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26話

 

  電話でヴァルケンの声を聞けば、かなりご機嫌のようで言葉の端々が浮き足立っているのを感じる。


「そっちは無事に終わったか?」

「ええ、真美様の望んだオーダー通りに」

「そうか」


  ヴァルケン達が何をしたのかを聞けない。だって怖いもの。

  ヴァルケンにテラ、そしてレオウェイダという、加減知らずのやらかし常習犯しかいない。面白そうだなんて思わなければよかった。


  俺は、今の状況を伝え、白凰優馬が全ての紐が絡み付いた駒である事も教えた。

  そして、トラベラーという名をヴァルケンに尋ねると案の定、ヴァルケン達も遭遇した名前だと言った。


「ヴァルケン、お前達が何をしたのかを教えてくれ」

「かしこまりました」


  ヴァルケンの息を大きく吸う音が聞こえる。






「ヴァルケン、終わったら連絡してくれ」

「かしこまりました」

「行ってくる」

「行ってらっしゃいませ」


  そう言い残し、ヴァルケンの敬愛する主はゲートの向こう側へと歩む。


  美しく礼をしながらヴァルケンは思う。

  帝様の元に戻るには、真美からの要望を早く片付ければいい。


  そして、ヴァルケンは思う。

  帝様の顔を汚さないためには、最上の結果だけが求められていると。


  最後にヴァルケンは思う。

  真美のための行動を行わなければならないが、それ以上に帝様のために行動を取るべきだと。


  ヴァルケンは、真美の詳しい事情は帝から直接聞いていた。だからこそ、解決しなければならない問題点を知っていた。

  それを知った上で帝が最も得をし、かつ勢力を磐石にさせるにはどうすればいいかの策を幾重にも考える。

  ヴァルケンが真美を助けるのは、帝が助けようとしているから。そうでなければ助けるどころか見向きもしなかっただろう。

  それは真美も薄々は気が付いている。ヴァルケンが心から微笑を浮かべている相手は自分ではなかったのだから、初対面の時から分かっていた。

  だが、真美は気が付いてはいなかった。

  ヴァルケンが真美を帝の妃候補として見ている事に。


  ヴァルケンは、よく帝の居ない場所で喋っていた。

  帝様には連れ添う奥方が必要です、と。


  自分達は不変にして不滅の永劫に在り続ける存在。

  自分の回りの者達は、誰もが自分をおいて死んでいった。

  帝も自分達と近しい存在、不老者になりかけているが、万が一の事があるかもしれない。自分が盾になれば済む話ではあるが、もしそうならなかった場合は取り返しがつかない。

  自分達は死んだとしても、数千年が経てばこの世に現界できるが帝は違う。

  死んだらそれっきりだ。

  だからこそ、帝には子が必要と考えていた。

  それは神月帝の後継者ではなく、もし主が死んだときのための受肉の器として。


  手始めに、異界からやって来、そして帝に救われた経緯を持つ美しい少女、美女をジョーカーに頼み帝に遣えさせ、少女達と同じ経緯を持つ有力な者達も護衛として帝に従うように声をかけた。

  その前者がタマリやオリヴィアであり、後者がレオウェイダである。


「ヴァルケンさん、大丈夫ですか?ずっと黙ってますけど」


  おずおずとした様子で顔を伺う真美にヴァルケンは笑みで返す。


「大丈夫ですよ」

「どうせ、いつものお節介でも考えてたんでしょ?ボクは分かってるよ」


  眼帯を付けたままのテラが、どこからか出現させた禍々しいオーラを纏った黒い刀身の魔剣を杖代わりにして、腰を曲げながら立っている。


「そうですか。でしたら協力してください」

「その必要はないと思うよ」

「確かにその通りですね」


  話がいまいち理解できていない真美がヴァルケンとテラの顔を行ったり来たりしている。


「今は、気になさらない方がいいと思いますよ」


  レオウェイダが似合わない優しい笑みを浮かべながら、真美の肩を叩く。


「……そうします」


  ヴァルケンは真美が落ち着いたのを確認し、真美の瞳を直視する。


「真美様、あなたの望みは何でしょうか?私は直接伺っておりませんので分かりません。どのような望みでも叶えてみせましょう。真美様の望む事は帝様も望む事でしょうから」

「……私には異母姉妹の妹がいます」

「名は?」

「ミラです。ミラ・アースドールドリアーネ」


  真美は自らの無力を呪いながら俯く。力一杯に握り締められた両拳からは血が流れている。

  これだけで、真美が妹をどれだけ大事にしているかをヴァルケン達は理解できた。


  本当は地球へと召喚された時から、今すぐにでも助けに行きたかった。

  本当は今すぐにでも助けに行きたい。

  だが、今はかつての力はない。何もなせない無力。そんな自分が情けない。


「……私は、私は皆に裏切られた。それでも、私の側に居てくれたミラを助けたい!」


  真美は叫ぶ。


「ミラを助ける!絶対に!」


  数度叫んだ程度にも関わらず、喉が焼けるように痛い。

  両の瞳からは涙が溢れる。

  それでも真美は、ヴァルケンに向けて睨むよう目を見開く。


  それに対し、ヴァルケンは嗤う。

  悪魔のように倒れた三日月のように歪んだ口元、満月のように金色(こんじき)に輝く瞳は恐ろしい。


  真美はとんでもない相手に頼み事をしてしまったと、心の奥底で警戒の警鐘が鳴り響いたが、気にしない。

  何故なら、ヴァルケンは帝の仲間だからだ。

  真美は、理由でさえない根拠に妙な安心感を抱く自分自身に「馬鹿だな、私」と毒づきながら、帝への気持ちをようやく自覚した。

  胸に抱いた淡い感情を。


「かしこまりました、我々にお任せを。帝様の名誉に懸けて、真美様の願いを叶えてみせましょう」


  ヴァルケンは右手を胸に添えながら宣言する。

  とある超能力者に仕える数多の龍を従えた神の一柱の宣誓。


  テラは納得したような表情でニヤニヤと下卑た笑いをしており、レオウェイダは驚愕を隠しきれずに硬直している。


「まずは、真美様の妹様がどちらにいらっしゃるかを、調べなくてはなりませんね。テラ、任せましたよ」

「ボクに任せて!」


  テラは魔剣を握った拳で胸を叩き、眼帯を付けていない方の瞳でウインクをする。


  テラの主な能力は、死神という種族特有の物だ。

  それは、魂への干渉。

  意思を持つあらゆる生命は必ず縛られる絶対的にして圧倒的な対処しようのない理不尽。


「ねえ、ボクはこの魔王城を潰して情報を聞き出せばいいの?」

「テラ、落ち着きなさい。確かにみずぼらしいですね。改築が必要では?」


  かつての我が家の言われ様に、真美は肩身を狭めながら魔王城を見る。

  確かにみずぼらしいと思う。ロンドンに建立していた建築物と比較するのも申し訳ないくらいだ。

  でも、お金が無いんだからしょうがないじゃない!と心中の絶叫を誰にも悟らせぬまま、無表情を貫く。


「取り敢えず、破壊しとく?」


  可愛らしく首を傾げながら魔剣を振り上げたテラの右腕を、レオウェイダが振り下ろさないように、止めようと手を伸ばす。

  だが、僅かに遅かった。

  レオウェイダの右手は空を掴み、魔剣は振り下ろされる。

  魔剣から放たれた黒い光の奔流は一直線に魔王城へと突き進み、跡形も無く消し飛ばす。

  同時に襲い掛かる鼓膜を直接叩かれたかのような轟音と、突風の束のような衝撃波。


「ヴァルケン、こんな感じでいい?」

「ざっと、こんなもんでしょう。よくこれ程まで手加減できましたね」

「かなり頑張ったけど、手加減って難しいね」


  真美とレオウェイダは、巨大なスプーンでくりぬかれたようなクレーターを眺めながら冷や汗を流した。

  特に真美は驚きを通り越して、壊れたように渇いた笑い声を上げている。


「手加減?これが?手加減ってそもそも何でしたっけ?」

「戻ってきなさい、魔王様」


  レオウェイダは真美の頭をはたき、トリップした頭を現実へと引き戻す。

  真美は頭をフリフリと振りながら、目の前で平然と起こった現実の問題をようやく理解する。


「ヴァルケンさん、ミラは?あの城に──」

「真美さんの妹なら、ヘッポコ魔王城には居ないよ。そもそも、居ないからこそ撃ったんだけど」

「妹君他ならず、誰一人いないようですがね」

「恐らく、拠点を変えたのでしょう」


  冷静すぎるヴァルケン達を見ながら、真美は他に拠点に相応しそうな場所を幾つか思い浮かべる。


「真美様、他に心当たりは?」

「……幾つかありますけど、軍を収容するとなると……クヌアルの巨塔かドゥルワーン丘陵のヘラルド魔城ですね」

「そうですか」


  ヴァルケンはそう言いながら、念話を飛ばす。飛ばした相手は、帝が放った影魔(シャドー)の内の数体。

  影魔(シャドー)は隠密性能に長けてはいるが、弱点がある。それは、隠密性能以外には何の能力も持たない事だ。

  故に、探知系の魔術を行使されれば直ぐに見つかる。攻撃魔術に触れただけで消滅する。

  所謂、雑魚だ。影魔公(ドゥーク・シャドー)なら話は別だが、ただの影魔(シャドー)では使い捨て。

  だからこそ、帝が行ったのは大量の影魔(シャドー)のこの世界への放流。

  帝としては、三割程度が残っていれば上出来と思っていたのだが、ここで帝の誤算が発生した。それは、影魔(シャドー)が使い捨ての雑魚というのは地球の異能力者、それも精鋭の集う聖王協会での常識であって、この世界では影魔(シャドー)でさえ、強者の部類に含まれていた。

  帝は影魔(シャドー)から情報を聞く頻度が少ないために、この事実を知らない。


  影魔(シャドー)からの報告によれば、魔王を名乗るトゥール達は、クヌアル巨塔にいるようでかなり追い詰められた状況らしい。

  世界中に向けて宣戦布告を行った直後に、魔龍の魔王、魔獣の魔王からの襲撃を受け、戦力の大半が討ち死にを果たしようだ。二柱の魔王は、それ以降は何もしなかったようだが今度は亜人や人族からの執拗な奇襲を行われ、トゥールは組織としての体を保つので精一杯になっていた。


  トゥールは毎日怯えながらクヌアル巨塔に閉じ籠り、組織を纏めようと思っても、それを実行できる程の力はない。トゥールは人望がある者程冷遇したために、身近な部下も揃いも揃って無能ばかりだ。ショッピングモールにて真美を襲撃したバリシャがエンツォよりも下の立場に甘んじていたのはそういった背景があったからだ。


「まずは、クヌアル巨塔に向かいましょうか」


  ヴァルケンは真美達に思い立ったように言ったが、それは真美に帝が影魔(シャドー)をこの世界に放った事は伝えるつもりがないからだ。


  テラ達は、それぞれ了承の意を示す。






「そして、私達はクヌアル巨塔へと強襲し、ミラ様をお救いしました」

「そこら辺の説明がほしいな、俺は」

「蟻を踏み潰すのに、細かい説明などは必要ないでしょう」

「……そうだな。ところで──」


  俺は、スマートフォン越しにヴァルケンへとため息を吐く。


「一旦、合流するか?」

「そうしましょう」


  心の底からの歓喜を表すような声音でヴァルケンは同じ言葉を二度繰り返した。


「じゃあ、ゲートを開けるぞ」

「場所はお分かりになられますか?」

影魔(シャドー)から聞いてる」

「流石は帝様。帝様のきっと素晴らしいご活躍をなさっておられたに違いないでしょう」

「……そだね。頑張ったよ」


  オリヴィアが魔龍の魔王を倒し、使い魔が魔獣の魔王を倒し、ラースがラードレインを救った。

  アレ?俺は何もやってなくね?とは思わなくもないが、俺は指揮官。指揮官は指揮を執るのが役目だ。

  よって俺はきっと非常に優秀な指揮官に違いない。


  俺はゲートを開き、ヴァルケン達を展望台の最上階へと招く。


  ヴァルケン達はさして疲れていないようだが、真美と真美に隠れるように引っ付いている、銀髪のあどけなさが残る表情の乏しい幼い少女からは若干の疲労が伺える。


「真美、そのチミッ子は?」

「私の妹よ、母は違うけど。ミラ、自己紹介なさい」


  まるでオカンだ。


  ミラと呼ばれた少女は、おどおどと怯えるように真美に隠れたままだ。


「……私、売られちゃうの?姉様も言ってた。この人、ろくでなしの外道って。人を踏みにじる最低の下衆野郎って」

「オイコラ真美。少しお話ししようか」

「ヒッ!」


  少女はしゃがんだ真美の胸元に顔を埋める。そして、批判的な視線が俺へと殺到する。


  何?もしかして俺が悪いの?


  俺は満面の笑みを浮かべながら少女に話しかける。しゃがみこみ、同じ視線になる事も忘れない。


「ミラちゃんが何を聞いたのかは知らないけど、お兄ちゃんはミラちゃんの味方だよ」


  これでよし。


  ミラ少女は顔を半分隠したまま俺を見るが、再び可愛らしい悲鳴を上げる。


「あの人、きっと殺ってる」


  否定はしない。と言うかできない。


「まっ、まあ、ミラちゃんを助けるためなら、何だってやるよ。約束する」


  俺は自分に問いかける。お前は一体、何を言ってんだろうと。


  ミラ少女はまた顔を半分隠したまま俺を見る。


「だったら、世界を滅ぼして。何でもやるんでしょ?」

「……イエッサー」


  オーダー入りました。世界滅亡。

  やベーよこの娘。もっと女の子らしい可愛らしいお願いかと思ったら、とんでもなくえげつないのきた。

  お花さんを摘んで、蝶でも追いかけとけば良いものを。


「帝様、腕がなりますね」


  ヴァルケン、程々にな。


「やったあ!ボクのオモチャが増える!」


  テラ、少なくとも人間はオモチャじゃないぞ。


「探せば、少しは骨のある奴がいるだろうな。燃えてきたぜ!」


  ラース、鬼神相手にタイマン張れるとか、そんな奴滅多にいるわけがないだろ。


「皆さん、乗り気ですねぇ」

「悪夢だな。俺は知らん。帰る」

「まずは、白凰優馬をどうにかしませんとぉ」

「どうせ、滅びるだろ?見ろよ、溢れ出た魔力がオーラみたくなってんぞ。ラスボスは伊達じゃないな」

「それで、これからどうするんですか?いろいろややこしくなりましたけどぉ」

「ポジティブに考えれば人手が増えたとも言える」

「ねえ帝、ネガティブに考えれば目的の達成が困難になったと考えるべきでしょうね」


  俺は、オリヴィアの言葉に頷く。


  俺達とヴァルケンが合流した事で、トラベラーは俺達は同一の勢力と断じるだろう。だが、魔国からの妨害がないと考えるとお釣りがくる。

  どうせヴァルケンの事だ、魔国だった場所には塵一つ残らない焼け野原だろう。真美も苦渋の決断だったろうが、ここにいるという事はヴァルケンのやり方に了承した事に他ならない。


  だが、最大の問題はそこではない。

  大人気(おとなげ)もなく世界を滅ぼそうと張り切っている龍神と鬼神と死神。勢い余って本当に世界を滅ぼしかねない。

  俺は今まで影でこっそり異能力を使い、一般ピーポーを死なせまいと頑張っていた。魔獣の大軍勢が攻めて来たにも関わらず、誰一人として死者がいなかったのは奇跡でも何でもない。

  単に、俺の魔眼の能力だ。


「まあ、なるようになるさ」


  俺は空を見上げる。


「帝、一つ報告があるんだけど」


  俺はもじもじとした真美を見る。


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