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第十六話《改稿版》 黒鋼の乙女


 パラノーツ王国国境沿いで、とある一行が入国しようとしていた。


「これはこれは! コイト男爵ですね。おや、その荷馬車は・・・いえ、問題ありません。どうぞお通り下さい」


 コイト男爵は見知った入国管理を司る国境騎士団の門番に金を渡して速やかに入国を果たした。


「こ、これでもういいだろう! 解放してくれ!!」


「ここがパラノーツ王国・・・つまらんところだな」


 目的はロイド。

 そのために向かうのは北。

 その方角にコイト男爵の領もある。


「か、勘弁してくれ!!」


 願いも空しく、馬車は止まることなく北を目指して走り続けた。

 

 


 その道中三人はロイド所縁の意外な者に出会った。 

 道を塞ぐ魔獣の群れをシスティナが一瞬で撃破したところ、魔獣に手を焼いていた討伐隊の中にカミーユがいた。


「あ、お姉さんは・・・」


「ん?」


 五年前ロイドと同じ魔導学院の初等科卒業試験を受けたカミーユ・ファフナー。現在は嫁入りしてカミーユ・ブラッドフォード。


「はて、どこかで会ったか?」


「はい、五年ほど前に迷宮都市から王都へ護衛をしていただきました」


「ああ、あの時の学生か・・・そうだ!」


 システィナはロイドの近況を知らないかカミーユに尋ねた。

 しかし、彼女は嫁入りして二年ほど王都から離れていたためロイドの現状は知らなかった。


「すいません、ロイド君ならたぶん王都にずっといると思いますよ? なんせこの国を救った英雄の一人ですから」


「お嬢さん、それはどういうことだい? 役人の大改革を引き起こしたとは聞いたが・・・」


 ロイドの活躍に興味を示したのか、追いついた馬車から降り、ジュールはカミーユに尋ねた。

 それまでのシスティナやノワールに対するぶっきらぼうな話し方ではなく、警戒心を溶かすような落ち着いた話し方だった。カミーユはその青い瞳に見つめられ、知っていることを話していた。

 

 魔物と戦い、圧倒的な魔法で勝利に貢献したこと。画期的魔法の発明や、紅燈隊での活躍など。

 ジュールはそれを興味深そうに聞いていた。 


「お〜い! 大丈夫か!!!」


 と、そこへ救援がやって来た。先頭にはクリスがいる。


「ん? どちら様かな? 人の妻にあまり不用意に近づかないでくれないか?」


「これは失礼。このような美しい女性を危険な戦闘に送り出す男などいるはずがないと思い、独り身だとばかり」


 その言葉に「うっ」と詰まるクリスだったが、魔獣退治は隊を分け行った。その際、優秀な魔導士を一つに集中しては他の隊が危険という理由で二人で別々の隊についたのである。

 しかし、そんな言い訳をしても仕方のないこと。周囲の魔獣の多さから妻を危険にさらしたのは事実である。

 クリスは下馬して頭を下げた。


「不躾な物言いを許して欲しい。それからどうやら妻を助けていただいたようで感謝する。私はこのブラッドフォード領主、デリアム・シエス・ブラッドフォードの息子、クリス・ブラッドフォードだ」


「ほう、これはご丁寧なことだ。私たちはあちらにおられるコイト男爵の護衛の者だ。私はリーダーのジュールだ」


 馬車から様子を見てびくついている貴族を見てクリスとカミーユ、他の者たちも頭を下げた。


「これはコイト男爵、ご助力いただき感謝いたします。おかげで領を悩ませる魔獣を一掃できました。領主デリアムに代わりお礼申し上げます」


「よ、よいのだ、困ったときはお互い様であろう・・・」


 コイト男爵は気が気ではなかった。もしここで自分の護衛を自称するこの三人が問題を起こせば、侵略ととられかねない。一刻も早くここを抜け、解放されたかった。


「おい、問題が無ければ先を急ぐぞ」


「いやお待ちくださいコイト男爵。ここで情報収集をしましょう。彼らが何か知っているかもしれません」


「え、いやしかし・・・」


「男爵はよもや()()()使()()をお忘れですか?」


 ジュールの一にらみでコイト男爵はそれ以上何も言えなかった。


「何か我々にお尋ねでしたら、ぜひ我が屋敷へお越しください。もうすぐ日が暮れますし、どうぞ泊っていってください」


「そうね、私もお姉さんにロイド君のこと話したいし・・・って何その子かわいい!!」


「ぎゃ、なんだ小娘、放せ!」


 カミーユがノワールを見つけて飛びついた。

 不快なのかそれを引きはがそうとするが何の力も無いため為、されるがままだった。



「おのれ、小娘、やめろ! 髪を触るなほおずりするなやめ、うぐっ・・・」


「カミーユ、よさないか。息ができないだろ、そんなに抱きしめたら・・・」


「あ、ごめんね」


「はぁはぁはぁ、ジュール! いいかげんにこの姿を解け! なにもできないではないか!!」


 カミーユや初めて会う人たちにとって、ノワールはその場には似つかわしくないただの可愛い女の子にしか見えない。

 その正体を知る由も無かった。

 


 

 コイト領に到着した一行。


 少ない護衛を案じたブラッドフォード夫妻もコイト男爵を送り届けるため付いてくることになった。だが、到着した時言いなりになっていたコイト男爵は自由になっていた。


 ジュールの魔本。

 それはルールを決め、その条件を順守させる力をもつ。その力は絶対。

 そしてその効果条件、「北に連れていくこと」を満たしたことで自由になったコイト男爵が反撃を企てた。ブラッドフォード夫妻がコイト男爵の他国での人身売買を知り、さらにノワールが買われてきた者たちを勝手に解放したことで一生即発の事態となった。



 感情に任せた衝動的な行動。

 コイト男爵領の駐屯騎士では、システィナの力の前になすすべも無く、大事に怪我をしないように丁寧にあしらわれた。


「くそう、お前たちにさえ、お前たちにさえ会わなければ・・・」


「これまでの道中ご苦労だった、コイト男爵。それと、なんだかすまないな。こんなことになって」


 ジュールはコイト男爵と敵対するつもりは無かった。むしろ本心で感謝していた。だがノワールが勝手に奴隷を解放した。その際ノワールは魔法に抗って力を使ったようだった。ジュールの魔本の力は絶対のはず、にも関わらずだ。


(徐々に拘束力が落ちてきたのか? それとも、魔本がこの魔人に対して甘いというのか? 魔本の意志と裁量がコイツに味方するとは・・・やはり()()だからか? クク、面白い)


「それで、今回はどう言い訳をする?お前のせいで余計な時間を食ったうえ、この奴隷たちをここに置いていくわけにもいかない。脚が遅くなるだろうが」

「・・・むぅ」

「仕方ないだろう。人助け・・・彼女が人を助けるというのも変な話しだが・・・見過ごせはしない。とりあえずカサドの街に神殿がある。そこまで連れて行こう。私も神殿に着けば詳しいことがわかる」


 システィナはノワールを庇い、今後の進行について話題を移した。


「あの、ロイド君に何か起きたのは聞きましたけど、この街の人も何も知らないようですし、勘違いという可能性も・・・」


 カミーユはまさか送り届けた他領で送り届けた男爵の犯罪の取り締まりが起こるとは思わなかった。それだけでも驚きなのに、彼らはロイドの異変を察知してここまで来たのだという。これから先もついていこうか迷っていた。


「ここまで来たら、進もう。彼らが嘘を言っているとは思えないし、ここから先にはベルグリッド領がある。そこまで行けばはっきりするさ。この人たちも放ってはおけないからね」


 クリスの言葉にやや感心したノワールが珍しくクリス―――人族に質問した。


「囚われていたのは人族以外にも獣人や魔族の血が入っている者もいる。どうして助ける?」


「ん? そんなこと決まっている。彼らの扱いが不当だからさ」


「それだけか?」


「前にロイド君とも話した事なんだけど、この世に様々な種がいて争う中、どこに正義があるのか。彼曰く――『善悪が種で決まる程単純なら争わずに関わらなければいい、でもそうではないから人は種を超えて善悪を探し求める』――とね。彼にとって種というのは些細なこと。自分がどれだけ狭い視野で物事を見ていたのかを知ったよ」


 一つの国の中で全てが完結しているパラノーツ王国内で、世界規模の問題を考える機会はまずない。それこそ魔王の出現ぐらいだが、それもこの国においては対岸の火事に過ぎない。

 

 だがロイドは前世において、人種差別が大量虐殺に至った歴史を知り、自分とは違う人種のスポーツ選手の活躍をテレビで見て、異国で考案された食べ物を毎日食べ、海外の画期的な発見のニュースを聞き、日本人が他の国の人と宇宙に行く様子に胸を熱くしていた。


 自分を殺した荒木課長と友達になることなどできないが、もし海外のスター選手と会えたら興奮してそれだけで特別な思い出になるだろう。


 大事なのは人種の違いじゃない。それがロイドにとっては当たり前だった。


 

「種の違いが些細・・・だと?」


「だって、どの種の中にだって善悪とそれを裁く法があるじゃないか。そしてその法の大半はどの種だって同じらしいよ。“他人の権利を侵害するな”獣人だって魔族だってそうだろう?」


 ノワールは少し考えて、目の前にいる興味の無かった人族をまじまじと見た。


(時代の流れか・・・抗って、同族を護るために戦ったことは無駄ではなかったのか・・・)


 ノワールは過去、巨大な集の力で攻めてきた人族に魔族を奴隷にされ、解放するために戦った。

 戦いに敗れ、現代で目覚めた時、魔族を率いていたのはただ己の知識欲を満たす為に大戦を引き起こした者。そして大儀なき戦いを続け、同胞に犠牲を出し続ける錆の魔王を止めたのは人族の青年だった。

 

 種を戦う線引きにしていた時代と異なり、戸惑っているノワールをジュールはいとも容易く従わせ、その力で錆の魔王を倒したのだ。

 

 増々、自分の敵と仲間の区別がつかなくなっていた。


(今、人族の中にはこんな者がいるのか・・・)


「ロイドか。私も興味が出てきた。・・・おい、ジュール。拘束を解け!」


「ククク、おれに危害を加えず、命令を護るなら許すが?」


「いいだろう」


「・・・なに? 交渉が・・・まだだぞ? ど、どうした? いつもは食い物を寄越せとうるさいくせに・・・」



「何を言った?」という顔でクリスをにらんだ。

 睨まれた意味が分からず困惑するクリス。


「じれったいお前たちの旅程を短縮してやろうというのだ」


 魔本が開かれ、ノワールの力が戻ると、その姿は成人女性ほどの大きさで止まった。


「・・・・・・よし」


「うわ!? よしじゃないよ!! だぁあぁあぁクリス、見るなぁ!!!」


 黒鎧の無い一糸まとわぬ姿にクリスが眼を奪われそうになるのを必死に防ごうとするカミーユ。なぜ幼女が成人したのか混乱しつつもカミーユは自分の替えの服を着させた。


「クク、どうするつもりだ? その片翼で馬車を運べるのか?」

「違う、こうする!」


 ノワールの魔力が馬車を包み車輪が鋼鉄と化した。それはノワールの意志で自在に回転、自走した。


「どうだ? 馬を繋げるより早い!」


「でかした!〈黒鋼の乙女〉の名は伊達ではないな!」


「できるなら初めからやれよ」


「「〈黒鋼の乙女〉?」」

 

 システィナとジュールは感心し、その力のすさまじさを目の当たりにしてカミーユとクリスは呆然となるが、二人ともどこかその感覚を懐かしく思った。


((ああ、ロイド(君)みたいだ))


 爆走する馬なし馬車は街道を突き進み、二日かかるところをわずか半日でカサドの街に到着した。


 

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