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12話

 

「帝様、お帰りなさいませ」


  玄関に入ると一人の男が出迎える。


「ああ、ところでヴァルケン」

「いかがしました?」

「ケータイ、ブッ壊れたのか?連絡が届いてないみたいだが」

「ラースが踏み潰してしまいまして……」


  ヴァルケンはリビングへと進みながら、申し訳なさそうな表情で事情を説明する。

  どうやら、俺が対策課の本部へと出発した直後、善神騎士団の異能力者が夜襲を仕掛けてきたが、ヴァルケンがそれを対処。そして、俺に連絡しようとスマートフォンを出したら、パソコンのアプリゲームのガチャで以前から欲しかったキャラクターが当たったテラが興奮のあまりヴァルケンに突進し、スマートフォンがヴァルケンの手から離れ、風呂上がりのラースがそのまま踏んでしまったらしい。


「コントでもやってのかよ、お前ら」


  呆れてため息が出る。


  テラかラースにスマートフォンを借りればよかったんじゃないかと口にしたが──


「そう言えば、テラは勝手に課金するから没収、ラースは彼女にフラれた腹いせに、床に叩きつけて壊したから修理に出してるんだったな」

「仰る通りです」


  ラスボスの癖に、地球に馴染み過ぎて問題が多発しているこの日この頃。俺が言えたことではないが、もう少ししっかりしてほしい。


「それで、俺が捕まえた連中で生きてる方は?」

「抜かりなく」

「よし、連れてこい」

「ラース、持ってきてください」

「オウ!」


  ラースが地下へと続く階段を進むと同時に、真美が階段から降りてくる。


「体の調子はどうだ?」

「大丈夫よ、しっかり寝たもの」


  薄紫色の寝間着を着ている真美は、眠たそうに右手を口に当て、あくびをしている。

  僅かに開かれた胸元が妙に艶っぽい。


「なっ、何?そんなにじろじろ見て。気持ち悪いんだけど」

「私は少し、ラースを手伝いに行きます」


  ちょっ、待て!

  ヴァルケン、何お前ウインクしながら、いい空気ですね、分かってますよ、みたいな顔してんだよ。全然、分かってねえよ。


  無慈悲なヴァルケンはそのまま地下へと降りていく。

  テラは就寝時間が早いため、既に自室だ。


「ねっ、ねえ帝」

「どうした?」


  真美は顔を赤く染め、もじもじしながら尋ねる。


「このパジャマ、似合ってる?」

「とてもよく似合ってるよ」

「そっ、そう」


  ソファーへ座ると、追従するように真美も隣に座る。


  何?この甘酸っぱい空気。俺、苦手なんですけど。

  ショッピングモール辺りで急にデレが来たなー、とか思ってたら今度はこれだ。

  相手は仮にも魔王。適当にいなして、ハイサヨナラするつもりがこの状況。

  どうせヴァルケンが裏で手を引いてるよ。


  真美が俺の服の端を握る。


  もう耐えられない。

  思わず左手で顔を隠すように覆う。


  そもそも、俺は恋愛なんて興味がない訳ではない。興味が薄いだけだと思うが、誰かに好意を抱いたことがない。


「……私のせいでごめんなさい」

「どうした?」


  俯く真美に間の抜けた声で答える。

  ふと真美を見ると、握った拳に滴が落ちている。


「私のせいで戦いに巻き込んで、私のせいでどこかに連れていかれて……。全て全部、私のせいだ」


  クーデターを起こされ、右も左も分からない世界に跳ばされ、自分を追いかけてきた者との

 戦いに他人を巻き込んだ。この優しすぎる不器用な魔王様には、あまりにも重い──重すぎる枷となり、身体中に纏わり付いて離れないでいるのだろう。


  本来であれば優しい言葉を投げ掛けたり、優しく抱き締めたりするのかもしれないが、俺にはそんなことをする資格はない。

  真美の深く抉られた心の傷を知っているのは、他でもない真美一人。

  全てを理解している訳でもない第三者が中途半端な正義感や同情心で何かをしたところで、相手への侮辱の他ならない。そもそもの前提として、正義を信じず他人を思いやる気持ちなど持ち合わせていない俺には、その中途半端な優しささえ与えることはできない。


  結局、やることはいつもと同じだ。

  自分勝手に、傲慢に、自己中心的に、無責任に、ただの気まぐれな自分のやりたいように。


「昔、壮絶に暴れまわってた時期があってな。あっ、俺の話な」

「帝が暴れてた?」


  真美が涙で潤んだ瞳を興味深げな眼差しにし、俺に向ける。


「そうそう、暴れまわってたんだよ。理由は何だったかな?確か、八つ当たりとか、そんな感じだった気がする」

「本当に?想像できないけど。だって貴方は優しいもの」


  真美の泣き出しそうな表情が、呆れたようなものへと変わる。


「学歴社会だとか人間関係だとか、いろいろ世の中が嫌になってな」

「いいわよ、嘘をついてまで私を励まそうとしなくても」

「そうかい、だが、暴れまわってたことだけは本当だ。つまりは、結局何が言いたいかというとな、何だろうな、本当に何だろう。まあ、忘れてくれ」

「何よそれ」


  真美はそう言うと、腹を抱えて笑いだした。


「お前が死ぬのは勝手だが、せいぜい俺の目の届かない場所にしてくれよ」

「普通は止める所でしょ」

「お前には、俺が普通に見えるのか?」


  真美は拗ねたように頬を膨らませる。その幼い仕草に思わず失笑する。


「今日はもう遅い、もう寝ろ」

「うん、分かったわ」


  真美はソファーから立つと、ただ落ち着きなくキョロキョロと部屋中を見渡すように、視線を右往左往させている。


「どうした?」

「ありがとうね、帝。貴方に出会えてよかった」

「今日初めて会ったばかりなのに、何だか永劫の別れみたいだな」

「どこにも行かないわ。どこにもね」

「そうかい、早く部屋に戻って寝てろ」


  早歩きで階段を昇る真美の後ろ姿を見ながら大きなため息を吐き出す。


「ヴァルケン、お前真美に何を言った?絶対に余計なことだろ」


  俺は大きなポリバケツを担いだラースを連れたヴァルケンに、視線を向けず尋ねる。


「私は何も。ですが、千早様との会話の一部を聞いておられたようですよ」

「……なるほど。気付かなかったな。前線を少し離れすぎたのか、単に調子が悪いのか」

「私には判断しかねます」

「帝、いつものあそこに行くんだよな」

「そのつもりだが──」

「帝様、清華様には連絡をしておりますので」

「清華は来るのか?」

「他に用事があるようで、自由に使っていいと伺っております」

「そうか、跳ぶぞ」


  俺はヴァルケンとラース、そしてポリバケツ共々薄暗い倉庫の中へと転移する。


「帝、ショッピングモールから帰って来た時にに使ってた能力を使わないのか?」


  ラースは心中の疑問を呈する。


「ああ、あれな。あれは、卯月家の人間に正確な能力を知られないために使っただけだ。本来は歪宮(わいきゅう)あんな使い方はしねえよ。一歩間違えれば死ぬし」


  ラースは納得したように頷くが、再び疑問を浮かべた表情へと戻る。


「なら帝は、空間転移の異能力はいくつか持ってるってことか?」

「そうだな、状況によって使い分けてるよ。ってこのこと、以前にも教えなかったか?」


  ラースは豪快な笑い声を上げる。

  どうやら、本人はこれで誤魔化せると思っているらしい。


「よし、それじゃあ始めるか!」

「はい、かしこまりました」

「応よ!」


  軽い口調の俺に応えるかのように、一度頷くヴァルケンと両手を叩くようにぶつけるラース。


  ラースがポリバケツを地に放る。中から弱々しい悲鳴が聞こえる。

  倒れたポリバケツを蹴り、立てる。

  ポリバケツの蓋を取ると──


「僕は誇り高き魔国魔王直属魔術大隊団長であるエンツォ様だぞ!」


  ポリバケツの中のコンクリートに埋まったエンツォ様は涙目で叫ぶ。


「そう言えば、そんな設定だったな。ヴァルケン、この馬鹿黙らせとけよ」

「帝様、私にも不可能なことくらいあります」

「不可能は乗り越えるためにあるんだよ」

「次からは気を付けます、次からは、次からですのでお忘れなきよう」


  ヴァルケンは"次からは"を強調する。

  余程、このエンツォの常軌を逸した自分至上主義の塊が苦手らしい。気持ちは痛いほど理解できるけれど。


「まずは、それでお前達がこの世界まで、どうやってやって来たのか、その手段を教えてもらおうか」

「何故、この僕が君のような下等生物に教えなければならない!恥を知れ!それにしても、姫に手を出してないだろうな?」

「どうやら、自分の状況が分かってないらしいな、坊っちゃん」


  俺の発言を受け、エンツォは何故か高笑いを始める。


「帝様、その者は帝様との戦闘時に頭でも打ったのでしょうか?思考に異常をきたしているように見受けられますが」

「そうだな、どう見たって普通じゃねえよな」


  ヴァルケンとラースが心配するような同情するような視線をエンツォに向けるが、コイツがおかしいのは最初からだ。

  最初からこんな感じだった。


「いい加減、笑い終えろ」


  エンツォの入ったポリバケツを蹴るが、未だに笑い続けている。

  エンツォの笑いは段々と詰まったようなものとなり、苦しそうなものへと変化する。

  そして、この上なく間抜けな表情で気絶した。


「オイ!大丈夫か?」


  エンツォの頬を叩き、意識の確認を行う。


「死んだんじゃねえのか?」

「諦めるな、ラース」

「どうして俺に言うんだよ」

「コイツの名前を呼びたくないから」

「なるほど、個人的な理由なのですね」


  ヴァルケンからの指摘には何も答えず、足で何度もポリバケツを小突く。


「あっ!ああ!」

「どうした!?」


  いきなり叫び声を上げたエンツォに、思わず距離を取る。


「起きたか?起きてるよな?さっさと質問に答えろ」

「何故?」


  悟りを開いたかのように澄んだ瞳を俺へ向ける。

  非常に腹が立つ。


「ラース!」

「分かったぜ!」


  ラースが倉庫の扉へと近寄り、赤いボタンを迷いなく押す。

  直後、タイムラグを感じさせず、エンツォの入ったポリバケツの後方三メートル地点の床が何度も折り畳まれる。床だった場所には、一面の水面(みなも)が広がっている。


「ここは海の上なのか?ハハッ!だったら僕のフィールドだ!後悔するといい!君達が馬鹿でよかったよ!」

「馬鹿はお前だ。お前の能力を理解していながら、何の対策もせずにこんな場所に連れてくるはずがないだろ。馬鹿は対処しやすいが、度を超えた馬鹿は対処が困る」


  エンツォは海面に視線を向けながら呻き声を上げるが、海面は何も変わらない。

  エンツォの体を固めているコンクリート。あれは、異能力の発動を封じる。対策課の手錠の異能力の発動の阻害ではなく、完全なる発動の無効化。

  冗談半分で作ったが、処理に困っていたところに丁度馬鹿(エンツォ)がやって来た。

  助かった。これで、データを取ると同時に馬鹿(エンツォ)とコンクリートを纏めて処分できる。最終的には遥か彼方の宇宙空間へ転移させればいい。


「帝様、どうやらその者は素直に話すつもりがないらしいですね」

「見りゃ分かる。流石に、また異界からの侵略者が来られても困るし、地球へ来た手段だけでも判明すればいいけどな。テラを呼んでくるべきだったな。アイツ死神なんだし、こういうの得意だろ?」

「そうですね。ところで、手段が判明した後はどうなさるのですか?」

「そりゃあ、俺も気になるな」


  ヴァルケンとラースはエンツォから視線を逸らさずに尋ねる。


「状況にもよるが、どうするにしても一度でも真美の世界に行く必要があるな」


  それに、どうせジョーカーから厄介事として、解決するように言われそうだし。


「そうですか。ならば、その際は同行させていただきます」

「俺も行ってやるぞ!」

「頼りにしてる」


  俺は苦笑しながら答える。

  そしてエンツォへ視線を戻しながら、尋問を再開する。


「エンツォ、そろそろお前の魔術が発動しないことは理解できただろ?後ろの海へ蹴飛ばされたくなければ、素直に答えろ」

「……答えれば、解放してくれるのか?」

「それはお前の誠意次第だ。生き残りたければ、言われたことだけに答えろ」

「…………」


  エンツォは何も言わず、そっぽを向く。


「僕は答えない。お前達の唯一の情報源は僕一人だ。僕が死ねば情報は、お前達の手に入らないことになる。つまり、僕が生き残る最善の道は何も喋らないことだ」

「思った以上に頭は回るんだな。確かに、お前の言う通りだ。お前が死ねば生きた情報源はもういない。だが、端から答えるつもりのない捕虜を置いておくつもりもない」


  エンツォの表情は、全ては理解できていないが自分と思った方向とは別の場所へと進んでいることだけは感じ取ったようで、恐怖が浮かび上がっている。


「……何をするつもりだ」

「一度死ね。明日、迎えに来てやる」


  俺はポリバケツを蹴り飛ばし、海へと沈める。水面(みなも)から大量な水飛沫が跳ねる。

  俺は、尚も水面(みなも)を見つめ続ける。


  暗闇に支配された海が更に深い闇を帯びる。

  漆黒よりも黒い何かが口にポリバケツを咥えている。

  口には鋭すぎる黒光りしている牙を器用に使いポリバケツを挟み、床に置く。


「よくやった」


  四方二十メートル程の水面(みなも)に口しか出さない何かの頬を撫でてやると、嬉しそうに底から響くような鳴き声を上げる。

  この異形の化物は俺の使い魔の一体。使い魔を数多く所有している者は三桁単位の種類の使い魔がいるらしいが、俺は数種類しかいない。

  一体も持っていない異能力者が普通であるため、嘆くことではない。


「エンツォ、話す気になったか?」

「分かった、分かったからもう止めてくれ」

「いいだろう」






  エンツォ曰く、この世界に渡って来れたのはとある協力者のお陰だそうだ。

  自らをトラベラーと名乗り、真美達の世界だけでなく他の世界にもいろいろとちょっかいをかけているらしい。その者の能力は、異界と異界との自由自在な行き来。

  まさしく傍迷惑な旅行者(トラベラー)


「そのトラベラーって奴の特徴は?」

「知らない」

「知らないって、お前は会ってないのか?」

「会っていない。僕は名前を聞いただけで、実際に会っているのはトゥール様だ」

「トゥール様?」


  初めて聞くトゥールの名前に思わず聞き返す。


「クーデターを指揮した方だ」

「なるほどな。トゥール様ね」


  顔も知らないその人物の名を脳に刻む。


「気になっていたことがあるんだが、ひとつ聞くぞ?」

「何だ?」

「口の聞き方がなってませんね」


  一歩踏み出したヴァルケンを手で制す。


「今はいい」

「かしこまりました」

「話を戻すが、バリシャだったか?あの大男。そいつにデカイ態度を取ってた理由は何だ?これがずっと気になっててな」


  エンツォは下を見ながら口を噤む。


「もう一回、海に落とすぞ」

「喋る!喋るから待ってくれ!」

「だったら今喋れよ」


  俺はポリバケツに足を乗せながら、ジリジリと押す。


「バリシャの娘はな、僕の側室候補でね──」

「もういいや、その話飽きた。もう一回沈んでこい」


  エンツォは再びポリバケツごと海に沈む。


「よし、終わったな。帰るか」

「そうですね」

「やっと終わったな」


  だが、唐突に地面が揺れた。

  面倒事の神は、まだ俺達を解放するつもりはないらしい。


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