第十七話《改稿版》 先覚者
「・・・・・っ!!!・・・ぅうっあああああああ゛・・・・ゴフッ・・・ブファァァ゛・・・あ゛ぁ゛・・・!???」
完全な暗闇の中、ロイドは目を覚ました。
まだ死んではいない。
それはすぐわかった。
全身を駆け巡る激痛は現実。
痛みから逃れようと神気を使って『霊薬』を発動しようとする。
しかし、発動する気配がなかった。
竪穴に落ちた時、突き刺さった聖銅の剣のせいで魔力が使えず咄嗟に『神装』を使った。
しかしそれは防御力を上げるものではなくあくまで体力の回復と神の恩恵を受けやすくなるという魔法。
ロイドは死を覚悟して無自覚に別の魔法を発動させたようだった。即死のはずの高さから落ちてまだ生きているのは魔法を使った以外に考えられない。
なにより神気がカラになっていることが証明だった。
ロイドは命だけは助かった。
しかしそれは地獄の苦しみの延長にすぎなかった。
突き出した骨が内臓を破り、刺さった剣は肉に食い込んでいる。
腕はひしゃげ、剣神に授かった印も皮膚ごと抉り取られている。
「~~~~!!!~~~~~ぁ゛あ゛あ゛・・・・う゛ぉ゛・・・~~~!!!!」
助かったものの、生き残ることは不可能だった。
そこは迷宮の最深部。
ロイドの言葉にならない呻き声がその階層に響き渡った。
誰も到達したことのない99階層。
光の一切差し込まない暗闇の中、激痛にもだえ苦しみながら、ロイドは恐ろしくなった。自分に近づく死の足音よりも、自分がここで死んでしまったら自分を愛してくれる人たちはどうなるのか・・・・
冷たい岩に身を預け、一人絶望的な未来に打ちのめされる。
肉体的、精神的苦痛の中、耐えがたい状況からの逃避を目的に、いつからかロイドは幻覚の中にいた。
優しい夢の中で、諦めと痛みや不安からの解放を望み、そして二人の愛するーーー
「!!!」
幻覚の中にシスティーナとヴィオラが現れて、ロイドはふと我に返った。
「ぐっ・・・おお・・・」
そして現状を確認する。
暗黒、深刻なダメージ、神気なし、魔力不安定、救助絶望的、現在地不明。
苦痛にもがくロイドはただ死を待つだけだった。
死を覚悟して思い出すのはこれまでのこと、出会った人々。
(死にたくない・・・)
先ほどの幻覚とは違う記憶の中のヴィオラとシスティーナ。
その顔はいつもの笑顔だった。
(彼女たちを悲しませたくない・・・)
父、紅燈隊のメンバー、学院の仲間たち、マス、リトナリア、タンクとの思い出が駆け巡る。
(何かないか・・・生き残る術は・・・)
しかし、腕も足も折れ、肺やそのほかの臓器も損傷し、右目は潰れている。剣はなお刺さったままで、しびれ薬の効果が続いている。
痛みで思考は飛び飛びになり、激痛で吐き、悪寒で身体の震えが止まらない。
(あきらめてたまるか・・・)
あの下種な笑みが幸福な記憶を裂いてフラッシュバックする。
(また、あの下種と同じ眼の奴らに刺されて殺されるなんて絶対に嫌だ・・・)
前世で自分を殺した下種と不愉快な奴を絵に描いたような下種兄弟、勝手な理屈で復讐者を気取った勘違い野郎、それに追随した他の下種どもが許せない。
(おれがここまでの苦しみを味わっているというのに奴らがのうのうと生きていくなんて許せない・・・!!! 特に、ルーサーの野郎は絶対に・・・・殺す・・・)
ロイドは殺意を原動力にアドレナリンの大量分泌による興奮状態で意識を保っていた。復讐心が生への執着を生み、絶望の中にあっても生存の可能性を模索することをやめなかった。
だがこの迷宮を脱出するにはロイドの現時点の状況では不可能。
奇跡的に古代の遺物や過去の冒険者の落とし物、とにかくこの現状を打開するための何かを見つけられない限り助からない。
それもなるべく早くしなければ、出血によるショック死を招きかねない。
そんな都合のいいものが都合よく見つかるにはまさに奇跡が必要だ。
当然そんな奇跡は起きなかった。
しかし、別の奇跡は起きた。
ロイドは周囲を確認するため『発光』の魔法を使った。しかし聖銅の刃のせいで上手くいかず、光が安定になった。
その光の一筋が鎧の欠片に当たった時、それは起きた。
「こ、これ・・・は・・・」
[バチッバチッ]
火花が散った。
「・・・そう・・・だ!」
鎧からスパークが発生した。
魔法によって、電気が生まれたということだ。
それも以前研究したレポートの仮設通り、光魔法による電気の発生だ。
「はは、そう・・・・・・だったな」
これを見てロイドは昔見た映画を思い出した。電子レンジに金属を入れてチンをすることでスパークさせるシーンがあった。火花を伴った放電が起こる。
不安定な光魔法がマイクロ波となって鎧にあったことで放電が起きたのである。それはわずかの間だったが、それを見た時ロイドの頭の中で無謀な実験がひらめいた。
・ 脳に電気を当てて認識、思考速度を上げる。
・ 上手くいけばこの現状を打開できる。
・ もし失敗しても痛みから解放される。
これも以前研究を進めようと構想はしていた。
(どうせ、他にできることなど無い・・・)
しかし、動物実験は無く、人体への影響、実際の効果は不明だ。
曖昧な生前の知識のみがロイドに可能性を示し、今はそれに賭ける他ない。
魔力が不安定な中何度か試し、何とかスパークにより放電された電気を魔力で干渉することに成功した。
『雷魔法』の修得である。
(どうせなら死んだ後に呪える魔法でも調べておくんだった・・・)
ロイドは魔力を完璧に制御するため、脳へ電流を流す直前に剣を引き抜いた。
「・・・・・・フッフッフッ・・・・・・グフゥううッ!!! ああああぁああああぁああぁつあがっああっうあああああああああうぁあぁああうあがぁ・・・・・・・・」
激痛と大量出血。
それはショック症状を引き起こしかねないほどの痛み。
迷宮内でロイドの叫び声がこの日一番響いた。だがそれはすぐに収まった。
ロイドの死によって・・・
ではなく、試みが成功した結果だった。
(なんだ・・・? これは・・・?)
魔法で火を生み出す時、燃焼している酸素を知覚できるように、魔力で操る土を介して鉱物の硬度を探ることができるように、魔法で生み出した電気により生体電気を知覚することが可能となった。
そして、腹部からの痛みの電気信号をシャットアウトし、同時に脳の信号のやり取りを早めた。
『思考強化』に成功した瞬間である。
その瞬間、無意識にロイドは頭の中で〈記憶の神殿〉に来ていた。
その一室には自分がいた。それも一人や二人ではない。たくさんの自分がせわしなく動いて、作業に徹している。
それもロイドではなく喜多村誠一の姿だ。
「腹部再生担当! 医療に関する資料確保できました!」
「おい、腕部再生にもそれまわしてくれ!」
「余分な脂肪を消費してエネルギーに変換しよう。」
「出血に対する対策、誰か妙案ないか!?」
「骨髄に仕事させろ造血はよ!」
「流失した血液をそのまま輸血すればいいのでは?」
「感染症予防を後回しにするなよ!」
「魔力残量が厳しいぞ、どっか切り捨てないと持たない!」
「では、優先部位を決めるぞ。各担当は会議室へ」
ぞろぞろと何人か出ていく。
ふと、そこにあった資料に目を落とすとそれには過去に読んだ、というより視界に入ったり聞いただけの医学の知識が載っていた。不思議なことにそれがどこでどうやって記憶したのかはっきりとわかる。
「どうなっている?」
「これは思考の擬人化だ。今おれたちの体の中で起きている複雑な事象をこうやって置き換えることでより具体的に認識しているんだ」
「お前は解説役のおれか?」
「いやおれは主観視で、お前が客観視を受け持っている。思考を分けることで生じる情報乱立を防ぐためだな。要するにおれがオペレーターでお前が観測者だ」
「体は治りそうか?」
「全快は無理だな」
神殿は生前勤めていた社屋をモデルにしている。
その中の一室、元はただのデスクトップPCが置いてあったデスクに、巨大なモニターがあり、そこに現在の身体の状況が映し出されていた。
・損傷回復率 78%
・魔力残量 12%
・思考強化持続時間 残り30秒
「マズいじゃないか!」
「だから、今優先順位を決めている。この思考強化は脳へ負荷をかける。限界を超えると副作用によって取返しの付かないダメージが残る危険性がある」
「それはまた思考強化で・・・そうか、それができなくなるということか・・・」
「そうだ、これは脳が正常に動くからできる芸当だ。やり続ければ限界がくる」
自分の身体のことなのに、どこか淡々と考えられた。
どこかを切り捨てる。
それが生き延びる可能性を上げるのなら、躊躇はない。
「生き残るためにはどこかを切り捨てる必要があるのか・・・じゃあ、どこを・・・」
「それは・・・」
答えを聞かなくともわかっていた。ここで話しているのは思考の整理であって、すでに答えは出ている。
主観視を自称する自分の顔には右目が無かった。
迷いは無かった。
思考強化状態で、それが最も合理的であることを認識していたからだ。
「「「「「「「修復を開始する」」」」」」」
神気による回復ではなく、身体に魔力で干渉するという禁忌『自己再生』を修得した瞬間だった。




