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翌朝、私は支度をして村の集会所へ向かった。


私の一日は、午前中は子供たちと一緒に言葉やこの世界の常識を学び、お昼はカニさんのお店でランチの手伝いをし、午後は子供たちにそろばんを教え、夕方からカニさんのお店で再びお手伝いだ。


この世界は識字率も100%に近いし、文明としては低くない。

なによりも、あの長ったらしい名前を一回聞いただけで覚えてしまうのだから、かなり賢い人達だと思っていたが、計算が弱いことが判明した。

小学校から中学までそろばん教室に通っていた私が、そらでお客さんの食事代の合計金額はおろか、割り勘したときの金額まで瞬時にはじき出すのをみて、ここの人が驚き、一目置かれることになったのが始まり。


村の木の加工名人のワイチさんが、私の拙い説明でそろばんを作ってくれて、子供たちに教えることになった。

そろばん教室の先生が、今の私の職業だ。

一期生が王都の大きな商家に就職したりして、成果がでている。


そろばんなんて、今やスマホにも電卓がある時代に必要ないと思っていたけど、やっていてよかった。

お母さん、ありがとう。

芸は身を助くって本当だ。


手に職をつけたし、この世界は電気がないので不便なところもあるけど、元々コンビニまで車で行かないといけないような地方に住んでいた私はここのスローライフは馴染むのが早かった。


帰れないのは悲しかったし、今でも突然望郷の念に駆られ涙が止まらない時もあるけれども、なんとか上手くやっていると思う。

一つを除いて。


「今日はここまで」


村長さんの声で物思いにふけっていた私は、慌てて子供たちと一緒に立ち上がり、「ありがとうございました!!」と元気に挨拶をする。


途端にワーワーキャーキャーとうるさくなる中で、集会所の入り口にサシが立っていることに気付いた。


駆け寄ると、サシは心配そうに眉をひそめ、私の顔にそっと手を這わす。

「具合悪いのか?」


「ううん。ちょっとぼーっとしていただけ」


私が誤魔化すように笑うと、サシはさらに眉間にしわを寄せてしまう。


ああ、心配させたりしたくないんだけどな。


でも、私の一挙手一投足に心配してくれるサシに嬉しく思ってしまう自分もいる。


カニさんのお店に並んで一緒に向かう。


「明日から、奥に行ってくる。だいたい2週間くらい」


サシはハンターなので時々村から離れてしまう。

わかっているけれど、ついさみしくてサシの腰のあたりのシャツをきゅっと指先だけで掴んでしまった。


ハンターという仕事は基本森に入っているものだ。

森の中で有用な植物や生物を採取したり、森のバランスを正したりするらしい。

特にこの村の近くの森の奥にはドラゴンのような生き物がいるらしく、人里のほうに来ないように威嚇するのも仕事のひとつ。

3年前、私が拾われた時も、サシは王都で腕利きのハンターだったため、ドラゴン(みたいなやつ。こいつも名前が長くて覚えられない)の目撃報告があったこの森に派遣されて来ていたらしい。


「シホ…。シホは俺のこと…」


サシが苦し気に私に言いかけた時、甘い声が聞こえてきた。


きた!!!!


私は急いで筆記具を用意して耳を最大限に澄ます。


「ニケペヨユセアメピグノグケプパピゾシエアゾゴギケノマさまぁ~」


甘い声をだしながら、しゃなりしゃなりと声を裏切らない可愛いお嬢様がサシに向かってくる。


胸に沸く、焦りと苛立ちを押し込め、名前を聞き取り自分の腕に小さく書き留めていく。

もう一年前から続く私の密かな習慣。

悔しいけれど、彼女が私の救世主。


「ニケペヨユセアメピグノグケプパピゾシエアゾゴギケノマさま、ランチをご一緒してもよろしいでしょうか?」


柔らかいピンク色の髪の毛に、はちみつ色の潤んだ瞳。

ファンタジー世界そのままの可愛らしい容姿の彼女は、王都の大商人の娘らしい。

サシが王都を拠点にしていた頃に仕事関係で知り合って、それ以来彼女はサシに首ったけだ。

サシがこの村に拠点を移したときいて、親を説き伏せ村に移り住んだくらい。


彼女がサシの名前を苦もなく、甘く呼ぶたびに私は胸をかきむしりたくなるほど、焦りと嫉妬に苛まれる。

私もいつか必ず。と思いながら、彼女が呼ぶサシの名前を必死に書きうつす。


「何度も言っているように、俺はイサさんの想いには応えられませんから」


サシは毎回、きっちり断る。


こんな長い名前覚えてくれて、お金持ちで可愛くて、田舎の村まで追いかけてくるくらいサシのこと好きな子なのに。

渡客で、顔も普通、まんざらでもない態度で3年もプロポーズの返事をせず名前も一回も呼ばない、こんな女より全然いい子なのに。

ハッキリ言って、振るのはもったいないと思う。


けど、断ってくれて嬉しい。


「ニケペヨユセアメピグノグケプパピゾシエアゾゴギケノマさま…。でも私はニケペヨユセアメピグノグケプパピゾシエアゾゴギケノマさまのことが好きなのです。どうしても諦められないのです。」


涙で潤んだ目でサシを見つめる彼女が妬ましい。

「サシに近づかないで!」って彼女を追い返したいけれども、サシの名前を教えてくれる人は彼女しかいない。


サシの後ろで、こそこそと書き留めていた私をサシは物言いたげにチラリと見たあと、「俺には心決めた人がいるので」と言い捨て、私の手を掴み強引に歩いて行く。


「ニケペヨユセアメピグノグケプパピゾシエアゾゴギケノマさまっ」


私は書き留めた自分の腕をみて答えあわせをする。

これで全部?多分全部。

今日はいっぱい呼んでたし。


私ははやくメモ帳をみて、ちゃんと26文字あるか確認したくてソワソワしていたので、サシの様子がおかしいことに気付かなかった。


元々そんなに喋る方じゃないけれど、なにか考え込むようで、時折なにか問うような目で私を見つめたり。

苦し気な光を宿した瞳で、私に問いかけたのは一日の仕事が終わって、家まで送ってくれた時だった。


サシは私の腕をひき、抱き寄せた。


「シホは…俺に名前を呼ばれるのは困るか…?」


名前を呼ばれてから、3年。

そんなこと言われたのは初めてだった。


私は驚いて、とっさに声がでなかった。

サシは、そんな私をぎゅっと強く抱いたあと、強引に体を離した。


「ちがうっ、困ってなんかないよ!…うれしいよ」


サシは期待したように、私の目をじっと見つめている。


わかってる。本当はここで名前を呼ぶべきだ。

でも、私の腕はサシに摑まれていて、ちょうど名前を書いたところがサシの大きな手に隠れている。


必死にサシの手の下の字を透視できないかと見つめているうちに、サシは溜息をつき「すまない」と言った。

「留守中、気をつけろよ」

サシは身をひるがえし、あっという間に闇に消えてしまった。








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