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37話

 

「異能力者を操る魔道具(レリック)について耳にしたんだが、一体なんだ?」


  唐突な質問。

  多くの意味を含むため、必然的に答えのニュアンスもその分増える。

  だが、それでいい。

  核心を突く質問ではなく、逃げ道をあらかじめ作っておけば、警戒の深さが浅くなる。


  会長である出雲はにこやかなままだが驚きを隠せておらず、稲越は両目を見開き顔を強張らせている。


  結果、俺の質問に答えたのは睦月恒四郎だった。


「それはどこで聞いた?」

「聖王協会のツテでな。気を付けろって言われたから気になってな」

「そうか。確かにお前の言うような代物が一部で出回っている事は確かだ」

「どこから出ているのか、流通のルートは、分かっているのか?」

「それが分かれば苦労はしない」

「それもそうだな」


  流通のルートが分かれば苦労はしない……か。

  それは嘘だな。


  昨晩、目を通した資料の中に、睦月家の召し抱えている異能力者が例の魔道具(レリック)を売っている組織と接触した事が記載されていた。

  詳しくは調査中だが、何も知らない訳でもないだろう。


「それと、魔道具(レリック)はどうやって異能力者を操るのか、判明してるのか?」

「私が聞いた話によると、例の魔道具(レリック)は強力な効果をもたらす反面、仕様する度に異能力者の脳に干渉するらしいのよ」


  今度は、出雲が答えた。


「薬物みたいに中毒になるのか?」

「どうでしょう。私は使ってないから何とも言えないわ」

「まあ、そうだろうな。使っていなければ分からないな」


  そこまで耳寄りな情報を聞けた訳でもないが、最初から期待していなかったし上々の成果とも言えなくもない。


「俺達は教室に戻る」


  弁当をゴミ箱に入れ、夜を連れて教室に戻った。






「それで、美人の会長から呼び出されてどうだった?何か進展はあったか?」

「何の進展だよ」


  伊織が午後からの授業が始まる直前に尋ねてきた。


「じゃあ、何の話をしてたんだ?会長は帝に興味津々だっただろ?」

「ただの未知への好奇心だろ。自分で言うのもあれだが、俺は結構変わってるしな」

「自覚あったんだな。意外」

「ほっとけ」

「いきなりBクラス、それも睦月家に喧嘩吹っ掛けるどころか眼中にないって態度取れるのはお前くらいだろ」

「だが、純粋な戦闘能力なら伊織の方が上じゃないか?」

「いやいや、俺は落ちこぼれだし」


  伊織は首と手を横に振り否定するが、俺はそう思っている。


  伊織の場合は単に比べる相手が悪かっただけだろうし、睦月弟はただ誰とも比べられず魔眼保持者だったが故に名声ばかりが過剰に大きくなっただけだろう。

  魔力量では負けているが、立ち振舞い、魔力の質、魔力操作の練度では遥かに睦月弟を凌駕している。それに、魔力量に関してはまだ成長期であるため伸び代はまだある。


  それに、翔に関しても同様だ。

  サラブレッド中のサラブレッドである睦月弟に勝てるかどうかで考えれば、睦月弟の戦い方次第ではどうなるか分からないが、昨日の魔力暴走を見れば永田は言わずもがな睦月弟にさえ負けないだろう。


  あの集団は如月シャーロットだったか、金髪の少女がいなければ直ぐにでも破綻するだろう。


  それにしても、クラスの優劣がはっきりと明確化されているが、誰がどのように決めているのだろうか?


  家柄であれば、伊織がここにいる理由が分からない。

  異能力者としての実力であれば、あの問題児(睦月弟)は間違いなくこのクラスだろう。

  ならば学力か?

  それは少し違う気がするな。異能力者が魔術を習うための教育機関で学力でクラス分けをするとは思えない。

  一応、数ある可能性の一つとして頭のすみに置いておくか。






  放課後。


  教育を見れば、各々で少人数でグループを構成し、放課後にどこに行くかについて話し合っていた。


「伊織、この学校には部活ってあるのか?」

「あるぞ、昨日の担任の綾瀬川大先生からのありがたい(みことのり)を聞いてなかったのか?」

「ぼうっとしてた」

「なんなら一緒に見て回るか?」

「いいのか?」

「いいぞ。俺も、どの部活に入るか決めてないしな。とは言っても、入るつもりもないからな」

「そうなのか?じゃあ、どうしようかね。ぶっちゃけ俺も部活にそこまでの魅力を感じないからな」


  正直、部活という文化は肌に会わない気がする。今まで、聖王協会では命懸けでやらされたのが当たり前になってる俺は、自主的に何かをやりたいという気持ちは強くない。


「帝、面白そうね。そのブカツってヤツ」

「伊織、真美が興味があるらしい」

「なら、行くか」


  伊織の案内──迷う事、既に十二回──に従い、学内を歩き回る。


  部活には野球やテニスなど、一般的な物もあれば魔術の研究会や魔術を競技化した物まであるようだ。

  真美はどれを見ても顔を輝かせる。

  やはり、好奇心には勝てないらしい。日本に来た頃はツンデレキャラと思っていたが、あれは心の余裕がなかっただけで、実際にはどこまでも純粋な性格をしているのだろう。


「真美、何か面白そうな部活でもあったか?」

「最初の方に見たテニス部ってヤツ?あれが一番面白そうね」

「いいんじゃないか?ウェアも似合いそうだしな」

「そっ、そう?」


  真美はもじもじとしながら上目遣いをする。

  無意識なのだろうがそれにしてもあざとい。あざとすぎる。


「夜とフェーンも何かあれば入ってもいいぞ」


  だが、フェーンは興味無さそうだな。

  夜に関しては、真美と同様に興味がありそうな部活を探しているようだ。


「帝、あれ」


  伊織が指差した方向を見れば織姫と如月、その後ろには永田と俺達を睨み付けている睦月弟が歩いてきていた。


「伊織、逃げるか?」

「それは悪手じゃないか?」

「それもそうだな」


  卯月は一メートルまで近付く。


「帝さんも部活動に興味があるのですか?」

「俺じゃなくて俺のツレがな」

「そうだったんですね」


  織姫は両手を合わせ、「良い事を思いつきました」と呟く。

  正直、嫌な予感しかしない。


「もしよろしければ、一緒に見て回りませんか?」


  マジでか。


  昨日、あんな事があったのに一緒に回ろうと言うとはな。

  織姫は良いだろうが、睦月弟の心中は俺達と同じく穏やかではないだろう。

  だが、本人を前にしてあからさまな拒否もできる訳もない。


「いやぁ、まあ……。行きたい場所も見たい物も違うだろうし。また今度にしないか?」


  俺の言葉に明らかな安堵の表情の睦月弟。


「……そうですか」


  残念そうな表情を浮かべる織姫。

  だが、本来の仕事!と言わんばかりにどこぞの魔王は場をカオスへと誘う。


「織姫ちゃん、一緒に回ろう!帝もいいでしょ?」


  真美から嬉しそうな視線が向けられる。


「伊織、何とかしてくれ」

「逆にどうしたらいいのか聞きたいところだ」


  伊織と一緒に如月へと視線を送るが、笑顔で返された。

  きっと大丈夫なのだろうと信じたい所だが、睦月弟の非友好的な顔を見る限り難しそうだ。


「伊織、睦月弟は何であそこまで友好的じゃないんだ?」


  俺は小声で尋ねる。


「聞いた話によると、睦月家始まって以来の奇才として育てられたがために、何でも望むがままだったらしい」

「完全な暴君にならなかっただけマシと言うべきか、中途半端に自分至上だから面倒だと言うべきか」


  ただの魔眼保持者にしては優遇がすぎる気がするが、確かに睦月家は魔眼保持者が産まれにくいとは聞いた事はあるな。


  結局、真美の希望通り、織姫達と部活を見て回る事になったが、人数の割には騒がしい訳ではない。

  最前列では真美と織姫が話し、睦月弟と永田がちょいちょい混じってる感じだ。

  如月と日吉は夜と談笑しており、最後列では俺達残り物がついて行っている。


「伊織、この仲良しごっこはいつまで続けるんだ?」

「俺に聞くなよ。少なくとも、逢坂と卯月は仲良しに見えるぞ」

「そうだな。確かに仲良しだな」


  その二人からチラチラと視線を受けるが、首を横に振る。恐らく、話したいと思っているのだろう。ショッピングモールの時は、勝手に帰ってしまったしな。

  それに、俺は睦月弟と仲良くできるとは思えない。向こうも同じ事を思っているだろうが。


「神月さん、少しよろしいですか?」


  如月がペースを落とし、俺の隣に来る。

  同時に空気を呼んだ伊織達は前方へと進む。


「どうした?微妙な空気になったのを今更反省してるのか?」

「いえ、そうではありません。織姫からあなたの話を聞いてから気になる事があるのですか」

「答えられる範囲なら何でも答えるぞ」


  如月はクスッと笑う。


「神月さんは、聖王協会の関係者なのですよね?」

「まあな」

「この事は王子には内密にお願いしますね」

「変に暴走されても困るしな」


  俺が聖王協会の関係者だと知られれば、俺と敵対する真っ当な理由だと勘違いされるのが一番厄介だ。


「それと、とてもお強いようですね。織姫は私と王子が一度に戦ったとしても神月さんには敵わないと言っていました。異能力を使った多彩な戦い方に驚異的な胆力に、並外れた武術。相当、場数を踏んでいるんじゃないかと言っていました」


  思ったよりも洞察力は高いらしいな。


「勘違いの可能性は考慮したか?」

「王子はそう言っていますが、私は織姫の事を信じていますので」

「仲が良いんだな」

「幼馴染ですから。神月さんにはいらっしゃらないのですか?」

「俺の幼馴染なんて、ろくな奴はいねえよ」


  如月はそうですか、と呟く。


「それと、これは私の考察なのですが、あなたは聖王協会の幹部の一人、パラディンではございませんか?」

「悪いが人違いだ」

「そうですか」


  そもそもアイツは日本人じゃない。


「そのパラディンって奴と何かあったのか?」


  答えを求めてはいないが、一応聞いておく。


「何もありませんよ」

「そうか」


  だが俺は確かに確認した。

  如月がパラディンというフレーズを口にした瞬間、微かな殺意が滲んでいた事に。

  それについては何も聞くつもりはない。

  アイツは俺が聖王協会を抜けてから円卓の騎士の一員になったと聞いたが、同年代の中ではルクスと同じくポテンシャルがずば抜けていた。

  真面目すぎるのと、頭が固すぎる事が玉に瑕だが、ジョーカーが上手くやっているだろう。


「それでも、あなたが聖王協会の幹部に近い実力を有しているとは疑っていますよ」

「本人を前に疑うとか言っちゃダメだろ」

「確かにそうですね」


  如月は控え目に笑う。

  そして、一礼し日吉の隣へと戻っていった。


「それでそれで?何について話してたんだ?」


  伊織がニヤニヤをいつも以上に深めながら俺の肩を組む。


「ただの世間話だ」

「そうは見えなかったぜ」


  そして、俺だけに聞こえる声で呟く。


「聖王協会関連か?」

「そうだな」


  俺は伊織を見ずに答える。


  如月が聖王協会と何があったのかは知らないが、伊織が知っているという事は、それなりに知られているのだろう。機会があれば聞いてみるか。


「ところで、このカオスをどう抜け出すんだ?織姫は帰らせてくれそうにないぞ」

「いや、もっとカオスになりそうだぞ。前を見てみろ」


  俺が前方へと視線を向けると、目付きの悪い黒髪の少年を筆頭にした五人の男子生徒の一団が向かってきている。

  向かってきているというよりは、互いの進行方向に互いがいるだけだろう。


「伊織、あれは誰だ?」

伊崎晴也(いざきはるや)だ。Eクラスで一番ヤバい奴だ。戦闘能力だけを見れば、学年だけじゃなく、学校全体を見ても上位に食い込むぞ」


  ただの興味本位で聞いただけだったが、伊織はかなりの情報通らしい。


「詳しいんだな」

「そりゃあ、中等部から有名だったしな」

「そうか。それよりも、中等部なんかあるのか?」

「あるぞ。完全なる実力至上主義だから生徒数はかなり少なかったけどな」

「それで、どう有名だったんだ?」

「強力な重力操作の使い手で、格上相手でも倒しちまうんだよ。しかも強力な魔眼保持者をな」


  魔眼保持者同士の戦いでは、魔眼の能力の優劣が物を言う。


「なるほど、余程強力な魔眼を持っているんだろうな」

「これが一番驚く事なんだが、当の伊崎晴也は魔眼保持者じゃないんだよ」

「……それなら、大金星だな」


  伊織は、両腕を頭の後ろに組ながら話を続ける。


「更に魔眼保持者を倒した回数は一度や二度じゃないんだよ。倒した魔眼保持者は十を越えるらしい。それで、ついた異名が"重帝崩墜グラビトン・エンペラー"」

「要は、かなり強いって事か」

「ざっくりと纏めたな」


  そして、睦月弟と伊崎の距離は詰まり五メートルの猶予を残し、互いに止まった。


「何か用か?」


  伊崎は興味無さそうに、そしてぶっきらぼうに口を開いた。

  だが、睦月弟は何も言わずただ睨むだけだ。


「あの二人、何かあるのか?」

「中等部の時にな、睦月ってプライドが高いだろ?それで伊崎に対して喧嘩仕掛けてな」

「それで伊崎が勝ったと?」

「ああ、喧嘩っていうか一方的なリンチに近かったけど」


  結局、憎々しいが一度痛い目に遭わされたが故に強く出られないのか。


「右から世良巧(せらたくみ)出雲啓太(いずもけいた)、お(かしら)挟んで、高柳竜(たかやなぎりゅう)高柳虎(たかやなぎとら)だ」

「なるほどな、出雲って会長の弟か?」

「その通りだ」


  出雲家の人間が誰かの下につくとは、余程の事ではない。

  伊崎晴也は面白い男なのだろう。


  彼らを簡単に言い表すと世良巧はうつむきがちな黒髪の気弱な少年。

  出雲啓太は、端正な顔立ちの金髪の美男子。

  高柳竜と高柳虎は永田よりも筋骨隆々な坊主頭の不良。二人の違いを挙げれば、高柳竜は右目の上に、高柳虎は左目の上に一筋の傷がある事くらいだ。

  どいつも一癖二癖ありそうだ。


  伊崎は睦月弟を右手で押し退け、俺の方へと進む。


「久しぶりだな、伊織。こんなつまらん連中と和気藹々(わきあいあい)と仲良しごっことは感心しないな」

「俺はこいつの意見に従ってるだけだからな」


  そう言いながら、伊織は俺の肩に自らの左手を乗せる。


「ほぉ」


  伊崎は俺へと突き殺すように鋭い視線を向けた。


「誰だお前?」

「神月帝だが何か?」


  威嚇するような伊崎に挑発するように返す。

  しばらく互いに視線を交差させたままだったが、先に伊崎が苦笑しながら逸らす。


「……神月帝……か。お前は覚えといてやるよ」

「そりゃどうも」


  どうやら俺は伊崎の御眼鏡に適ったらしい。

  横の伊織が驚いた表情をしている事からこれはかなり珍しい事らしいが、野生の勘と言うべきだろうか?

  伊崎はどうやら勘が鋭いらしい。心中で名前と共に警戒の印を刻んでおく。


「行くぞ」


  伊崎は四人を引き連れ、この場を去る。


「台風みたいな奴だったな」

「そこまで可愛らしくはないぞ。アイツが本気で戦えば間違いなく死人が出る」

「そこまでか?」

「ああ、なんなら一度戦ってみたらどうだ?許可を得た模擬戦であれば、校則に引っ掛からずに戦えるぞ」

「やめとく」


  そもそも、俺の能力は敵を殺すのに特化したものばかりだ。

  そんな状況でまともに戦えるとも思えない。


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