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9話

 

  インターホンの音が何度も何度もしつこく鳴り響く。


「うるせえよ!何回鳴らすんだよ!聞こえてるわ!」

「おっ、出たマジで」

「何がおっ、出た、だ。インターホンは一回鳴らせば十分だから。本当にうるさいから」


  開き放たれた扉の向こうには、一人の黒髪の男が立っている。

  見上げる程の長身に真っ黒なサングラス、シャープな顔に細身な体躯。

  だが、最も目を引くのは別の点。


「えーっとどちら様ですか?」

「警察官です!マジで」

「どこの世界に短パンとアロハシャツで職務を全うする警官がいんだよ」


  そう、このグラサンをかけた自称警察官は短パンにアロハシャツという服装で来ていた。


「今は三月だぞ。絶対寒いだろ」

「その通りだ、寒い。そういう訳で家の中に入らせてもらうぞマジで」

「あっ!ちょっと待て!玄関上がるなら靴ぐらい脱げ!」


  アロハポリスは遠慮無く家に侵入する。

  そしてリビングに入ると、テーブル上のバスケット内のバナナに手を伸ばし、当たり前のように口へ運ぶ。


  ヴァルケン達の視線が殺到している。その瞳には「コイツ誰?」という心情がありありと浮かんでいる。


  一体、コイツは誰なのか?それはこっちが聞きたい。

  俺からすれば、ただの身分詐称の不法侵入者だし。


  俺はラースへ視線を向ける。

  お前が行け!

  ラースは残像が見える速度で首を横に降る。

  テラを見ると、一切吹けていないが口笛をしていた。

  反応が少々古臭い。今時、口笛を吹いて誤魔化すなんて真似をする奴なんてどこにもいない──と言うか、見たことない。

  俺がヴァルケンへを一瞥すると一度頷き、俺の願いを全てを理解し口を開く。


「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「んっ?俺か?マジで」


  俺はアロハポリスの惚けた顔に、思わず口走る。


「お前しかいねえだろ。それと、マジマジうるさい」

「口癖なんだよ、マジで」

「……絶対確信犯だろ」


  額に血管がピクッと浮き出ている気がする。


「つうか、お前誰!いい加減名乗れよ」

「俺は異能力対策課に所属している者だ。マジで」


  アロハポリスは少々変わった警察手帳をテーブル上に放る。

  黒く縦に長い五角形の上部には、中央から外側へ向いた十本の刀の紋様が装飾されており、開いてなかを見てみると──


「身分証明書くらい変顔するなよ。それに名前が擦れて読めないし」

「個性が出ないだろ、マジで」

「個性って、一流映画監督みたいなことを言ってんじゃねえよ」


  三本目のバナナに手を伸ばしたアロハポリスは、思い出したかのように開口する。


「後、あれだ、お前を連れてくるようにって長官からの指令だ。同行してもらうぞ。マジで」


  事も無げな口調のアロハポリスに対し、ラースが怒りを(あらわ)にアロハポリスの胸ぐらを掴む。明らかに敬意も礼節も感じられない態度が癪に障ったらしい。


「オイゴラ!テメェ、なに勝手に人のバナナ食ってんだ!それは俺のだぞ!」


  怒るとこはそこじゃない。と言うか、そのバナナはお前のって訳じゃない。と言うか、何故そこを怒った?バナナの三本くらい譲ってやれよ。

  未だにフルネームを名乗ってないとか、何故俺を連れていくのかという建前など、他にいろいろと聞くべきことがあると思うんだが。


「同行の理由は何だ?」

「分かってるだろうに。世界強制排除魔術陣に巻き込まれたはずが何事もなく、その数時間後にはショッピングモールで未知の存在を撃破。これは、監視カメラで確認済みだ。最早、お前がただ巻き込まれただけの一般人とは思っていない。マジで」


  アロハポリスの口調が変わる。先程までの人を食ったような物ではなく、油断の無い底から響くような物だ。


「神月帝と言う名前らしいな。この国において、月と苗字は大きな意味と関係性を持つ。偶然か必然かお前の苗字には月という漢字が付いている。これは必然か?それとも偶然か?」

「偶然だな」

「迷い無く即答か」


  実際に偶然なのだからしょうがない。あくまでも俺にとってはの話だが。


「口癖のマジでが無いぞ」

「この家では口を開く度に口癖を言わなければならない決まりでもあるのか?」

「まあ、そうだな。口癖なんて口にする割合が非常に高いフレーズってだけだしな」


  俺は、アロハポリスに口を挟ませず言葉を続ける。


「それで、俺をどこに連れていくつもりだ?」

「国土異能力対策課の本部だ。そこの少女も連れてくるようにと、善神騎士団から言われていたが、言う通りにするのは癪だしお前だけでいい。マジで」

「はっきり言うんだな」


  アロハポリスは大きなため息を吐き出し、元の人を食ったような口調で話す。


「俺はやりたくないことはしない主義なんだよ。やるべきことならやるがな」


  そして、再びバナナへと手を伸ばす。


「まあ、どうせ行かなきゃ行けないんなら、ここは大人しく従うことにする」

「話が早くて助かるわ。マジで」


  食べ終えたバナナの皮をゴミ箱へ投げ入れるアロハポリスに疑問を投げ掛ける。


「本部へ連れていくって言ってたが、そう簡単に教えていいのか?もし、俺があんたらの敵対的な意思を持っていたらどうするんだ?」

「その場合は……」


  アロハポリスは熟考するように宙を眺める。


「その場合は?」

「そう言えば今は真がいなかったな。まあ、神月が舐められてるってことだな。マジで」

「俺は別に構わないが、国土異能力対策課の本部なんだから、それなりに強い奴はごろごろいるんだろうな」

「そういうことだ。マジで」


  アロハポリスはそう言いながら、両手人差し指指を俺へと向ける。かなりウザイ。


「まあ、行けばいいんだろ?行けば。行ってやるから早く案内してくれ」

「オウ!行くか。それと、燕尾服の君!君に一つ指令を与える!マジで」

「結構です」


  隠しもしない拒絶をされたアロハポリスは俺を見る。

  面白そうだから俺は無視する。

  アロハポリスはチラチラとラースとテラにも視線を向けているが、テレビショッピングを仰視している。白人男性がカタコトな日本語で商品である布団を紹介している。


「ちょっと、いい加減助けてくれない?マジで」

「オウ!どうした?」

「何今気が付きましたみたいな表情してんだよ。ニヤニヤ笑って見てただろ」


  必死に身振り手振りをしている可哀想なアロハポリスに声をかける。


「どうしたんだ?」

「善神騎士団の連中がその少女を連れてこいっていってきた理由がな、そこの団長がその少女を見初めたかららしいんだよ。マジで」

「またそのパターンか」


  思わずため息が漏れる。

  一日に二回も同様の理由で厄介な連中に狙われるとは思いもしなかった。なんかデジャブ。


「またってことは──」

「ショッピングモールを襲撃しに来た奴の襲撃した理由がそれなんだよ」

「なるほど、確かに見目麗しいもんな。マジで」

「まさしく眠れる姫君だよな」


  クスッと笑いながらヴァルケンが話を繋ぐ。


「帝様もそのような感情を抱くのですね。てっきり異性には興味が無いのかと思っておりましたが」

「誤解されるような言い方すんじゃねえよ」


  申し訳ありませんと言いながら、ヴァルケンはキッチンへと下がる。


「神月、話を戻すが──」

「善神騎士団の団長が狙ってるんだったか?」

「その通りだ」


  善神騎士団の団長と言えば、実際にあまりいい話を聞かない。実家もかなり手を焼いていると、もっぱらの噂だ。


「以前は実家の九条家が押さえていたが、現当主が病気で寝込んでからは、それどころではなくなった。後継者争いでな。マジで」

「つまり、後継者争いを放棄する代わりに、好き放題やってるって訳か」

「ああ、その通りだ。端から、アレが九条家当主の器ではないと思うけどな。マジで」


  当主が寝込んだのは数ヶ月程前と聞いていた。そして、団長様の聞いた噂によれば、複数の女性を無理矢理側室にしたり、善神騎士団を自らの私兵にしているらしい。

  側室云々は至ってどうでもいいが、善神騎士団の私物化はどう考えても裏で誰かが手を引いているようにしか思えない。団長様はいかにも小物臭いし。


「そうか。ラース、真美は頼んだぞ。最悪、この家を捨てても構わん」

「応とも!分かったぜ!任せとけ!」


  ラースは拳を振り上げ、了承の意を示す。


「テラは周囲の警戒を頼む」

「はーい、ボクに任せといてー。そのくらいならゲームしながらでもできるし、面倒な仕事を押し付けられるよりは幾分もマシ」

「後半がなければ、尚よかったのにな」


  テレビを見ながら、手をヒラヒラと振るテラ。


「それで私はいかがいたしましょうか?」


  ヴァルケンがキッチンから出てきながら自らの役割を尋ねる。


「ヴァルケンは実力行使に出てきた奴を叩きのめせ。ただし殺すな──」

「それは、善神騎士団に攻撃される正当な理由を作らせないためですね?」

「その通りだ」


  俺は一度頷き、話を続ける。


「真美はこの世界の人間ではない。つまりは人権がない。何をされても文句が言えない立場にある。いきなり完全なる不意討ちで襲撃されないだけマシだがな」

「ここで見捨てるという選択もあると思いますが?無理にリスクを負う必要性はないと思いますが?」


  ヴァルケンの直球の正論に思わず口が閉じる。

  確かにヴァルケンの言う通りだ。異能力と無縁の環境で暮らしてきたが、真美を守るという選択をすれば再び異能力者の蔓延る世界へと舞い戻ることになる。

  ずっと忌避してきたあの世界に。

  何故、守っているのか自分でも疑問に思わないことはない。

  それでも──


「誰かを守るってのは柄じゃねえが、今ここで相手にビビって逃げ出すのは癪だ。悪いなお前ら、巻き込んじまって」

「構いませんよ」

「逆に、逃げ出すって言ったらぶん殴ってるぜ!」

「ボクはいいよ。ミカドの気まぐれは今に始まったことじゃないし」

「そうかい、お前──」

「ハイハイ、行動指針が決まったならマジでとっとと行くぞ、神月。マジで時間がかなり押してるんでな」


  俺の言葉を遮った声の聞こえる方向を見れば、注目を集めるように何度か手を叩いているアロハポリス。

  俺が言うのもアレだが、かなりいい加減な奴だ。未だに名前を名乗ってないし。


  取り敢えず、真美を助ける事は決まった。だが、あくまでも手助けだ。ケリは真美自身につけてもらいたい。


「よしっ!ついて来い!」

「分かったから、早く連れてけ」


  家を出て周囲を見渡してもアロハポリスの車両らしき物は見当たらない。

  あそこの黒いバンはお隣さんのだし。


「本部までどうやって行くんだ?まさか、徒歩とか言わないよな」

「そんな訳ないだろ。現在進行形で善神騎士団に監視されてるんだ。移動手段にさえ気を使わなければ何をされるか分からない。マジで」

「それもそうだが──」


  俺は周囲からの視線と気配を認識しながら話を続ける。


「襲いかかるつもりはないらしいな」

「そうらしいな。マジで」


  左右両方の木陰からそれぞれ二人ずつ。道路右側十数メートルに駐車された赤いスポーツカーから一人。

  程度の低さと品の悪さが目に余る。

  例え温情だったとしても、この程度の人材でよく組織を作ろうと思ったものだ。

  とはいえ、善神騎士団に所属している者は名家の落ちこぼれや面汚しの連中だ。だが、何もせず放置するのもよろしくない。

  故に作られたのが善神騎士団。耳辺りのいい大層な名前を引っ提げてはいるが、その内情は悪質の極み。まさしく、家に捨てられた膿の掃き溜め。日本異能力者社会の嫌われ者。

  いくら裏で手を引いている者が優秀だったとしても、高等な技術を求めるだけ無駄だろう。俺がそいつなら使い捨ての捨て駒にする。


  アロハポリスは不意に手を上げると、タイミングよく停車するタクシーが一つ。

  俺達はそのタクシーの後部座席に乗り込む。

  そして、運転手を見た瞬間、思わず声を上げてしまった。

  白髪混じりの黒髪の坊主頭。鬼のように厳つい表情。メタリックな右腕の義手。座っているから分からないが、身長はかなり高かったと記憶している。


「もしかして鞍手さん、神月と知り合い?マジで」

「そうだな、知り合いだ。それにしても久しぶりだな、神月帝。同姓同名の他人とも思ったがまさかお前とはな」

「そりゃどうも、国土異能力対策課の元勇の鞍手哲二さん」


  鞍手は失笑しながら口を開く。


「国土異能力対策課には仁、智、勇、それぞれの言葉に対応する能力が必要とされる。仁は組織運営。智は頭脳。勇は戦闘能力」

「鞍手さんが勇を辞めた理由って、まさか──」

「そこの神月帝に負けたからだ。いきなり襲撃した挙げ句、右腕まで持っていかれた」


  鞍手の言葉にそんなこともあったなあ、と思い出す。


「つっても昔の話だろ」

「あの時の光景は未だ色褪せていない」

「お前、重いぞ。そう言えば既婚者だったよな?奥さんとかに逃げられたりしてない?無視されたりしてない?」


  直後、アロハポリスが俺の足を踏みつける音が車内に響き、タクシーが対向車線へと突っ切る。


「おっ、お前、何言ってるんだ!そっ、そんなことないだろ!マジで」

「なるほど。いじっちゃいけない感じね。分かった分かったオーケイオーケイ。アレだろ?奥さんに無視されているとか、娘に煙たがられているとか言っちゃいけない感じね」


  タクシーが対向車線を越え、歩道を突っ込む。

  だが、──


「ワオ、何故か元の車線まで戻ってるな」

「そのくらい見れば分かる」


  さも当然とでも言いたげな鞍手の声が車内に響く。


「どうしてだろうな?心当たりあるか?鞍手のオッサン」

「白々しい」


  バックミラー越しに鞍手の視線が俺を貫く。


「一回、マジで頭の中を整理していいですか?」


  アロハポリスが鞍手と俺にチラチラと何度も視線を送りながら質問する。


「どうした?アロハポリス」

「何だよ、アロハポリスって。まあいいけど。結局、お前は元から異能力者だったってことだよな?それもかなり強い。マジで」

「そうだな」

「じゃあ、途中から情報をペラペラ開示したのは?マジで」

「お前が、情報をペラペラと必要以上に喋ってくれたからそのお返しだ。千早涼くん」


  頭を抱える名指しされたアロハポリス──千早涼は頭を抱えだした。


「まあ、そうだろうな。表舞台から姿を消したとはいえ、腐ってもジョーカーの弟子だ。独自のネットワークを構成し、自らの身に厄介ごとに巻き込まれないよう、他勢力の牽制と情報収集を行っていたのだろう?」

「随分と頭を使うようになったんだな」


  鞍手は俺に怒気を含んだ口調で言い返す。


「全てはお前を殺すためだった」

「報復でもするつもりか?」

「いずれ殺してやるさ」

「怖い怖い。殺せるといいな、俺を」


  その後、終わりない沈黙の中、タクシーは国土異能力対策課の本部へと進む。


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