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45話

 

  模擬戦の始まる直後、クラスメイトの囲まれた真木が、会長の隣に居た俺に気が付いたらしく、駆け寄ってきた。


「神月くん、来たんだ」

「会長に連れられてな。それにしても、伊崎相手に模擬戦とは無茶をするんだな。辞退するなら今のうちだぞ」


  俺の言葉に、真木は首を横に振った。


「ううん、私は引かないよ」


  真木が自分で決めたのであれば、俺が止める権利はない。


「そうか、俺はいろいろあって立会人をする事になったから、危なくなったら止めてやる」

「うん!その時はよろしくね」

「真木さん、準備はいい?」

「はいっ!私は大丈夫です。いつでも始められます」

「それなら、赤いラインまで下がってね」


  会長は、真木を止めなかった。意思の固さを確認するまでもなく、瞳を見れば燃え盛る闘志が爛々と輝いている。

  それに対して、伊崎は黒い腕時計を見ながら気怠そうに立っている。


  会長は、俺が睦月弟と模擬戦と一言一句違わず──もちろん、名前まで同じではないが──すらすらと歌うように述べた。


  観客達は、部屋の端にて二人を見守る。


「始め!」


  会長が腕を振り下ろしたと同時に、戦いの火蓋は切って下ろされた。


  先に動いたのは真木。

  自身の周囲に防性結界を展開させる。そして、伊崎の周囲には一般的に拘束の用途で使われる結界を鎖型に変換させた物を出現させた。

  橙色の鎖は、生きた蛇のようにくねりながら伊崎の胴に巻き付き、締め上げる。

  伊崎は表情を一切変えずに、視線だけを鎖に注ぐ。

  そして、顔に浮かんだのは呆れと哀れみ。

  瞬きをした直後には、鎖がガラスを叩き割ったような音を奏でながら前触れ無く砕ける。


  あれが伊崎の能力か。

  重力とは、引力に遠心力が加わった力だ。伊崎は重力その物を操っているのではなく、引力と遠心力をねじ曲げているにすぎない。

  だが、これらの工程は容易ではない事は確かだ。細かな微調整さえ不要な精度と全ての工程を完了させる速度。拙速(せっそく)に見えて器用に、功遅(こうち)に見えて颯爽(さっそう)と使いこなしている。


  黒と紫、二色の光を自身の体に纏わせた伊崎は一瞬で20メートル程の距離を詰めた。


  変に周囲の重力に干渉しないのは、観客への配慮だろう。


  真木は伊崎が詰め寄った一瞬で、更なる防性結界を張ったが意味をなさず、伊崎の右腕に払われ消滅した。


  実戦における、埋めようもない圧倒的な実力差。ここまで大きく開いているのであれば、意思の強さや知略や反則さえ無慈悲に捩じ伏せてしまう。

  今回は真木の意地だが、それを証明する模擬戦とも言えるだろう。


  会長が真木に降参の意思を確認する為に口を開きかけるが、それよりも先に事態は動いた。


  伊崎が真木の胸ぐらを掴み、異能力でどす黒いオーラを纏った右腕を構えた。

  あれをまともにくらえば命は無い。

  Fクラスの生徒達が悲鳴を上げる中、会長は静止の言葉を投げ掛けながらも俺へと視線を向ける。

  どうやら、そういう事らしい。


  死の拳が振り下ろされる中、緩やかな世界で伊崎の後ろまで駆け寄り、右腕を掴んだ。


「やっぱりそうなるよなぁ、帝!」


  伊崎は笑った。


  この男の狙いは、真木ではなかったらしい。立会人として、模擬戦の規律を守る為に動かなくてはならない俺だ。


  真木を掴んでいた左手を離しながら、振り向きざまに右足を繰り出してきた。

  伊崎の右足を左手で捌き、一度距離を取るが即座に眼前に迫る伊崎の胸ぐらを掴み、そのまま背負い投げの要領で投げ飛ばした。

  投げ飛ばされた伊崎は当然のように立ち上がったが、警戒しているのか不用意に近付いては来なかった。


「真木、端に行ってろ」

「えっ……うん!」


  ボケッとしたままの真木に邪魔にならないように言い、会長を傍目で見たが止めるつもりはないのか、面白い余興でも見るような楽しそうな表情をしていた。


面白(おもしれ)えな。これだけ異能力無しで戦えんのなら、睦月に手加減した上で圧勝出来る訳だ」

「買いかぶり過ぎだ」

「ンな訳があるかよ!」


  伊崎が消える。

  気配を探るまでもなく、経験則が教えてくれる。後ろだ。


  しゃがんだ頭上に、回し蹴りで放たれた左足が通る。

  振り向きもせずに、左手で右足を払おうと触れるが、伊崎を纏うオーラに弾かれた。

  振り下ろされた右腕を顔を逸らして避け、絶え間なく迫り来る伊崎の追撃を距離を開けないようにかわす。


  これでもまだ本気ではないだろう。

  伊崎も全力で戦う気ではないらしく、小手調べがしたいだけだろう。本気でやるには、この部屋は狭すぎる。


  伊崎が自身の右腕で俺の右腕を掴む。


「これで利き腕は使えねえな」


  勘違いしているようだが、俺の利き手は左手だ。


  俺は後ろに倒れ込みながら、両足で伊崎の胸を蹴った。

  後方へ転がった伊崎へ、バク転で体勢を整え、(かかと)落としを放った。

  伊崎は能力を使い、左へと吹き飛びながら回避した。


「容赦ねえな」

「当たるとは思ってなかったからな」

「信用されているとは嬉しいねぇ」


  伊崎は不敵な笑みを隠そうともしない。


  そして、体を僅かに沈め突貫してきた。

  構えの無く貫くように向かってきた手を払い、距離を取った。


  伊崎の動きは、武術を教わったのではないだろう。積み上げた場数で鍛えた動きだ。よく言えば無駄の少ない効率的な、包み隠さずに言ってしまえば攻撃の鋭さが足りていない。

  ただの喧嘩の様相と化した現状で、これ以上やるメリットはない。


  右ストレートを左膝で受け止め、払い除けるように顔へと左足を放ち牽制した。

  伊崎が三歩下がった瞬間に、会長へと睨むような視線を送った。


  後ろに下がり、タイムラグ無しに詰め寄ろうと足を踏み出した伊崎は、足を止めた。

  伊崎が五歩進んだ場所に炎の壁が阻むように立ちはだかる。

  異能力を使えば容易に破れる。だが、それが目的ではない。


「二人とも、そこまでです」


  紅蓮の壁を消し、俺と伊崎を視線を送った後は、ギャラリーに向けて言い放った。


「皆さんも大変勉強になったのではないでしょうか」


  話をいろいろすっ飛ばし過ぎだと思ったが、大抵の生徒は従うように頷いた。

  会長の弟である出雲は会長には目もくれず、伊崎へと歩み寄っていた。


「いい退屈しのぎになったぜ、帝」

「俺としては、もううんざりだ。しばらく顔も見たくねぇよ」

「連れねぇな。帝に免じて、真木との模擬戦は俺の敗けにしといてやるよ」

「太っ腹だな」

「たかだか、一勝だの一敗だの小さい事に興味は無くてな。楽しければ何だっていいんだよ。Fクラスの頭は強くはなかったが、その代わりはいたらしい」


  そう言い残し、伊崎達は部屋から出ていった。


「大変だったわね」


  伊崎の背中を見つめていた俺に、会長が(ねぎら)いと共に近付いた。


「そう思うのなら、もっと早い段階で止めてほしかったよ」


  俺の発言に会長は、ただ笑って返す。


「それにしても、異能力を使わずに戦うなんて凄いじゃない!」

「喧嘩慣れしているだけだと思うんだけどな。それに、あちらさんは手加減してくれてたようだし」

「そう?」


  会長は覗き込むように俺の顔を伺ったが、何も感じられなかったのか、すぐに体勢を戻した。


「ところで、帝くんのクラスは上手にやれてる?」

「さあ」

「さあって」


  呆れた表情でため息を吐き、会長は話を続けた。


「この学校の試練は、クラス全体で協力し合わないと突破出来ないんじゃないかしら。特に1年生は」

「突破?一定のラインを越えなければ、一クラス丸々退学になったりでもするのか?」

「いえ、そうはならないわ。ただ、ペナルティが次の試練の時に課せられるだけよ。そして、学年最後の試練を突破出来なければ皆で仲良く留年」


  ペラペラと喋る会長を横目で見ながら考えを巡らせるが、会長の言った事を担任である綾瀬川は一言も口にした事はない。


「そんな事を言っていいのか?」

「構わないわ。上級生から情報を収集する事は当たり前よ」

「そうだな」


  すました顔をしながら思う。恐らく、俺のクラスはそんな事を一切やっていないな。

  明日にでも真木に伝えておくか。覚えていたらだけど。


「それで、もう一度聞くけど大丈夫そう?」

「その一定のラインとやらが分からないから何とも言えないな」


  今年になって初めて施行された試練らしいからな。


「確かにそうね」

「そのラインが勝ち越しであれば難しいが不可能ではないな。俺の知らないところで敗けを連発していなければだけど」

「試練は後二日あるから頑張ってね。またね」


  会長は真木に一言だけ声をかけると退室していった。

  少し急ぎ足である事を見ると、次の用事が詰まっているのかもしれない。新入生の生徒会役員が在籍していない弊害が早くもやって来たのかもしれない。

  俺はあくまでも、他人事として考える。


「ありがとうね、助けてくれて」


  真木が申し訳なさそうにしながら歩いてきた。


  会長と話していた時は遠慮していたのか、時折視線を向けられている事には気が付いていた。


「一応、無理矢理押し込まれたとはいえ立会人だったからな」

「それでもありがとう」


  一度(うつむ)いたが、俺に視線を向ける頃には満面の笑みが浮かんでいた。


「神月くんって強いんだね!」

「そうか?」

「うん!」


  調子が狂うな。

  手を抜いた相手を止めただけで、こうも誉められる事は聖王協会にいた頃は無かった。

  伊崎の存在がそれほどアンタッチャブルな物になっているのか、よほど実戦能力が低いのか。


「ねえ神月くん」


  逃げるように部屋から出ていこうとした俺を真木が引き留める。


「もしよかったら、皆に戦い方を教えてくれないかな?」


  何とまあ、物騒なお願い。


「この前から断ってばかりで悪いが、俺は他人に教える事に関しては致命的に下手でな。他を当たってくれ」


  嘘は言ってない。

  だが、ついでにアドバイスだけは送っておく。


「あの鎖は防性結界の性質変化だよな?」

「えっ?……あっ、そうだよ。それにしてもよく知ってるんだね。同学年では分かる人はいないかと思ってた」

「まあな。それで、性質変化は多彩な技を作り出す事が出来るが、その代わり魔力の変換効率が悪くなる。伊崎のような奴が相手では破る事は容易(たやす)い。まずは基礎から極めていくべきだろうな」

「そうするね!ありがとう」


  我ながら余計なお世話のようにも思うが、変に迷走させるのも目覚めが悪い。


  俺は、クラスメイト達の興味深げな視線から逃げるように部屋から出た。

  第一演習棟から出れば、自分が思っているよりも、時間が経過していたらしく、夕焼けが橙の光景を彩っていた。

  伊織達は会長から逃げた為、どこにいるのかが分からないままだ。メールでも送っておくか。


  会長とばったり遭遇した曲がり角を、今度は警戒しながら大きく迂回して曲がる。

  曲がった先には誰も居ないが、思わず立ち尽くしてしまった。


  一切の花びらが散っている様子のない、立派で力強いくも儚げなしだれ桜。

  あれ程までに目立つオブジェクトであれば忘れないはずだが、伊織達とここを通った時にはあの桜を見た記憶はない。見落としていた可能性も考えづらい。

  周囲を歩き回る生徒達も、しだれ桜に目を向ける事も無く通りすぎている。見慣れたと言うよりも見えてないと言った方がしっくりくる。


「神月、お前にあの桜が見えるのか?」


  淡々とした口調で話しかけて来たのは綾瀬川だ。


「見えますけど、どうやら他の人には見えていないようですね」

「そうだ」


  綾瀬川は表情を一切変えないが、それがかえって彼女との何かしらの縁を感じられる。


「それにしても、どうしてここに?」

「私がここに居て悪いか?」

「いえ、特に悪いとは思いませんよ。ただ、意味無く教え子に声をかけるような方だとは思っていなかったもので」


  少しばかり話を逸らしながら、出方を伺う。


「それは心外だな。私はそこまで生徒には寄り添っているつもりだとも」

「口では何とでも言えますよ」

「そうだな、口では何とでも言える。だが、そんな事が出来るのは生きている間だけだ」

「そうですね生きている間ですね。よく知っていますとも」


  互いにそれ以上は何も言わず、俺は去って行く綾瀬川の背中をしばらく見つめていた。






  深夜、俺は黒衣を纏い、遥か高い上空から廃れた工場を見下ろした。


  予想外の出来事が起きたが、計画──とは大きくかけ離れたが実力行使の実行を僅かに早める程度ですんだ。

  限定的な認識阻害を自身にかけ、変質させた魔力を垂れ流す。


  死の武器商(アンダー・コレクター)に頼み、急いで作らせた蒼銃(そうじゅう)取り寄せ(アポート)させる。


  この国においては、少し変わった言い方ではあるかもしれないが、ごく一般的な拳銃よりも大きく分厚い青の銃身はメタリックな輝きを放ち、銃口は上方に頂点の向いた三角形。

  それに対して、握りと引き金は一般的な物と大きさは変わらない為、頭でっかちな印象を受ける。実際に、レボルバーがより埋もれて見えている。


  見下ろした先の廃工場の中にいる者達が、今回の魔道具(レリック)騒動の主犯格。

  対策課の視線が行き届いている学校には手を出せずにいたようだが、この先も無いとも言いきれない。面倒事に発展する前に、連中を叩く。


  体を浮かしていた念道力(サイコキネシス)を解除させる。

  同時に体が重力に抗う事もせずに地へと引き寄せられる。

  音を立てずにアスファルトの地面に着地し、朧月(おぼろつき)を発動させた。存在密度が急激に低下し、目視が不可能となる。あまり低下させすぎると、神月帝という存在その物が消失してしまうため、そうならないように気を付けなければならない。


  見回りを命じられたのか、あくびをしながらゆっくりと歩く男へと近付き、肩に手を触れた。


「誰──」


  最後まで喋らせるつもりはない。

  蒼銃(そうじゅう)が放つ青白い無音の光の弾丸が男の胸を穿ち、瞬時に展開させた黒刃(こくじん)で男の声を聞き近付いて来た新たな男の頭部へと投げた。

  音が鳴らないように気を付けながら、男達を服ごと浮かせ、ゆっくりと地面に下ろした。

  本来ならば、気付かれる前に死体を処理すべきだが、今回は状況が違う。


  廃工場内の者達を掃討するのに、五分もかからなかった。


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