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54話

 

  機体だったブロックを幾つかくすね、ポケットに入れる。

  少しばかり急いだのは、急速に近付く気配を感じたから。


  一つは伊崎。

  上空から舞い降りた伊崎は清々しいくらい爽快感に満ちた顔をしている。もしかしたら、妹に近寄る害虫の息の根を完全に止めたのかもしれない。


「おい、お前がどっかに行くから俺が対処するしかなかっただろうが。お前に押し付けようとしてたのに」

「はぁ?知らねえよ。俺は茜に色目使ったクソ餓鬼に現実を教えてやっただけだ」

「具体的に何をしたんだ」

「お話しだ」

「肉体言語でか?」

「……ん?」


  伊崎は何も聞こえていないような表情で俺を見た。なかなか見ているだけで腹立たしくなってくる絶妙な顔だ。

  その顔に一撃でも打ち込みたいが我慢する。


  遠方から車が疾走する音が響く。

  走ってきたのはごくありふれたパトカー。

  そのパトカーは俺達の近くに停車し、乗車していた者が降りる。


「鞍手かよ」


  俺──ではなく、伊崎の口から嫌そうに呟きが漏れる。


  続いて見覚えのある女子高生と言っても十分通用する童顔の美女が姿を現す。

  対策課の本部で見た事があったはずだ。名前は確か星崎だか星浦とかそんなだった気がする。


「伊崎……それに神月、お前達は一体何をしていた?」


  鞍手の一言目はこれだった。


「何をしているって聞かれても、知ってるから来たんじゃないのか?」

「知っている訳がないだろ。我々は本部からの指令を受けてここにやって来た」

「細かな説明は受けてないのか?対策課の情報網なら掴めてると思うが?」

「掴めてるだろうが、パトカーに内蔵された機器が根こそぎダメになってな」


  そういえば、あの機体は俺のスマートフォンや音声を流すあらゆる機器を操っていたな。

  その能力と同じ物かもしれないな。車に内蔵される機器は大抵音声を流すし。クーラーとかは知らん。ただの故障のような気がする。


「そうかよ、後は任せるぞ」


  立ち去ろうとする伊崎を鞍手が呼び止める。


「待て伊崎。お前達から話を聞かなければならん」

「それなら、そいつに聞け」


  視線を俺に送りながら歩き出す伊崎はついでとばかりに、一言付け加えた。


「それにしてもこのオッサンと知り合いと驚いた。仮にも対策課の隊長なのにな」

「俺もお前と鞍手が知り合いとは知らなかった」


  伊崎は何も言わずに去っていった。


「それじゃあ、俺もおいとましようかね」

「待て、お前まで帰れば事情聴取出来ないだろ」

「事情聴取って、俺が何かをやらかしたみたいだな」

「あながち間違いでもないだろう」

「まだ根に持ってんのか?その無くした右腕」


  鞍手はまるで嘲笑するかのように口を歪める。


「何?何か言えよ」

「俺はそこまで過去に執着するような人間ではない」

「嘘つけ」


  遥か遠くを見つめるような顔で俺とは全くの別方向を見ている。


「あんたは絶対粘着質な性格だろ。奥さんと別れたのかもしれねえが、家まで付け回すようなストーキング行為をやるな。自信持って言える」

「別れていない。勝手に他人をバツイチにするな」


  苛立った鞍手と俺を挟むように対策課の制服を着た美女が間に入る。


「鞍手さん、そんな事を話しに来た訳じゃないですよね。まずは仕事ですよ」

「……うむ」


  唸るように息を吐き出した鞍手は胸元から銃をちらつかせる。

  以前会った時よりも変わったような。愛娘に何かプレゼントを貰って、上機嫌なのを無理に隠しているのか。オッサンのツンデレ。キモいな。弁護の余地無くキモい。


「星野任せた」

「分かりました」


  金髪のおっとりとした美少女と言っても疑わない美女が笑う。


「久しぶりですね。迷子君」

「……そうですね」


  初めて対策課の本部に行った時、俺は迷子になりさ迷っているところをこの美女に出口まで案内してもらった。

  今となっては懐かしい思い出とも言える。

  鞍手のオッサンは俺の正体を知っているが、この星野という対策課の善意と言っても過言でもなさそうな女性は俺については何も知らない。


  星野は俺の頭に触れる。

  俺は何をされそうになったのか即座に理解した。

  精神感応(テレパシー)か。

  俺はマシンについての情報は正直に話すつもりだし、敵対するつもりも毛頭無いが、それは悪手だ。


  星野の手が俺の額に触れる寸前、黒いスパークが走る。


()っつぅ」


  涙目になりながら右手を激しく振る星野に心中で謝罪しながら、逆に俺が星野の頭に触れる。発動したのは星野と同じく精神感応(テレパシー)


「相変わらず馬鹿げた魔力防御だな」

「魔力防御とは少し違うけどな」


  鞍手の言葉を訂正しながら星野の額から手を離した。


「これで説明は要らないな」

「……はい、ご協力ありがとうございますぅ」


  星野はふらつきながら頭を下げる。

  出来る男であれば腕を腰に回し、支えるのだろうが、あいにくここにいるのは俺と鞍手のオッサン。

  当然、そんな事をする訳がない。


「星野、見えたか?」

「はい、しっかりと」


  頭を押さえながらも星野は確かな口調で答えた。


「神月、ところで長官室に不法侵入者が転移されたらしいのだが、何か知らないか?」


  鞍手が射抜くような鋭利な視線を俺へと向ける。

  この反応、どうやら何か面倒事が起こったらしい。


「さあ?少なくとも俺は知らないな」


  取り敢えずとぼける。


  面倒事を押し付けるのは得意分野だが、たまにブーメランで帰って来る事がある。その時はまた他の誰かに押し付けるが、今回に限っては下手人というかやらかしたのは俺だから言い逃れも言い訳も通用しそうにない。


「そうか。転移された男は帝と呼ばれた少年に不思議な術をかけられたと言っていたが」

「あぁ、それな。確か錯乱状態だったから記憶をちょちょいと弄くっただけだ」

「違法だ」


  鞍手に肩を掴まれる。


「いやいや、状況と安全を考慮しての行動だし?もし、甚大な被害が出れば大変だし?」

何故(なぜ)確認を取るかのようにいちいち疑問系なんだ?」

「ほっとけ。そろそろ帰るぞ」

「好きにしろ」


  そんな訳で俺は夜の居る場所を確認し、近くの小学校の体育館へ向かった。


「伊崎、お前二度もとんずらしやがって。張っ倒してやろうか?」

「やれるもんならやりやがれ」

「まあまあまあまあ」


  伊織が仲裁に入り、夜は幼女の目を塞ぐ。


「帝、あの鉄屑は倒したのか?」

「ああ、そこのシスコンの不良は尻尾を巻いて逃げたけどな」

「逃げたんじゃない。男同士の話し合いをやっていただけだ」


  伊織が引いている事から泣かすなり暴力を振るったりしたのだろう。幼女に色目を使ったらしいから同い年くらいか。大体五歳前後。

  可哀想に。


「ま……まあ、茜ちゃんに話しかけたのは中年のオッサンだったし……うん、まあ」

「…………そうか」


  伊織の言葉の衝撃は凄まじかった。

  俺は天井を見上げ現実逃避を試みる。


  中年のオッサンが幼女に色目か。これはアレか。俗に言うロリコンってヤツか。

  まあ、趣味嗜好は人それぞれ。百人いれば百通りの趣味があるだろうし別にいいんじゃないですか?ロリコンでも。俺が言うのもあれだが、法さえ犯さなければ何だっていいと思います。

  あれ?これって誰に言ってんの?というか、そもそも現実逃避、全然出来ていない気がする。


「帝さま?お気を確かに」


  肩を揺さぶる夜の手によって現実に引き戻される。


「別にいいと思うぞ」

「えっ?何がよろしいのですか?」

「いや、こっちの話」

「そうですか」


  俺は続いて伊織に問う。


「伊織の方は大丈夫だったか?」

「大丈夫だ。気絶してる奴はいたが、全員叩き起こして帰らせた。後は任せろって言ってな」

「そうか。おかげで余計な監視の目は無いな。場所を移動して夜が結界を張れば本来の予定に入れるな」

「そういえば、昨晩のあのふざけた映像についてだったな」


  伊崎が思い出したかのように呟いた。


「場所を変えるか」


  体育館を出て、人通りの無い商店街へと戻る。


「帝、ここでいいだろう」

「そうだな」


  伊崎は幼女を駄菓子屋へと入れ、戸を閉める。

  そして、夜は対盗聴用の結界を周囲に張り巡らした。


「まずは、そうだな、映像に映っていた男について話そうか。あの男は革命家(レジスタンス)。異能力者社会において国際的な指名手配犯だが、その素性は一切明かされていない。分かっているのは顔と異能力者至上主義という思想だ」

「質問いいか?」


  伊織が片手を上げながら口を挟んだ。

  俺は視線で続きを促す。


「国際的な指名手配犯なら、もう少し知名度が高くてもいいんじゃないか?俺は革命家(レジスタンス)なんて奴の名前は初耳だぞ」

「単純な話だ。奴を知っているのは三大異能力組織である聖王協会とトワイライト、そして国土異能力対策課、後は自力で知った者達くらいだろうな。それで、知名度が低い理由についてだが、奴は異能力者至上主義を掲げている。要は、異能力を持たない一般人に変わって自分達異能力者が世界を支配しようって考えようとしているんだ。野心家の異能力者──特に思春期真っ盛りの学生なんかは引っ掛かり易いだろうよ。有力な異能力者が奴の側に付けば面倒だしな」


  革命家(レジスタンス)の存在を秘匿されていた本当の理由は、言う必要は無いだろう。


「それで、同盟社というのは現時点ではよく分かっていない。調べさせてる最中だからそのうち報告は上がってくるだろう」

「最後に、琴音が革命家(レジスタンス)のという男の元に向かった理由は何だ?」

「理由、理由か。まずは伊織、お前に聞きたい。神無月琴音の中に何が入っているか知っているか?」

「入っている?中に?聞いた事は無いが、それはどういう類いの物なのか?」

「少なくとも、神無月琴音にとっては毒だ」


  あれが何かは覚えがある。

  そしてそれが俺の記憶通りであるのであれば──


「神無月家は神無月琴音を始末しようとするだろうな。あの女の中に巣くっているのはそういう代物だ」

「つまり、俺の実家の闇を背負ってるって事か」

「おいおい、とんでもなねえ話じゃねえか。聞くんじゃなかったぜ」


  伊崎はそう言いながらも、どこかに行く素振りを見せず、俺の話の続きを待っている。


「神無月琴音は、革命家(レジスタンス)なら、自らの内で暴れ狂う化け物をどうにか出来ると話を持ちかけられたんだろう」

「あいつは、そんな胡散臭い話に乗るような奴じゃないと思うんだがな」

「簡単な事だ、伊崎。神無月琴音が抱えた問題を解決させる為の手段なり手がかりでも見せてやればいい」


  それでもいまいち納得いっていないような伊崎と伊織は、表情をころころ変えている。


「まだ納得出来ないか?」

「ああ」

「伊崎と同じく」


  これで納得がいかないか。

  俺が隠している情報を感じ取ったか?


「どこら辺が納得出来ないんだ?」

「俺と琴音は双子だ。あいつの性格は熟知している」

「双子ならそうだろうな」

「あいつなら力ずくでその手段か手がかりを奪い取ると思うんだが」

「伊崎も同意見か?」

「その通りだ」

「そうか」


  双子の弟どころか、1年の暴君からもそう思われていたとはな。鈍い生徒なら、当たりのいい令嬢としか思わないかもしれないが、この二人は違うようだ。流石と言うべきか。

  それ以上に、後からいろいろといろんな事実が出てきたり浮かび上がってきたりするな。


  あの晩、呼び止めておくべきだったか?

  あの晩、助けるべきだったか?


  その必要は無いぜ。


  どこからか声が響く。

  だが、その声は俺しか聞こえない。だから俺も何の反応もしない。


  無視とはつれないな。

  まあいい。神無月琴音、あの女を救うべきか否か。

  答えは否だ。わざわざ俺達が助けてやる必要性は皆無だ。


  うるさいな。

  ここはもうお前の世界ではない。


  そうしたのはお前だろ。

  だからお前が生まれた。俺がいなければ何も始まらなかった。

  どうせ、お前はあの女と違って助けを求めちゃいない。

  今はな。

  だが、お前はいずれ破綻する。俺が保証しよう。地獄もこの世界(ここ)も大差ない。


  失せろ。


  今回はこのくらいにしといてやるよ。


「帝さま?大丈夫ですか?」

「あ、ああ、気にするな」


  また魔力が荒れている。

  俺自身の魔力に混ぜ、誤魔化す。


「話はどこまで進んでたっけ?」

「琴音さんが素直に革命家(レジスタンス)について行くかですね」


  夜は俺を後ろから支えるように、体を支える。

  別に体の調子が悪い訳ではない。むしろ"絶"は付かない程度に好調だ。それでも、悪いという思いが先行してか正直には言わなかった。


「それでだ、お前達が納得出来なくとも、頑張って納得してくれ」

「ああ、頑張る」

「頑張るような事か?」


  そう言いながらも、話が終わったと察した伊崎は駄菓子屋へと入っていった。


「俺もこの辺で帰るぜ。実家からいい加減帰って来いって連絡がうるさいし」

「またな」

「それではまた」


  伊織の後ろ姿を見ながら夜が話しかけてきた。


革命家(レジスタンス)についての詳細は何もおっしゃられませんでしたね」

「言える訳がないだろ。元聖王協会所属の異能力者とは口が裂けても言えねえよ」

「そうですね。それにしても──」


  夜は何故(なぜ)か機嫌よく俺の腕に抱き付いた。


「私も頑張ったんですよ」

「そうだな、伊崎以外、皆頑張ったと思うぞ」

「そうじゃないんですよ。私が言いたいのはそうじゃなくて」

「そろそろ腕を離せ。誤解される」

「いいじゃないですか、少しくらい」

「なら、横を見てみろ」

「横?……あっ」


  駄菓子屋のガラス戸の奥から伊崎が、笑いたいけど笑っちゃいけないとでも言いたげに、幼女の目を塞ぎ、視界を遮っていた。


  夜の顔がみるみると赤く染まっていく。


  "お前ら、そんな関係だったのか。"

  声には出さないが、唇の動きでこう言っているのが分かる。

  俺は首を横に振り否定するが、伊崎も首を振り俺の否定を否定した。

  夜を再起動させ否定させようとするが、何をしたいのかポケーっと俺を見つめるばかりだ。

  面倒。


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