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31話

 

「以上が報告だ」


  俺は隣に立っている男にそう告げる。


  眼前には赤橋中学校の正門を通る生徒達。


「いろいろと大変だったよ。何せ、赤橋中学校開校史上初の一月に二度目の卒業式だからね」

「だろうな、ジョーカー」


  ジョーカーは俺達が異界に行ってから、聖王協会を率いいろいろと手を尽くしていたらしい。


「それで、真美ちゃんは異界に残したまま?」

「そうだ、名前は貸したがこれ以上は深入りするメリットは無いからな」

「素っ気ないね」

「真美の妹に苦手意識を持たれたままで居づらいしな」


  真美の妹であるミラからは、いやいや感謝の言葉を言わされていたが一度も目を合わせる事はなかった。

  どうやら、余程ヴァルケン達の元同胞の裏切り者達の殲滅が恐ろしかったらしい。

  魔国達の件で補足すると、ヴァルケンは真美に忠義を尽くしていた者達までは手を出さなかっただけで、魔国の民が真美とミラを残して全滅ではなかったらしい。それでも人手が足らないようなので、影に入れていた魔龍と魔獣の死骸をテラが従順な息をせぬ人形として蘇らせ、真美に貸している。

  俺がやってもよかったが、今の俺では元の強さと比べ弱体化するのでテラに一任させた。


「これを渡しておく。そっちで管理してくれ」


  俺がジョーカーに渡したのは幾つかの代物。


  ジョーカーの後ろに立っていたイーサンとチョウが代わりに受け取る。


「これは?」

「邪神の欠片を封印した魔道具(レリック)と邪神の欠片の生み出した化け物の一部、そして岩石や土砂から化け物を作る石ころだ」


  邪神の欠片を封じた碧箱(へきそう)と琥珀色の石、邪神の欠片が白凰を取り込んで成り果てた化け物の一部が固形化した物だ。


「そっちで調べてくれ」


  俺達はもう調べ終えているしな。


「話はもう終わりかい?」


  ジョーカーは何も言わない俺に、少々失望したような表情を浮かべ立ち去ろうとする。

  俺はその背中を呼び止める。


「ずっと疑問に思っていた」


  ジョーカーは立ち止まり、イーサンとチョウを遠くへと下がらせる。


「疑問に思っていた?一体何を?」

「この件を裏で操っていた黒幕を」

「帝は、その黒幕に辿り着いたのかい?」

「ああ、辿り着いたさ」

「それは誰だ?」

「アンタだよ、ジョーカー。お前が全ての糸を引いていた」


  ジョーカーは肯定の言葉の変わりに、笑みを浮かべる。

  瞳は細まり、威圧的な覇気を感じるがどこか楽しそうな無邪気な表情にも見える。


「異界に召喚された白凰優馬を──いや、今回は木原颯汰と言おう。お前は木原颯汰を地球へと再召喚し、トラベラーと名乗り、本物のトラベラーと会わせた。白凰はトラベラーに戸籍などの情報操作をしてもらったと言っているが、トラベラーは異界で宮廷魔導師として偽りの守護者となっていたため不可能。それをやったのもアンタだ。最後に異界で俺達に捕らえられたトラベラーを逃がしたのもアンタだ。お前は、異界へ行けば俺のためになると言ったな」


  淡々とした口調だった。

  思ったよりも怒りを感じていないらしい。確かに、心のどこかでこの結末を予期していた俺がいる。


「君の言う通りだ。僕が全てを仕組んだ」


  ジョーカーは隠そうともせずに白状した。


「最初は興味だった。その事は組織の長として我ながらどうかと思うけどね」

「トラベラーとはどうやって知り合った?」

「彼とは付き合いが長くてね。敵として。そんな事をやってる内に連絡先を知ってね。取引をしたんだ」

「取引?」

「そう、取引だよ」

「それはどんな?」


  ジョーカーは少しの間を開け答える。


「僕が恐れる存在についての情報だよ」

「その存在も、今となっては疑わしいけどな。それに、アンタが恐れるってどんな大魔王だよ」

「数世紀前に一度だけ、この目で見た。間違いなくこの魔眼に映った」

「それは何者だった?」

「分からない」


  怪訝な視線をジョーカーへと向ける。


「僕でも分からなかった。それでも理解できた。僕よりも強いと。そして確かに口にした。いずれこの世界にやって来ると」

「俺にはさっぱりだな。帰るぞ、じゃあな」


  俺はジョーカーに背を向けるが、今度はジョーカーに呼び止められる。


「人生は上手くいくようにできていない。いずれどこかで挫折する。そしてようやく悟った。人は失う事でしか前には進めない。理想を追い求める程、どんどんと遠ざかっていく」

「そんな事は痛い程知っている」

「……だろうね」


  弱々しいジョーカーの声に俺は振り向く事をしない。


「僕は随分と前に代償を払った。あまりにも大きな代償を。帝、君も同じだ。だが、代償を支払う事は一度とは限らない」

「そうかい、肝に銘じておく」


  俺は前触れもなくジョーカーから放り投げられたガラケーを受け取り、その場を転移で立ち去る。


  ジョーカーは──あの男はどうしようもない馬鹿だ。

  正解を求めるからそうなる。

  だったら俺は堂々と間違い続けてやる。俺のやり方で。

  正解なんてクソ喰らえ。


  俺は石畳の階段を上りながらそう思う。

  転移場所は階段の上にしておけばよかったな。

  真美がミラの奪還直後に力を取り戻したように、俺も化け物に抉空(えっくう)を発動してから調子が良い。ヴァルケンに診てもらったのだが、体を循環する魔力量が格段に上がり、感覚や力が少しずつではあるのだが段々と戻ってきているらしい。

  ヴァルケンは、聖王協会を抜けた直後の俺を知っているから、間違ってはいないだろう。


  階段を上れば、小さな墓石が墓碑に埋もれるように置かれている。

  日本に帰ってきてから、白凰の木原颯汰としての記録を晴華に徹底的に調べさせた。

  木原颯汰の両親は、白凰が行方不明になってから自らの財を費やし調べ尽くしたようだ。その挙げ句破産したが、生活面の援助をした誰かがいたらしい。

  それは白凰を利用したはずのジョーカーだった。


  白凰に同情心でも沸いたのだろうか?

  白凰のご両親に罪悪感でも感じたのだろうか?

  俺には何も分からない。

  もしかしたら、ジョーカーは取引のために利用したと言い張っていたが、ジョーカーも本当は白凰を助けようとしていたのかもしれない。

  俺よりも白凰を救おうとして足掻いて迷って、そして…………。

  俺もまだまだ甘っちょろいな。


  小さな墓石の前に立ち止まり、取り寄せ(アポート)させた粗末な花束を手に取る。


「悪いな、こんな石ころに汚ねえ花しか用意できないで。それにしても秋の花がこの時期に買えるなんて人類の知己万歳だな」


  俺はすすきの花束を墓石の側に置いた。


「俺はやっぱり、お前と似ていたのかもな」


  それだけ言い残し、石畳の階段を下りていく。


  強い春風が吹き抜ける。


  俺は腕で顔を隠す事もせずに全身で受け止める。

  何故か、「ありがとう」と言われた気がした。

  単なる勘違いだったのかもしれない。思い違いだったのかもしれない。自己満足だったのかもしれない。

  それでも俺は振り返り、こう答える。


「どういたしまして」






  気が付けば、日本に帰ってから一週間過ぎていた。

  そして俺はイラついていた。


「ジョーカーの野郎、新居を用意しろって言ったが、どうして同じ間取りなんだよ!嫌がらせか?」

「帝、人が善意で用意した物にケチをつけるのはいただけないな」

「お前は、何常識人キャラを装ってるんだよ。ラース」


  ソファーに座りながらテラとテレビゲームをしているラースに視線を向ける。


「帝様、ですが旧家に置いてあった物を運んでいただいた事はありがたいですね」

「しっかりと調べられただろうがな。隠しきれた物もあったが殆どは見つかってたな」


  俺の秘密を全て持ってかれた気分だ。

  ある程度は、ジョーカーが秘匿してくれるだろうが。


「まあ、部屋割りで喧嘩にならないからいいが」

「ミカド、でもタマリさん達は揉めてるみたいだよ」

「知ってる。上からいろいろと騒音が聞こえるからな」


  騒いでるのがテラとラースであれば、ヴァルケンが直ぐにでも「絞めて来ましょう」とか言うのだが、それ以外だと不干渉らしい。

  その代わり、タマリ達から信頼と同等の苦手意識を持たれている。あくまでも俺が見た感じの客観的な意見だけど。


「騒がしいですね。帝様、絞めて来ましょう」

「……そっか」


  ヴァルケンが笑顔で階段を上っていった。


  行くんだ。行けるんだ。

  と言うか逃げて、ラスボスがそちらに向かってますよ。


「寂しくなったな」


  唐突に喋りだしたラースは何が面白いのかニマニマしている。


「何がだ?」

「何がって、真美が居なくなっただろ?」


  その言葉を聞いて今度はテラも下卑た笑みを向ける。


「端からそんな仲じゃなかっただろ。それに、真美は新生魔国の復興で忙しい」


  何が可笑しいのか、ラースとテラは笑みを深める。


「だがよぉ、帝の付けた名前のままだぜ?」

「それに別れ際、ミカドにキスをしようとしてたよね?」

「帝は、ヘタレだから素っ気なく逃げたけどな」

「メスの顔ってヤツ?ボク、初めて見たよ」


  二人は歌うようにリズミカルに繰り返す。


  俺は思った。

  この馬鹿達は、こっそり練習していたのだと。


  俺は思わず痛くないはずの頭に頭痛を感じ、左手を添えながら俯く。


「お前ら、日本に帰ってからはしゃぎすぎだろ」

「そうでもないよ。数日間ゲームができなかったから、今の内に不足したゲーム成分を吸収してるだけ」

「俺も似たようなもんだ。筋トレできなかったからな」

「筋トレはどこでもできるだろ。と言うかお前ら、何を隠してる?」


  二人は一瞬だけ体をフリーズさせ、両目を泳がせ、壊れかけのマシンのようにぎこちない動きをしている。

  この二人はドッキリの仕掛人には向かない人種だな。


「へっ?隠してる?ねえラース、何か言ってやってよ!ミカド可笑しいよ」

「帝、あなた疲れてるのよ」

「テラ、お前はキョドりすぎだ。ラース、お前はただキモい」


  睨みを聞かせているが、正攻法で素直に吐くとも思えない。


「テラ、ゲームを全て売っ払われたくなければ大人しく吐け」


  俺の言葉に反射するようにラースがテラの口を塞ぎ、声にならない何かがテラの口から漏れる。

  すまない、全然分かんないや。


  突如、前触れもなく遥か高くから大きな魔力の塊を察知する。

  場所は、新しい我が家の真上。


  あれは魔術か?少なくとも俺の知らない魔術である事には変わりはない。


「身をまも──」


  ラースとテラに防護するように声をかけようとしたが、途中で止めた。


  何故なら、ラース達が落ち着いていた事、そして思い出したからだ。

  それは俺の知っている魔力だった。


  数秒の時間が経過すると、魔力の主が天井を突き破り俺の目の前で尻餅をついていた。


「久しぶりだな真美、弁明なら聞くぞ。よくも俺の新居を壊してくれたなクソヤロー!」


  もしかしたら、人生で五番目くらいの大激怒だったかもしれない。


  俺の絶叫が響き渡り、ヴァルケン達が真美の作った穴から続々と降りてくる。


「真美様、お久しぶりでございます」

「久しぶりです。ヴァルケンさん」


  ヴァルケン達の反応を見る限り、真美が来る事を知らなかったのは俺だけだったらしい。


  前言撤回。人生で三番目くらいの大激怒だ。

  人って怒りのボルテージが天元突破すると無の境地に辿りつくらしい。


「また引っ越しするか」


  俺は真美の開けた穴から空を仰ぐ。

  やけに雲一つない晴天が妙に憎々しい。まるで、真美を歓迎しているようだ。


「真美、お前は何でこっちに来たんだ?またクーデター起こされたのか?」

「デリカシーないわよ」


  真美は俺を睨む。


「皆がこっちで人生勉強を積みなさいって」

「そうか」


  皆が誰かは知らないが、余計な事をしてくれた。

  タマリやオリヴォアと和気藹々(わきあいあい)と談笑する真美を見ながらそう思う。

  とても明るい笑顔をしている。


「帝様、これが帝様の守った物です」

「そうだな。そしてこの家が俺が守った物が起こした可哀想な被害者だな」

「ならば、いっそ別荘に移り住みますか?」


  頭に別荘の情報を思い浮かべる。


「別荘って言っても都内にあるから交通の便はいいな」

「それにクリスティ達も居りますので、伽の相手にも困りません」

「しつけぇんだよ。んなもん要らねえって。帝さんの心は純粋なピュアピュアハートなんだよ。清く正しく生きるって決めてんだ」


  こうは言っているが、異能力者の異能力は遺伝する。俺が恐れているのはそれだ。

  優れた異能力者は一夫多妻も黙認されるが、俺の場合は話は別だ。

  俺に限らず、ジョーカーにもエンシェント・ドラグーンにも和尚にも言える事だが、俺は特に気にしなくてはならない。

  それは、異能力者本人でも使うことはできるが、発動の魔術的なロジックが一切不明の異能力を纏めて超能力と括っているからだ。俺が子供を作れば鬼が出るか蛇が出るか、それ以上の何かが出てくるか分かったもんじゃない。


  こうやってまた少子高齢化が進んでいく。


「──帝、帝聞いてる?」

「どうした?」


  真美がソファーに腰掛けた俺の顔を覗き込むような体制をしている。

  顔は非常に近く、真美の温かい吐息が顔に当たっている。


「なんでもない」

「なんだそりゃ」


  真美は笑う。

  可憐な笑顔で。

  深呼吸して俺を真っ直ぐ見つめる。


「あなたが好きです」

「顔洗って出直してこい」


  当然の如く、張り手が襲う。


  とてつもなく痛かったとだけ告げておこう。






  真美にぶたれた頬をさすりながら俺は歩く。


「容赦ないにも程があるだろ。あの暴力魔王」


  いかにも天狗が出そうな山奥にそれはある。

  俺の目的地であるあの場所が。


  山奥である事から涼しげな風が吹き抜け、舗装されていない緩やかな隆起と沈降が幾重にも繰り返された山道を進む。


  山奥にも関わらず、どうやら先客がいたらしい。

  五輪塔にしゃがみながら手を合わせている黒髪の長身の男が一人。


「国土異能力対策課相手に随分と派手にやらかしたらしいな、戸畑」


  戸畑はゆっくりと立ち上がり、振り向く。


  この男の特徴を一言で言い表すなら、パッとしない。これが妥当だろう。

  どれだけ顔を見ても、何も印象に残らない。印象に残らなすぎて恐ろしい。


  戸畑はいつも人の良さそうな笑顔を絶やさない。その仮面を張り付け、口を開く。


「フフフ、これはこれは。久しいですね。旧友に会えて嬉しいですよ」

「俺は会いたくなかったよ」

「相変わらず、口が悪いようで」


  俺は何も言わず、五輪塔へ歩み寄る。


「帝さん、風の噂で聞いたのですが、異能力者を操る魔道具(レリック)が出回っているようですよ。大本を絶ちましたが、いくつかが世に出回った事は間違いないでしょう」

「それを何故俺に?」

「なんとなくです」


  俺は後ろを見たが、既に戸畑は居なかった。


「あのパクリ野郎。人の話は最後まで聞けよ」


  誰も居ないにも関わらず、不満だけは口にした。


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