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蝶々と虹  作者: 紫 媛
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星の輝き

スラム街の一画(いっかく)で、

貧しい家庭の貧しい子どもが、

その仲間たちと()れていた。



平日の昼間に()(そそ)ぐ太陽の熱が、

コンクリートを()がしている。

少年はその上を裸足(はだし)で立ち、

何をするわけでもなく、ただ遠くを見つめている。



彼も、彼の兄弟も、周りの友達も、

誰も学校には通っていなかった。

ストリートが、彼らの学校だった。



売春の斡旋(あっせん)を稼ぎの(たね)としている男の姿が、

少年の視界に入った。

男は、派手な赤色のジャケットに

金色のネックレスをぶら下げ、

売春婦の尻を(いや)しい手つきで軽く(たた)き、

大声で女と世間話(せけんばなし)(きょう)じていた。



もうすぐ、あの人はいなくなるだろう。

10歳の少年は、そう感じた。

彼の姿が、遠目からでも派手(はで)に映っていたから。



ジミーのお父さんも、ボビーの兄貴も、

みんなそうだった。

派手(はで)で目立つ格好をしていた人は、

次々とスラムから姿を消していった。

ある人は、警察に牢屋(ろうや)に連れて行かれ、

またある人は、銃に撃たれ命を落として。



派手(はで)な格好は、お金持ちの象徴だった。

そして、スラムで生活する人間は例外なく(みな)

お金持ちに憧れていた。

少年も同じだった。

彼もまた貧しい家の子だったから。



火に(むら)がる虫を、火から遠ざけることはできない。

同じように、

ストリートでは皆、危険だと理解していても、

派手(はで)な格好を愛し求めずにはいられなかった。



夜空に輝く星を眺めるように、

ただ遠くから眺めるだけで満足することは、難しい。



キースが、少年に近づいてきた。

少年は、自分の倍くらい背丈(せたけ)のある彼を、

星を眺めるように(あお)ぎ見た。

彼は、少年の頭を優しく()で、にっこりと笑った。

昨夜、大量のドラッグを売り(さば)き、

まとまった額の金が彼の(ふところ)に入っていた。



おろしたてのズボンと真っ白の靴が、

彼の羽振(はぶ)りの良さを物語っていた。



彼は、この地域では若くて才覚のある

期待の星だった。



ある者は、その才覚を(ねた)み、

鬼のような形相(ぎょうそう)をして彼を(にら)みつけていた。

またある者は、その才覚を素直に賞賛(しょうさん)し、

彼に尊敬の眼差(まなざ)しを向けていた。

少年は、後者だった。



少年にとって、キースはいつも優しくて格好良い、

憧れのお兄さんだった。

少年はキースのやることなら何でも真似(まね)したがった。

その(たび)に、危ないからとキースに()められていた。



しかし、彼はもう10歳だった。

キースの目の届かないところで、

節度(せつど)のない大人からドラッグの売り方を学んでいた。

そして、今夜「手伝い」と(しょう)し、

その男とドラッグを売り(さば)く計画を立てていた。

少年には、うまくいく予感がしていた。





少年は、星になりたかった。





それから、五年の月日(つきひ)()った。

少年の背丈(せたけ)は、大人と変わらないくらいに成長していた。

ドラッグも、大人に負けないくらい売り(さば)き、一人前に金を(かせ)いでいた。

そして、派手(はで)な衣服が彼の身体を(おお)っていた。



キースとは相変わらずの仲だった。

しかし、もう彼の顔を(あお)ぎ見たりはしなかった。

少年の背丈(せたけ)は、

彼とほとんど変わらないくらいに成長していたから。

次の週末は、彼のビジネスパートナーとして、

彼と郊外に出て、大きな仕事を実行する予定だった。





満月の輝く夜、

小さなビルの屋上で

仲間と煙草(たばこ)を吸っていた時だった。

ビルの下の通りから、

男同士が激しく言い争う声が聞こえてきた。

その直後だった。

数発の銃声が一帯をこだました。



少年は、急いで屋上から下を(のぞ)いた。



キースだった。

彼は警官に撃たれ、

ぐったりと地面に横たわっていた。

彼も、銃を(にぎ)りしめていた。

血が地面を流れていた。



少年も、彼の仲間も、声を上げるのを必死で(こら)えた。

彼らまで警官に見つかるわけにはいかなかったから。



三人の警官が、彼を地面から起こし、

手際(てぎわ)良く手錠(てじょう)をはめると、

そのまま彼を()(かか)え、

パトカーの後部座席に放り込んだ。

そして、パトカーは静かに走り去っていった。



少年は、屋上から空を(あお)ぎ見た。

星が(まばゆ)いばかりに輝いていた。

決して手に入れることのできない、美しい輝き。

その輝きを、少年はただぼんやりと眺めていた。






少年は、何者でもなかった。

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