20話
「帝様ぁ、どういう状況なのかお聞かせ願えますかぁ?」
「……ん?タマリか」
俺は重い瞼を擦りながら、声の聞こえる方向へとゆっくりと顔を向ける。
視線の先にいたのは、金髪の快活な印象を受ける少女。
巫女服をその身に纏い、白いニーソックスを履いたその少女の頭部には狐の耳が生えており、後ろにはゆらゆらと揺れる金色の尻尾が垣間見える。女子にしては平均的な身長の彼女は、金色髪を後ろで赤いリボンで束ね、扇情的な大きく主張している胸元から呪符を取り出そうとしている。
大人の妖艶さと少女の可愛らしさをいいとこ取りしたような姿は、非常に蠱惑的だ。
「もう到着したのか、早いな」
「電話してから六時間は経過していますよぉ」
「そうなのか」
軽く仮眠を取るつもりだったのだが、思いの外、熟睡してしまったらしい。
「そんな事はどうでもいいんですよぉ。それにしてもぉ、そこの女の子は誰ですかぁ?」
「ラースから聞いてないのか?」
タマリは可愛らしく指を顎に添えながら首を傾げる。
「そう言えば、確かに聞いたような聞いてないようなぁ」
「まあ、ラースだからいまいち説明が上手くできなかったか、もしくは途中で投げ出したかのどっちかかもな」
俺はそう結論づけると、少々怯えた様子の真美についての説明をし、真美に対してもタマリの紹介を行った。
もしかしたら、タマリの実力を知ってしまったのかもしれない。ヴァルケン達の実力も見ただけで見抜いていたし。
「だがタマリ、電話をした時にそれなりの情報を聞いてると思ったんだがな」
「ラース様からゴタゴタに巻き込まれて異界に行くと掻い摘まんでの説明しかありませんでしたから、その情報だけでいろいろと推理しましたぁ」
「なるほどな、それでも異界の魔王様がやって来たとは思ってなかっただろ?」
「そうですねぇ」
タマリは真美を落ち着かせるように、にこやかに微笑みながら話を続ける。
「でもぉ、ヴァルケン様達以外にも変わった経歴の方ならいますよぉ。バルちゃんは異界の姫だったんでしょぉ?ヨルちゃんも巫女だったみたいですしぃ」
「タマリのなんちゃって巫女と違ってな」
「そんな事はないですよぉ!」
抗議するようにタマリは腕を振る。
「まあ、確かに内の連中は一癖二癖ある奴ばっかりだもんな」
「そりゃあ、そうですよぉ。異界から地球へと来た人達が多いですからぁ」
「そうなの!?」
タマリの言葉に驚いたような表情をする真美。そして、妙に納得したような表情へと変わる。
「そうだな。異界からやって来た奴らは全員悪意を持っている訳ではないからな。聖王協会はそういった連中を保護しているんだよ」
「そうなのね。タマリさんはどうなんですか?」
「私もそうですよぉ、帝様に助けられましたぁ。その時から帝様に一途ですよぉ」
「タマリ、近い抱き付くな」
「もう!帝様のいけずぅ」
「ウゼエ」
タマリはめげずに俺の隣に座る。
「オリヴィアとレオウェイダは?電話では一緒に来ていると聞いたが」
「二人ともそれぞれ買い出しに行っているようですよぉ」
「大丈夫なのか?あの二人で。絶対目立つし、やらかすだろ」
「認識阻害の能力の魔道具を持たせていますし大丈夫だと思いますよぉ」
「心配だな、特にオリヴィア。自販機のシステムが未だに理解できずに喧嘩するくらいだぞ。俺は無機物に怒鳴る人間を初めて見たぞ」
「オリちゃんは人間じゃなくてハイエルフですよぉ」
「大して変わらないだろ」
「そうですねぇ」
真美が話についてこれず、俺の脇をつつきながら無言で説明を求める。
「オリヴィアとレオウェイダは、後で会えるぞ」
「……それよりもハイエルフって言った?ハイエルフって聞こえたけど」
「そう言ったが?」
「ハイエルフって言えば、一国を滅ぼすレベルの存在よ!」
「そうなのか、それは凄いな」
真美の世界ではそうらしい。
「だが、世界を渡れば基本的には何らかの能力が付与されるからな。オリヴィアもその影響でハイエルフになったようだし。真美は例外だけどな」
真美は頷き同意を示すが、何故力を得るのかは分かっていないだろう。
「世界と世界の間には莫大なエネルギーが循環している。そのエネルギーに触れることで能力が付与される」
「そうなのね。私達の世界には、異世界から……帝が言う異界からやって来た人は勇者と言われ、それなりに強い力を持っているけど、そういう事だったのね」
「その通りだ」
「なら、異界に沢山渡ればその分強くなるんじゃない?」
「そうかもしれないが、一概にいいとも言えない」
俺の言葉にタマリも頷く。
「あまり付与されすぎると、存在が曖昧になるんだよ。人格は分裂し、それに従うように体が裂ける」
「以前、いたんですよぉ。そんな事を実行したバカがぁ」
「……そうなのね」
「だから、異能力者は異界へ渡る事があれば、身を守るために魔力でプロテクトする。そうそう巻き込まれる事は無いけどな」
雑談しながら時間を潰し、オリヴィアとレオウェイダの帰宅を待つ。
二人はそれぞれコンビニとホームセンターのビニール袋を両手に持ち帰宅した。
「お前ら、行き先が同じなら一緒に行けよ」
呆れた俺に二人は首を横に振る。
「ねえ帝、そんな事は不可能です。この騎士擬きと歩けば、私の格が失墜します」
「知らねえよ、オリヴィア」
先に口を開いたのは丸ぶち眼鏡をかけた地味な金髪の少女。
だが、その少女が外した瞬間にその凛々しい姿が現れる。エルフ特有の長く延びた耳──ではなく普通の耳、真っ白な軍服、タレ気味の少し鋭くも可愛らしい瞳に、腰から差した白銀のレイピア。長く美しい髪を紫色のシュシュで纏めている。
まさしく姫騎士と言うに相応しい気品と美しさと可憐さを兼ね備えた少女。
どこからか取り出したのか、真っ白な軍帽を自らの頭に乗せる。
「レオウェイダ、いい加減仲良くしろよ」
「殿下、よく考えてください。私がこの自称騎士と仲良くできるとお思いですか?」
「それを何とかするのがお前の役目だ」
やれやれと言いたげに首を振っているのは黒い甲冑を纏った長身の男。
本名はレオウェイダ・ブラックボーンといい、その容姿は美男子とは言えなくもないが、華やかさは一切なく、どちらかと言えば頼れる男と言った方がしっくりくるだろう。
男にしては少し長い黒髪と赤い瞳は目を引くが、甲冑越しでも分かる引き締まった体躯は細身ながら非常に筋肉質であり、純粋な近接戦闘能力は極めて高い。
二人ともそういう設定なのか、異界では実際そうだったのかは知らないが、本人曰く名を馳せた騎士だったらしい。ただ、実際に二人とも能力は高いため、本当にそうかもしれないと内心では思っている。
たまにいるのだが、地球のやって来たために力を得、元の世界では凄かったと見栄を張る奴はそれなりにいる。調子に乗って暴れられるよりは、幾分もマシだが。
「まあいいや」
俺は諦めた。
コイツらを仲良くさせるのは難しい。たまに気が合う時はあるのだが。基本的にはこのように、犬猿の仲と言っていい。
「オリヴィアとレオウェイダはコンビニとホームセンターで一体何を買ったんだ?」
「ねえ帝、水と乾パンです」
「同じく」
「何で非常食?それにしても仲良しか、お前ら」
同じタイミングで否定するに嫌そうな表情をしているオリヴィアとレオウェイダ。
似た者同士だな。二人に言ったら真っ向から否定するだろうが。
「タマリ、ヴァルケンがいないからお前が朝食係な」
「ハイですぅ」
タマリが右腕を上げながら了承する。
そして、キッチンへと歩いていった。
数分の後タマリが持ってきたのはスクランブルエッグとベーコンとヨーグルト。ヴァルケンとは違い、そこまで凝った物ではないが、俺はこれも好きだ。基本、美味しければ何でもいいし、手作りということに意味がある。
要は気持ちの問題であり、乾パンと水は遠慮したかったというのが本心である。
「美味しいですかぁ?」
「うむ、なかなかの美味である」
「帝、あんた、何目線よ」
真美のツッコミを受け、話を変える。
「これから一週間くらい、六日後くらいには異界へ出発するから、そのつもりで行動するように」
「分かったわ」
「分かりましたぁ」
「ねえ帝、了承しました」
「殿下、かしこまりました」
真美達はそれぞれ了承の意を示す。
「殿下はこの六日間、どうなさるのですか?」
「……うーん」
レオウェイダから返ってきた質問に思わず唸る。
やるべき事は一つ二つくらいならあるが、六日間も費やす程の事はない。
「死の武器商の所に行って武器の受け取りと依頼だな」
「お供します」
「好きにしろ」
レオウェイダが勝ち誇った表情でオリヴィアを見る。
お供ってついてくるだけだろ?勝ち誇る事じゃないだろうと思うが、何も言わない。
「夜伽はどうなさいますぅ?」
「タマリ、お前は俺の部屋に入る事を禁ずる」
「そんなぁ、酷いですぅ」
呆れた視線でタマリを見れば、体をくねらせ再び口を開いた。
「こんなに体が火照っておりますのにぃ」
「そうか。ところで、オリヴィア」
「いかがなさいました?」
「他の連中は元気にしてたか?」
「ええ、皆、主にお会いしたいと申しておりました」
「元気ならよかった」
「主はお優しいのですね」
「そうか?そうでもないだろ。身内じゃなけりゃ気にしないしな」
俺のその言葉に一斉に視線が集中する。
「どうした?揃いも揃って気持ち悪いぞ」
「……いえ、殿下がそのようなお言葉をくださるとは」
レオウェイダが目頭に指を押し当て、両目を閉じながら話しているが、何でだろう。凄く居心地が悪い。
「ご馳走さま」
テーブル上の朝食を口に押し込み、牛乳で飲み込む。
「レオウェイダ、行くぞ」
「かしこまりました」
東京の住所などない場所にそこはある。
より正確に言ってしまえば、地下だ。
特注の自動運転の車に乗り、練馬区までやって来た俺とレオウェイダは、車から降りると、人知れず幾重にも張ってある結界を潜り抜ける。これらの結界は、力技で破る以前に気付かなければどうする事もできない。ただ、何事も無いかのように何も気付かず通り抜けるだけだ。
「殿下、あの者は信用できるのですか?私は信用できません」
「奇遇だな、俺もアイツは信用できない。逆に信用する奴は常軌を逸したアホだな」
レオウェイダは「なら!」と発するが、俺は手で制す。
「珍しいな、お出迎えとは」
「迎えに来たら悪い?」
一人の鼠色の髪をした作業着姿の青年が現れる。
この青年は死の武器商だ。異能力者に非合法の武器を売り捌くれきっとした指名手配犯。
「さっきも言ったが、珍しいからな。普段は厄介払いみたく、マシンガンを掃射するだろうが」
「否定はしないね」
「それにしても、昨日の電話のあの口調はなんだ?お前のじいちゃんかと思ったぞ」
死の武器商は俺の方へと歩みながら、話を続ける。
「ところで、金はどこ?」
「レオウェイダ、持ってこい」
「かしこまりました」
レオウェイダは俺達が乗ってきた車から一つのアタッシュケースを取り出す。
「魔道具に入れてくるとは、随分と懐に余裕があるらしいね」
「どうだろうな。金は依頼の完了を確認してからだ」
死の武器商はポケットから取り出した小さなリモコンのボタンを押す。
すると、地面が沈む。これは、少し違うな。
円状に道路だった地面が降りる。
「よくも公共設備に細工できたな。その勇気だけは一丁前だよ」
「お褒めの言葉、どうもありがとう」
俺の言葉に死の武器商は皮肉で返す。
降りた先には空間が広がっている。
見渡す限り、数多の魔道具が所狭しと並べられたり飾られたりしている。
その中の一つを手に取る。
それは片手サイズのメタリックな光線銃。
「これは何だ?初めて見たけど」
「それは、まだ名前はないね。少々特殊な代物でね。よかったら持っていくかい?」
「やめとく。使いどころが分からないし」
死の武器商は「確かに」と呟き、光線銃を俺の手から受け取り説明を始める。
「このリボルバーの部分が魔力の注入口になってるよ。くれぐれも壊さないように」
「そうなのか、凄いのか凄くないのかよくわからないな。威力が弱そうだし」
「一般の軍用車両が相手なら、雑作もなく撃ち抜けるよ」
「扱いには気を付けないとな。くれると言うなら、貰っておこう」
俺は光線銃を受け取り、ポケットに入れる。
その後、異界へ行く事になった経緯を大雑把に伝える。レオウェイダが一切の説明を止めようとしていたが、俺は伝えた。
どうせ、いつかはこの男の耳に入る。ここは素直に言っておいた方が、その後の反応で今後の死の武器商の扱いを決めればいい。
「ってな訳で何かいい武器はない?エクスカリバーとかドゥランダルでもいいから」
「無いね、残念ながら。助けるって言ったんだから自力でなんとかしたら?」
「勢いで言ってしまったけどさぁ、やっぱり楽したいじゃん?この際、文句言わないから。ミサイルでもロケットランチャーでもいいからさぁ。あるもん全部出せや」
「少なくとも主人公が放っていい発言ではないね」
死の武器商は、瓦礫を漁りながら呆れた声を出している。
「はい、これ」
死の武器商の差し出した小さな鍵を受け取る。
「ああ、旧覇王の王鍵か」
「殿下、旧、ということはその鍵の名称を変えるのですか?」
「まあな。そもそも、覇王の王鍵なんて聖王協会に所属していた時に勢いで付けた名前だし、厨二病全開だし、黒歴史の塊だし、大きくて使いづらいし」
「大変だったんだね」
興味無さそうに死の武器商が、再び瓦礫の仲を漁りながら喋る。
「お次はこれだよ。黒刃の進化系」
「どうも」
「残りは後で送るよ。三日もすれば計五千、全てが完成する」
死の武器商は黒いアタッシュケースを俺へと投げ渡す。
「なら交換だ」
俺はレオウェイダから受け取ったアタッシュケースを今度は死の武器商に放り投げる。
「毎度あり」
「帰るぞ、レオウェイダ」
俺は満面の笑みの死の武器商を傍目にしながら、車を駐車している地点まで、ロンドンまで行った時のように転移する。
「絶不調と聞いておりましたが、そこまでではなさそうですね」
「ロンドンまで行った時は酷かったな。まあ、時間の経過と共に、力が戻ってくるだろうな」
もっとも、全力は出せないだろうが。
俺達は車に乗り込む。
互いに無言の中、車は進むがレオウェイダが唐突に口を開く。
「殿下は今回の一件、どのようにするつもりなのですか?」
「レオウェイダはどうした方がいいと思う?」
「私ですか?」
「そう、私だよ」
レオウェイダは長い沈黙の後、意見を発する。
「私は、今回に限ってはあまり関わらない方がよろしいと思っております」
「俺もそう思う。この件は魔王討伐でなければ、世界を救う訳ではない。ぱっぱと敵を倒して、他の誰かに尻拭いさせてさよならとはできない。政治だからな」
「はい。ですから、万が一丸め込まれて利用される可能性も否めません」
「かもしれないな──」
「でしたら!」
「またその逆も然りだ。俺が真美の世界を利用する事だってできるさ。俺はこう見えても権力抗争は慣れっこだ。利用されるつもりなど毛頭ないさ」
それでも納得いかない表情をしているレオウェイダには、何も言わない。
俺は心配性のレオウェイダを横目で伺う。口に浮かんだ苦笑を隠しながら。
「心配性だな」




