14話
家に帰ると、そこはヴァルケン達が暴れすぎて更地になっている事もなかった。すぐさま家に帰りついたヴァルケンとラースが上手く対処したらしい。
「真美は起きたか?」
「いえ、テラの魔術で眠らせておりましたので、現在もなお熟睡しております」
「そうか」
ヴァルケンの報告にひとまず安心する。
「それと、この家に出た奴も、鼠色のスライム擬きだったか?」
「違いました」
「どんなだった?」
「鼠色の鉱物のようでした」
俺は小さく「そうか」と呟き、考えを巡らせる。
エンツォを宿主とした場合はスライム擬きだったが、バリシャを宿主とした場合は鉱物のような何かだったらしい。
宿主に寄生する魔術的な存在である以上、あの核自身の能力とも考えられるが、宿主の異能力や使用した魔道具の特性を学習しているのではないかと思う。
「核があったと思うが、どうした?」
「ラースが跡形もなく消滅させました。。本来であれば、何らかの形で捕獲すべきだったのでしょうが……。申し訳ございません」
「いや、今回の場合はしょうがない。気にするな」
「お気遣い、ありがとうございます」
俺は軽く手をヒラヒラと振り、ヴァルケンの言葉に応える。
ヴァルケンは一礼し、地下へと降りていく。
鼠色の鉱物のようなモンスターは一度でも目にしてみたかったが、既にないのであれば仕方がない。
ヴァルケンに核の形状がスライム擬きと同じく、真っ白なキューブだったのか聞きそびれた。そこまで重要なことではないと思うけど。
俺はソファーに座り、碧箱を両手で目線の高さまで持ち上げながら観察する。指を使い、碧箱を回転させる。
見たところ何の異常も見られない。この碧箱の能力は簡易的な隔離だ。実際に、封印と大差ないし、今のように封印代わりに使っているのも事実。
念動力で一度浮遊させ、テーブルに置く。
そして、今回の世界強制排除魔術陣により真美が来てからの一連の流れに、異能力組織がどう動くのかを改めて考える。
日本国内であれば、対策課は現時点では様子見、善神騎士団は武力行使を躊躇せずに真美を捕らえようとするだろう。その他の中小の組織は、そこまで警戒することもないとは一概に言えない。考えづらいが、足元を掬われることだってあり得る。特に、善神騎士団に取り入ろうとする手段を選ばない組織であったならなおさら。
後は、幾つかの大きな影響力と実力を持つ異能力犯罪組織と名家の連中だ。関東に本部を持つ強大な異能力犯罪組織は今は一つしかないが、今は気にする必要はない。
数々の名家は、情報収集に躍起になっているところだろう。顔が広いか耳の聞こえがいい家なら、ある程度の情報は入手している可能性は非常に高いだろう。全ての勢力に対し、完璧に対処する自信はない。必ずどこかで下手を打つ。
海外の主だった異能力組織はロンドンの聖王協会とニューヨークのトワイライト。
聖王協会に関しては総帥がジョーカーであるため、全員がそうではないだろうが、協力関係と見ていい。
トワイライトは、自ら進んで関わりを持とうとは思ってないだろう。あそこのトップの吸血鬼は面倒事を嫌う。
全てが終わった後に何事も無かったかのように、分厚い面の皮を引っ提げて情報だけをジョーカーから引き出していた。ジョーカーもジョーカーで問題があるのだろうが、かなり強い苦手意識があるようで、さっさと帰ってもらうように情報を簡単に渡している。
勿論、渡す情報は絞っているのだろうが。
「こんなにいろいろあったが、全て一日の中の出来事なんだよな」
思わず心中を吐露する。
始めての学校で、それも卒業式の日に異界の魔王様がやって来た。その後、ジョーカーが我が家に訪ねて来て、ショッピングモールで真美のかつての部下と戦闘になった。対策課の本部に連れていかれ、帰りには善神騎士団と抗争。挙げ句の果てにはファンタジー要素の塊とも言えるスライム擬きとのハートウォーミングなふれあいもあった。
確かにいろいろあった。ありすぎた。最早、運命の神の嫌がらせと疑うレベルで。
「フゥー!やっぱり、深夜の風呂は最高だな!」
声の聞こえる方向を見ると、肩から真っ白なタオルをかけたラースが歩いて来ていた。それも全裸で。
「まずは服を着ろ。タオルを肩にかける前に服を着ろ。今までは目を瞑ってきたが、今は真美がいるから気をつけろよ」
「そうだな。だが、帝」
「何だ?」
顔を前方のテレビに戻し、ラースに尋ねる。
「俺は、あらゆる人間は全裸だろうが服を着ていようが変わらないという真理に辿りついたのだ!」
「そうか、病院行ってこい。金なら出すぞ」
「冗談だ冗談。声と目が冷たいぞ。あー、いや、目が冷たいのは元からだったな。気にすることはないぞ!」
「何のフォローにもなってないぞ」
俺は大きな笑い声で誤魔化そうとするラースへ、一つ質問しようと視線を向ける。
「ラース」
「オッ?どうした?」
「鼠色の鉱物みたいなモンスター。お前が破壊したらしいな」
「そうだな。……もしかして、生け捕りにした方がよかったか?」
「いや、ヴァルケンからも同じ事を聞かれたが、変にリスクを負う必要はない。怪我人がいなかっただけ合格点だ」
「そうか、ならどうした?」
ラースは呆けた表情で首を傾げる。
「そのラースが倒したモンスターはどういう物だったのかが気になってな」
ラースは納得したように何度も頷き、俺の質問に答える。
「見た目はなあ、アレだな」
「アレって言われても分かんねえよ。岩みたいにゴツゴツしてたか?それとも、ジュエリーショップで売られてる宝石みたいに研磨されてる状態だったか?」
「磨かれてる感じだったな。表面がツルツルしてたと思うぞ」
「……そうなのか」
ラースの語彙力の無さに内心で頭を抱える。
語彙力が無いと言うよりは、頭の中の映像を一度、言葉に変換して表現することが苦手なのだろう。まあ、気持ちは分からなくもない。
やっぱり、詳細はヴァルケンに聞こう。その方がより詳しい情報を聞けるだろう。
「取り敢えず服を着ろ」
「オウ!分かったぜ!」
そう言いながら、ラースは肩にかかったタオルを丸めて右手で掴みながら階段を上がっていった。
全裸のままで。
俺は見てない事にした。
俺はリモコンのボタンを押し、録画していた洋画の視聴を始める。
ヴァルケンが地下から上がって来るまで見るつもりでいるのだが、なかなか上がって来ない。家の雑用もヴァルケンが一手に引き受けているから、何かしらの雑用を行っているのだろう。
冷蔵庫から取り出したコーラのペットボトルと、我が家ではお菓子ボックスと名付けられた木製の箱からキャラメル味のポップコーンを片手に映画を鑑賞しながら口へと運ぶ。
夜遅くに誰も居ないリビングで一人で見る映画はなかなか面白い。誰かにチャンネルを変えられることもなければ、お菓子を強奪されることもない。ましてや、誰かに話しかけられ、注意が散漫するなどあり得ない。
この素晴らしさをポップコーンと共に噛み締め、コーラと共に喉へと流し込む。
やっぱり、未来からロボットがやって来るって設定を考えた人は天才だと思う。
洋画が終わり次の洋画を再生させる。
外はまだ暗い。日の出まで映画一本分の時間はあるだろう。
「それにしても、ヴァルケン遅いな。何やってんだろ?」
俺は思わず呟く。
ヴァルケンが地下へと降りて、二時間近く経過しているはずだ。ただの雑用にしては、時間がかかりすぎている。
リビングの振り子時計を見れば、三時を回っている。
ヴァルケンは我が家に住んでいる中で一番働いている。正しく、縁の下の力持ち。だからこそ、趣味を持ってほしいと思っていた。
ただ、最近雑用が趣味とか言ってた気がする。仕事の疲れは仕事で癒すとも言っていた。
……絶対地下で仕事してるな。絶対と言うか、間違いなく。
テレビを消して碧箱を手に持ち、地下へと続く階段を降りる。
地下へ降りると一本の廊下に繋がっている。廊下には幾つもの扉があるが、どれも開けずに真っ直ぐ進むと広大なガレージが広がっている。見渡す限り、数多の多種多様な車体が並べられている。
これらの車はジョーカー名義で購入した物を改造したり、一から作り上げた物だ。
つまり、普通の車は一台もない。どれもが特殊な機能や性能を有しているが、ノリと勢いだけで作ったため、使い道があまりない物もある。
故に、テラからつけられた名称が、日の当たる事さえない負の遺産。否定するつもりも否定する要素もないため何も言わないが、少し後悔していたりする。
そんな部屋なのだが、ヴァルケンを見つけた。
ヴァルケンは専用のクロスで車体を丁寧に拭いている。そして、拭いたクロスをタオルで拭いている。
クロスをタオルで拭く領域まで踏み込んでいるのなら潔癖症というより、ただの病気のような気がする。
「ヴァルケン!仕事中(?)に悪いが、質問いいか?」
「先程お聞かれになられた鉱物についてですね?」
「その通りだ。話が早くて助かる」
ヴァルケンは一度だけ黙礼する。
「その、鉱物のモンスターについての詳細を教えてほしくてな。ラースから説明されたが、いまいち要領を得なくてな」
ヴァルケンは「なるほど、そういうことでしたか」と呟き、組立式の椅子に座るように勧めると同時に碧箱を俺から預かる。
俺はそれに従うように座る。
「鉱物の化物と戦闘になったのは、私達が帰宅するよりも後でした」
「先に死んだのはバリシャのはずだがな」
「宿主の本来持ちうる抵抗力の差ではないでしょうか?」
「それと、体内の魔力量が多ければ、その分だけ寄生しやすいのかもな。どのみち、これ以上は調べようもないけどな。碧箱の中身を誰かに寄生させる気にもならないし」
「そうですね」
ヴァルケンは俺の意見に同意を示す。そして、再び口を開く。
「家の中でしたので鉱物の化物とはラースが戦いましたが、硬度はさほど高くはなかったようです」
「高くはないって言ってもラースの拳に一回でも耐えれたのなら、それなりに硬いんじゃないのか?知らないけど」
「確かに一、二撃は耐えていましたね」
「つまりは、一般人レベルで考えるとめっちゃ硬い」
「そうですか」
「後は何か特徴でもあったか?何でもいい」
ヴァルケンは思案するように、視線を宙へさ迷わせる。
「そうですね、後は自らの身体の構造を僅かでしたが、変えていましたね」
「と言うと?」
ヴァルケンは一拍置いて答える。
「私が見たのは、腕を刃物のように鋭くさせ、伸ばしていました」
「腕?もしかして、人体のような形だったのか?」
「ええ、その通りです。より正確に言えば、人体のようにも見えると鉱物というだけですが」
「そうか、説明ありがとう。それにしても、よくこの家は壊れなかったな」
「戦闘を行った場所が地下格納庫だったことと、ラースが程よく手加減したからでしょう」
「なるほど、よく分かった。ラースって結構器用なんだな」
これではっきりした。
あの核が何らかの形──今回の場合は、トラベラーという奴が黒幕で間違いないだろうが──で宿主に寄生し、宿主から能力などの解析を行い、情報としてアップデートする。そのアップデートされた情報を基に核自らの能力など、もろもろを最適に作り替える。
ざっとこんな感じで間違いないだろう。
エンツォの場合は液体操作の能力故にスライム擬きのような身体構造であり、バリシャの場合は使用していた魔道具の能力──ラース相手に使ったかどうかは、現時点では定かではないが──を最適に扱える体を構成した結果が人体に類似したものだったのだろう。
突如、ポケットに入れたままのスマートフォンが振動を始める。
スマートフォンの画面を見ると、一件の通知が入っている。
「どうやら客が来たらしい」
「この時間にですか?」
「ああ、今のこの時間にだ」
「思ったよりも早いですね」
「そうだな、てっきり明日……いや、日付が変わってるから今日か。まあ、今日の昼くらいにやって来ると思ってたけどな」
「他の組織に先を越されないようにでしょうね」
「だが、聖王協会以外にどこが来るんだ?今のこの状況を考えれば他はどこも来ないだろ」
ヴァルケンは苦笑しながら同意する。
「少し、外に出てくる」
「かしこまりました」
深々と礼をするヴァルケンを尻目に地下のガレージを後にする。三月の夜遅くであることから一度私室に戻り、黒のカーディガンを羽織り家を出る。
メールによれば、近所の公園に行けばいいらしい。
「……帝、遅い」
「しょうがないだろ、サイレント。急に呼ばれたんだ、これでも十分早いと思うぞ。それと善神騎士団の件、ありがとな」
公園のブランコに座っているのは、今晩会ったばかりのかつての仲間の一人である長身の男。サイレントだ。
相変わらず長い銀髪のせいで表情は見えないが、不機嫌であることは口調で分かる。
それはそうとして、暗闇の公園というシチュエーションのせいか、他人が偶然目にしてしまえば、発狂するくらいの怖さがある。
「……何か失礼なことでも考えてた?」
「……いや、全く」
「……ありがとうって言うくらいなら、次から次へと問題を起こさないでほしい。仕事が増える一方」
「俺だって、いろいろと面倒なあれこれに巻き込まれている哀れな被害者の内の一人だよ」
俺はサイレントの隣のブランコに座り、勢いをつけながら漕ぐ。
「……でも、これだけ次々と厄介に巻き込まれるのは一種の才能。誇っていい」
「全然誇れねえよ。どんな才能だよ。今更だがこの会話、誰かに聞かれることはないよな」
「……人払いの結界は既に張ってある」
「まあ、そうだろうな。俺にも作用していたしな」
「……帝には、並の魔術じゃ効果はない」
「そうだな。それで、そろそろ本題に入ってほしいんだが」
俺はサイレントに急かすような口調で促す。
「……ジョーカー様が帝と真美さんって人に聖王協会の本部に出頭命令が出てるから伝えるようにさっき連絡が入った」
「面倒だな。出頭命令って言われても、ジョーカーは今日、我が家に来たんだけどな」
「……そのせいでジョーカー様は今、仕事に追われてる」
「自業自得とも言うな」
「……帝を祝うためだったらしいけど?」
サイレントはブランコを漕いだままの俺に顔を向ける。
「そうらしいな。今日が始めての学校だったけど。アレ?今日、この説明、何回目だろ?」
「……知らない」
「だろうな」
冷静に返すサイレントに苦笑いする。
「それで、俺はいつ真美を連れて本部に行けばいいんだ?」
「……明日」
「急すぎないか?」
「……ジョーカー様は横槍が入る前に、この件の終結までのメドを立てたいみたい」
「それもそうだろうな。いろんな所に目をつけられてるからな。特に善神騎士団」
サイレントは頷いて同意する。
数時間前まで対処をしていたため、その思いが強いのだろう。
「ジョーカーには明日行くと伝えてくれ」
「……分かった、伝えとく。話は終わったし帰る。寒い」
「そうだな」
俺はゆっくりと歩きながら帰って行くサイレントの後ろ姿を見ながら、ブランコを漕ぎ続けた。
そして、暗闇が支配する夜の世界に、突き刺すような朝日が差し込む。
日の出だ。




