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34話

 

  真美達の座る席に近付いて改めて思ったのだが、決して悪目立ちではないが目立ってはいた。

  それは容姿の美しさによる注目だろう。

  友人になろうと話しかけようとしている者は歓迎なのだが、そうではない者は面倒だ。特に、思春期真っ盛りの男子生徒は瞳の奥の欲が隠しきれていない。

  もし、真美と夜が他の他人に(なび)くのであれば、記憶を消去して赤の他人として生きていく事になるだろう。なんとしても情報漏洩のリスクを犯すつもりは毛頭ない。


  少し様子を見るか。


「あれはお前のツレじゃないのか?」


  俺は馴れ馴れしく肩を組んできた制服を着崩している銀髪の優男を興味なさげに見る。


「そうだが、あの中に入るのに気が滅入ってな」

「確かにな。気持ちは分かる。なんなら、俺らが一緒に行ってやろうか?あっ、俺は神無月伊織(かんなづきいおり)だ。こっちは橘翔《たちばなかける》だ。俺の事は伊織でいいぜ」


  神無月は自らの後ろに立っている黒髪の少年を親指で指差す。


  どちらも身長は俺と同じく、同年の男子の平均よりも遥かに高い。橘は、少し俺達よりも低いくらいだ。


  それにしても今度は神無月か。十二の名月の中でも、最強と一族と名高い家柄だ。


  伊織は、にこやかな笑みを絶やす事がないため、非常に絡みやすいがそれ以上に胡散臭そうな印象を受ける。ドラマで出てきたら、必ずどこかで裏切りそうだ。


  対し橘は、一度も口を開いていない事から口下手な性格をしているのだろう。

  そして、現在進行形で気さくなやり取りを行っている事から伊織の付き人の類いでもない。

  その橘は、伊織と違って制服をきっちり着用しているが、視線が非常に鋭く硬派な美形といえる顔立ちなのだが、俺に対して笑顔を振り撒くヴァルケンとはまた違った感じがする。ヴァルケンと比べても、ヴァルケンよりも硬い。

  俺は内心でダイアモンドボーイと名付けた橘から会釈を受け、直ぐ様返す。


  伊織はネックレス、橘は腕輪がそれぞれの魔道具(レリック)なのだろう。他にも持っているのだろうが。


「そろそろ行った方がよくないか?そろそろ始まるし。それに銀髪の女の子はいかにも誰とでも仲良くなろうとしてるからな。俺達の席がなくなる」

「そうだな」


  伊織に急かされ俺達は真美の元に向かう。


  よく真美が俺のツレと気が付いたものだと思ったが、神無月家の人間なら知っていてもおかしくはないな。


「真美、待たせたな」

「遅かったわね」


  真美は俺が遅かった事に対して怒った様子は一切ないが、フェーンはかなり疲れたらしい。

  こういうのは、人間性が物を言うからな。俺もあまり好きじゃないし。


「帝さ……ん、今までどちらに居られたのですか?」


  神無月達に視線を向け、多少の間があったが俺への呼び方を変えた夜は、視線で二人の説明を求める。


「この銀髪の黒幕っポイのが神無月伊織で黒髪の方が橘翔だ。そして、奥からフェーン・ウェイバーウッド、暁夜、逢坂真美だ」


  互いに軽く挨拶を済ませ席に着く。

  同時にホールの照明が薄暗くなる。


「緊張するな」

「緊張?どうしてだ?」


  伊織へと視線を向けずに疑問をぶつけるが答えは返ってこない。


  入学式が始まり、お決まりの念仏のような挨拶のオンパレード。

  正直、こっちは挨拶なんて聞きたくはない。聖王協会の式典では、円卓の騎士という幹部としての立場があったため寝れば説教コースだったが、今は寝れる。

  よし、寝よう。


  俺が浅い眠りを堪能していたにも関わらず、伊織が脇をつつき俺を起こす。


「どうした?」

「そろそろ終盤だから起こしとこうと思ってな。ほら、新入生代表からのありがたいお言葉だ」

「新入生代表って事は、一番優秀なのか?」

「そうだな。入試を受けた中では最も優秀だな」


  俺は重い(まぶた)を擦り、含みのある言い方をした伊織に促されステージを見れば、天より舞い降りたような絶世の美しさを誇る少女がそこには居た。

  燃えるようなストレートの赤い髪。

  紫水晶のような紫色の瞳。

  凛々しくも儚げで、そして見る者を惹き付けるようなカリスマ性を有した少女。


  彼女は微笑を浮かべ、優雅に一礼する。そして、歌うように滑らかに美しく謝辞を紡ぐ。


  俺は彼女を知っている。彼女は俺を知らないだろうが。

  横目で伊織を見れば案の定、顔から感情が消えていた。辛うじて笑みは残っているが非常に空虚だ。触れれば崩れ去るように脆い笑みを浮かべながら、ただ黙って凝視している。


  彼女の名前は神無月琴音(かんなづきことね)、伊織の双子の姉だ。

  姉弟が優秀ならば生きづらいだろう。それが双子ならば尚更。


  神無月琴音の謝辞も終わり、入学式の閉会を迎えた。


「琴音が話していた時、お前を見ていたな」

「否定はしない」


  新入生が続々と席を立つ中、伊織は座ったまま話しかけてきた。


「分かってると思うけど、彼女は俺の姉だ。苦手なんだよな、優秀すぎるから」

「そうか」


  苦笑を浮かべているが、負の感情は感じない。最早、劣等感さえ浮かばないのだろう。


  "封縛の魔女"。


  それが神無月琴音の異名だ。"神童"が異能力社会の表舞台から去った今、期待の新星として真っ先に必ずと言っていい程、名が上がるのが彼女だ。


  神無月琴音の実力をこの目で見ていないため何とも言えないが、俺と同年代の中では頭が一つ抜けていると断じていいだろう。

  他にもいろいろと有望な者はいるのだろうが、神無月伊織の名前はあまり耳にしない。


「伊織は、俺の事をどこまで聞いている?」

「聖王協会からやって来たとだけな」

「そうか」


  表情を見る限り嘘ではないらしい。


「それと、同じクラスらしいぜ」

「そうなのか?」

「ここで嘘を吐いてどうすんだよ。帝達は全員Fクラスだろ?ちなみに琴音はAクラスだ」


  これは初耳だな。

  俺はFクラスだと聞いていなかった。


「じゃあ、教室まで一緒に行くか?」

「そうしよう」

「連れてってくれ」

「そう言うと思ったよ」


  伊織は苦笑いを浮かべる。

  思った以上に気さくな性格なのだろう。


  俺達は殆ど誰も居なくなったホールから出て校舎へと向かうが、ホールと校舎は接続されているようで、教室まで楽に辿り着いた。


「それにしても、AクラスからFクラスまである中のFクラスか。なんだか落ちこぼれみたいだな」

「言わないでよ」


  俺の軽口に真美だけが反応した。

  他のクラスメイト達は自覚があるのか、思い当たる節があるのか体をビクッと動かし、動きを止める。


「入学初日からやっちゃったねぇ」

「うるせえよ」


  俺の前に座った伊織が振り向いてくる。

  座席は自由のようで、それぞれがグループを作り、固まっている。

  約一名、孤独を貫いている青髪の男子がいるが、その事を一切気にしていないらしい。一人でいる事にポリシーがあるのか、単に一人が好きなのか。

  他には空席が一つある。


  クラスメイトからは嫌われたかもしれないが、後方の窓際に座れた事だけ良しとしよう。

  これで、他人とあまり関わらないで済む。


「伊織、今日はまだ何かあるのか?俺はもう帰りたいんだが」

「そりゃ、クラスメイトに喧嘩吹っ掛けたんだから帰りたいよな」

「否定をするつもりはないが……まあ、そうだな。何でもいいや」


  もう考える事さえ面倒だ。

  五年もニートやってりゃ、自然とこうなる。働いてはいないし、生活費なんて考えた事はないが、生きていくので精一杯。

  つまりはただのクズなのだが、俺は取り敢えず家に帰ってポテチを(かじ)りたい。


  唐突に閉ざされた扉が開かれる。


  扉の奥には、黒髪を後ろで束ねた美女が立っている。だが、もう一言付け加えるのならば冷血美女。

  少年漫画に欠かせない努力や友情を全否定してきそうだ。


「とんでもないのが来たな」

「もう帰っていいか?俺、あんなのが担任とかノイローゼ起こすぞ」


  既にお腹が痛くなってきた。


「そこの後ろの二人、聞こえてるぞ。何か言いたい事があるなら今言え」

「いや……特には」

「神無月家だろうが容赦はせんぞ」

「はい」


  俺はしれっと他人のふりをする。


  小声で話していたはずなのだが、それが聞こえているというのは耳が良すぎるな。


「それなら、まずは紹介をしておこう。私はこのクラスの担任になった綾瀬川澪(あやせがわみお)だ。担任として、相談事ならいつでも乗るぞ」


  俺なら絶対に相談しないな。


「このクラスははっきり言って落ちこぼれだ。落ちこぼれの集まり、同じ穴の狢だ」

「そこまで言わなくて良いじゃないですか!」


  一人の女子生徒が机を叩く。


  それにしてもマジで落ちこぼれだったとは。何か悪い事したな。


「現実を事実として認める事ができなければ、一生落ちこぼれのままだ。そして、この学校の設立理念は試練の踏破だ。まあ、頑張りたまえ」


  正論を突き付けられた女子生徒は何も言い返せずに大人しく座る。

  だが、"落ちこぼれ"という言葉を撤回してほしかったのなら、座るべきではなかったな。暗に認めた事になるからだ。

  もしかしたら、担任の言葉を理解し、素直に認めたのかもしれないが。


  その後、担任の綾瀬川澪は学校のカリキュラムを説明し、解散の言葉を発した後、直ぐに教室から去っていった。


「強烈だったな」

「神無月家でも容赦しないらしいから気を付けろよ」


  伊織は軽口を叩く余裕はあるらしいが、教室を見渡せば他のクラスメイトはそうでもないようだ。フェーンも夜、そして翔もどうともないような表情をしているが、真美は違うようで──


「……私の高校生活終ったわ」

「知らねえよ」


  世界の終わりを目の当たりにしたような表情をしている。

  かつてクーデターを起こされた魔王様でも、あの担任は強烈すぎたらしい。


「確かに、もうちょいフレンドリーでもいいかもな」

「そうでしょ!そう思うよね!」

「取り敢えず落ち着け。俺は配布されたパンフレットを読む」


  担任から配られたパンフレットには、何の授業を行うのかがしっかりと明記されていた。


  日本の異能力者に関する歴史に異能力社会の法学、実技、魔術理論、異能力全般の応用理論。

  この世界の異能力についてからっきしの真美にはキツいだろうが、数週間前から和尚監修の下、きっちりと教え込まれているから何とかなるだろう。最終的には本人の頑張り次第だろうけど。


「伊織と翔、俺達は駅を使って帰ろうと思うが、途中まで一緒に行くか?」

「少なくとも駅までなら一緒だ」


  俺達は悪目立ちをしないために、一般公共交通機関を使い学校まで通う事になっている。


「神無月家のお坊ちゃんは電車を使うのか?」

「俺は琴音と違って期待されてないからな。お出迎えがないんだよ」

「可哀想に。ハンカチでも貸してやろうか?」


  敢えてクラスメイトに聞こえるように伊織は実家での扱いを口にした。翔が止めるような動きをしたが、最終的には伊織の意思を尊重したらしい。

  伊織は敢えて知らせる事で、自分と関わり易くさせたいのだろう。確かに、お高く止まる名家の子息とは気安く関わろうと思えないしな。


「ありがとな」


  伊織からの小声を手を振り、気にするなと伝える。


  恐らく、俺が冗談っぽく返したため、しんみりした空気にならなかった事に対しての礼だろう。


  廊下を見れば帰宅を始めた生徒達が見えるが、我らがFクラスはお通夜のように重く沈んだ空気の中の真っ最中であり、誰も帰ろうとしていない。


  これで最初に帰った奴、勇者だな。真美によれば、一応俺は勇者の端くれらしいけど。


  俺と伊織はお互いに視線でどちらが先に席を立つのかを譲り合う。

  俺が手振りで伊織に譲ろうとするが、伊織の笑顔は崩れないままだ。


  美しき日本人の譲り合い精神。

  でも、時には積極的になるべきだと人生の約半分をロンドンで過ごした俺は思う。

  だから、先に席を立ってくれ。


  だが、この教室の沈黙を破ったのは俺でも伊織でも、ましてや真美でもなかった。


「お久しぶりですね!」


  どこかで聞いたことがある声。

  俺の表情は強ばり、冷や汗が額に滲む。

  あの少女は、ショッピングモールで会った一人の可愛らしい女の子。


「あっ!織姫、久しぶり」


  真美が立ち上がり、日本に来て初めての友人との再開を抱き合って喜ぶ。


  俺はいかにも難解な命題に取り組んでいるかのように両手で顔を隠す。


  思ったより早くない?


  睦月恒四郎曰く、この卯月織姫(トラブルメイカー)は、睦月家次男のプライドを大層傷付け、俺に対して何らかのアクションを起こすつもりらしい。


  全然嬉しくない。

  そもそも俺には、例の魔道具(レリック)騒動を解決させなきゃなんないのに、名家出身の噛ませ犬に圧勝する程、暇ではないのだ。


  自分で言うのもアレだが、俺って"神童"って言われてたんだよ?

  聖王協会の円卓の騎士の一人であり、序列二位の最年少幹部だったんだよ?

  世界最強とも言われてたんだよ?


  だが、他の者達にはそんな事情を知る良しもない。当然、その可能性すら考慮していない。

  俺の存在は半ば都市伝説と化している事にも原因はあるが、下手に騒がれて目立つよりもただの一般人と過ごす方が気が楽だ。


「帝さん、久しぶりですね」


  悪魔が俺の肩に手を乗せる。


「帝、卯月さんと知り合いなのか?」


  俺は違うと叫びたい。

  睦月兄の連絡先を聞いておけばよかった。


  睦月恒四郎と似たような魔力を有した誰かが、俺に近付いて来ている。

  睦月兄と比べて睦月弟は、言ってしまえば大した事がない。魔力量も魔力の質も洗練度も桁違いに劣っている。その手の訓練を一切した事がないのか、常時魔力を垂れ流している状態だ。

  睦月家に関わる全ての人間が魔力を感知できないはずはない。単に睦月弟が魔力操作の腕が致命的なのだろう。

  それにしても酷すぎる。目を覆いたくなる程に。


「やっぱり、帝さんなんですね!」

「人違いだ」

「私の目は騙されませんよ」


  織姫は撤退の意思はないらしい。

  迷惑なお友達を連れてこなければ話くらいはしてもいいが、ぞろぞろと連れてきた以上、他人でいたい。


「そちらのお嬢さん、この男は帝と言うのかい?」

「そうよ、それが何?」


  睦月弟の質問に真美が端的に答える。


  俺は顔を隠したままなので、その光景を見ていないが、雰囲気で睦月弟が好意的ではない視線を俺に対して向けられているのが分かる。

  そして、その視線の対象は俺だけではないらしい。


「これはこれは、神無月伊織じゃないか。同じ学校にいるとは思わなかったよ。僕はBクラスだから君とは違うけど、頑張ってね」

「うわぁ、そんなに威張っといてBクラスかよ」


  思わず口走った言葉が俺の物だと理解するのに、数秒の時間を有した。


  睦月弟への失笑が教室だけでなく、廊下からも聞こえる。


「あっ、すまん。俺は正直な人間だから思った事は直ぐに口に出るんだ」

「……それ、フォローになってないぞ」


  伊織の言葉を無視し、睦月弟へと顔を向けると案の定、睦月弟は青い瞳で俺を睨んでいた。


  こいつも魔眼保持者か。


  男子にしては僅かに長い金髪と、引き締まった体躯に長身。

  そして、自信に漲った表情。


  珍しい。

  これが偽らざる本音だ。

  聖王協会であれば、ロンドンの名家であろうとも、この男のように浅い優越感に浸った見下したような視線を向ける者などいなかった。向けられるのは恐怖と憧憬くらいだ。

  この珍しさが面白い。


「そこの俺を睨んでるお前、名前は?」

「僕は睦月家の──」

「それはどうでもいい。俺が聞いてるのは名前だ。俺が覚えといてやる。さっさと言え」

「睦月、睦月王子だ」


  細やかなる抵抗か、睦月を強調するように二度言った。


「君は偉そうにしているが、所詮はFクラス。少しは身の程を知った方がいい」

「Fクラスの教室で言うとはなかなかの胆力だな」


  俺の言葉に、自分の発言のもたらす意味を理解した睦月弟は、顔を真っ青にした。


  人間性は大体理解できたし、興味は失せた。

  ただの小物だが、十分に利用できるかもしれない。


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