第七話 その森、奇々怪々にて―――帰還者
2019/5/28
少し加筆しました。
十八回。
おれは転移を繰り返して、神聖暦八紀220年にまで来ていた。
・神聖歴七紀600年ごろ~八紀221年、魔法陣が機能消失=【Y時点】
・神聖暦八紀221年、おれが迷宮から平安京に転移=【X時点】
・【X時点】から三年の現在、現存する魔法陣の破壊→【Y時点】へ『転移』
・【Y時点】の魔法陣を修復し【Y時点:2】が発生→平安京に帰還
・平安京から【Y時点:2】へ『転移』→年代確認後魔法陣修復で【Y時点:3】が発生
リピート……リピート……―――
―――そして現在【Y時点:18】=神聖歴八紀220年
なぜ18回も往復したのかというと、魔法陣が機能していなかった理由が風化によるものだったからだ。
よって地道に土魔法で修復した。
魔法陣修復を完全に行い、万が一にも神聖歴八紀221年以降まで魔法陣が機能していた状態にしてしまうと、おれが【X時点】に転移したことが無かったことになる。
時間的矛盾を無くすため、徐々に、魔法陣が機能する最終日時―――【Y時点】を延ばすことになった。
もちろん、現地の人に目撃され騒ぎになったら、それも時間的矛盾の原因に成りかねない。誰にも見つからず、暦を知るために一人協力者が必要だった。
お願いしたのは霧雨さんだ。彼女は陰陽道に通じ、式神を用いて情報を集めることができる。その彼女に年代を確認してもらい、魔法陣を修復、平安京に転移、【Y時点】に転移、年代確認、魔法陣を修復、と―――これを繰り返すこと十八回で、【Y時点】を神聖暦八紀220年にまで伸ばすことに成功した。
そして、霧雨さんを平安京に戻し、次の最後の転移で、皆とはお別れとなる。
まぁ、平たく言えば、おれは姫とヴィオラの元に帰れるということだ。
「霧雨さん、本当にありがとうございました。ここに来て何から何までお世話になりっ放しで……」
「またいつでも戻って来てください。料理の腕を上げて待って居りますから」
「はい」
この三年でおれの身体は大きくなったが、彼女の料理でデカくしてもらった。
異世界の話を聞いてくれて、相談に乗ってくれて、おれの世話を焼いてくれた、大恩人だ。
彼女の眼がうるうるとして、おれも思わず泣きそうになる。
「牛鬼さんたちも、毎度移動の旅に荷車を出していただいてありがとうございました。般若さんたちには下手な剣術にお付き合いいただいて、鈍らずに済みました。ありがとうございました」
各々に別れを告げる。三年も屋敷と泉を行き来する生活。時には祭りがあったり、季節の折々で行事があった。最初はおどろおどろしいと怖がってたが慣れれば気のいい人たちで居心地が良かった。不慣れな異邦人を皆温かく向かい入れてくれた。
「まぁまぁ、そうしんみりとせずとも、陣は消さぬから、何かあれば戻っておいで。母が助けてやろうぞ」
「はい、ありがとうございます……お母さん」
「……なんと!!」
照れくさい。
この人には感謝の言葉を言い尽くせない。これまでに何度心が折れたことか。その度に勇気づけ、時に厳しく叱咤してくれた。
この人はこの世界のおれの母だ。
「ホホホ、その母からこれは餞別じゃ。受けとれ」
葛葉から渡されたのは上等な着物、羽織と靴や小手、胴がねだ。
「こんな立派なものまで……」
「なに、無事待ち人と逢瀬を遂げるまで長い道のりじゃ。備えはあった方が良かろう」
魔の森がどこかわからないが、中央大陸のどこかだろう。帰還には数カ月かかると考えた方がいい。長旅を見越してこっそり、色々と拵えていたらしい。
おれは着替えて屋敷の門を出る。持ち物は霧雨の弁当とルーサーの聖銅の剣、そして、迷宮で一緒に転移してきてしまった魔導具から一つ、〈矢筒〉を背負い、暗黒魔獣の毛皮を羽織る。
ちなみに他の魔導具の山は直して、使える物を精査してみんなに配った。
おれの門出を見送る母と世話になった皆におれは深く礼をして、森に向かった。
「嫁と逢えたら、紹介するのじゃぞ!」
「誠一さん、お達者で!!」
集まった人たちに見送られながら、少し背中に名残惜しさを残しつつ、おれは歩を進めた。
最後にやはりあの方にもあいさつをしなくては。
この〝あの方〟はもちろんイズミ様のことだが、忘れてならない人がおれを通せんぼしてきた。
「構えたれ」
おれは置いてある大太刀を手に取り、爺さんと斬り結んだ。
[キン、キン、キン]
子気味良く、淀みなく、太刀は交錯し、止まることは無かった。
これまでと打って変わって、おれの動きは冴えに冴えた。不安や迷いが無くなったからかもしれない。爺さんはおれの太刀筋を読み、おれはその先読みを読んだ。
長い刀身の先まで意識が通っているかのように、おれは大太刀を使いこなし、ついに爺さんの持つ太刀を弾き落とした。
三年でおれの剣術も成長したようだ。
「はは、やった!」
振り返ると爺さんが居ない。
「ん? おお??」
気が付くと雅な鞘が背に括り付けてあった。そして爺さんの姿は辺りを探しても無かった。
「あれ……いつの間に……」
これも餞別なのだろうか。
おれは手になじむ雅な大太刀を背に収めた。
「……お世話になりましたーっ!!」
大きな声で礼を述べて、おれは先に進んだ。畦道に変わり農家が数件と広い田んぼが見えてくる。
すると遊んでやった子供や、稲作に励む人たち、おれに気づいてわざわざ家から出て声を掛けてくれる人たち。この人たちのつくる作物を霧雨が料理してくれたおかげで今もここにいる。この人たちに育ててもらったと言っても過言ではない。
「がんばりやー!」
「兄ちゃんまたな!!」
「またおいでー!!」
温かい送り出しに目頭を熱くしながら先に進む。森を分け入ると、美しい泉が現れる。
「もう、出立ですか?」
この人にも返しきれない恩がある。特に右目の借りは一生かかっても返せそうにない。今のおれにできるのは感謝ともう一つ。
「イズミ様、これを」
「これは、立体魔法陣ですか?」
神鉄製の立体魔法陣のペンダントだ。
「対となる魔法陣をおれも常に持っておきます。何かあったらそれを使っていつでも呼び出してください」
『転移』を応用した、連絡装置のようなものだ。人じゃなく魔力を転移させることで合図を送れるようにした。それを受けておれがこちらに『転移』する。
「これ、私がもらっていいの? 葛葉は?」
おれは黙って背を向いて羽織の刺繍を見せた。
「ああ、なるほど。その必要はなさそうですね。分かりました。ペアでというのはちょっと照れますが……はい、どうです? 似合いますか?」
「ええ、神様に着けていただけて光栄です」
「ふふ、突然の来訪者からこのような贈物があるとは……私にしてみればこの隔絶した世界にあなたが来てくれただけでも刺激があって感謝していたのだけれど……お言葉に甘えて寂しくなったら時々呼びますね」
「いや、緊急事態になったら呼んでくださいね?」
あいさつを終えて、おれは立体魔法陣を起動した。戻ろうと思えば戻れる。だが、おれが今日までこうやって来たのは、向こうで待っている人たちがいるからだ。
「姫様、ヴィオラ、今帰るからね」
そして、おれを陥れた輩には報いを受けさせる。
「待っていろ、クズども」
おれは神聖暦八紀220年―――おれが迷宮の奈落に落とされる約一年前に転移した。
ということで頭を悩ませた次元結界からの脱出劇がようやく終わりました。神聖暦八紀220年に戻ったのは待たせたくないからもありますが、ギリギリすぎるとタイムパラドックスが起きると考えてのことです。
渡された羽織の背中に何があったのか、大太刀の力、謎の矢筒に関しては追々出します。
よろしくお願いします。




