バレても大丈夫な根拠を見せてくれ」


  天城は真っ直ぐ俺を見つめる。


  困ったな。そうくるか。

  そりゃそうか、自分の進退を委ねるのだからこの目で確認したいと思うのは必然か。

  かといって、あの証書は見せる訳にもいかないな。


  天城だけでなく、伊崎と如月からも視線を向けられる。


  俺は取り寄せ(アポート)を使い、金に輝く懐中時計を取り出す。

  聖王協会の紋章が彫られた懐中時計。

  出したくはなかったが致し方ない。


「……嘘だろ」

「おいおいマジかよ」


  如月は無言のままだが、天城と伊崎はそれぞれの反応を示す。

  二人とも身を乗り出し懐中時計を凝視している。


「まあ、俺は聖王協会の関係者だからな。対策課とは旧知の仲だ。聖王協会の仕事として行ったと言えば何も無い」

「聖王協会の関係者って言い方が引っ掛かるな」


  伊崎からの鋭い指摘が飛ぶ。


「確かに同意ですね」


  如月はここぞとばかりに食いついた。


  こりゃ不味いな。下手な誤魔化しでは疑いは消えない。しかし、俺が神童と呼ばれていた聖王協会の幹部とは明かせない。


「詳しくは言えないが、俺は聖王協会の上層部から直接的な指示を受けて動いている。いつもではないけどな」

「それはどなたでしょうか?」

「それは言えない」

「ますます怪しいじゃねえか」


  伊崎は一向に納得しない。


「それならそうだな」


  俺は更なる取り寄せ(アポート)を行い、新たな物体を呼び出す。


「これならどうだ」


  見せびらかすように伊崎へ向けたのは、聖王協会が発行する白い布地に金糸を縫い込んだ手帳。この手帳は聖王協会内での立場によって、手帳に縫われた紋様が違う。

  その基準は非常に大雑把なのだが、下から三角形、四角形、五角形の三種。

  どうせ、ジョーカーが適当に考え、適当に決めたのだろう。だが、そのいい加減さに今回は救われた。

  俺の手帳には、金糸で五角形があしらわれている。


  伊崎達は呆気にとられたかのように、無言で一心に手帳を見つめる。

  やりたくはなかったがやむを得ないと考えておこう。悪手であった事は変わりないだろうが。


「意外に大物なのですね」

「貰っただけだ」


  如月はそれ以上突っ込む事はしなかった。


「これで満足か?」

「いいぜ」

「分かった」


  伊崎も天城も反対はしない。


「睦月弟に関しては俺に任せとけ。後は、クラスの連中にどう伝えるかだ」

「相手はテロリストなんだろ?だったら、容赦無くぶちのめせって言えばいいだろ」

「伊崎さん、誰もがあなたみたいに好戦的ではありませんよ」

「俺が好戦的?ハハッ、冗談だろ」


  コイツらが話し合えば、本当に話が進まないな。俺を含め、個性と我が強いのだろう。


「天城は何か方法はあるか?」

「そうだな」


  天城は腕を組み、天井を見上げる。


「集団で帰るように促すくらいしか思い浮かばないな。伝え方はどうしようもないな。事実は事実だ、隠蔽(いんぺい)改竄(かいざん)もいつかはバレる」

「そうだな、起こった事をそのまま伝えるべきじゃないか?既にあちこちで噂の種になってるんだろ?もう、言い方がどうなろうがそこはもうどうしようもない気がするんだがな」


  如月は考え込むように両目をつぶった。

  伊崎は両手を頭の後ろへと回す。


「そうですね。確かにどうしようもないですね。では、私達は注意を促しましょう。決してテロリストには関わらないように言い聞かせる事も忘れないように。タイミングは終礼の直前でいいでしょう」


  如月が話を纏める。


  伊崎が真っ先に進路指導室を出ていき、天城もその後を追うように退室した。


  それにしても、テロリスト退場へと話が転がらなくてよかった。

  昨今の異世界小説では、主人公が颯爽(さっそう)と現れ華々しく悪党を退治し、新たなヒロインに惚れられキャッキャウフフな展開のまま次の街へ向かうのかもしれないが、現実に現れたのならゾッとする。聖王協会で粛清をしていた身からすると悪党よりもタチが悪い。

  何故(なぜ)なら、暴れるだけ暴れて後始末は他の誰かに押し付けるからだ。その上、その手の主人公は所詮、偶然力を手に入れただけの一般人、力の持つ意味と責任を理解していないし、悪党の手下には逃げられているだろう。

  つまり、主人公Aのやった事は労せず手に入れた力で好き放題暴れ、面倒事を他人に押し付け、一ヶ所に集まっていた悪漢を各地に散らばらせ、挙げ句の果てには自分はヒロインとイチャイチャしている。物語終盤で主人公を待つラスボスでさえ、ドン引きの所業だろう。

  この世界に来ようものなら、即座に聖王協会から目をつけられ始末される可能性が高い。


「神月さん、どうかなさいましたか?」


  無言で席に座ったままの俺に尋ねる。


「何でもない」


  席を立ち、ドアノブに手をかけたタイミングで声を投げ掛けられる。


「神月さん、琴音と失踪する直前に話したそうですね」

「どこでそれを?」

「女の子には秘密が付き物ですよ」

「それなら仕方がないな」

「フフフフ」


  如月は面白そうに笑う。手を口に当て、上品に。

  そしてもう一度。


「フフフフフフ」

「何がそんなに面白いんだ?」

「何がと言われましても。クッ、フフフフッ」


  如月はまた笑う。体を小刻みに震わせながら。


  なんだか、おいてけぼりをくらった気分だ。

  何が面白いのかよく分からん。


  如月は目をつぶり、胸に手を当てながら何度か落ち着かせるように深呼吸をした。


「すみません。不快な思いをなさいましたか?」

「いや、特に何とも思ってないから大丈夫だが、どこが面白かったんだ?」

「大した理由はありません。ただ不思議な方だなと思いまして」

「それ誉めてるのか?」

「誉めてますよ。あなたはとても魅力的な方ですよ」

「全く誉められてる気がしないんだが」

「気のせいです」


  如月はゆっくりと俺の背後へと回り込む。

  そして、俺の首に腕を回した。


「ところで神月さん、聖王協会でも高い地位を得ているようですね」


  囁くような声が耳に触れる。


「一応な」

「でしたら、パラディンについて教えて下さいませんか?」

「俺にメリットが無いな。それに、情報を漏らせば制裁が下る事は分かっているはずだぞ」

「報酬なら、私の体で支払います。私の命が続く限り永遠に」


  紛れもない美少女からの魅惑の提案。

  だが、相手が悪かったな。


「悪いがその話には乗れないな」


  如月の腕を振りほどき、距離を取る。


  多少の情報を漏らしたところでジョーカーは俺への制裁は下さないだろう。理由としては損害が大きすぎるからだ。

  それでも、情報を渡すつもりはない。如月シャーロットという少女との肉体関係よりも、聖王協会との友好の方が利の大きさは比較するまでもない。

  それ以前に、肉欲に(なび)くようではあの頃の聖王協会の幹部にはなれない。


「悪いが他をあたってくれ」


  俺は部屋を後にする。


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