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第六話 その森、奇々怪々にて―――原理追及

間が空いてしまったので前回のあらすじです。


迷宮から転移し、その先の森に迷い込んだロイドは平安京なる集落に暮らす葛葉という妖怪に出会う。元の次元と隔絶されていると知り、絶望するロイドだったが葛葉の喝と新たな情報に希望を持ち、泉の女神に会いに行く。そこで女神から魔力を視認できる右目を授かり、タイタンの教えてくれた立体魔法陣の解析に望むこととなった。


少し長めですが頑張って書きました。よろしくお願いします。


2019/5/26 加筆修正しました!




「あああ、だめだ!!!」


 おれの叫び声が屋敷で木霊する。廊下で半纏を着たうさぎが飛び跳ねて盆を落とした。


 もはや体面を保つ余裕もない。何度やっても、転移魔法陣の改造は出来ない。


「くそ、なんでだ……」


 構造は何となく理解できた。魔力視のおかげで魔力を流すとどこがどう動くか見て取れる。しかし、それを変えると機能しなくなる。この魔法陣は完璧なんだ。


「誠一さん、一度お休みになられたほうが……」


 霧雨さんが気遣ってくれるが、寝ている暇など無い。あせりもする。


 もう三年もこの調子なのだ。

 

「おやおや……霧雨、茶でも煎れて参れ。こうなっては言うてもやめぬよ、こやつは」


「すいません、答えはあるはずなのにどうしても解けなくて……」


 タイタンはあの魔法陣(マーカー)に転移するように立体魔法陣(キューブ)を組んだはず。なら、それと繋がる法則が内部にあるはずだ。しかし、それが見つからない。


「これじゃあアンテナが無いのに電波が飛んでいくようなものだ」


「「アンテナ?」」


 その日も結局、進展がないままだった。


 


 ――――――翌日



「はぁぁ…………」


 一睡もしないまま考えても何も浮かばず、おれは屋敷を出た。貸し与えられた部屋は図解の紙や立体模型で荒れている。気分を変えるため散歩しながら何かが閃くのを期待した。


 

 平安京は牧歌的な田園風景が広がり、疲れた心と思考を癒してくれる。行き交う人たちにも〝葛葉様の客〟だと認知されているようで、行く先々で声を掛けられる。



「構えたれ」



 道端で小さい爺さんに声を掛けられる。手には大きな太刀が握られている。傍から見れば辻斬りである。

 

 おれは黙って傍にある大太刀を手に取り、抜いて構える。



 おれの肉体年齢は十五歳。

 身長は170センチ。手に持った大太刀の刃渡りは90センチくらいはある。


 不釣り合いな剣。おれはスタンスを広めにとった。


 何度も握り直し、目の前の小老人に相対する。その手に握られた大太刀はおれ以上に不釣り合いに見えるが、見えるだけだ。


「……」


「……」


 ヒヤリ。


 直後、一閃。


「ヒィっ!」


 おれは必死に避ける。大太刀の間合いを維持しながら躱し続け、応戦する。


「ぜあ゛あああっ!!!……っあ……」



 しかしおれの攻撃はかすりもせず逆に首に切先を突き付けられる。


「参りました」


 あっという間の出来事。

 なのにおれの全身から玉のような汗が噴き出る。


 太刀を振るのは西洋剣と違った難しさがある。片刃で長い刀身を活かすにはより正確な間合いの見極めと振りが必要となる。

 

 三年間ずっとこの調子だ。何度やっても勝てない。それはおれが刀―――太刀を握って日が浅いこともあるが爺さんが熟練であることに拠るだろう。


 この爺さん、誰だか未だに知らない。体が鈍らないように相手がいるのはいいが、いつも『構えたれ』しか言わない。初めは構ってほしいということかと思ったが、いつも雅な装飾の太刀をおれに振らせる。何か真剣なので、相手をしている。そうすることで無心になれる。こういう時間は貴重だ。 


 試合が終わると爺さんはすぐどっか行ってしまう。今日も爺さんの相手は務まらなかったようだ。それにしても行く先々に現れるがどこに住んでいるんだろう?


 おれは太刀を元の場所に戻して先に進む。


 



 やがて雅な旋律が聞こえてきた。雅楽と神楽舞。琴を演奏しているのは霧雨さんだ。

 

 弾じている間の彼女は非常に絵になる。


 聞いているとどこかに吸い込まれそうな不思議な旋律だ。



 おどろおどろしい中に神聖なものを感じる。


 


 ぼーっと聞いていたら、いつの間にか演奏が終わっていた。


「誠一さん、聞いてくれたんですか?」


「はい、きれいな音ですね」


「私なんてまだまだ嗜む程度です。母様はもっとお上手ですよ」


 この謙遜が懐かしい。ザ・日本人だ。それも映画にしか出てこないような古き良き時代の日本人。この人の日本食は毎日食べても飽きないし、作法や所作の一つ一つが洗練されている。そこにプロのこだわりを感じるほどだ。将来いいお嫁さんになるだろう。まぁ、お嫁さんて歳なのか怖くて聞いていないが……


「霧雨さんのおかげで癒されました」


「はい?……左様ございますですか……それはそれは」


 何度も頭を下げながら謙遜された。


 コレ!


 凄く安心する。


 


 少し歩き、何気ない会話を続けた。今の季節は秋に似て過ごしやすく、葉が色づいている。


 砂利で整地された道は白い壁に囲まれて、まるで異世界に迷い込んだ気になる。


 いや異世界の中の異世界だった。




 分かれ道に差し掛かった。


「今日は散歩して夕飯までには帰りますんで」


「はい、今日は芋の煮っころがしと鮭の味噌焼きです」

 

 うわー早く帰ろう。


 いやいや、進展が無いとまた一日無駄になるぞ。




 おれの足は自然と森に向かっていた。イズミ様に会うためだ。


「そうですか、進展はないですか。それでここまで歩いてきたと……」


「ええ、魔法陣の原理は分かりましたが、目的地の設定をどうやっているのやら……」

 

 通常魔法の基礎級は一つの属性に三つ。意外と少ない。これを組み合わせることで様々な魔法を発動できる。では魔法陣はというと、通常の魔法とやっていることは違うが同じ効果を得られる。

 魔力視のある今、魔法を見ると属性ごとにパスの色や形、動きが異なると分かる。そしてそのパスに流れる魔力の流れる順番や量によって結果が異なる。

 

 魔法陣はこの魔力の色、形、動き、流れる順序や量を再現している。


 要するに魔法陣は魔力を特定の色、形、動きに限定し、流れや量を制御しているのだ。


 これを応用すれば、例えば簡単な『石礫(ストーン)』を、立体魔法陣(キューブ)を創って発動させることもできる。ただし『石礫(ストーン)』程度ならば平面で十分再現できる。


「本来魔法陣は平面に描く幾何学的な式で表されます。効率化や省略、ただの間違いも含んだ不完全な形です。あなたの―――というよりあの方の立体魔法陣(キューブ)はもっと根源的な仕組みですね。魔法の正しい形……いえ魔法の深層そのもの。原理や工程を先に知らねば解けない謎かけなのかも……」


「つまり、解くには正解をタイタンに教えてもらう以外ないと?」


「魔法の深層をここで解き明かすよりはいくらかマシですが、現実的では無いでしょうね」


 余計に落ち込んできた。立体魔法陣(キューブ)は真珠でおれは豚ということか……



「……私考えたんですけど、ここにある魔法陣(マーカー)を壊してから転移を発動したらいいのでは?」


「どういうことですか?」


「そうすればまた次元を超えて、魔法陣(マーカー)が機能しなくなる直前に戻れると思います」


 魔法陣(マーカー)はどこかで消失したか、風化したかで機能しなくなった。その直前に転移するわけか……


 転移した後を【X時点】とすると、元の次元の魔法陣(マーカー)が機能しなくなる直前が【Y時点】

 

・神聖暦七紀600年ごろ、森を封じて分岐


・神聖歴七紀600年ごろ~八紀221年、魔法陣が機能消失→【Y時点】


・神聖暦八紀221年、平安京に転移→【X時点】



 Y時点に戻れれば、一先ずこの次元からの脱出にはなる。それが第一目標ではある……だが……


「ここで魔法陣(マーカー)を破壊しても、ここで破壊する直前に転移するだけでは?」


「いえ、ここで時間的矛盾が生じることはないので、転移後、そこが魔法陣(マーカー)を壊す手前とはなりません。魔法陣を壊そうとしている誠一と転移してきた誠一が出会うことは無いですから」


「それは確かですか?」


「はい、この次元に誠一が二人いることはあり得ません。時間的矛盾が起きれば()()()として私が気付きますし、そもそもゆがみが起きないよう手は尽くしていますから」


 実験する価値はありそうだ。


 

 いや待てよ、時間的矛盾は元の次元で起こらないとも限らない。



・神聖歴七紀600年ごろ~八紀221年、魔法陣が機能消失→【Y時点】


・神聖暦八紀221年、平安京に転移→【X時点】


・【X時点】+三年(現在)、現存する魔法陣の破壊→【Y時点】へ転移


・【Y時点】から神聖歴八紀221年への帰還→???




 そこからどう未来の神聖歴八紀221年に帰ればいいんだ? デロリアンはないんだぞ。


 そもそもY時点でおれが何かすれば歴史が変わってしまわないか?


 Y時点[魔法陣(マーカー)機能消失直前]に転移して、もし仮に魔法陣(マーカー)を直したら、おれがここに来た事実が無くなる。歴史を変えたらおれが生まれた事実も無くなるかもしれない。

 

 それに一度転移したら、そこが大昔、例えば神聖歴七紀600年ごろなんてこともあり得る。


「ここを出てからは時が経つのを待てば良いのです。あちらにもこの泉はあるはず。若返り続ければあるいは……」


「……なるほ……ど、ありがとうございます。ちょっと考えてみます」


 泉が無かった場合、泉が効果を失っていた場合、おれはそこに取り残され、皆に再会できずに老いて死ぬだろう。

 だが、一か八かでも取れる手段ができたのは良かった。一先ず夕食の味は感じるだろう。

 おれは泉を後にした。


 元来た道を戻って行く。

 




「お~い兄ちゃん、また遊んでくれよ!」


「おお、いいぞ」


 とある家の近くで子供に声を掛けられた。たまに遊んであげている子だ。ここには子供が少ないため遊び相手は貴重なようだ。おれは気分転換にその子に構ってやることにした。


「兄ちゃんは面白いこといっぱい知ってるな」


「おれが考えたわけじゃないけどね」


 昔ながらの遊びを一通りやった。子供の相手は大変だ。


「でも、兄ちゃん何でもできてすごいって皆言ってたぞ」


「できないことの方が多いよ」


 謙遜じゃない。

 ここではおれはあれこれ指図するだけで、食べさせてもらっている身だ。


「そうは見えないけど」


「……どうかな、おれと君だと歳も生まれも経験も違うからね……」


「ふーん、一番違うのは見た目だと思うけど……」


 おれが話す子とは牛鬼という妖怪の末裔らしい。牛の頭をした人型の妖怪だ。


「見た目なんて、当てにならないさ。同じ人でも腹の内が読めない奴もいる。逆に同じ人だからわからないこともある」


「ふーん……でも兄ちゃんが今大変そうなのはおいらでもわかるぞ」


 もしかしたら、それでおれの遊び相手をしてくれていたのか?


「そうか……人の気持ちがわかるのは大事だぞ。おれが言えたことではないけど……」


 それに失敗して、ここにいるわけだしな。


「……」


「どうした兄ちゃん?」


 事情なんて知らなくても腹の内は表情を見ればわかるはずだったのに……


 大事なものができて浮かれた。

 それでルーサーの悪意を見逃していた。

 今思い出せば奴の顔には違和感があった。


 表情を見れば気づけたはずだ。

 


「…………ん?…………………………………………あああああああ!!!!!!」


 別に思い出し激怒ではない。


 その時、のどまで出かかっていた解答がふと、降りてきたのだ。


「……その顔は驚いてるってわかるぞ」


「感情と同じだ……」


「それは……意味わかんないぞ」


 そうだったんだ!

 おれはてっきり魔法陣(目的地)を示す何かが立体魔法陣(キューブ)の中にあると思っていた。だがそうじゃなかったのだ。


「すまん、おれは帰る! ありがとう!!」


「お、おう?」


 おれは屋敷に駆けて行って、魔法陣(マーカー)を木の棒で適当に描いた。

 そして立体魔法陣(キューブ)を起動させる。思考強化によって構造はそのままに、その一つ一つの線の長さの比率や、重なるところを微妙に変えていく。何度目かの挑戦でおれは成功に至った。


 

 おれの身体を光が包み、次の瞬間、おれは魔法陣(マーカー)の中央に移動していた。

 


「……できた……!」


「どうやら、完成したようじゃの」


「―――葛葉さん……はい! できました!!」


 興奮冷めやらぬうちにおれはメモを取った。


「あれだけ、悩んでおったのにどうやったのじゃ?」


立体魔法陣(キューブ)内には魔法陣(マーカー)の情報がありませんでした。ではどこに組み込まれていたのか……正解は立体魔法陣(キューブ)が発動した際放たれるパスにあったんです」


 発動に際し必要なパスは陣に組み込まれているが、周囲に干渉するために広がる複雑なパスは発動後に生まれる。


 それが、折り重なり、つながり合って一つの形となる。それが魔法陣(マーカー)を示していたのだ。

 人の感情を読むには感情を生む要因でなく、感情の発露である表情を見れば理解できる。それと同じで、立体魔法陣(キューブ)の核心とは、発動前の内部だけでなく、発動後の外部にもあったのだ。

 

 おれは自分で発動させているばかりだったから気づかなかった。

 他の属性魔法などは発動後に制御用に数本のパスが延びているだけだったし、それが幾何学的な式を表わすようになっているなんて想像もしていなかった。

 

 とにかく、光明がハッキリと見えた。今日のごはんはさぞおいしいことだろう。

 

「はぁ、はぁ……ぐうう……」


「む!?……これ、誠一!……しっかりせぬか!!」


 しかし、おれは成功の確信を得て緊張が解けたからか、それまでの疲労と思考強化の影響からか、高熱を出してしばらく寝込んだ。





「うぅ、うぅあ…………」


 熱にうなされながら、おれは夢を見た。ヴィオラと姫、父上、マイヤ卿やオリヴィアたち紅燈隊のみんな、マスやリトナリアさん、ロンドンやジーナなど学院の仲間たち。彼らに迫るルーサーと下種兄弟たちにうなされる。おれは何もできずただ、奴らが好き勝手におれの大切なものを傷つけるのを見ていることしかできない。何もできない。


 この三年ずっと見続けてきた悪夢だ。それが帰る算段が付いたとたんに妙に生々しくなっていた。


 おれは恐れていた。

 もう彼らがこの世にいないかもしれない。

 帰っても、そこにおれの求める元の生活は無いかもしれない。

 婚約を約束した二人はおれを責めるかもしれない。

 あの優しい二人が蔑みの目でおれを見るかもしれない。

 


 その恐怖でおれはうなされた。

 

 

 しかし、夢は途中で変わった。


(みんな……)


 おれを笑顔で出迎えてくれる仲間たち。姫とヴィオラ。その笑顔は確かにおれが見てきた二人のものだ。想像で上書きした、見たことの無い蔑みよりもこちらの方がリアルで、おれは心穏やかに眠れたようだ。


「―――――――――う…………うん……・んん?」


「お目覚めかえ?」


 目覚めるとなぜか葛葉と眼があった。ふわふわとした感触があるが布団ではない。おれは彼女の膝の上で尻尾を抱いて寝ていたようだ。


「……な、なんでぇ!!?」


「子がうなされていたら介抱するのが母の務めじゃ。良い夢を見られたじゃろう?」


「え?……はい……」


 あの夢はもしかして彼女が?


「もうすぐ会えなくなるのじゃ。これぐらい良いではないか。それに、そなたを見ているとあちらに残してきた子を思い出すのじゃ」


 珍しく悲しそうな顔をする。


 こちらの母と言えばおれを売った人と、おれを殺そうとした人という印象しかない。だが、この人には確かに母の無償の愛情を感じる。おれもあちらに残してきた母を想う。


「引き留めはせん。その代わりしばしこうしていておくれ」


 そういうと葛葉はおれを抱き寄せた。


 別れを想い涙が流れた。



魔法陣の基礎ぐらい学院で学んどけと思いましたが、今まで要らなかったんでしょうね。そしてタイタンは親切なのかあえてなのか、とても面倒なことをしてくれました。久しぶりに脳汁でました。


タイムトラベルがらみについては次話までで、以降掘り下げずに行こうと思います。あくまで転移がしたいし、させたいので。

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