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52話

 

  学校前の駅前、集合時間の十五分前。


  俺は自分でも時間についてはシビアな性格であるとは思っていない。

  伊織は未だに姿を見せないが、気長に待つ。

  何をどこでどうするかは一切のノープランだが、伊織が考えてくれていると信じる。

  そもそも、俺は休日に仕事以外で出歩く事はない。長期間何もせずにダラダラゴロゴロと不毛で生産性の無い日常を過ごしていれば、見かねたヴァルケンからお使いを頼まれる事はあるがその程度。真美とのショッピングモールへ出掛けた時も、ヴァルケンから勧められたから。それがなければネットショッピングで手早く手短に終わらせていた。


「少し早すぎましたね」


  俺の隣で(はべ)るように(たたず)む黒髪の美少女が時計を見る。

  夜は、白いワンピースに赤い厚底サンダルと簡素な物だ。手にはカーキ色のハンドバックを持ち、目立ち過ぎないように気をつけたのだろうが、俺が白のシャツにジーパンというシンプルを通り越して地味な服装である上に絶世と言っても過言ではない美少女である為、結果的に目立っている。


「まあ、確かに早いだろうが待たせるよりはマシだな。伊織も何もなければ遅れる事はないだろうし」

「そうですね。時間には几帳面な方だと思いますし」


  俺は何となく、特に理由は無いが腕時計を眺める。


「一応確認だが、魔道具(レリック)でも何でもいいが、ご信用の道具は持ってきたか?」

「はい、タマリから貸してもらった呪符と帝さまからいただいた光線銃を持ってきています。それに、私の異能力は問題無く発動可能です」

「そうか、ならいい」


  俺の場合は、取り寄せ(アポート)すればいいが、万が一の事態を考慮して展開前の黒刃(こくじん)を三つと指輪を二つ指にはめている。赤い宝石が光る第一の指輪と金色に煌めく聖騎士王の光輪(ホーリー・ナイツ)。名は酷くチープだが、能力は規格外。並の魔道具(レリック)とは比べるまでもない。


「おーい、お二人さん待たせたな」

「そうだな、すんごく待った」

「そこは俺達も今来たところだって言うべきだろ。それにしても、夜もいたんだな」


  伊織は少し意外そうに、けれどどこか納得したかのような微妙としか形容し難い表情をした。


  対する夜は、美しく一礼をして返した。


「なる程、聖王協会から派遣されたんじゃなくて個人的な仲間って事か」

「ええ」


  その言葉に夜は嬉しそうに肯定した。


「それにしても伊織、どこに行くんだ?見渡しただけでもあっちこっちに目があるぞ」

「みたいだな」


  気が付いただけでも十二人の気配が俺達を囲むように広がっている。視線と気配で場所は分かる。敢えて、目視で確認する必要はない。


「その中でも三人は恐らく神無月家の人間だ。俺は神無月家の中では無能で通っているが、帝は聖王協会の関係者で琴音が最後にあったのはお前だって調べがついてるだろうからな。俺の服に取り付けてあった盗聴器は全て取ってきたけどな」

「伊織も大変そうだな。どこに行くにしても付きまとわれれば何も出来ないな。取り敢えず、ルナに行くか?学校前の喫茶店の」

「私は帝さまに従います」

「さま?従者なのか?」


  学校ではさん付けだから、普通に違和感があったよな。

  夜の顔は笑顔のまま固まっていた。


「まあそうだな」


  否定しない俺の言葉に伊織はニヤついた。


「高校生の男女、主従関係、美少女、これだけ並べば……なあ」

「なあって言われても困るんだが。それに俺達はそんな関係じゃねえよ」

「本当にか?夜は帝の事が好きだよな?」

「へっ?わっ、私ですか?いえ、そんな恐れ多いです」


  夜は顔を真っ赤に染めて、顔を激しく振るう。


  その反応は要らぬ誤解を招くだけだと思うが。


「冗談はもういいだろ。ルナに行くぞ」


  俺達はルナに入ると、いつも通り品のいい老夫婦が出迎えてくれた。


  俺は夜と真美が部活が終わるのを待つ時はルナに立ち寄る事が多い事から、顔と名前を覚えられた。入学式初日に睦月家の人間とやって来た事も大きな要因かもしれないだろうが。


  俺達がルナに入って十秒後、二人組の三十代の男女が入店してきた。

  店内は繁盛とは言えないが、三、四割程度の席が埋まっている。人の心理として、見知らぬ人の隣の席に着こうとはしない。よくて一つ席を離す程度だろう。探せば他にも空いているエリアがあるが、知ってか偶然か、この男女は俺達の近くの──より正確に言うならば、僅か一メートル離れた──席に座ってきた。


「どうも」


  二人は、俺が声をかけるとは思っていなかったのか、妙に警戒した表情を見せる。

  尾行の腕は三流だな。ここは、普通に社交辞令で返せばよかったのに。


  俺達は老夫婦にまた来ると告げ、ルナを出た。


「どこまでも付いてくるみたいだぜ。どうするんだ?帝」

「伊織、お前は何もプランを考えてなかったのか?」

「てっきり帝が考えてると思ってたんだがな」

「それは残念だったな。ノープランだ」

「頼もしいな」


  俺達はしばらく歩き、たまたま目にした商店街へと入る。


「本屋に八百屋、魚屋に駄菓子屋、いろいろあるんだな」


  俺は正直に心中を吐露する。

  夜も何も言わないが、同じ事を思っているのだろう。


「帝に夜に、二人とも商店街は初めてか?」

「初めてです。それにしても、伊織さんはよく来られるのですか?」


  ただ商店街を観察している俺の代わりに夜が尋ねた。


「俺は神無月家の人間だが、落ちこぼれだからな。生活レベルは一般人と大差ないな」


  その言葉に、夜はただ笑って返した。


「あの駄菓子屋入ってみないか?」

「面白そうですね」

「そうだな」


  俺の意見に反対の声は無く、古びれた駄菓子屋の戸を開ける。

  そこには──


「にいたん、このあめたべたい」

「いいぞ茜たん、好きなだけ買ってやるぞ」

「…………何やってんだ?伊崎」

「…………帝」


  舌足らずな可愛らしい茶髪の幼女を抱き抱えた伊崎が居た。


「おい伊織、誘拐犯だぞ。警察を呼べ」

「分かった」

「待たんかい」


  俺の肩を伊崎が掴む。


「伊崎、お前何やってんだ?お前の親もそんな誘拐犯にする為に育てたんじゃないだろ?」

「そんな誘拐犯って、誘拐犯に育てる親がいるかよ。そもそも、お前達は勘違いしているが妹だ。妹の伊崎茜だ」

「可愛らしい妹さんですね」


  夜がすかさずフォローを入れる。


「ああ、そうだな。俺と違って素直で、俺と違って目付きがよくて、俺と違って可愛くて、俺と違って──」

「おいおい、マジかよ。シスコン?やめろってキモいって、そんなキャラじゃないだろ」

「帝、もしかしたらギャップ萌えってヤツを狙ってるんじゃないか?」

「まさか、そんなベタな。ありきたりすぎるって。そもそも、茜たんって何?Eクラスの暴君様が茜たんはないよ」


  ジーパンを引っ張られるような感覚が生じ、視線を向ければ先ほどまで伊崎が抱えていた幼女が涙目ながらつぶらで純粋な眼差しを向けていた。


「にいたんはかっこいいもん。わるくいわないで」

「おいテメェ、何妹を泣かしてるんだ!?」


  即座に伊崎が俺の胸ぐらを掴む。


「いや、泣かしたのは俺じゃなくて……。間接的な原因は俺達かもしんないけどさぁ」


  アピールとばかりに両手を軽く上げる。


「はぁ?知らねえな。取り敢えず死んどくか?」

「にいたん、ころしはだめ」

「分かった」


  伊崎は俺から興味が失せたと言わんばかりに手を離し、面倒そうな表情とは裏腹に幼女の頭を優しく撫でる。

  どこからどう見ても、誘拐犯と誘拐犯になついた幼女にしか見えない。間違いなく、伊崎の目付きの悪さが原因だろうが。


「兄妹でとても仲がよろしいのですね」


  夜が微笑ましく見つめる。


「まあな、茜を守れるのは俺だけだからな」


  伊崎はどこか遠くを見つめるような眼差しになったが、腰に抱き付いた幼女に気が付き、すぐさま優しい兄へと戻った。


  何かを守る人間は、保守的な行動、選択を好んで選ぶが、伊崎はそのような性格ではないようにも見える。むやみやたらと喧嘩を吹っ掛ける事は、基本的に無いと学校では言われているとどこかで聞いた。勿論(もちろん)、興味を持った相手であれば好戦的にはなるが、それ以外では睦月弟との無駄なやり取りを嫌った時くらい。模擬戦の試練では自分から申請はしていなかったはずだ。

  最大の防御は攻撃とも言うし。よく分からん。単純に気分屋なだけかもしれない。まあ、間違いなくそうだろうが。


「帝、それで何の集まりかは知らねえし興味が無いが、何の用だ?」

「何をそんなに警戒してんだよ?お仲間がいないから心細いのか?」

「そんな訳があるか。さっさと質問に答えろよ」

「駄菓子屋とやらに興味があって立ち寄っただけだ」

「残念だったな。ババアが居ねえから何も買えねえぞ」


  そう言いながら、伊崎は奥へと進み、小さな椅子へと座る。幼女は伊崎の後ろをちょこちょこと着いていき、その膝の上に収まった。


  なつかれてるんだな。

  とても誘拐犯とは思えんな。


「だから妹だぞ」

「……何も言ってねぇよ」

「だったら、その不審者を見るような目をやめろ」

「被害妄想じゃないか?俺はいつだってこんな感じだ」

「いや、いつもは死んだ魚のような目をしてるだろ。クラスメイトからも言われてたぞ」


  伊織からの不意討ちに声も出ない。


  そうか、クラスでも言われてたんだな。それは知らなかった。

  夜へ確認するように視線を送るが、そっと視線を逸らされた。

  それも無言で。


  何だ、知ってたのか。俺以外。

  そこまでショックではない。だが、クラス内での疎外感を感じる。


「まあ、どうでもいいか」

「軽いな」


  伊織が小さく呟いた。

  伊崎は視線だけを向けるが何も言わない。ただ、顔がしかめっ面だ。


「外の気配、数は十二。あれはお前達の友達か?」


  伊崎は苛立ちを孕んだ口調で問いかける。


「ああ、俺がしくじってな」


  伊織が楽観的に言った。伊崎は隠そうともしない伊織に眉をひそめながら続きを促した。

  同時に夜が盗聴用の異能力を防ぐ結界を展開する。


「昨日のテレビの件、知ってるだろ?」

「ああ、俺も見てたからな」

「それについて帝から話を聞こうと思っててな」

「帝、お前は何か知ってるのか?」


  伊崎は伊織から俺へと視線を移す。


「まあ、そこそこな」

「俺には話せねえか?」

「意外だな。お前が興味があるとは思ってなかった」

「神無月琴音が消えたんだろ?だったら、今後も学校と無関係って訳でもないだろうしな。少しでも情報が多い方が望ましい」


  伊崎のその言葉に嘘は無い。


「学校でもしもの場合が起こった場合は、戦力と見ていいのか?」

「起こったらな」

「分かった、その言葉を信じよう」


  ただし、伝える情報をより絞るが。


「よろしいのですか?」


  夜が俺の耳元で囁いた。

  そういえば、夜は俺が伊織に情報を与える事も反対していたな。

  それが、気付けば伊崎にまで情報を与える事になっていた。わざわざ声に出してまでも反対する気持ちが分からない事もない。

  だが、伝えるからこそ取れる手段もある。


「心配ない、俺が信じられないか?」

「その言い方はずるいです」


  夜は誤魔化すようにそっぽを向きながら頬を膨らませていた。


「それで、昨晩の映像を見ていた前提で話すが、あの外人は──」


  唐突に地面が揺れた。


  伊織と夜はしゃがみ、伊崎は幼女を黒い魔力で包んで守っている。


「地震か?」

「いや、違うだろう」


  伊織の懸念を俺は否定した。

  地震にしては短すぎる。瞬間的な揺れ──というか大きな地響きと言った方が近いかもしれない。


「夜、防性結界に切り替えろ」

「はい」


  夜は瞬時にオーダーに答えた。


  伊崎は幼女に何かを言い聞かせている。

  夜は俺からの次の指示を待っている。

  伊織はスマートフォンを見ている。そして、表情を険しい物へと変える。


「どうやら未知のアーマーを纏った何かが出たらしい」

「この近くでか?」


  伊織は頷く。


「今は俺達に着いてきた神無月家の異能力者が対処しているらしいが、どうなるか」


  外から逃げるような慌ただしい足音が響いている事から、未だ撃退は出来ていないようだ。


「《《伝えられる》》事はそれだけか?」

「……ああ、そうだ」


  伊織は伊崎の言った意味を理解し、僅かに苦笑した。


「だが、この際隠し事は無しだ。そのアーマーは異能力を弾くらしい。正確な情報は出ていないが、直接干渉型の魔術は全て発動は出来たようだが効果を及ぼすには至らなかったみたいだ」


  ……まさかな。

  だが、可能性は皆無ではない。今出ただけの情報だけでもあの物質──正確に言えば特殊な鉱物だが──を持ち出すには莫大な資金とルートが必要だ。それらをクリアさせるには──


「なるほどな。そりゃあ、あの馬鹿も強気になれる訳だ」

「何か分かったって(ツラ)だな」


  伊崎の言葉を首を縦に振る事で肯定した。


「神無月家の使いっぱしりの連中じゃ荷が重いな」

「ならどうするんだ?」


  伊織の言葉に答えるように話を続けた。


「伊崎、お前を戦力と考えていいのか?」

「ああ、構わないぜ」


  不敵に笑う伊崎の抱える幼女を見る。


「夜はこの子と避難してくれ。一般市民に変な行動を起こされても困るから何かあった時は対処しろ」

「はい」

「伊織と伊崎は俺とアーマーとやらの所に行くぞ」


  二人は何も発さずにいるが、視線で了解した事だけは分かった。


  戸を開ければ、逃げ惑う人々が濁流を作り出しいている。


「夜、頼んだぞ!」

「お任せください!」


  夜は幼女の手を引き人の波に従った。

  対する俺達は流れに抗い、人の波を掻き分ける。

  商店街を抜け、幾つもの道路を突き抜ける。


  五つ目の道路に辿り着いた時、それは現れた。


  シルバーメタリックの二足歩行をしている鋼鉄の巨体。人が僅かに見上げる程の高さのサイのような金属体は腹部の一部を開けた。

  そこから出てきたのは禿げ上がった中年の頭。


「このアイアンアーマードは最高だぜ!」


  興奮気味に叫ぶ男は俺達へと視線を向けて笑う。


「黙れよサイ野郎。密猟でもしてやろうか?」

「おい、お前はどこに目玉付けてんだ?あれは猪だろ」

「待てよ、帝と伊崎。あれはどこからどう見てもトリケラトプスだろ」


  どうやら、俺達の見解はそれぞれ違ったらしい。


「餓鬼ども!これは象だ!」


  象と言われても、象の最たる特徴である長い鼻が一切見当たらない。

  ちょん切られたのだろうか?という冗談は、あのオッサンを逆上させそうだし言わないでおこう。

  ここはまずフォローだ。


「なかなかいかしたデザインですね。鼻は見当たりませんが立派な角に(たくま)しい構造」

「だが、中身のジジイがあれじゃあな。剥げてんじゃねえか。それに鼻も無い。もしかして、毛髪の残量に伴ってマシンの部位もどこか消えていくのか?」


  伊崎は空気を読まずに相手を挑発する。

  これじゃあ、俺のクラスの真木も怒る。


「どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって!」


  オッサンは機体に収納され、二足歩行から四足歩行へと進歩のような退化をした。


「伊織は周囲で隠れている神無月家の連中を逃がしてやれ。気配が弱々しいからな」

「分かった」


  伊織は走り去っていく。


「おい帝、まさかお前と共闘とはな」

「くれぐれも足を引っ張るなよ」

「はっ!?テメェ、誰に言ってんだよ」


  アイアンアーマードは巨体を走らせる。


  俺は黒刃(こくじん)を起動させる。

  伊崎は両手に深紫色のオーラを纏わせた。


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