第十三話 往生際
それはロイドがシスティーナとヴィオラと婚約すると決まって、数日後。
突然のことだった。
「私が卒業検定の護衛ですか?」
王立魔導学院の初等科で毎年行われる卒業検定の護衛要請。
「はい、ロイド卿にお頼みするのはどうかと私も思ったのですが、今年の試験官が皆口をそろえてロイド卿をというのです。申し訳ありません。もちろんお断りして下さって大丈夫です」
学院の教師、つまりはロイドの教師でもあるのだが、恐縮しきっていた。その研究成果と功績による関心と尊敬がそうさせていた。
「そうですか、でもなぜ私に?」
「はい、今年の受験者にブランドン君とヒューレ君がいるのです」
「ああ・・・」
(あの二人、まだ初等科を卒業してなかったのか・・・何年初等科にいるんだ?)
「二人は去年も卒業検定を受けたのですが、落ちまして・・・その結果が不服だと道中もかなり暴れたらしく、王都に着いたら着いたで、母君が学院に乗り込んできまして、試験官が悪いと・・・あ、いやロイド卿の前ですいません!」
「いいんですよ・・・むしろ、うちの者がご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありませんでした。何なら二人は問題行動で退学にしていただいても・・・ああ一年前のことだと無理ですか・・・」
「はい、受験資格がある以上、断ることができません。ただ、試験官たちはロイド卿がいれば審議や結果に不満を持っても問題は起こせないと考えておりまして・・・」
「なるほどわかりました。家の者の責任は私が取ります」
「そうですか!! ありがとうございます!! 非常に心強いです!!」
こうしてロイドは急遽迷宮へと向かうことになった。
「ええ! ロイド様、迷宮に行かれるのですか?」
学院の一室から出ると待っていたヴィオラが突然の出張に驚く。
前回ロイドが迷宮に行ったときは散々だった。
行きは魔獣、街では冒険者、試験後には山賊と不正役人を相手にし、やりすぎて長い間謹慎を受けた。
その時も行く前はヴィオラが何かあるかもと心配をしていた。
それが的中しただけに不安になるのは当然と言える。
「今回は仕方ないんだ。義兄たちがまだ初等科に居てね。他の方々にご迷惑をお掛けさせないためにも監督役がいるんだ。まぁ受かろうがどうなろうが、これっきりだけどね」
「そうですか・・・仕方ありませんね。でも丸々五日はかかりますよね。やっぱり心配ですから付いていきたいです」
「ごめんよ、それはだめだ。仕事に女連れなんて失礼だからな。他の騎士にも示しがつかない」
「はい・・・女・・・ふふ」
(何がうれしいんだ・・・?)
その後姫にもそれを伝えるため、姫が部屋にいるタイミングで会いに行った。
今日の護衛はメイジ―とオリヴィアだから冷やかしは無い。話はスムーズに済んだ。
姫はロイドの手を握って祈った。前回もそうして無事に戻って来れたのでゲン担ぎだ。
前と違い、手を握っているのは自分の婚約者。
同じ行為でも関係が変わっただけで、何もかもが愛おしく見えた。
そして手に伝わるぬくもりの幸せを噛みしめた。
「お勤め頑張って来てね!」
と、笑顔で送り出してくれた。
(これがリア充というやつか・・・)
しみじみとその幸せを噛みしめていた。
◇
「おい、どうしてこの馬車に平民が乗っているんだ?」
「兄上、コイツをおもちゃにしようよ。馬車の中は暇でつまらないよ」
「や、止めてぇ!」
出発当日、学院の前にある一団でさっそくもめ事を起こしていたのは下種兄弟だった。
それを朝から見てため息しか出ないロイドであった。
(せっかくの幸せな気分が台無しだな・・・)
そもそも、長く初等科に居たせいで、ブランドンはもう19歳。元々太っていたが、ますますでっぷりとしていた。そのせいで二人分の場所を占領してしまっている。迷惑極まりなかった。
「おい!」
「ちっなんだ貴様・・・! ロイドがどうしてここに・・・」
「うっ、泥棒! この泥棒!!! 僕たちからおもちゃを奪った!」
「黙れ。問題を起こすなら力づくで馬車から降ろす。いいな?」
「ぐ! 偉くなったもんだなぁええ? 貴様がおれたちの受けるべき地位や名声を根こそぎ奪ったんだから当然だよなぁ!! 貴様がいなければ今頃おれたちが全てを手に入れてたんだ!! おまけにあのメイドもおれが目をつけてたんだぞ!!!」
「ドロボー!! ドロボー!!! ドロボーォォ!!! オオオォォォオ!!!」
護衛役には何人か知っている騎士もいた。大声で騒ぐ成人した男二人のせいで皆集まってきて様子を見ていた。
「おお、やってるな。去年も騒がしかったが今年はお前がいるから任せるぜ」
「ルーサー・・・」
その後、有言実行の男ロイドは二人を力づくで黙らせ、退学にさせようとした。しかし、試験官たちが責任を負いたくないのか、予定通り迷宮に出発。
その間も勝手に馬車を止めさせたり、女の子を呼んで断られて逆上したり、宿場町の食堂で食事に虫を入れようとしたり、突然御者を罵り始めたり、大声でわめいたり、問題行動のオンパレードだった。
その度にロイドが強制的に沈黙させるのだが、試験官たちに穏便にするよう言われ、大きく動けなかった。
そして、試験会場、迷宮、第一階層に着いた。
ロイドは五年ぶりの迷宮である。
仕事は内部で迷ったり、竪穴に近づいてしまった生徒を止めたり、救援の要請時に求めに応じて学生たちを護ることだ。
「まぁ、退屈な仕事だが、気を抜くなよ。迷宮魔獣と間違えて魔法を撃ってくる奴もいるからな」
「それは前も聞いた。おれに不意打ちでも攻撃を当てられれば合格にしてやりたいくらいだよ」
「そりゃそうだな」
ルーサーの言う通り、仕事は退屈だった。
約五時間、暗闇で学生が来るのを待つばかり。
(この竪穴に落ちたら助けられないからな・・・気は抜けない)
迷宮については分かっていることは少ない。
誰が創ったのか、何のために創ったのかはもとより、どうやって迷宮魔物を生み続けているのか、魔石はなぜ無限に出てくるのか、攻略した時どうなるのか、何もわかっていない。
ただ、迷宮のは階層が下へ、深くなるほど出てくる迷宮魔物の討伐難易度が上がる。そして、発見される遺物や魔導具の価値は高くなる。
過去に迷宮の最後の層まで行ったのは〈巌窟王〉と呼ばれた錆の魔王が有名だ。
過去の遺物の力で魔人の勢力を拡大しようとした魔王は暗黒大陸と中央大陸にある迷宮をそれぞれ攻略したとされる。
だがこの迷宮が攻略されたという記録は残っていない。階層は40から50階層あると推定されるが本当かどうか分からないのだ。ただ、研究のため調べていた者が過去に竪穴を利用しようとして、用意していたロープが足りなかったというエピソードがあり、竪穴で降りることは不可能とされている。
当然落ちたらそれまでだ。登っても来れない。
ロイドは仕事に徹していた。
一人、暗黒の中を黙っているのは妙な気分になる。
時間の感覚はズレるし、緊張でのどが渇く。
しかしそんな試験がようやく終わりに差し掛かったころ、ブランドンがやって来た。成績順のため、最後の方だ。ノロノロと挙動不審な巨漢は辺りを見回しているうちにロイドに気づいた。人影に驚いたのか悲鳴を上げそうにしている姿はとても情けない。一人で百面相をしながら勝手に反応を重ねるブランドンはロイドを無視して先に進んでいった。ロイドも特に声援を掛けるはずも無く無言で目を反らした。
(これ以上見ていられないな・・・)
魔法を使う様子も無く、おどおどしている臆病者がどうして普段あれだけ人の偉ぶれるのか考えると空しくなった。
「はぁ・・・」
[ドス・・・・・・]
「・・・え?」
その無関心が、いや、暗闇での長時間の間の後、飛んでくるとしたら魔法であるとの先入観が、さらに言えば、大切な人との幸せな時間がロイドから以前の研ぎ澄まされた警戒心を奪っていた。
腹に矢が刺さっている。
しかも、しびれて動けず、魔力も上手く制御できない。
「毒・・・聖銅の矢・・・はぁ、ああッ゛!・・・」
矢が飛んできた方を見ると、撃ったのは先ほど通り過ぎて行ったブランドン。
撃った本人も唖然とした顔で固まっている。
「兄上・・・やったね! やった!!」
「ヒューレ・・・こ、これは違う、まさか当たるなんて・・・」
ちょうど後から来たヒューレがおもむろに詠唱を始めた。ロイドは動けない。
「『着火』!」
「ぐっうぉぉぉぉぉぉがぁぁ!!」
単純な火魔法をまともに受け全身を焼かれる。
「ふぇふぇふぇふぇふぇ!!!! 気持ちいいぃ! やったコイツもう死ぬよ!!」
「ぶ、なんだおまえ、こんなに弱かったのかよ!!!!」
その間ロイドはこれが現実とは思えなかった。
(このタイミングは計画的なものなのか? どうしてこんな弓を持ち込めたんだ?)
そう考えながら、神聖級魔法で『治癒』を発動させていく。
聖銅に神気を通さない性質は無いので神聖級魔法は発動できる。
「ブオ!? こいつ再生してるぞ! うわぁぁ、化物!!!!」
「ふぇふぇふぇ、ならもっと燃やす!!」
「おい!!!」
そこへ、騒ぎを聞きつけたのか騎士たちがやって来た。
「う、うわぁ違う! これは、違う!!」
「何が違うって・・・その弓は何だ?」
「これはそこで・・拾ったんだ!!!」
苦し紛れの言い訳をする二人を捕らえて、ルーサーが駆け寄ってくる。
「ロイド卿!」
「ルーサー・・・すまない、油断した・・・」
「やっぱり、まだ奥の手があったじゃないか」
「え?」
[ドシュ]
「「え?」」
唖然とするロイド。ブランドン、ヒューレも何がなんだかわからないと言った表情で呆けていた。
ルーサーの手には聖銅製の剣。
それがロイドの腹に突き立てられていた。
「ぐっ・・!! ッぐぁぁぁあぁぁぁっぁああぁッ!!!」
矢と同じく聖銅製の剣は魔力を阻害する。意識を失いそうになるほどの激痛に悶え叫ぶが、周りにいる騎士たちは助けには入らずただ見ていた。
「ど、どうして、ルーサー・・・仲間だろ・・・・」
「おめでたい奴だ。あんなことをして仲間だと? ふざけるなぁ!!!」
「・・・な、なに?」
ロイドには何の心当たりも無かった。
もちろん他の騎士に何かをしたとも思えない。
「お前はそういうやつだよ・・・気まぐれに正義を振りかざして後は知らん顔だ。お前が気付かないふりをしているならまだよかったんだ。だが、お前は本当に何も知ろうとしなかった!」
語気を強めるルーサーの姿勢は正しさを主張する者のそれだった。
断罪者としてこの場にいる者を代表するかのように見える。
「お前が五年前大規模な取り締まりを起こしたせいで、おとり潰しになった家にはおれの婚約者の家も含まれていたんだ!! こいつらもそうだ!! 親類や友人を失ったものもいる!!! ただ少し、大きなものに巻かれただけで、犯罪者にされたんだ!!! しかも、そのきっかけ造りをおれにやらせた!!! おれは何も知らされずお前の計画に加担させられた!」
五年前の一件でルーサーには学生の護衛と証人の護送を任せた。
冒険者と衛兵が山賊と通じていた証拠を王都に届ける手伝いをしたことで結果としてルーサーもこの大規模な検挙の一端を担ったことになる。
「婚約が解消どころか、彼女はおれが関わっていたことを知り、絶望して自ら首を吊ったんだ!!!」
謹慎中、王都の様子は父や来訪した貴族にも聞いていたが、おとり潰しになった家がたくさん出たことしか知らなかった。それが人の死を意味するとしても犯罪者が私腹を肥やしていたせいだと気にも留めていなかった。
「そ・・・それは・・・」
不正行為に巻き込んだのは大臣と迷宮都市伯。
加担するよう持ち掛けられて断れなかった者も多かっただろう。
しかし、その罪の線引きは難しい。
ゆえに神殿の法院がその裁量を担い、刑を王国が実行した。
酌量された者や、罰則金で済んだ者が大勢いたなかで、おとり潰しや死罪とは、一連の汚職の中心にいた者や、それを隠すために都合の悪い人物を排除してきた者ということだ。
つまり、ルーサーとその後ろにいる者たちは、大罪を犯した者の近親者や知人であり、その復讐心を抱くことやそれをロイドに向けることには何の正統性も無い。逆恨みに過ぎなかった。
それでもルーサーの心情では、きっかけを作ったロイドのせいとなっていた。
婚約者の家が不正でおとり潰しになったこと。
破談となった婚約者がしばらく会わない内に自分を恨んで死んでいたこと。
誉高い騎士である自分が、恥を掻き、恨まれ、将来が狂ったこと。
全てロイドのせいにした。
そして、自分に正義があると確信していた。
「あれからお前を見ていて思った。お前はいなくてもいいんだ。この世の中には白黒はっきりつける必要のないものがたくさんある。お前の存在と行動がそれまであいまいにぼかされてきた触れなくていい真実を明るみにして、それまでの理の中で生きてきた人を奈落へ突き落すんだ」
つまり、ルーサーは感づいていたのだ。
婚約者の家が法に反することをして資金を蓄えていたことを。
婚約者が死んだのは、そのことを知っているはずのルーサーがロイドを止めなかったことを裏切りと思い絶望したためだった。
だが、ルーサーがロイドの計画を知っていたとして止めたかと言えば、そうはしなかっただろう。なぜなら、山賊と冒険者と汚職兵を捕まえた結果、王国中の不正が明るみになるなど想像出来るはずが無いからだ。
加えて、ルーサーの頭の中にはその‟触れなくていい真実”のせいで自らと多くの少年少女の命が危険にさらされたことがすっぽりと抜け落ちていた。
「・・・ッ・・・ルーサー・・・」
だが、ロイドはルーサーの告発を止めるだけの主張をする気力が無かった。仲間だと思っていた男にここまで憎まれていたことがショックだったのだ。
「おれたちは静観し、少し口を出しただけだ。お前は人を見抜くのが上手いから苦労した。そして、これだよ。偶然を演出した。ただお前を殺せる舞台に殺したい人間を誘導しただけ。弓を置き、死角からの弓がお前の弱点であることをこの二人の前で話しておいた。まぁやらなくてもその都度別の場を設けただけだがな。まさか一回目で成功するとは思わなかったぞ」
「・・・! お、お前、俺様に殺させるために利用しやがったのか!!」
「お前の母親に許可は取ってある。その弓と矢はお前の母親が用意したものだ」
「ふぇふぇふぇ、兄上、こいつ死んだら、あのメイド好きにできるよね?」
「・・・ん? ああ、そうだな! おれが可愛がってやるよ! ぶはははははは!!」
「あいつのきれいな脚を魔法で焼いてやろうよ! どんな声で鳴くのか聞きたいんだ!!!」
薄れゆく意識の中で、愛する者が傷つけられると聞いて、本能的に攻撃をしようとした。
しかし、しびれ薬と聖銅のせいで身体の自由も魔力の操作もできない。
よって選んだのは無敵の神聖級魔法『神装域』
それが唯一、この場にいる者を制することのできる術だった。
[ドガっ!!!]
「ぐふぁ!!」
それが愚策となった。
目の前にいる魔導士に注意を向けない騎士はいない。
ルーサーに蹴り上げられて、発動に至らず。
ロイドはそのまま背後に広がる闇に吸い込まれた。
『落ちたら助けられない』
先ほど自分で言った言葉を思い出す。
「愛する者が傷つくことを想像しながら死ね」
奈落へと落ちていく中、自分を見る無数の眼で思い出したのは、かつて自分を刺した元上司の顔だった。
その下卑た笑いと同じ顔で見下ろされながら、ロイドは深い深い暗闇へと落ちていった。
2018/08/29
再校正しました。
主に、ルーサーの主張内容を詳しく書きました。




