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幕間 帰れない来訪者―――変化の先

葛葉目線のお話です


2019/5/25 修正加筆しました!


「わ、わかった!!」


 久方ぶりに誠一が晴れやかな顔をした。

 あれは確か、霧雨が「はんばーぐ」という料理を出して以来じゃな。

 二カ月ぶりくらいか……


「ほほほ、誠一や。何がわかった?」


「はい、それが、今まで『転移(ワープ)』の魔法陣のどこからどこまでをいじれるのか、改変可能箇所を調べていたのですがようやくそれが特定できたんです!! これで、その改変可能箇所が転移先の魔法陣とリンクしているものとして研究が進むんです!!」


「ほう」


「いやぁ、それにしても、よくできている。多分転移という一つの魔法に関して、人知を超えた複数の魔法を同時に、もしくは特定の順序で発動させ、干渉させ合い発動させることができるのでしょう。その中にほぼ無限に変更ができる式があり、ここをいじっても転移自体はされる」


「ほう?」


「つまり、この部分が転移先を決定していると仮定できます。後はこれが如何にして転移先とリンクするのかを実験と検証を繰り返すだけ……解明に光明が見えてきましたよ!!」


 誠一はまるで自分で確認するかのようにつらつらと勝手に話し続けおった。

 まぁ、それぐらい許すか。

 ただし……


「ほほほ、誠一よ。一段落ついたのならば、部屋を少し片づけなさい。それから、そのだらしない頭も霧雨に整えてもらうのじゃぞ」


 掃除されずしばらくの部屋は、ほこりと誠一の匂いがこもり、模型や図を記した紙で埋もれて畳が見えぬ。伸びっ放しの髪は結ってごまかしておるが、だらしなくぼさぼさじゃった。


「あ! は、はい!!……なんか、本当のお母さんみたいですね。はは……」


「……何を笑っておる? さっさと片付けるのだぞ」


「はい」



「お母さんみたい」と言う割に未だに「母」と呼んではくれぬ。


 童が成長するのを間近で見ていると、懐かなくとも世話は焼きたくなる。

 しかし、妾が片付けをしようすると霧雨がどこからとも無く飛んできて……


「母様、そんなことは私がやりますから!!」


 ―――と怒られるのじゃ。

 うぬぅ……妾が畳を掃いていたらおかしいか?

 



 妾は見ていても仕方ないので部屋を出た。それを待っていた誠一は掃除を始めた。

 物を片付けながら、魔法でほこりや塵をまとめ、換気をする。


(……器用じゃなぁ。ん? できるのなら普段からすれば良いではないか! 全くぅ…… 一人で十分そうじゃな)


 廊下をとぼとぼ歩く。

 なにせ妾にできることなど終ぞなさそうなのだ。




 初めて会うた夜、「母と思って頼れよ」と申したのに、誠一は大抵のことができ、問題も己で解決する。身の回りのことは霧雨がやっている。あ奴の方が母のようじゃ。いや、どちらかと言えば姉かのう。


 最近は霧雨も妾より誠一と共におることが多い。寂し。


 皆、妾を頼り知恵を借りに来て、慕ってくれる。

 悩めば相談に来る。

 困れば助けを乞いに来る。


 だが、誠一は妾から呼ばねば滅多に会いに来ぬ。

 むしろ、村人は最近、誠一に知恵を借りに来る。


 寂し……



 あ奴の未来の知恵は、漁の仕方や、農耕技術、医術、上手い料理の作り方など多岐に渡り、どれもよく練られておった。

 

 皆、誠一のおかげで良い方へ変わった。


 かといって、まだ、子供。

 思うように事が進まず、焦りが募って落ち込んでいることも多かった。そんな時に子供のようにあやそうとすると嫌がり、ならばと風呂に入って背を流してやろうとすると、のぼせてしまう。酌をしてやろうとすると酒はまだ飲まぬと言うし、結局見守ることしかできなかった。

 

 妾無力なり。

 

 こちらに来た時と同じじゃな。

 今宵の美しい月を見ていると当時のことを思い出す。



 突如として妾たちはこの異世界に召喚された。

 初め、ここがどこか、どうすれば帰れるか分からなかった。


「きゃああああああ!!!」

「うわ、うわ、うわっーーーー!!!」

「助けて、誰か!!」

 

 阿鼻叫喚。


 その時召喚された者には悪鬼羅刹の類も含まれており、血みどろの、骨肉の、凄惨な喰い合いとなった。


「母様……」


「霧雨、妾から離れるでない」


 ここでは妖術の勝手が異なり、過去に妖術で調伏して使い魔としたものが逆らったりと、混沌とした状況じゃった。

 

 そんな中、妾が生き残ったのは息子のおかげであろう。

 そこに息子は居らなんだが、陰陽術の法を聞き及んでいたおかげで生を拾った。すなわち、霊符、九字で魔を払い、呪によって式神と成した。妖術だけならば死んでいた。

 



 その内、化生のものと人間関係なく妾の元に集まり、数百人。この状況を抜け出し、元の世に戻ろうと団結した。


 じゃが、妾たちはその日を生き残るにも精一杯。

 特に人間たちは徐々に飢えて死に、傷が元で死に、時に首をくくって死んだ。


 妾たちを襲う、見たことの無い様々な妖獣、巨大な竜、耳の長い妖術を使う人間、全身を鉄で覆った兵隊。

 それらと戦いに明け暮れ、百年が経った頃、数は数十に減っておった。

 

「悲しみに浸る暇も終ぞ無く、月に願いし我が故郷……」


 まやかしであったらどれだけ良かったか。じゃが、夢幻(ゆめまぼろし)ではないと妾には分かっていた。

 

 逃避の手段を持っていたのは妾だけ。

 辛い現実から逃れる一夜の幻。

 妖術でそれを他者に見せることは出来ても、妾自身が見ることは叶わなかった。


「妾、無力なり」




 そんな時、一人の男が現れた。反奴のことはよく知っておった。なぜなら、反奴は同胞を殺したこの世界の兵の一人。特別強い兵じゃった。

 その男が妾たちの住処にやって来た。それも何の武器も鎧も付けず、単身やってきたのじゃ。


「言葉は分かるか?」


「……」


「人と魔獣を操り、未来を読める獣人。お前が白銀のクズノハだな?」


 妾が直接話をすることになった。


 男の名はレイダー・カルバイン。

 驚いたことに、一国の王であった。


 すでに半ばあきらめていたので、妾は条件次第では降伏も止む無しと考えて居った。


「いかにも、妾がこの者たちの長、葛葉じゃ」


「やはり、話しができるんだな。なら、まずは腹を割って話そう」


 互いに誤解があった。

 レイダー曰く、彼らは妾たちを別の外敵と勘違いして居ったらしい。魔物という災害のごとき存在。それが徒党を組んで突如現れたため、周辺諸国は一様にパニックになり、互いの侵略に怯え兵が動いたのだという。

 そして、妾たちはなぜ四方八方から襲われるのかを理解した。

 

 運悪く、妾たちの召喚された場所が国と国の境で、どう移動しようともどこかへ攻め込む形となってしまっておった。


「そちらの望みが平穏というのなら、わが国に暮らせる場所を提供しよう。もし、死んだ同胞の弔いとして戦いたいのなら、ここでおれが受けて立つ。ただし、おれが死んだらそこで止めにしてもらいたい。その代わり、わが国に住む場所を提供するように臣下に固く誓わせてある」


 願っても無い申し出じゃった。そして男の眼を見てそれが嘘偽りではないと分かった。


「もう戦いはたくさんじゃ。提案をありがたくお受けいたします」


 一所に落ち着けば、帰る手段も見つかるかもしれぬ。


「して、そちらの条件は如何に?」


「条件?」


「まさか、御咎めなしとはいくまい。妾たちもまたそなたらの同胞を多く殺めた。何が望みじゃ?」


「いや、考えてなかった」


「何を世迷言を……それでは我ら異邦人をそなたの国の民が認めるわけがあるまい」


「確かに……いや、すまん。お前たちのことを最近ようやく理解して、一刻も早く誤解を解かねばとその一心だった」


「……そなたの民はよく一人を許したのう」


「……いや、置手紙を置いて黙って来た」


「ばばばば、馬鹿もの! これで、兵が来て誤解があったらどうするつもりじゃ!!」


「大丈夫だ……大丈夫……」


 大胆不敵、勇猛果敢と言われておったが、話してみるとただの阿呆じゃった。

 まさか、こやつが後に〈勇気の神〉 などと呼ばれることになろうとは思いもしなかった。


「そうだ! クズノハ、おれと結婚しろ。そうすれば丸く収まる。多分!」


「収まるか!! 阿呆め!!」


 結果、丸く収まった。

 どうしてなのか、今でも分からない。

 それなりに恨みを買っていたはずだったが、王の身内とその仲間ということだけで受け入れられた。

 

 奴の人柄に救われた、ということなのかもしれぬ。


 妾は正室ではなく三番目の側室じゃった。

 しかしながら、よく愛されたと思う。

 

 子は出来なかったが、老いても奴は妾を寝所に呼んだ。

 王にしか分からない気苦労を紛らわすため、良い夢を見せた。

 

 それはほんの五十余年という、短い間であったが、幸せであった。




『おれの祖先が世話になった神がいるんだが、彼女の力で新しい世界を作れるらしい』



 夫、レイダーの死後三百年。

 すっかり「誓約」を忘れ、日ごと差別と侮蔑が増えた頃、神の社で声を聴いた。

 まさか、神になっていようとは……生涯連れ添っても結局ずっと読めない男じゃった。


 勧めもあって、妾たちはこの世界と決別する道を選んだ。異質な存在である我らにはもはやそれしかない。帰る手立ても無い。国に残るものもおったが大半は付いてきて森を開墾し、一から村を築き上げた。


 誠一が突如現れたのはそれからさらに百年が過ぎた頃であった。




 夜、月を見上げながら感慨に耽っておった。


「月がきれいですね……あ、すいません!!」


「ん? なぜ謝る? 美しい月であるのう」


 誠一が珍しく自分から話しかけてきた。


「ここの月は美しいが、やはり、日本で見る月とは違う。それが昔は恐ろしくて美しいと思えんかった」


「そうですか。おれはさっきまで、月が出ていることにも気づきませんでしたよ」


「ほほほ、そうかえ。どうじゃ、帰れそうか?」


 もう、誠一はいなくなる。

 何もしてやれぬままは嫌じゃのう……


「あはは、無理ですね」


「ほほほ、そうか……え?」


「研究は大きく前進して、大げさに騒ぎましたが、正直、帰れる見込みはまだありません」


「なんじゃ、空元気じゃったのか? なぜ?」


「……葛葉さんが心配している様子だったので、つい……」


 妾がそんなにあからさまじゃったかのう?


「でも、ぬか喜びさせても意味がないと思って話しました。元気も無かったですし」


「そうか……上手いうそじゃったな」


「あ、でも研究が前進してうれしかったのは本当です」


「ならば良い。妾のことは気にせず、好きなだけ研究に打ち込むが良い。妾も心配を控える」


「いえ、どうかそのまま、おれに思ったことは言って下さい。そうで無いとご厚意に甘えすぎる」


 二年以上ここにいるというのに、まだそんな遠慮を……

 では、言わせてもらうかのう。


「妾に甘えなさい」


「ええ……?」


「寂しい、母と呼ばれる前に子離れとなりそうで……グスン」


「……いや、『転移(ワープ)』ができるようになったら、多分いつでも来れますよ?」


「そうなの?」


「婚約者に再会出来たら、紹介します。おれの母と慕う人だと……」


「ほほほ……・それは楽しみじゃ……グスン……」

 



 その日、妾は久方ぶりに良い夢を見た。

 

 我が子と共に寝たのが良かったのかもしれぬ。


 朝起きると、「勝手に潜り込むな」と誠一から、「誤解されるから」と霧雨から怒られた。

 でも、妾は母じゃから、もう子供らに遠慮はせん。

 

 良いじゃろう?

 子離れは子が結婚したら考える……かもしれぬ。

 

 そのおかげもあってか(?)、数か月後、誠一は真に大きな発見にこぎ着けたのじゃった。


2018/07/27


追加した幕間になります。


三キャラとも個人的に好きなので書き加えました。

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