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第二十三話 彼が帰るまでよろしく



「本院はベス・ギブソニアンのヒースクリフ・ドラコ・ギブソニアンとの婚姻の誓いを無効と認め、一般市民として被告人ベスを裁くこととする。求刑は絞首刑とする」


 神聖暦八紀221年、パラノーツ王国における王弟の反乱から一カ月。


 反乱分子の裁判が神殿の法院で執り行われ、ようやく実行犯の判決が終わり、次に関与したとされる者たちの順番が回ってきた。


「いやぁぁ!!! 死にたくなぁあいいい!!! 助けて! あなたぁぁああああああぁぁぁ……!!」


 傍聴席で元妻が引きずられるように退席させられるのをヒースクリフは黙って見ていた。

 しばらくして、今度はフューレ、ブランドンがそれぞれ連れてこられ、鉱山送りが求刑された。


「おれを誰だと思ってるんだ!! おい、お前の家ごと潰すぞ! 放せ! おれにこんな態度取って後でどうなるか……あ、父上!! こいつら父上の力で潰してくれよ!! 父上!!」


 ブランドンは退席させられるまで、聞くに堪えない罵詈雑言を叫び、顔を真っ赤にして暴れた。それにもヒースクリフは黙って見ているだけだった。


「よかったじゃないか、あれがアンタの子じゃないとわかったんだから」


 隣に座るジュールが話しかける。


「よくはない。それを証明できない以上、あれは私の子供なのだ。それに君の言う人相学とやらがあっているとは限らない。本当に私の血が入っている可能性もある」


 ジュール曰く、ベスと近い血縁者との間の子供であり、精神異常もその為だという。

 しかし、人相から出自や血縁を特定する学問はこの国には浸透していないため証拠にはならない。


「だから、無いと言っているだろう。他人と妻の子を知らずに育てていたのが情けないから、認めたくないだけで、感じ無いだろう、血の繋がりを?」


「そう……だな。情けない上に惨めだ」


 判決を見届けて二人は席を立つ。


「おい、終わったぞ」


「んぁ?……ふわぁぁぁ……」


 退屈だったのかずっと寝ていたノワールを起こして三人は法院を後にする。


「すまない。個人的な用事に付き合わせてしまって」


「人族は変わっているな。罰を与えるのに時間をかけすぎではないか?」


「人族というよりこの国が神殿の法院に委ねすぎなんだよ。悪人かどうかなど聖域の中に入れればわかるだろうに……」


「はは、それでは神殿が悪人の死体だらけになってしまうよ。人を裁くのは法でなければ」


 三人はそのまま馬車に乗って王都を出た。目的地はベルグリッド領だ。


「そう気に病むなよ。あんたにはこれから責任を全うする機会をおれが山ほど与えてやる」


「ああ、そうしてくれ。ベルグリッド伯ジュール」


 ジュールはベルグリッド領主となっていた。

 ヒースクリフがロイド失踪などもろもろの理由で領主を降りたところに国王の裁量で決定された。

 国民でも貴族でもない男がいきなり領地を、それも国の要所を任されたのにはそれなりの経緯がある。




 遡ること一カ月前、王弟の反乱の混乱冷めやらぬ中、王は娘を王弟から取り戻してくれたジュールを王宮に招き感謝の意を示した。


「急に呼び出しすまなかった。どうしても貴殿には直接礼を言いたくてな」


 アイリスを救ったとはいえ王族を手にかけた異国の者。その場には騎士、魔導士が護衛として王に張り付いている。中にはエルゴン、ヒースクリフもいる。

 それに対しジュールも一人、成人して間もないと見える少女を連れている。その美しい姿に部屋にいた者が眼を奪われる。


「お前がパラノーツ王国国王、ブロウド・ピアシッド・パラノーツか」


「「「!!」」」


「貴様! 陛下のご尊名を口にするとは、不敬であるぞ!」


 その場にいた臣下が声を荒げる。一国の王に対する不敬など許せるものではない。


「良い。余は気にせぬ。いかにも余がパラノーツ国王である」


「ああ、おれはお前の娘を救った、命の恩人であるジュールという者だ」


 恩着せがましい物言いに、周囲の緊張感が高まる。それを切り裂いたのはジュールの連れた少女だった。


「おい、腹の探り合いなどしていないで、さっさと本題に入れ」


 退屈な話し合いよりもその後に振舞われるであろう会食が目当てのノワールは二人に苦言を呈した。少女から飛び出した強い口調に周囲は困惑、増々その素性に関心が高まった。


 この二人、一体何者なのか、と……


「ノワール殿、陛下の前ですぞ」


「……ノワール……? そうか……貴殿が……」


 聞き覚えのあるエルゴンの言に王は目の前の少女を広間に現れた魔族だと悟った。


「そういうことだ、詳しい話がしたい。この物々しい護衛を解いてくれ。どうせ、役には立たん」



「ぬ……いいだろう。聞きたいことがあるのは余も同じ」


 国王は警戒を解いて護衛を退室させた。ただし、金冠隊の隊長ヴァイス卿とエルゴン、ヒースクリフだけ残された。エルゴンは事情を知るため。ヒースクリフはロイドの父ということで残した。


 ジュールは首から下げた本を開いた。


「今から話すことは他言無用とする。私欲のために情報を流した場合、誰に何を話したか直ちに報告してもらう。了承できる者のみこの部屋に残り、できない者は黙って退出しろ。……了承だな。いいだろう」


 まるで強制力を有しているかのような話しぶりを不思議に思いながらも特に退出する必要性も無い全員が次の言葉を待った。


「国王の察した通り、こいつが……」


「こいつ!?」


「この目つきの悪い女が、あんたらを助けた魔人、まぁ魔族なわけだが……」


「「!」」


 ヴァイス卿、ヒースクリフは驚愕した。魔族が王族を助けに現れた話は聞いており、姿を消したその女を今まさに探している最中なのだ。それが目の前にいたとは想定外。しかし、その容姿は噂とは異なる。

 

「やはりそうであったか。あの時は命を救ってもらい感謝する。良ければ名を聞かせて欲しい」


「ヴィスタンノーラ・ワーシュムルレース・ベガ」



「「「何の呪文だ!!?」」」


「ム……名前……いや、ノワール良い」


 発音できない言葉に背筋を寒くする三人。

 魔族を見たことの無いためまじまじとその姿を見るが、紅い眼の人族にしか見えない。


「安心しろ。魔族が人族の赤子を食うというのはデマだ」


「うむ、喰わん。喰うならローア牛だな。私はローア牛が好きだ。ローア牛……」


 幸せそうにじゅるりとよだれを垂らす少女に、魔族と聞いて高まった緊張も解けて、国王はようやく核心に話を振る。


「それで、人払いはその為でか? はたまた別の理由が?望みを聞かせてもらおう」



「おれとこのノワールはこの国に興味はない。だが、ここに戻って来るであろうロイド・ギブソニアンを待たせてほしい」


 突然出て来た息子の名にヒースクリフが驚く。


「あなた方は息子とどういった関係なのですか? 行方について何か知っているんですか?!」


「知り合いの知り合いだ。そいつから色々と話を聞いて、一度会ってみたいと思ってな。行方は知らないから、ここで待つ方が効率がいい。だが、魔族となると煩わしいこともあるだろう。だから、どこか落ち着いて待てるように取り計らってほしい」


 また、ロイドの関係者だった。思えば窮地を救った者たちは皆ロイドの所縁の者たち。


(居らずとも救いをもたらすとは、一体どれだけあの子に感謝すれば良いのだ……)


「その程度、喜んで歓待しよう。ただ、今は解決せねばならぬ問題が山積しておる故、多少窮屈を強いるやもしれん。王国の防衛力を整え、対外勢力に対し王国のゆるぎない力を誇示しなくては……」


 度重なる不祥事で国力の低下した今、諸外国からの圧力や要求に慎重な対応が求められる。幸い、地方領主に謀反の動きはなく、変わらぬ王への忠誠の証に物資と共に兵を王国に出向してくれているので王都の防備は問題ない。しかし、要所であるベルグリッドのお家騒動にメスを入れないわけにもいかず、本人の申し出もあり、ヒースクリフは領主を降りることに決まっていた。他領地にも謀反で裁かれ、領主を失ったところがあり、不安定な情勢が続くと予想された。



「ククク、おれならばベルグリッド領に兵を増員して防衛力の規模を大きくする。南の諸外国への牽制にはそれで充分だし、東の帝国も王都への筋道を塞がれては武力外交の意味をなさないだろう。先手を取られる前に、脅しには屈しないと明確なメッセージにもなる」


「う、うむ、その通りだが、その防衛戦力が……」


「この国にはまだ日の目を見ていない才能が眠っている。ブラッドフォードのクリスとカミーユ。あの二人、地方で遊ばせておく気か? 冒険者の誘致に迷宮を頼りすぎだ。冒険者の為の育成施設を助成したり、腕試しを見世物にして競わせる国もあったぞ。それに今回の迷宮の変化で特需が生まれるはずだ。これまでと異なる仕様に、新たなルートの開拓、新しい発掘品、未知なるものを探し求める機運は高まり経済効果を生むはず。対外圧力には魔石の輸出を抑えるとチラつかせれば、強力な取引材料になる。この国を縦断して思ったが道の開拓の必要がある。短縮できるルートがいくつもあるだろう。壁や道の舗装が弱い。魔導士に優秀な土魔法使いがいないのか? 仕事に貴賎などない。誇りある仕事として宮廷魔導士にやらせるべきだ。各村に教練を行う場と教師を送り各地方自治体の対応力の底上げと、有事の際の戦力を確保してはどうだ? 持て余している人材が多いぞ、この国は。他にも実用できそうな研究や人材が魔導学院に眠っていたりしていないだろうな。反乱分子が新たな身体強化機能を鎧に付加していたらしいが、衛兵にも正式採用させるんだろうな? どんどん使っていかないと技術は廃れるだけだぞ。それから……ロイドの安否については内密とし、一部政策をロイドの名義で行う。鎧の新技術導入辺りがいいだろう」


 他国にとって脅威なのは、時に未知の力を有する一人の場合もある。ロイドがまさにそれだった。その生死が不明確にされると、敵国はまず攻めるより探る方に時間と労力を割く必要がある。そんな中ロイドの発案で大プロジェクトがあれば、慎重にならざるを得なくなる。


「ま、待て、貴殿は何者だ。なぜそこまで国政に詳しい? 若く見受けるが、どこかの国の官職の経験が?」


「いや、前は……人をまとめるのが仕事だった」


 その後、ジュールの意見を元に防衛戦力の確保と主要都市としてベルグリッド領の防備拡大、冒険者誘致の施策の実施が検討された。


「もういいだろう。腹が減ったぞ」


 待ちかねたノワールの意見で一時会食が執り行われた。

 

 ジュールを見つけたアイリスを皮切りに、次第に周囲の者が集まり、その話術に引き付けられ、何も言わず食事を続けるノワールには気が付くと周囲の者が勝手に食事を運んでいた。二人の人を引き付けるカリスマ性は明らかにただの官職の者の力では無かった。


 その様子を見て国王は二人の人物を連想していた。それを会食の後にどうしても確認せずにはいられなくなり本人に話した。


「貴殿にはロイド卿と似たものを感じる」


「そうか? 会ったことないからな。だが気が合うかもしれん。聞き及ぶあいつの立ち振る舞いは共感できるものが多いからな」


「その昔、金と言葉の力で魔王とまで呼ばれた男がいたという。その者は人の心を見透かす青い瞳をしていたらしい」


「その魔王の再来とでも? おれには不相応だ。それに国王、それは王に必要な才覚を顕しているに過ぎない。金勘定ができ、人が従い、その心の内を理解する」


「……なら余には王たる資格はないのであろうな」


「ククク、できないならできるようになればいい。どうだ?一度こっそり城下の民を直接見てくるというのは?」


 この一言を真に受けた国王は以来、密かに民に交じってその生活ぶりや、不安、不満を聞いて回った。その度に王宮は大わらわだった。しかし、その成果なのか、国王の迷いは打ち消された。


 

 

 そして、後日、国王は思い切った行動に出ることとなった。


「才人を遊ばせて置くなと貴殿は言うが、それならば貴殿にも働いてもらうことは可能だろうか?」


「いいぞ。金になって、退屈しない仕事ならやってやらないことも無い」


「ならば、仮に余が貴殿にベルグリッド領を任せると言った場合、それを貴殿はどう受け止める? 余は愚王か?」




「そうだな。国の大事で賭け事をするのは賢明では無い。しかし、その賭けに勝てばいいだけのこと。そして、すでに結果は出たも同然だ」


「それは、つまり……」


「いいだろう! このおれにとって一領地の統治など造作もない。ロイドが戻って来るまでの暇つぶしにはちょうどいい」


 こうして、ジュールはベルグリッド伯となった。


 そこに至るまでに国王の門外顧問となり、諸侯とコネを築いたり、相互利益が生まれるよう、通商、産業、防衛など各方面の権力者と交渉に赴くなど、王都でその顔を広めていった。

 実際、ベルグリッド伯と決定した際にも、一時的な代官としたこともあって、反論者は出なかった。その手腕だけでも尋常なものではなかった。人が長い時間かけて得る信用を、ジュールは出会ったその日には獲得し、その信用を元に別の者からも信用を得ていく。その作業はわずか二週間で完了した。



 そして現在、しがらみの無くなった元ベルグリッド伯を執政官並びに戦術官魔導士として迎え、ジュールはロイドの生還をベルグリッド領で待つこととなった。




 中央大陸、西部にまたがる神聖ゼブル帝国内にて。


「それは真であろうな?」


 皇帝は来訪者に上から声を浴びせ威圧し真偽を問う。


「確かに、私の剣で奴の腹を突き刺し、迷宮の奈落に突き落としました。生存は万が一にもありえません」


 逃亡を図った男、ルーサーは海を渡っていた。ロイド考案の鎧を手土産に皇帝に謁見し、情報を流すことで取り入ろうとした。そしてその目論見通り、この証言のおかげでルーサーは再びパラノーツ王国の敵として息を吹き返したのである。


(腐敗したあの国から国民を救うのだ。このおれが!)


 その使命感を宿した眼は暗く濁っていた。





いつもありがとうございます。


2018/08/29


再校正により、一部文章をカットしました。

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