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第十四話《改稿版》 陰日向


 ロイドが迷宮の奈落に突き落とされ、その後。



 迷宮を出た下種たちは試験を終え、迷宮都市から王都に向けて出発するところだった。


「おい、おれたちに逆らってどうなるか分かっているんだろうな!? 言うことを聞かないとお前の家をつぶすぞ!」


「ふぇふぇふぇ、兄上、こいつの眼、ほじくり出してもいい? いいよね?」


「やめてぇ!! いやぁぁぁ!!!」


 帰りの馬車でさっそく、下種兄弟は枷の外れた野獣のごとく年下の少女で欲望を満たそうとしていた。

 もう自分たちを止める者はいない。

 それまで抑圧されていたものが爆発し、もはや人間的な自制心など欠片も無くなっていた。


「おい、よせ」


 馬車に駆け寄り止めたのはルーサーだった。


「なんだお前、おれたちにそんな口きいていいと思ってるのか!!」


「しゃべってやるぞぉ、ふぇふぇふぇ、あのことばらすぞ」


 ロイドは現段階で行方不明とされた。

 ルーサーは「迷宮の奥に好奇心から深入りしてしまったのでは?」と、白々しい説明をして周りを納得させていた。

 

 ロイドの死は確実。

 とどめを刺したのはルーサー本人だ。



「お前たちこそいいのか? ここで事故があってもおれが被る責任は小さい。ここにお前たちの味方は誰もいないとわからないのか?」


「「!」」


 二人はようやく事態を理解した。

 ここで殺された場合、ロイド殺害の下手人にされてしまう。

 それも半分は真実なので証拠も用意できる。


 例えばロイドを撃った弓を用意したのはベスだ。ギブソニアンのお家事情を詳しく知らない者でも容易に事の成り行きを想像できるだろう。

 そしてその想像はほとんどがその通りだ。

 

 過去にロイド暗殺は実行されている。その続きをボスコーン家の娘であるベスが実行したという形にされる。


「ちぃ、いい気になるなよ!!」


「こいつ、むかつくよ、むかつく、むかつく、むかつく、むかつく、むかつく、むかつく」


 仕方なく二人は少女を解放した。


「もう大丈夫。あの二人に好きにはさせないから安心しなさい」


「あ、ありがとうございます、騎士様・・・」


 少女の憧憬のまなざしを受け、ルーサーはようやく自分が本来の姿を取り戻したと実感していた。


(あいつのせいで狂わされた人生を取り戻す。これでいいんだ!)


 その表情は晴れ晴れとし、希望に満ちていた。


 これからルーサーは王都に赴き、ロイドという存在を容認したパラノーツ王国そのものを修正するべく次の計画に心を傾けていた。それが使命であると・・・


 ただの魔獣討伐部隊の構成員に過ぎない彼には魔導学院にコネなど無かった。それが学院に根回ししてロイドをこの迷宮におびき寄せ、他の騎士たちの協力を得られたのは彼の人徳や人心掌握の能力ゆえ・・・などではなく、単に強力な黒幕がいたからに過ぎない。


 ロイドの暗殺はこれから始まる大きな粛清の前哨戦。

 

 ルーサーは万能感に酔いしれ、黒幕への良い報告を持ち帰れることに気を大きくしていた。


 


 だが、ルーサーは失念していた。


 ロイドを殺せば、全て上手くいく保証など何もない。彼は自らの正当性を暗殺の成功で証明したのだと思い込み、正しい自分の行動は必ず成功すると過信してしまっていた。


 この世にはロイドよりも敵にしてはいけない存在が数多く存在する。


 例えば神。

 

 例えば魔王。



 ルーサーに気づけるはずも無かった。

 ロイドを奈落に突き落としてしまったことで、一体誰を突き動かしてしまったのかを。何を呼び込んでしまったのかを・・・




 パラノーツ王国以南の小国家メイリスカーム。

 燦々と照り付ける太陽の下、とある食堂にて。


「インドラ鳥のもも肉の煮込みシチューにローア牛の鉄板焼き、おおう? このテルシス産香辛料を使った蒸し鳥の香味野菜詰めというのは何だ? これは悩むな・・・」


 メニューを見て悩む青年。

 

「兄ちゃんこの辺の人じゃないだろ。初めてだったらこの街名物、ローア牛のステーキがおすすめだぞ」


「じゃあ、それを一つもらう」


「へい、毎度、あとは?」


「以上だ」


「え?・・・」


 店主は青年の対面の席に座る幼女に目を移す。

 店に入ってきた時からこの子はずっと青年と同じ卓の対面で腹を鳴らしていた。

 だが青年が注文したのは一人分だった。


「お客さん、ひょっとしてこの子どこからか付いてきちゃいましたか?」


 給仕が経緯を想像し尋ねる。


「ああそうなんだ。おれが面倒を見るようなガキじゃない」


 生活を国が保証できない国の道端には家を持たない物乞いや浮浪児が必ずいる。店主は改めてその幼女をよく見た。


 身なりは確かに粗末な布切れを纏っているだけだが、浮浪者特有のにおいはない。髪はサラサラの銀髪でやや耳がとがっている。そしてその瞳の色は人族ではないことを証明する紅に輝いていた。


「お嬢ちゃんどこから来たんだい?」


 店主の質問に答えず、青年をにらみ続ける。


「あんた何かやったのか? 本当に知り合いじゃないのか?」


「おれは注文をした。早く持ってきてくれ」


 この地域には浮浪児を売りに出し稼ぐ輩も多い。だが、店主や他の給仕もそれ以上踏み込んで質問できず、厨房に戻った。

 

 その後料理が運ばれた。肉厚のステーキの香りが食欲をそそる。

 それを見て物欲しそうな顔でよだれを流す幼女。


「さていただくとしよう・・・んん! うまい! この肉のなんと柔らかいことよ!」


 一切の躊躇なく幼女の前でうまそうに肉を頬張る。それは、はたから見れば虐待に近いものだった。しかし、本人が何も言わなければどうすることもできない。


「お客さん、あんたの面倒見てる子じゃねぇっていうなら、おれがサービスしてもいいんだよな?」


 店主は様々な食材をたまごで綴じたオムレツを持ってきた。中には肉も入っていて、付け合わせにスープもある。


「なぁ、他の客に金を払わせてそいつはタダっていうのは不公平だろ? それとも、そいつの面倒を見れるのか? ええ? 何の役にも立たない魔族の化物だぞ」


「いいぜ! おれが面倒見てやる! ここは手が足りねぇからな。おれの身内にまかないだしても不公平じゃねぇよな?」


「・・・ちっ勝手にしろ! 後悔するぞ!」


 青年が捨て台詞を言って店を出ると、食堂内から歓声が上がる

 

「オヤジ男前!!」

「いいぞ!」

「嬢ちゃん良かったな!」


 幼女は出ていく男と店主を交互に見て、席に留まる方を選んだ。そして食事を促されると一心不乱に食べ始めて、眼から涙をこぼした。


「ゆっくりと食べなさい。もう腹を空かせることも無い」


 ありふれた食堂内には優しい空気が満ちていた。





 食事を終えると給仕が部屋に案内した。


「さぁお仲間だよ。売れるまでの間だけど」 


 地下に広がる収容所には多種多様な人種が捉えられていた。

 上の食堂よりも広い空間には武装した男たちがたむろっている。

 コックたちだが腰や手にあるものは包丁ではなく武器だ。

 兼業で看守と奴隷の輸送も行っている作業員たちである。


「こんな上等な容姿の子供がタダで入るとはな。明日はメニューに一品サービスをつけるか」


「おいおい、それじゃ何のための商売かわからんぜ。全部客に還元すんなよ」


 店主の本業は人身売買。

 物流の多いこの地では人の行き来も多く、誰かが消えても気づかれにくい。

 そしてたくさんの香辛料や食材に一人二人、子供が紛れ込んでいても積み荷を全て調べるわけではないため簡単に店内に連れ込める。

 食事は残飯を与えればいいので維持コストも安く済む。


 幼女は状況を理解できていないのか、騒ぐわけでもなく言われるがまま牢に入った。

 

 やがて、その日の取引の為に客が訪れた。金がありそうな身なりで、鎧姿の兵士を二人連れている。どこかの国の貴族だがこの国ではない。わざわざ奴隷にする者を探しに遠方から通う客も多いのだ。


「おお、これは素晴らしい! この容姿ならあと何年すればさぞ美しくなるだろう」


「珍しい魔族の混血種です。見てくださいこの銀髪と赤い瞳を。傷もありませんし、なにより健康そのもの」


 給仕はいいことばかり伝えて値を釣り上げようとする。

 それに対し、その貴族は中身、頭はおかしくないのか、言葉を理解できるかを確認した。

 

 その時だった。 


「パラノーツ王国の地方領主、コイト男爵だな?」


「・・・そうだが、なんで私のことを? 私のことを話したのか!?」


「そんなはずは・・・」


 幼女ははっきりと言葉を話した。




「条件は満たされた。他は用なしだ」


 

 突如、幼女の身体から禍々しい黒い瘴気のようなものがあふれ出し、目の前にいた店主は細切れになった。そして黒い(もや)は幼女を取り巻き、その姿は驚くべき変貌を遂げていった。

 

 唖然とする給仕の女と、他のコックたち。

 彼らが最後に見たもの。


 それは美しくもおぞましく、黒い靄を鋼のように変えて身に纏った、見上げるほどに大きな魔族の女だった。 


 美しい黒い片翼とおぞましい鋼の片翼。

 宝石のようにその相貌を照らす角。

 血のように紅く輝く瞳。

 黒い鎧姿に映える、白魚のような肌、発光していると見紛う長い銀髪。

 

 神秘性と禍々しさの織り交ざったその姿にその場にいる者全てが目を離せたくなっていた。


「あ・・・れ?」


 そこには、黒と白と赤しかない。

 コイト男爵と護衛は給仕とコックが血しぶきを上げ、その非現実的な光景を彩っている間、ただそれを見ていることしかできなかった。


「ひぃいいこ、殺さないでくれ!!」


 コイト男爵とその護衛は幼女に戻った魔族にせっつかれ、共に地上に出た。

 

 


 そこには店で幼女を置いて帰った青年がいた。

 


 コイト男爵は見たものを受け入れられず未だ放心状態だ。

 

「さてと、あんたら、まだ太陽を拝みたいだろ? おれにゲームで勝ったら解放してやる。もし、負けたらおれたちをパラノーツ王国に入国できるように手引きしろ」


「・・・・・・え、は?」


 まるで、強制力でもあるかのように、自身に満ちた様子で話す青年。

 彼の名はジュール。


 実際彼には特別な力があった。


「・・・なんだお前らは!! 一体何者なんだ?!!」


 青年は本を開きそこに話しかけた。


「条件は互いのことを言い当て、外れた方が言いなりになる。一回ずつ、正解したら交代する。現状の見てわかるものは対象外とする。正解しているのに外れだと嘘をついても負けになる」


「本当だな? お前のことを言い当てれば解放するんだな?」


「ああ、おれは暴力で解決するのは好きじゃないんでね」


 だが、ゲームを始めようとしたとき一人の女が現れた。


「これはどういうことだ? なぜ人さらいのような真似をしている?!」


 女の名はシスティナ。

 剣神にして、歴史に名を遺した英雄。現人神。七人目の魔王、獣王を倒し、神格化された。

 現在は受肉した身体に精神と魂を入れている。

 

「おれとあいつはあんたと違ってギルドカ―ドなんて便利な身分証は無いんでね。“渡り”が無いと国境で時間を取られる。文句があるならお前だけ一人で行けばいいだろ?」


「お前たちから眼を放すわけにはいかない」


「行動の自由は()()()をおれが()()()()()()時に保証したはず」


「し、しかし、お前に万が一のことがあったら・・・」


「なんだ? 心配してくれているのか?」

 

 からかうような口調に女は否定で返す。


「お前のその首からぶら下げている本が無くなれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()! それを避けるためだ!」


「おれの心配などする必要など無い。あいつを従えている限りな。正直に言ったらどうだ? 要領の悪いお前がおれたちを利用したいだけだろ?」


「そう思うならなぜ付いてくる?」


 青年の目的は好奇心を満たすことだった。

 その対象は一つの魂に向いていた。

 十年以上前の大戦時、錆の魔王が異界から召喚した魂。

 それは今パラノーツ王国で革命的発明と英雄的活躍を見せているという。ならば是非に会って話してみたいと思い、青年はロイドに会いにパラノーツ王国へ行く予定だった。



 そうこう話している間に、幼女が奴隷たちを解放して戻ってきた。


「おい、お前も勝手に何やってるんだ?」

「解放してやれば、この一件で私たちが追われる心配が減る。逃がす代わりに囮になると承諾した」


 幼女の名はノワール。

 魔族の始祖の血脈。

 魔力を物質に変換できる原初魔法を使える。


 ただし、彼女の場合はそれだけではない。

 現在は彼女の力の多くが封印されている。


 ジュールが首から下げた“魔本”の力によって・・・



「急げ、私の加護が消えるなどただ事ではない。何か嫌な予感がする」


 システィナはこのジュールとノワールと共にこの五年旅をしてきた。そんな中、ロイドに与えた加護の反応が消え、パラノーツ王国に戻ろうとしていた。


「ロイド・・・まさか・・・」


 五年の間に世界を見て回り、システィナは予感がしていた。

 魔王が大戦を引き起こす気配のようなものを感じたのだ。それは過去に実際に見てきた魔王の出現と重なるものだった。

 そしてそんなときにロイドに与えた加護が反応しなくなり、システィナは確信した。戦いが始まろうとしていることを・・・


 




 魔導学院の一行が戻り、王都では激震が走っていた。


 ロイドが消息不明との知らせが入ったためだ。

 


 王宮、騎士団、神殿、学院、冒険者ギルドにまでその知らせは拡散し、すぐさま原因究明のため迷宮に向かう捜索隊が組織された。また、ベルグリッド伯領にいるヒースクリフにも知らせるため早馬が駆り出された。

 王宮では信じられないと誰もが驚愕していた。


「彼は生きていますわ」


 システィーナ姫はロイドの生存をこれっぽっちも疑いはしなかった。


 必ず戻ってくる。だから、衆目の前では一切取り乱すことはなかった。


「うう、ロイドちゃんがぁ〜!帰ってこないぃ〜!!」


 反面、部屋に戻ると思いっきり沈み込む。

 何かの事件に巻き込まれたのではないか、いつ戻って来るのかという不安と、会えない寂しさで項垂れてしまっている。


「大丈夫ですよ、姫様。きっとすぐ戻っていらっしゃいますよ」


 そう元気づけるヴィオラだが、言葉に力が無かった。今にも迷宮に飛んでいきたい気分だった。長い付き合いでロイドが周囲を心配させることは何度も見てきたが、今回は何か胸騒ぎが止まらなかった。


「ヴィオラ? 大丈夫?」


「・・・」


「神殿へ、祈りに行きましょう」


「・・・はい」


 

 寄り添うように二人は神殿へ向かった。

 紅燈隊の面々がそれに付き従う。


 まさかあのロイド卿が?

 そう思いながら、彼女たちはふと、ロイドがまだ十二歳の少年だったことを思い出した。


 いつもと違う。


 その違和感の中、緊張感を高めていった。

 彼女たちは共通して何か嫌な予感を感じていた。


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