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32話

 

「俺、不登校の不良になりたい」


  俺は新しい制服の袖に腕を通す。


  俺は、学ランを着た自分自身を見ながらため息を漏した。

  黒とグレーを混ぜたような色彩をしているごくありふれた物だ。

  長かった髪はバッサリと切られ、学校に行く時はカラーコンタクトをするように義務づけられた。


「何で俺が高校に通わなきゃいけないんだよ。義務教育は終わっただろ?」


  もっとも、その義務教育すら受けてはいないが。


  俺の私室には俺一人しか居ない。当然、返答もない。


  真美が家を壊した一件は、ジョーカーも一枚噛んでいたようで何か支障をきたす事はなかった。しいて言うならば、三流ゴシップ誌の一面を飾ったくらいだろう。


  魔道具(レリック)である二つの指輪をポケットの中へと滑り込ませながら、部屋のテレビに電源を入れる。

  画面に映ったのは先日からよく話題に上がるあの出来事だ。


  ニュースキャスター曰く、これは原因不明の未知なる怪奇現象によって起こされた事故であると政府が公式に公表したらしい。これが原因不明の未知なる怪奇現象の事故な訳があるか。

  これは紛れもない事件だ。

  それも凶悪で悪質な。


  それは政府も分かっているだろう。国土異能力対策課なんていう公には存在しない、異能力者に対抗するための秘密組織を作ったのだから。

  国土異能力対策課は厄介な連中だ。

  三大異能力組織は、よく一言で言い表されるのだが、聖王協会は崇高冷厳、トワイライトは唯我独尊、対策課は少数精鋭。

  三つの中で最もシンプルで分かりやすい。まさに、対策課を言い表すための最適な言葉だ。


  そんな国土異能力対策課のお膝元で先日、ある事件が起きた。

  とある異能力者がいきなり暴れだしたのだ。俺は直に目にしていないから何も言えないが、まるで狂戦士のようだったらしい。

  晴華によれば、魔道具(レリック)であるナイフを振り回し、身体中から血を吹き出し、放電したと聞いているのだが、まるで魔道具(レリック)に操られているようだったとも言っていた。


「まあ、俺には関係ないが……」


  妙に戸畑から聞いた言葉が脳をよぎる。


『帝さん、風の噂で聞いたのですが、異能力者を操る魔道具(レリック)が出回っているようですよ。大本(おおもと)を絶ちましたが、いくつかが世に出回った事は間違いないでしょう』


「絶対、これだろ。どうせやるなら最後まで片付けろよ」


  どうせ、言っても意味はない。

  既に、日本にはいないだろうから。アイツはいつも逃げ足だけは早い。


  俺はリビングに降りるといつもの光景が広がっていた。

  新調した大きなテーブルに座るいつもの面々。

  龍神のヴァルケンに鬼神のラース、死神のテラ。

  それに、妖狐のタマリにハイエルフのオリヴォア。黒い甲冑を着たままのレオウェイダ。

  そして、異界の魔王様。


  他にもまだまだいるが、まだ熟睡しているか、作業をしているかのどちらかだろう。


「他の連中は?」

「隣の家屋ですので、もう少し遅くなるかと」

「そうだったな」


  いつも通りの燕尾服を纏ったヴァルケンが答える。

  俺は椅子に座りながら、疑問を呈する。


「リフォームして家そのものを拡張すればよかったんじゃないか?と言うか、したよな?」

「確かに一度は拡張しましたが、敷地面積が足りずに」

「……んっ?すまん。全く意味が分からん」


  俺の家の建てられた敷地が小さければ……いや、他の土地に家を建てればいいだけか。

  そもそも、別荘と転移用の魔道具(レリック)を設置したのだし行き来は非常に楽だ。


「意味が分かった。説明は不要だ」


  ヴァルケンは軽く頷き、朝食を運んでくる。

  俺が最近凝っている物だ。


「アサイボウルでございます」

「最近、毎日それ食べてるわね」

「真美、気になるか?」

「多少はね」


  右隣の真美は俺の前に置かれたお椀サイズのカップをチラチラと見ている。


「一口食べるか?」

「いいの!?」

「ここでダメって言うとでも思ってんのか?」

「それなら遠慮なく」


  真美はヨーグルトを食べていたスプーンで掬い、口へと運ぶ。


「思ったよりも美味しいわね」

「何とも言えない感想だな」

「でも、私は好きよ。ヘルシーで」

「そうかい」


  その後、タマリやオリヴォアを筆頭に一口分けたが、テラが一つまみ食べた後にラースが止めと言わんばかりに残りのアサイボウルを完食した。

  これが俺の朝食だった事を忘れてはならない。


  結局、朝食にクロワッサンを食し、愚痴を並べる。


「俺に学校行く必要があると思うか?」

「間違いなく、性格の矯正は必要だな」

「ラース、お前は黙ってろ」

「それで、必要だと思うか?」


  誰も聞いていないのか、テレビの教育番組を見ているが、一応、返事だけなら返ってくる。


「帝様、真美様が帝様と共に参ります。護衛としては夜とフェーンが参ります。ですが、友人関係ならご自身で頑張ってください」

「そんな問題じゃないんだよ。確かに友人を作るのは得意じゃないけど、それ以上に苦手なのは勉強なんだよな。そもそも、俺って学力は高い。頭が良いんだよ」

「日本史以外ですが」


  すかさずヴァルケンのツッコミが入るが、素直に認める。


「日本史なんて知ってても人生に苦労しないって。むしろ荷物だって」

「一見、価値のないように見えても、よく見ればどれもが貴重な財産ですよ。何事も」


  正論にぐうの音も出ない。


  思い返せば、いつものあの男が事の始まりだった。






「帝、高校に通わせるって話してたよね?」

「記憶にないな」


  俺は勿論しらをきる。

  確かに、記憶にはある。高校に通うように言われた事を頭の片隅くらいには残っていたからだ。


  それにしても、聖王協会本部にいきなり呼び出しておいて、第一声がこれだ。

  魔術や魔道具(レリック)で一瞬で行けるようになったとはいえ、東京からロンドンまではかなりの距離だ。そこら辺を考えてほしい。

  それなのにこの男は、飲み物も出さず、詫びの一言もなく、目を合わさず書類を見続けている。


「話はそれだけか?俺は暇じゃないんだよ」

「じゃあなにか予定でも?」


  ジョーカーが意外そうな表情でようやく俺を見る。


「俺には昼寝という崇高で至極の仕事が残ってるから帰る」

「日本は今は夜の九時だよ。あっ!良い子は寝んねの時間だもんね」

「うるせえよ」


  ケラケラと人をくったように笑うジョーカーを睨みながら、折り畳み椅子を取り寄せ(アポート)し、ジョーカーの許可なく座る。

  同時に、タイミングを見計らったかのようにイーサンが紅茶の入ったティーカップを持ってくる。

  俺は、それを受け取りながら視線をジョーカーへと戻す。


「話があるならとっとと本題に入れよ。聞くだけなら聞いてやる」

「君に高校に入ってもらうよ。それと真美ちゃんにもね」

「どこの高校だ?」

「国立魔術学校東京校だよ」


  俺はしかめっ面を隠さない。


「俺への嫌がらせか?」

「……まさか」


  ジョーカーは一瞬だけ訳が分からないといった表情をしたが、惚けたようなものにシフトさせ話を続ける。


「酷いな。これは帝、君のためを思っての事なのに」

「俺は人の善意を信じないからな。特にお前はな」

「まあ、最初から性格がひねくれた帝が信じるとは思っていなかったし。正直に白状するよ」


  諸手を上げたジョーカーは白状した。


  ジョーカーの言うには、政府が秘密裏に存在する異能力者のためだけの高等学校へ、聖王協会から数名留学させろとのお達しが来たそうだ。

  当然、組織力を背景に無下に跳ね返す事もできたが、意味もなく両組織の仲を険悪にする必要性は皆無。

  故に──


「帝に白羽の矢が立ったという訳だよ。つまり、君は選ばれたんだ」

「全く嬉しくねえよ。今すぐ取り消してほしいくらいだ」

「無理だね。もう神月帝って申請しちゃったし。後の枠は四つあるからそっちで選んでいいよ」


  俺は妙案を思い付く。


「ジョーカー、お前も通うか?」

「無理に決まってるよ。僕は聖王協会の総帥だよ?それはそれで大問題だよ」

「確かに言えてるな」


  聖王協会の敵は、妖魔が表立って驚異にならなくなってから大きく変わった。

  化け物から人へ変わったからだ。

  全ての人間が異能力を知っている訳ではないが、何かしらの事情により異能力の存在を知った者が科学で対抗したり、悪しき異能力者を撃退したり、今となっては殆ど稀だが妖魔が人に取り付いたり等だ。


  そんな者達がジョーカーが愉快なお友達と仲良く学園生活を送っていると知ろうものなら何かしらのアクションを起こすだろう。

  それも、あまりよろしくない方法で。


「これが、パンフレットだからしっかりと読んでおくように」

「表向きは存在しない学校がパンフレット作ってるっておかしいだろ」

「さあ?僕に聞かれても。日本の事は帝の方がよく知ってると思うけど?」

「いつか仕返ししてやるからな」

「楽しみに待ってるよ」


  睨む俺にジョーカーは、余裕の態度を崩さずに笑顔のままだ。

  ついでとばかりに手まで振っている始末だった。






  これが、『二割の力で最低限の結果を出す』を信条としている俺が高校なんざに通わないといけなくなった経緯である。


  ポケットに入れた二つの魔道具(レリック)の感触を右手で感じながら、理由なく時計を眺める。


「ところで帝様」

「ヴァルケン、どうした?」


  キッチンから聞こえる声に俺は気怠げに答える。


「ジョーカー様から指定された枠が残り一つ残っておりますがいかがいたします?」

「無理に埋める必要もないだろ。高位の魔道具(レリック)があれば、そもそも護衛なんか要らねえよ。つうか、俺の方が強いし護衛の存在意義さえ疑わしいだろ」


  俺は二つの指輪──聖騎士王の光輪(ホーリー・ナイツ)と第一の指輪を指にはめるが、直ぐにポケットへと戻す。

  この魔道具(レリック)の能力は信用しているし、先月の異界への任務時にも指にはめていた。だが、学校生活ではやや目立ちすぎる。

  何かしらの魔道具(レリック)を持ってくるだろう事は想像に難くないが、その殆どが低位、名門出身の子女が持つ魔道具(レリック)の中に、中位に相当する物があるかもしれない。

  本当にあったとしても、ごく少数だろうが。


  異界では、魔道具(レリック)の行使はあまり多くはなかった。

  それは単に、驚異になりそうな存在が見受けられなかったからだが、異能力者にとって魔道具(レリック)とは、大なり小なり意識の違いはあるだろうが奥の手、もしくは切り札と考えている者も少なくない。そう思っている異能力者の大半は異能力の出力が低い者達だ。その中には、成長途上の未成年も含まれる。

  それでも、俺のようなイレギュラーもいるのも確かだ。


「高校行きたくねえな」

「まだ言ってるの?」


  真美が俺に呆れたような視線を向ける。

  その真美は、初めての学校であるためか、やけに気合いが入っている。テンションが高い訳ではない。テンションは至って普段通りなのだが、言葉の端々が浮かれている。

  そんなに楽しみならば、俺の分まで楽しんでほしいものだ。


「だって真美、学校だぞ?苛められたらどうするんだ?俺は多分泣くぞ?」

「……あなたを苛めるってどんな化け物よ。もしそうなれば、私が何とかしてあげるわ!」

「それはそれで男の矜持がだな」


  真美の視線の呆れが深まる。


「まあ、アレだ。ニートになりたい」

「それって、ただのクズじゃない」

「うるせえよ居候。もし真美が某青狸だったら、家賃としてポケットの中身、全て掻っ払ってるぞ」

「夢の無い事を言わないで!たまに遊びに来るミラが好きなのよ!未来からやって来た猫型ロボットが!」


  そう言えば、真美の妹のミラ・アースドールドリアーネ十三歳は日本の文化に興味を持ち、週一のペースでしばしば遊びに来るようになった。

  だが、俺とは未だに目を合わさない。


「趣味趣向は人それぞれだから何も言わないが、お前は何か趣味でもできたのか?」

「私は料理を特訓しているわ!」

「そりゃ凄い。毒キノコでも出されそうだ」


  テーブルの下から蹴りと拳が飛んでくる。

  真横にある真美の顔を見れば、何かを言ってほしそうな物欲しそうな表情をしている。


「どうしたんだ?何か欲しい物でもあるのか?買ってやるぞ」

「帝、あなたはいつから私の保護者になったのよ!」

「知らん」

「知らんって、アンタ」


  真美との会話はそこで途切れた。

  変わりに、テラへと話をふる。


「テラ、魔道具(レリック)を介して異能力者を操るのは可能か?」


  返ってきたのは素っ気ない答え。


「答えは知ってるでしょ」

「そうだな、知ってる。だが、作るとなるとかなり腕の立つ奴じゃなけりゃ作れないだろうな」

「そうだね。確かにミカドの言うとおりだよ。魔道具(レリック)本来の能力を損なわず、精神、または魂に干渉する魔術陣か概念を付与する必要があるからね。並の異能力者なら論外、優れた異能力者でも到底不可能」

「ならば、歴史上類を見ない程の魔術技師じゃなけりゃ無理か」

「その通り」


  テラは端的に答え、虚空を見上げる。


「そんなに優れた人間がいるのなら会ってみたいな」

「もう、この世にいないだろうな」


  間違いなく戸畑が始末している。骨一つ残っていないだろう。


「それは残念」


  テラはそれだけ言い残し、私室へと戻って行った。


  いつも通りの眼帯。

  いつも通りのペンライト。

  いつも通りのアニメキャラクターのプリントされたシャツ。

  だが、いつもと違ってやけに大人しい。

  俺のアサイボウルも少ししか取らなかった。普段なら、俺の前でニマニマしながら鷲掴みするのだが。


「ヴァルケン、ラース、テラに何かあったのか?」

「俺は知らないぞ。こういうのは、黙って側に居てやるのが一番だ」

「私もヴァルケンに同意です。能天気の塊であるテラが落ち込む事など滅多にある事ではないのですが、ここまで口数が少ないのには気になりますね」

「軽く探ってくれ」


  二人は無言で頷く。


  そして、ヴァルケンは落ち込んだ雰囲気を払拭するように手を叩き、俺へと向き直す。


「そろそろ時間です」

「夜とフェーンがやって来る時間です」

「私が帝様と学校に通いたかったですぅ」

「同級生としては難しそうだな」

「いけますよぉ!早生まれ設定にすればぁ」


  俺は思う。

  設定って言ってしまった時点で終わりだと。


  玄関から落ち着いた足音が近付いてくる。


「誰か鍵を閉め忘れただろ。いや、合鍵を渡してたかも」


  リビングに姿を現したのは、黒髪の美少女と銀髪の少年。


「お久しぶりでございます、帝さま」

「……久しぶり、ボス」


  黒髪の少女は暁夜。

  腰まで伸びた長く滑らかな黒髪と青い瞳が特徴的な彼女は真美と同じ制服を着用しており、常に笑みを絶やさない理想の大和撫子を体現した美少女。身長はその歳の少女にしては僅かに高く、主張しすぎていないが、決して悪くはないスタイルが制服の上からでもよく分かる。

  容姿美麗、品行方正を極め、魔術の腕も非常に高い。

  護衛には最適な人材の一人とも言える。


  もう一人は銀髪の無口な少年。

  身長は俺より高いがヴァルケンには劣る程度。両手には金の腕輪をはめており、爪は伸びきり、とても鋭い。

  よく見たら顔は非常に整っている事が分かるのだが、前髪で一部隠れているためその全ては伺えない。

  フェーンは近接戦闘においてはラースでさえ一目置いている逸材だ。


  二つの共通点を挙げるとしたら、真っ先に思い浮かぶのはどちらも異界からやって来た事だろう。そして、どちらも俺が保護した。


  それにしてもどうだろう。

  正直に言って、過剰戦力だと思う。


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