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56話

 

  放課後になり、伊織達と屋上でたむろしている。

  伊織はスマートフォンを弄り、フェーンは部活の様子を眺め、翔は寝転びながら空を見つめている。しれっと着いてきた五十嵐は門番のように扉の前で仁王立ちしている。

  最近知ったのだが、普通の学校であれば屋上は開放されていないらしい。


  そんな事よりも暇だ。平穏がすぎる。

  同盟社とやらはなりを潜めている。本来、同盟社とこの学校は無関係。

  だが、あの男には常識は通用しない。予想予測の裏を狙ってくる。それに、俺がいると聞けば面白半分に状況を掻き乱す。


「伊織、何か面白い話は無いか?」

「その質問の仕方、される側は困るんだけどな」


  伊織は視線をスマートフォンに固定したまま、興味無さげに言い放った。


  やっぱり暇だ。

  天を漂う雲を数える。

  やっぱりやめた。数が多い。眠ってしまいそうだ。


  そんなしょうもない事を考えていたら、扉が開かれた。

  ボサボサの黒髪、黒い丸渕眼鏡、白衣。この三点セットが非常に目を引く少年。

  確か、香川とかいう名前だった気がする。模擬戦の試練において、伊崎率いるEクラスの生徒に勝ったとか何とか。

  クラスメイトではあるが、わざわざ顔を見せる程仲がいい訳ではない。


  香川は俺を視線に入れると、止めようとする五十嵐を適当に振り払い、視線を逸らす事無く真っ直ぐ小走りで近付いて来た。


「神月」

「どっ、どうした?」


  名前を言われる以前に、知られているとは思っていなかった為、一瞬だけ挙動不審になる。


「ゴールデンウィークの時、愉快な機体と戦ったと聞いたんだがね」

「まあ、そうだな」


  この話題は、既に校内では広がりすぎている。俺が収束させるのを断念するまでには。

  実際に嘘ではない。あまり深く聞かれれば適当に流すが、ここまでストレートに聞かれるとは思ってなかった。クラスメイトは、他の話題で会話を初め、さりげなさと好奇心全開で聞いてきた。普段から話さない相手であるし、これ以上話が広がるのも面倒だから嘘ではない範囲でうやむやに誤魔化した。

  今回もそれでいこう。


「自立型の戦闘マシンとは非常に興味深い。是非ともこの手で分解したいのだがね」

「悪いが、機体の大半は対策課が持っていったぞ」

「連中は無能だ。分析可能とは到底思えないのだがね」


  確かに、イカれたバトルマシンだったキューブなんて、調べる方から探っていく必要がある。

  ヴァルケンに調べさせたが、残念ながら専門外。ゼロではないが、大した情報は無い。


「香川だったら何か分かるのか」

「当然だ。疑うようであれば、一度私のラボに来るといいんだがね」


  そう言いながら、紙片を俺に渡す。

  書かれていたのは住所ではなく座標。普通に住所の方が分かりやすいんだが……。


「今度行かせてもらう」

「そうか。それで、話だけでも聞かせてほしいんだがね」

「内容は、そこらで広まっているのと大して変わらないぞ」

「噂と化した話は信用出来ない。それに私が知りたいのは機体についてであって神月がどう戦ったではない。そもそも興味が無いのだがね」

「……そうか」


  随分ストレートだな。

  真美でさえ、最近オブラートに包む事を覚えたのに。


「あの機体は、最初は人が操縦していたんだが、操縦士を中から引っ張り出したら急成長を初めてな。なんか強くなった」

「抽象的で中身が薄っぺらいな。言ってる意味は分かるが、理解までは出来ない。君は日本語について学ぶべきだろう。帰国子女なのかね?」


  帰国子女イコール日本語が出来ないという考えは少しずれている気がするが、一応嘘ではない。

  しっかりと力強く頷いておく。


「まあ、機体のパーツの一つでも手に入れば文句はないのだがね」

「そうか」


  一度ラボに行ってみて、渡すかどうかを決めるか。優秀であれば貸してもいい。死の武器商(アンダー・コレクター)でも、分からないと言っていた。面倒だから、本当に言っただけかもしれないが。

  少なくとも、現時点であのブロックについて最も深く知り得る可能性があるのは間違いなくこの男だ。

  俺の部下と仲間は、メカだのマシンだのはお手上げだからな。


  香川は言いたい事は伝え終えたのか、無言で屋上から出ていった。


「変わった奴だったな」


  一部始終を見ていた伊織が漏らす。

  言葉選びがどうかと思うが、全くの同意見だ。

  今度行くと言ったし、本当に行ってみるか。面白そうだ。


  見上げれば、夕焼けが空のスクリーンを橙に照らしている。


「そろそろ降りるか」

「そうだな」


  何気無い日常も良い物だと思っていたが、何気無さすぎて生産性が皆無だ。逆に不安になってくる。


  真美達と合流し、薄暗くなった路地を歩く。


「部活って楽しいか?」

「楽しいわ!」

「ええ、大変楽しいです」

「そうか、それならよかった」


  無気力な男子に比べ、活発な女子。

  いや、俺の場合はモチベーションが上がらないだけだし。やる気出せば神月さんは半端ないから。帝くんはえげつないから。


「どうしたの?そんなに四面楚歌して」

「真美さん、それを言うなら百面相ですよ」


  すかさず入れた夜の訂正に、顔を普段同様に真顔に戻す。

  百面相をしていたつもりはないのだが、他人から見れば百面相だったのだろう。

  それにしても、百面相を四面楚歌って……。真美らしいと言われれば真美らしいけど。


「んっ?」

「どうしたの?」


  隣を歩く真美に尋ねられる。


「いや、何でもない」


  駅へと歩く足を止める事なく進む。

  駅まで歩いて五分の距離か。


  伊織をちらりと見れば、伊織も同様に俺を見ていた。


「悪い、忘れ物をしたみたいだから先に帰っといてくれ」

「ご一緒しますよ」


  夜は寄り添うような体勢で、もたれかかりながらに呟いた。

  何かしらを感じたのか女の勘ってやつか。


「いや、一人で十分だ」


  懇願するような眼差しの夜をフェーンに託し駅へと向かわせる。


「それで、お前も忘れ物か?伊織」

「まあ、そんなとこだ」

「私に関してはノーコメントなの!?」


  頬を膨らませ、ささやかな抗議をする真美に苦笑する。


「真美、お前も帰ってろ」

「大丈夫よ。足手まといにはならないわ」

「もしそうなったら躊躇なく見捨てるからな」

「分かってるわ」

「おいおい、そこまで言わなくても。物騒だな」


  伊織が(なだ)めるように口を挟んだ。

  だが、伊織は知らないが真美は異界の魔王だった。力を抑制されているが、それは力を完全にコントロールする為。むしろ、より厄介になっているかもしれない。


  学校へと戻る道を進むのではなく、全くの別方向へと向かう。


  広い公園の暗がりに(たたず)むのは三つの人影。

  赤髪の美少女と妙齢の金髪の細目の青年を従えた白人の中年。

  形の上では、革命家(レジスタンス)が頂点という訳か。


「わざわざ指名手配犯が来るとはな。何の用だ?革命家(レジスタンス)


  革命家(レジスタンス)は、どこか興味深げに真美を見る。その瞳に映るのは純粋な好奇心。

  だが、興味が失せたのか俺へと視線を向ける。


「何の用……。そうだな、強いて言うなれば宣戦布告だ」

「宣戦布告ねぇ。お前が俺に勝てるとでも?」

「私では君には勝てないだろう」

「だからフィリップスを呼んだのか」

「そうだ」


  俺の視線に晒された金髪の青年──フィリップスは薄く笑みを作るだけだ。反応があった事から、聞いていない訳でも聞こえていない訳ではない。


「帝さん、また会いましたね」

「そうだな。嬉しくない再会だ」


  神無月琴音は笑顔を覗かせていた。

  輝く太陽のように、満開の花弁のように眩しい満面の笑みではなく、夜空に浮かぶ欠けた月のように、散りゆく花びらのように儚い微笑み。


「琴音、正気か?」


  伊織が神無月を見ながら呟いた。


  実の姉との再会の第一声はもう少し他の言葉をチョイス出来なかったのか?と思ったが口にするような無粋な真似はしない。

  シリアスな雰囲気が一気にギャグ空間になりそうだ。


  周囲を見渡してみたが、《《人の》》気配はない。


「用件はそれだけか?」

「そうだ、これだけだ」


  俺からの問いかけに革命家(レジスタンス)は淡々と答えた。


「真美、どうだ?」

「嘘ね」

「だろうな」


  真美と小声でやり取りを行い、真偽の程を確認出来た。

  真美は真実か嘘かを理解できる。真美が言うには、幻術も効かないらしい。あくまでも本人の談ではあるが。


  縮地で革命家(レジスタンス)の背後に回り、手刀を繰り出すが白い物体に阻まれる。


「先手必勝とは言うが、そう簡単には一本取らせてもらえる訳もないよな」


  フィリップスが笑う。

  白い何かは、簡単に表現するのであれば数多の白骨で構成された巨大な剣。人の背丈を優に超えるこの武器は、きっとこの男(フィリップス)魔道具(レリック)なのだろう。

  防性結界を張られる事を考慮した威力で手刀を放ったはずだが、びくともしなかった。

  俺の視界に入っていたはずの革命家(レジスタンス)が消える。

  思わず舌打ちを漏らす。


「よそ見か」


  細目が開かれ、白い刃が振るわれる。

  回し蹴りを剣の腹に当てる。

  互いに体勢は崩れず、俺は剣のグリップを掴み、取り寄せ(アポート)させた黒刃(こくじん)をフィリップスの頭部めがけて放つ。


  地面を血が濡らす。互いに距離を取った。

  フィリップスは鼻から血を流している。

  さっきの一瞬で起きた事は非常に単純だ。俺が放った黒刃(こくじん)をフィリップスが掴むと同時に、フィリップスに向けて頭突きと蹴りを放った。


  フィリップスは怒った様子はない。どこまでも冷静で冷徹。それが逆に底知れない不気味さを感じる。

  今、戦っているのは俺達二人だけ。

  だが、その状況にも変化が起きる。

  消えた革命家(レジスタンス)が伊織の上空に音もなく姿を現す。そして、長い袖から取り出したナイフを振り下ろされる。

  ナイフが脳天に到達する寸前に反応をした伊織は、そのナイフをただ見つめていた。生を諦めた訳ではない。

  無色の障壁に阻まれるように、ナイフから火花が飛び散る。

  魔力の発生源は伊織が首から下げているネックレス。どうやら、あらかじめ魔力を溜め込んでおき、自動で発動する仕様らしい。

  革命家(レジスタンス)へ向けて紫電が走る。

  その雷は赤い刃が目立つ日本刀に切り裂かれた。


  どうやら神無月琴音とフィリップスは革命家(レジスタンス)の護衛要員らしい。

  これで全員が戦闘体勢に入った。真美と神無月はそうそう決着はつかないだろうが、伊織は相性が悪いかもな。

  革命家(レジスタンス)の使用する主な異能力者は認識阻害。その中でも異質で異端。

  機器と五感では決して認識されない。

  この逃走と暗殺に特化した能力に、聖王協会を幾度も暗礁に乗り上げ頓挫した。


「はぁっ!」


  降る下ろされ骨剣を横に僅かに動く事でかわし、足で踏みつける。

  掌底(しょうてい)をフィリップスの眉間へ打つ。

  フィリップスは何度も跳ねながら転がり続ける。


「んっ?」


  俺は剣から離れた。

  魔力ではなく、生命力のような何かを吸われたような気がする。気がするだけで、実際に何か変わった訳ではない。

  疲労は無く、意識はしっかりとしている。気怠さも無い。


「気が付いたか。思ったよりも早かったな」


  フィリップスがフラフラと立ち上がりながら口にした。

  伊織も真美もそれぞれ戦っている為、何を話して何を伝えているかは分からないだろう。


「これは何だ?」


  答えてもらえる訳はないが、一応口にする。


「この白器(はくき)は、ただの器。触れた者の特性を知り学ぶ」

「つまり、俺は知られ学ばれたって事か」

「そうだ」


  そんな事よりも、素直に教えてくれる事の方が驚きだ。

  普通ならあり得ない。


  フィリップスが手をかざせば、白器(はくき)は主人の手に収まった。


「第二ラウンドだ」

「そろそろ帰っていいか?」


  返答とばかりにフィリップスは、白器(はくき)を突き出す。

  その剣を黒刃(こくじん)で受け流し、頭上から降る光線を払う。


  空を見れば、先日の象の機体とはまた違った形の機体が空を飛んでいる。


「あれはカラスか?」

「いや、鷹だ」

「なるほど、ホークね」


  迫り来る白器(はくき)の連撃をかわし、機体を観察する。


「神月帝、君の戦闘における処理能力は既にデータとして採取済みだ。君では我々には勝てん」

「馬鹿野郎、人間ってのは良くも悪くも日々成長する獣なんだよ」


  俺は空間を掴み、フィリップスの居る方向へ殴るように繰り出す。


「んっ!」


  フィリップスは避ける。

  直後、フィリップスが居た場所に押し潰された機体が超速で隕石の如く墜落した。


「なるほど、先日は全く力の底を見せていなかったという事か」

「それは少し違うが、まあ別にどうでもいいな」

「どのみち、我々も全力で戦わなければ危ういか。しょうがない」


  フィリップスは大きく深呼吸をすると、白器(はくき)を空へ投げる。

  宙を駆ける白器(はくき)は、幾閃もの白い光を降らせた。


「マジかよ」


  黒刃(こくじん)で骨を弾く。

  切り払った本数、三十と八。上空に浮かぶ光は三桁はあるだろう。

  俺だけしか狙っていないのか、全ての光が俺を向いている。


「無理ゲーってやつだな。テラに攻略法を聞いとくんだった」


  空間を歪めると、傍観しているフィリップスからの攻撃がくるか、真美か伊織が狙われる可能性がある。かといってこのまま光を切り続けるのは疲れる。

  だが──


「お前程度には全力の一割も出す必要はねえなぁ。三下」


  俺は嗤う。


(だん)か──」


  無音の弾丸がフィリップスを襲う。

  どうやら、邪魔が入ったようだ。

  フィリップスは無傷のまま、革命家(レジスタンス)と神無月を引き連れ、逃げていった。


「逃げ足はすんごく速いな」

「マジで大丈夫だったか?」

「何で来たんだよアロハポリス」

「今は制服を着てるだろうが」


  対策課に所属している異能力者の一人、千早涼は銃をしまいながら歩いてくる。

  どうやら連れはいないらしい。


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