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53話

 

「分かってると思うが、直接干渉型の異能力は効かないぞ!」

「ああ」


  迫るシルバーメタリックの機体に対し、不敵に笑いながら一歩進んだ伊崎は、手のひらから腕と足へ深紫のオーラを移動させる。


  器用なもんだな。


  伊崎が機体から生えた二本の角を受け止める。

  直後、舞う衝撃波と大きな音の波。


  伊崎は僅かに後退しながらも機体の突進を受け止めきった。

  俺は機体の上に跳躍し、黒刃(こくじん)を突き刺す。狙った箇所は搭乗者ではなく後ろ足の付け根にあたる部分。


「マジか」


  俺は機体から逃げるように離れた。

  機体の足の付け根から放たれた小型ミサイルが俺を追跡する。

  このミサイルはターゲットを爆撃するまで止まらない仕様らしい。いくら避けてもつきまとう。


「帝、いつまで遊んでやがる!」

「うっせえな」


  あまりやりたくはないが。


崩星(ほうせい)


  ミサイルが──ミサイルだった物が構築されている形を捨て、崩れていく。

  砂埃のようにそよ風に舞う。


  伊崎は驚愕の表情をしていたが、何も聞かなかった。


  機体が俺へと向きを変えて突撃を始める。

  新たな黒刃(こくじん)を起動させる。

  だが、構える事はしない。先に伊崎が機体の側面から殴り付けたからだ。何度も跳ねながら転がっていく。


「このデカブツ、異能力その物を分解しているみたいだ。込める魔力をいつも以上に増やさなきゃ、効果は無いぞ」

「そうか。だが、奴の武器までそうじゃないみたいだぞ」

「へぇ、何が異能力を分解しているかは知らねえが、タダじゃないらしいな」


  異能力とは無縁な領域が生み出した鋼鉄の怪物。

  こんなヤバい代物が出てきたのはここ最近か。確かに、異能力を分解する一般には出回らない物質──バラジウムの話は聞いた事があったが、実戦に耐えうるレベルではなかったはずだ。俺が聖王協会を抜けてからの五年で急激な発達を遂げたのか。


  転がっていた機体がゆっくりと起き上がった。


「転がっている間に攻撃しとけばよかったんじゃないか?」


  考え事をしていた俺を睨むような視線が襲う。


「あのマシンが何も分かってない状態で追い込むのは不味い。暴走されれば止められなくなるぞ」

「まあ……そうだな。うん」


  しぶしぶといったような表情で納得したような──癪だが無理矢理納得しようとしているのが、一目で分かった。


「ギミックがよく分かっていないから、下手に攻めたくはないが──」

「躊躇しすぎれば、その分被害も拡大する」


  伊崎も多少は周囲の事も考える事が出来るらしい。

  少し意外。


「何か失礼な事を考えていたか?」

「まさか、そんな余裕は無い」


  俺の言葉に伊崎は疑わしげな視線を送るだけで、それ以上は何も言わなかった。


  前方を見れば、ゆっくりと機体は走って来る。

  だが、すぐに立ち止まり、肩から二門のガトリングガンがその重厚な姿を現す。


「マジでか」


  俺は瞬時に路上の車を念動力(サイコキネシス)で壁を作り、ついでとばかりに車を保護するようにオーラを纏わせる。


  射撃音が絶え間無く鳴り響く。


  壁を構成している車両を一台、機体へと向けて動かす。その後ろから伊崎は走る。

  だから機体に乗ったオッサンは伊崎に気付けなかった。

  機体は迫る車両を横に押し退ける。

  その後ろの伊崎は右腕だけにオーラを纏わせる。

  そして、機体へ向けて放つ。

  まさしく会心の一撃。

  その一撃は機体の装甲を易々と突き破り、何かを引っ張り出した。


「操縦者を引きずりだしゃあ、止まるだろ」


  つまりそういう事らしい。

  伊崎が狙ったのは操縦者であるこのオッサン。


  機体は力無く倒れた。


「伊崎、オッサン怖がってるからその威圧的な顔はやめてやれ。いや、元からだったな。スマンスマン」

「舐めてんのかテメェ」

『操縦者不在の為、自動殺戮(オート・スローター)モードへと変更。初期設定を破棄し、効率化を開始します』


  倒れたはずの機体は起き上がり、誰に何を頼まれた訳でもないのに死の通告を撒き散らす。


  俺のスマートフォンを含め、周囲からも同様の音声が流れている事から、他の機器にも介入しているらしい。

  機体が効率化と言っていたが、あれがそうなのか?

  伊崎に開けられた装甲は破棄され、別の部位の装甲が取り付けられた。そして、機体内部から続々と武器が現れ、腕や腰、肩などに装着されている。

  鼻の無い象の巨体からスマートな人型に変わっていく。それでも、三メートル程の大きさだ。


  俺は球体の炎を機体に飛ばしたが、弾かれる。


「異能力は聞かないって事か?」

「いや、そうじゃないだろう。一時的な物だろう。消費エネルギーは莫大だろうからな」

「だが、その莫大なエネルギーを(まかな)えるエンジンなりのエネルギー源があれば?」

「だったら最初から使ってるだろ」

「確かにな」


  自爆覚悟で来るなら話は別だが、それを選択する事は自らの首を絞めると同義だ。

  自爆したところで、全てが木っ端微塵に消滅する訳ではない。所詮この機体は、異能力を使えないマシンだ。どれだけ、魔力を感知しようにも魔力その物が無かった。


  いつの間にか気を失ったオッサンを転移させる。転移先は、対策課の本部だ。それも長官室。


「転移まで使えるのかよ。つくづくお前は規格外だな」

「お前には言われたくはない。シスコン問題児」

「うるせえよ」


  伊崎は先手必勝と言わんばかりに、機体を地面ごと宙へと吹き飛ばした。


「上空から叩き落とすつもりか?」

「他に何があるよ!」


  伊崎はオーラを全身に覆わせ、飛び上がる。

  機体は唐突な急浮上に体勢を崩れた。更に上空から伊崎が深紫の拳を振るう。普通であれば反応不能な速度、回避不能な体勢。

  だが──


「何!?」


  伊崎の拳は受け止められた。機体の手によって。

  伊崎は力押しで機体を地面に叩きつける。道路は砕け、埋没した。


  これ、普通に払えば損害賠償幾らになるんだろうな。


  埋没した穴から鋼鉄の腕が伸びる。次に頭、首、肩、次々に体を見せる。


「無傷か」


  マシンである為、人間と違いかすり傷では意味は無い。深々と抉られている傷も無ければ、長々と切られたような傷も無い。


  機体は一度上空の伊崎を見たが、俺へと視線を移した。


  空間を歪ませ、襲い来る銃撃を防ぐ。


  連携得意じゃないし、むしろ苦手だし、力は出来る限り隠しておきたいし、全力出せないし。これだけ揃っていれば詰み一歩手前な気がする。

  ここは、伊崎のサポートに回った方がよさそうだな。何より楽そうだし。


  あの機体は、異能力の直接干渉は効かない。そして、異能力の分解作用まであるというダブルパンチ。挙げ句の果てには、機体本体の性能の高さ。

  はっきり言って鬼に金棒なんてもんじゃない。鬼にロケットランチャーとミサイルを持たせた気分だ。ここまで来ると鬼要らなくね?となるが、どんどん話がずれているから戻すとして、伊崎のサポートをしなければいけない。


  俺は機体ではなく、機体を含む空間その物を圧縮し、地面に磔状態にする。


  伊崎、やるなら今だ。


  俺は伊崎へと視線を向けた。

  だが、当の伊崎はスマートフォンを耳に押し当て、会話している。


  あんの野郎。俺が絶賛襲われ中って時に通話しやがって。


  伊崎はスマートフォンをポケットに入れ、俺の後ろに降り立つ。


「茜には無事らしい」

「良かったな。分かったから手伝え」

「それで、避難中にぶつかってきた奴がいたらしい」

「あんだけの人が居ればぶつかるよね。早く手伝ってくんない?」

「その上、そいつはあろう事かその餓鬼は茜に色目を使ったに違いない」

「そんな事どうでもいいからあのマシンを倒そうぜ」

「だから俺は今、迷っている。馬鹿を滅するか、茜を救うべきか」

「シスコンも大概にしろ!俺の話を聞いてる?さっきから好き勝手言いやがって!今はあのマシンをどうにかしなきゃいけないの!」

「そうか、後は任せた」


  伊崎は目にも止まらぬ速さで駆けていった。


「…………嘘だろ」


  目を擦ったが、夢じゃないらしい。

  あの不良は、世界を守るよりも妹に引っ付いた害虫の駆除が大事らしい。


  ヤベェ。

  俺一人だと勝てるビジョンが見えないぞ。勝てない訳ではないが、とても軽視出来ない甚大な被害が出る事は間違いない。

  そもそも、俺はチマチマとした戦い方が専門分野ではないし、異能力を行使しない科学の産物なんて戦った記憶に無いし。


  今の俺では加減するだけでも精一杯。魔力操作が巧みでも、それだけではどうにもならない。


  俺はスマートフォンを取り出し、家に電話をかけた。


「もしもし、俺だ」

『何?オレオレ詐欺?引っ掛からないわよ!警察に通報してやるわ!』

「待て待て、俺だ。神月帝だ。真美、流石に声で分かるだろ」

『あぁ、確かに聞いた事がある声だと思ったら帝だったのね。それよりも聞いて、帝』

「いや、先に俺の話を聞いてほしいんだが。そもそも、俺は話があるから電話を掛けてるんだが」

『いいじゃな、そのくらい』


  そして真美は語り始めた。


『私ね、ホットケーキ作ってるの!』

「そうなんだ、凄いね。だから、俺の話を聞いてくれる?」

『やっぱりコツはどれだけフカフカに焼くかなの』

「へぇ、そうなんだ。そろそろ話を聞いてほしいな」

『あっ!焦げてきたから電話を切るね』


  そして、通話は途切れた。


「おい何で?どうして俺の回りには人の話を聞かない奴ばっかりなの?」


  リビングの固定電話に掛けたが、真美が出た。

  もう一度言うが、出たのは真美だった。真美は何をするにもやらかす為、家事は誰も任せない。ヴァルケンが週に一度、特訓という名の家事をいろはを教えているが難航しているらしい。その真美がホットケーキを作っている。

  つまり、家には誰も居ない。


「俺がやるしかないのか」


  面倒だ。非常に面倒。今すぐに帰っていいのなら、風の速さで帰れそうだ。


  未だに銃撃を続ける機体を見ながら、指にはめた二つの指輪の存在を確認する。

  最後の最後の奥の手だったから使いたくはなかったが、俺自身の能力は一度暴れだしたら手がつけられない。ここは異界ではない。無意味なリスクを負う必要無い。


  聖騎士王の光輪(ホーリー・ナイツ)を目覚めさせる。


  本来、高位の魔道具(レリック)の行使には、魔力など必要無い。

  何故(なぜ)なら、高位の魔道具(レリック)には意思が宿り、自らで魔力を生み出し、パートナーを選ぶからだ。その為、選んだパートナーの意思に従って能力を発揮する。

  勿論、例外は無数にある。魔道具(レリック)も人間と同様に反抗的な物もある。だが、少なくとも聖騎士王の光輪(ホーリー・ナイツ)はその類いの代物ではない。


  黄金の刃が上空に現れ、機体に迫る。

  マシンは器用に体を逸らしてかわすが、背から影が突き刺す。

  マシンは閃光弾を放ち、影を消滅させた。


  今のは完全に真っ二つになったと思ったが、しっかりと両足を地を踏みしめ、立っている。

  対異能力者として製作されたであろう機体に思わず心中で称賛を送る。異能力を用いた対異能力者用のマシンの話なら耳にした事は無くはない。

  だが、これは違う。完全に確立されたテクノロジーだけで動いている。

  製作者の素性と正体が気になる。こんな洒落にならない代物を作れるような奴が何故(なぜ)無名なのか。

  本当にうざったい。


  再び襲い来る銃撃を走りながら避ける。

  二刀目の黒刃(こくじん)を起動させ、マシンの右腕の付け根に叩き込む。

  だが、互いにひび欠ける事なく拮抗している。

  マシンの左手が黒刃(こくじん)を掴み、眼前に銃口が突き付けられる。

  後ろに尻餅を突く体勢で転がる事で回避し、脚部を払い機体を転がせる。

  そのまま機体に馬乗りになり、銃器を空間ごと地へと押し潰し、黒刃(こくじん)で首に当たる部位を切り払った。

  腹部に何度か突き刺し、距離を取る。


  我ながら、今までにはあり得ない程の泥試合だ。

  被害を考えるとここまでやりずらいとは。まず、取れる手段が限られるし、相手が人でない為、武術やら魔術やら術利の奥底に至ったとしても最低限の効果しか見込めない。馬鹿正直に戦う事がアホらしく思える。


「動きか戦い方に癖があればな」


  効率的な動きすぎて、癖が無い。

  だからこそ次の動きは読めるが、その対策まで折り込みずみ。そのくせ、俺の動きはしっかりと分析しているらしい。

  やらしい戦い方だ。


  マシンの両腕から刃が生える。

  そして、俺から切り離された頭部はマシンの放った銃撃により大破した。

  代わりに、新たな頭が生えた。

  ドリルがそのまま取り付けられたかのように、頂点が尖っている。

  その頭部が開く。そして、光線を放った。

  俺は横に跳躍してかわすが、光線は俺を追いかけるように着いてくる。宙で何度も折れ曲がり、俺の背中目掛けて超速で追尾する。


「新手のストーキングかよ」


  空間を歪めすぎて周囲の道路やビルまで、その影響が出ている。

  黒刃(こくじん)で光線を叩き切る。


  監視カメラやら監視用の結界が張られている事は、ここに来た時から分かっていたからこそ異能力はこれ以上使わない。魔道具(レリック)の使用は考え無しな行動だったと思わなくもない。

  聖騎士王の光輪(ホーリー・ナイツ)は、キャラ的に睦月弟が持っていそうな魔道具(レリック)だから睦月家が寄越せとか何とか言ってきそうだな。あのどら息子の言う事は殆ど言う通りになってそうだし。


「取り敢えず、ぶった切る」


  縮地で背後に回り、黒刃(こくじん)を地と平行に走らせる。

  迷い無く、躊躇無く、加減無く黒い刀を振るう。

  一切の抵抗を感じずに、機体は断たれた。

  猶予を与えず、黒刃(こくじん)を振り下ろす。

  こちらも同じく、易々と切り開かれる。

  だが、切られたはずの四片の機体はゆっくりと近付き合い、元と同じ形態に戻った。


「ナノテクノロジーか?いや、少し違うな」


  ナノテクノロジーにしてはどこかおかしい。

  もう少しスムーズに形態を変えられるはずだ。俺の知らないアプローチにより開発されたナノテクノロジーであるのならば話は別だろうが、俺ならもっと慎重に扱うだろうな。

  少なくとも、単機で戦わせたりはしない。ナノテクノロジーを採用された物は、未だに脆いと聞く。

  表には出回る事はないが、それなりに発達している。それでも、実戦には耐えられるレベルには達していない。

  ならば、この機体は何だ?


  飛来してくる小型ミサイルを切り落とす。

  迫り来る銃弾を念動力(サイコキネシス)で動かした車両を盾にして防ぐ。

  機体の腕の刃が車両を容易く切り裂き、俺へと走って来る。

  黒刃(こくじん)で受け流し、体勢を崩した機体を背から切り伏せる。

  機体は即座に修復し、刃を突き出す。

  俺はその腕を掴み、瞬時に機体を切り刻む。

  切った回数は十七回。

  これでノーダメージなら逃げるかな。


  そう思いながらも、少し距離を取り様子を伺う。

  あろう事か機体は修復した。


「ここまで来れば嫌がらせの領域だな」


  機体が一歩俺に近付く。

  二歩目を繰り出そうと左足を上げたが、体がふらつき倒れる。

  そして、力無く機体はブロック状に分解した。


「えっ?終わりって事でいいのか?スッキリしないけど」


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