57話
「逃げられたじゃねえか」
「マジで学生が戦っていい……いや、お前の場合は話は別だな」
千早は辺りを警戒するように見渡した後、どこかに無線で誰かに連絡をする。
周囲から現れる人影。
三名の若い女性と、頭がかなり──やっぱり睨まれたから頭が少し寂しい中年の男。
「隊長、マジで逃げられましたよ」
「分かってる」
最後に疑問なのが、何故ここに対策課がいるのか。
その疑問はすぐに解決した。
「夜か」
「申し訳ありません」
対策課の後ろから姿を現した。
今にも泣きそうな表情を隠すように頭を下げる。
俺はそこまで鬼畜で畜生な性格ではない。そう信じている。
だから、その女性陣の責めるような視線を向けないでほしい。
「気にするな。心配してくれたんだろ?」
「……はいっ!」
夜は嬉しそうに頷き、満面の笑みを浮かべる。
これでよし。
刺々しい視線もこれで少しは丸くなった。
「それで千早」
「マジでどうした?」
「随分と手こずってるらしいな」
「マジでな」
「さっき戦って思ったが、あいつらだけでは大した戦力ではないな」
「それは君だからそう思うだけだろう」
頭の寂しい中年が口を挟む。
エリザベスの情報によれば、この男は若松勇。極めて稀有な空間干渉型の異能力を使うとも聞いた。
「あぁ、私は若松勇。この第四隊の隊長を務めている」
「それで、マジで俺がエースだ」
千早は自慢するように、親指を自身の胸に押し当てた。
「そんな事は聞いてねえよ。というか興味ない。それで、革命家は確かに厄介だが他にも何か要因があるのか?おたくらが後手に回る何かが」
千早は、顔を近付ける。
「顔を寄せるな、気持ち悪い」
「ちょっ、気持ち悪っ、マジでうるせえよ。真面目な話だから聞け。俺達でも革命家でもない他の勢力が所々に現れているんだよ」
「俺のとこの誰かじゃないのか?」
「違うだろ。マジで明らかに革命家を擁護している。その勢力が一体何なのかは革命家も分かっていないのだろうな」
だからこその接触か。
俺に絡み、その勢力の出方を伺う。
もし、それでその勢力が動けば俺の擁する勢力、もしくは友好的な勢力と見なすつもりだったか。
どのみち、俺とは関係ない無縁な勢力だ。
「お前ら、帰るぞ」
空を見上げれば、星は瞬いている。
駅へと歩きながら、何を思うのではなくただ夜空を見つめていた。
「帝、あいつらって何が目的なの?」
「知らん」
「知らんってあんた」
異能力者による世界運営が目的とは言ってはいるが、正直何をしたいのか、何を成したいのかは分からない。
「テロリストの目的知ってどうするよ。少なくとも、俺は知ろうとは思わんね」
「ですが、理解していれば次の一手も読めるのではありませんか?」
夜の主張も間違ってはいない。
だが、それは正当な理由を持ち合わせている相手に限った話だ。自分本位の主張を押し付ける奴の目的を知ったところで呆れるだけ。
「夜、そこまで深く知る必要はねえよ。次は何をするのか、それは敵の持ち札からでも判断出来る」
「そうですね」
完全に納得した訳ではないだろうが、夜は食い下がった。
「まるで両手に花だな。会話の内容は物騒だが」
後方から面白そうに伊織が茶化す。
「伊織、一旦死んどくか?」
「冗談だ冗談。真に受けるなよ」
駅に到着し、伊織が立ち止まる。
「分かってる」
「俺は迎えが来るからここでお別れだ」
「そうか」
「さっきの顛末を実家に連絡したら迎えを寄越すだってさ。乗ってくか?送るぞ」
「要らねえよ。じゃあな」
改札を通り、電車に乗り込めば視線が集中する。主に、真美と夜に。
日本人離れした容姿の銀髪の美少女に、完全なる和の美しさ体現した大和撫子。
どちらも異界からやって来た少女というのは、今は関係ない。その美少女二人は、毎日公共交通機関を用いているのだが非常に目立つ。
特に夜は手すりやつり革を握らず、俺の腕を抱えている。嫌ではないが、この視線に晒される要因の一つとなると気が重い。
対し真美は手を繋ぐ。これは最近ドラマで恋人繋ぎとか聞いた気がする。まあ、そんな事はどうでもいいんだがこの空気感が妙にふわふわしていて苦手だ。場違いというか、場馴れしていないというか、妥当な言葉が見当たらない。
「どうなさいました?」
「いや、何でもない。それよりも、少し近い気がするんだが。特に腕とか」
「離れていては護衛の役目を果たせません」
「その設定、俺の方が強い時点で成り立たないと思うんだが」
夜は抗議するような顔をしながら俺を見つめる。
だから、こういうのが苦手なんだよな。
反対側を見れば、真美がもたれ掛かっている。
「んっ?どうかしたの?」
「別に」
真美は俺を見つめながら首を傾げた。
本当に、こういう雰囲気が苦手だ。
駅に到着し、逃げるように電車から降りる。
転移を使えば瞬時に帰宅出来るが、使ったら使ったらで対策課やら十二の名月がうるさそうだ。ショッピングモールで使った時と違い、聖王協会からの全面的なバックアップは無い。
不便だ。
帰宅し、ヴァルケンに鞄を預け、ソファーに座る。
「学校近くで戦ったらしいな」
隣に座るラースが本当になんとなくといった様子で尋ねる。
「まあな」
「ミカド、強かった?」
「雑魚だな」
「なぁんだ。つまんないの」
子猫を膝に乗せたテラが興味を失せたかのように、視線をテレビに戻した。
補足だが、あの子猫の名前はケールというらしい。
「帝さま、先ほど戦いになられた機体は回収いたしました」
「随分と早いな。それに、対策課がよく了承したな」
「先日の時点で機体は既に回収済みでありましたし、互いに行き詰まっている事は確かです。故に、調査結果は全て対策課と共有する事を条件に機体をいただきました」
「運が良いな。タイミングが良いと言うべきか」
「というと?」
「学校であのイカれた機体を検査させろって奴がいたんだよ」
「お貸しになさるのですか?」
「ブロックの方なら貸してもいいだろ」
「そうですね。既に検査済みですし」
それで、香川の検査結果をヴァルケンの物と擦り合わせて確認する。
香川が本当に優秀であれば、鷹型の機体を貸してもいいだろう。
「ところでヴァルケン」
「いかがしました?」
「ここにきて、全く別の勢力が現れたらしいが何か分かるか?」
ヴァルケンはしばらくの沈黙の後、僅かに渋そうな表情をする。
「申し訳ありませんが、心当たりはありません」
「そうか」
ヴァルケンでも知らない新勢力。
革命家達の自作自演か?
だが、対策課も認識している事から自作自演にはデメリットの方が大きい。限られた領域内で戦力を分断するのは愚策。
それ以前に自殺行為。
もし、例の新勢力が革命家とは無関係であれば非常に面倒だ。
誰が黒幕か、どこから仕組まれていたのかいなかったのか。今まで必死こいて集めた情報は無価値な文字の羅列に成り果てるかもな。
だから後出しじゃんけんは嫌いなんだよ。
「帝さま、どうなさいますか?」
「そんなモン、こっちが伝授願い出たいくらいだよ」
泣き言言っても始まらないし。俺がポジティブシンキングの主人公ならすぐに気分を切り替えれるのに。自堕落系主人公にした弊害だな、こりゃあ。
「まずは香川にキューバを渡して、情報収集と警戒……くらいしかないな。少しずつ炙り出して革命家を追い詰める。そして、でっかい大魚を釣り上げて一気に叩く」
「新勢力には何もなさらないのですか?」
「その新勢力は、革命家を守るような動きをしているらしい。だから革命家を叩けば姿を拝めるんじゃないか?」
「なるほど」
「だが、追い詰めすぎるなよ。手を引く可能性もあるし、目をつけられるかも。俺達がやる事は対策課を援助するか、革命家を手足から引きちぎっていくか」
「かしこまりました」
焦点になってくるのは革命家がわざわざこの国にやって来て何をしたいのかだ。
それが、全ての鍵だ。
眩しい朝日がカーテンの隙間から差し込む。
太陽なんて消えてしまえばいい。
そう思いながらベットから抜け出す。
怠い体、ぼやけた視界、これは重症だ。休まなければ。
「帝さま、おはようございます!」
「おはようさん。朝から元気だな女子」
夜からの挨拶を済ませ、席につく。
ヴァルケンは出掛けている為、朝食を作っているのは真美に夜、タマリとオリヴィア。
そして、黒いメイド服を着こんだ黒髪の美少女。
真美達とは違い、エプロンではないから異質に感じる。
長い黒髪を夜はストレートに下ろしているのと比べポニーテールにしており、瞳も凛としているからか、オリヴィアと同じく麗人と呼ぶに相応しい容姿と言える。扇情的なメイド服の胸元からは、巨大な凶器がその姿を覗かせている。
朝から目に毒だ。
「お久し振りでございます。我が敬愛する帝さま」
「どうも。それでイザベラ、いつこの家に来たんだ?」
「私は、昨晩の深夜には参りました」
「そうか」
自室でアプリゲームをしていたからか気が付かなかった。
「それで私を呼んだという事は、つまり──伽を所望なのですね。かしこまりました」
もうダメだ。コイツ。
優秀な癖に変なベクトルに話を持っていきやがる。
夜もタマリもそうだが、異性として好まれる意味が分からん。異界に跳ばされて、討伐されかけたのを助けただけだぞ。それも俺の意思ではなく任務として。
俺ならそんな奴に好意は向けないよ。
好意を向けられる事には悪い気がしないが、良い気もしない。故に、俺が彼女達の気持ちに応える事はない。
「どうしたんだ?そんな難しい顔をして」
ラースが大きくあくびをしながら、リビングへと降りてきた。
「何でもねえよ。気にすんな」
「そうか」
ラースは俺に隣に座り、耳元で囁く。
「また女連れ込んだのか?誰が本命だ?」
俺はラースの足を力強く踏みしめ、グリグリと床に擦り付ける。
「冗談だ。だが、一人か二人くらい女を囲っとかないと男としてどうなんだ?」
「俺にそんな甲斐性はないな。諦めろ」
ラースの言葉に、女性陣の動きが一瞬止まった為、先に釘を刺しておく。
卓上のリモコンを操作しテレビをつける。
流れるのは普通のありふれた普通のニュース。やれ政治家の汚職だ、やれ芸能人のスキャンダルだの話題ばかり。
「生産性のある話題がないな」
「ニュースなんてそんなもんだろ」
俺の呟きにラースが答える。
異界のラスボスポジションの奴が随分と地球に馴染んだな。
「それで、ヴァルケンは仕事か?」
「そうだ、仕事を任せてる」
「いつもヴァルケンばかりだな」
拗ねたように愚痴るが、正直気持ち悪い。
「そりゃあ、お前に任せたら全て力任せで解決しようとするからだろ。日頃の行いを改めろよ。日頃の行いを」
ラースは扉がスライド式だとは知らずに、力ずくで扉を引き抜いた男だ。
その行いに、思わず鬼神である事を思い出したくらいだ。
「誰にだってチャンスは与えられるべきだと思うぞ」
「フッ、寝言は寝て言え」
思わず笑いが漏れる。
「なんだよ、その笑いは。馬鹿にしてるだろ」
「何でもねえよ。気にしすぎなんだよ、他人からの意思を。誰もそこまでお前に関心はないって」
「やっぱり馬鹿にしてるだろ」
「してないって」
なんだか懐かしいな。
こんなに、不毛で無価値で無益で──かけがえのないありふれた時間は。
「帝、どうしたの?」
キッチンで悪戦苦闘している真美から投げ掛けられた言葉に、意識を引き戻される。
俺は首を横に振り、何でもないと伝えた。
学校は憂鬱だ。
行きたくないと駄々をこねた俺をフェーンが家から引きずり出し、無事に登校した。
廊下を歩けばまた視線が集まっているのが分かる。以前の仕事柄、視線だけでなく視線に内包された感情や悪意も分かる。普段であれば、真美と夜に殺到しているのだが今日は違うらしい。
十中八九、昨晩の件が原因だろう。いい加減、どこから情報が漏れているのか徹底的に調べあげて、シメる必要があるかもしれないな。
俺は何よりも平穏を愛する平和主義者だが、それくらいはやってもいいはずだ。
「おい!」
廊下にどこかで聞き覚えのある声が響く。
「神月っていったか?そこの君」
肩を掴まれ、極力嫌そうな表情で振り替える。
「神月ですが何か?」
俺の後ろに居たのは天城大和。
Cクラスのリーダーの男子生徒だと記憶している。
「……あっ、あぁ。少し時間は大丈夫か?伊崎と如月も呼んでいるんだが」
「クラスの代表であるのなら、俺ではないな」
「そうか?少なくとも、伊崎はお前がFクラスのリーダーだって言ってたぞ」
「あのアホ、余計な事を言いやがって」
「アハハ、面白いな。あの伊崎に暴言吐ける奴ってお前くらいだぞ」
「睦月弟がいるだろ」
「あぁ、うん。そうだな」
ギャグとしてはいまいちらしい。
「お前達、先に教室に向かっとけ。それとフェーン、鞄よろしく」
「……うん」
天城について行くと、到着したのは進路指導室という名の滅多に使われない存在意味が皆無の部屋。
「遅えぞ」
「うるせえよ伊崎。一回共闘したくらいで互いを知り合った好敵手ヅラすんなよ。テメェのツラは廃刊寸前のゴシップ誌か」
「例えが分かりずらすぎだろうが。つうか、微妙な分厚さじゃねえか。分厚いのか?」
俺は身近な椅子に座る。




