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第十一話 夢心地



 最高の一日の始まりとは何か。

 

 それは休日の二度寝が許される状況だ。

 周りが働いている時、自分は惰眠を貪りベッドの住人となるのだ。


「ロイド様! 朝ですよ! 起きてください!」


 むう、休日に関係なくヴィオラは起こしに来る。しかし、これもいいか。


「おはようヴィオラ」


 せっかく起こしに来てくれた可愛い女の子に、今日は休みだから起こすんじゃないなどと、母親に言うようなことは言えない。

 朝にこんなに可愛い子に起こしてもらえる。

 なんて最高な始まりなんだろう。

 

「おはようございます、ロイド様。お着替えと朝食の準備ができておりますよ」


「ありがとう」


 いつもやっているやり取りだが、ニコッと笑う彼女を見ると今のこの生活が幸せであることを実感できる。


 かわいいメイドに世話を焼かれ、仕事は充実しており将来性がある。望んだ仕事に就けないのは仕方ないが、騎士の仕事もやってみたら案外やりがいのある仕事だ。剣の方は最近上達が見られないが格好が付かないほど下手でもない。生活に困ることも無く生活を脅かされることも無い。


 この危険な世界でおれは安全だ。魔法がある。神気がある。神の加護がある。


 初めこの世界に転生した時は、また長生きできないのだろうと思っていた。生きるにしても退屈で辛い毎日だけだと思っていた。


 しかし、努力が実を結んだ。めぐり合わせに恵まれた。挑戦が良い結果を生んだ。


 これが成功と言わず何と言うのだろうか?


「ロイド様、本日はどうされるのですか? 何かご予定は?」


「そうだな・・・」


 しかし、おれにも無いものがある。地位・名声・力・富の他に必要なもの、それは・・・


「ヴィオラ、おれは男としてどう見える?」


「え?」


「おれに縁談が無いのはなぜだと思う?」


 おれには婚約者がいない。

 まだ12歳なのだが、貴族の子供は大体15歳くらいで婚約が決まる。もう縁談の一つや二つあってもいいものなのだが何もない。

 おれはよその貴族の子供と違って爵位と仕事があり、魔法も使える。自分で言うのもなんだが見た目だって悪くない。優良物件と言えるだろう。

 それなのに誰からもお声がかからないのはなぜか?


「おれは同世代の知り合いが少ない」


 普通は貴族同士のパーティで紹介されるのだが、おれの場合仕事ばかりでパーティと言えば姫が参加する際に護衛でいたぐらいだ。


 他の同世代だと紅燈隊の見習いの娘たちやジーナ、魔導学院の生徒たちがいる。彼女たちとは仕事の付き合いなので親密にはならない。しかも最近皆ちょっと余所余所しいのだ。距離を感じる。


「ロイド様はどんな娘が好みなんですか? ヒースクリフ様は身分を気になさらないでしょうし、好きな娘にロイド様から縁談を申し込んだりは・・・」


 それができたら苦労は無い。

 おれの女性の好みはとても限定的だ。

 そして周りにそれに当てはまる人物はいない。

 なにせ人じゃない。


「これが好みの女性だ」


「・・・いつもロイド様が持ち歩いてる肖像画じゃないですか。実在する人でないと婚約は無理ですよ」


「いやぁ、実在・・・そうだよな、見た目じゃないよな、人は・・・いやでも人は見た目が9割というしなぁ・・・」


「誰ですかそんなことを吹き込んだのは?!」


「いや、でもヴィオラよく考えてみろ。身だしなみに気を使えない人、己の美醜を把握していない人はだめじゃないか? 逆に自分をよく理解できていてよりよく見せようと自然にできる人はそれだけでちゃんとしていると分かるだろう?」


「う〜ん、ある程度までは分かりますけど、それは綺麗好きかどうかがわかるだけで性格は違うんじゃないですか? 綺麗好きの悪い人だっていますよね?」


「おお、じゃあ人は見た目が9割は違うな。せいぜい5割ぐらいだ。表情や目つきに性格が出るのは実際そうだろうし」


「もっとわかりやすくこの娘可愛いなとか、この娘といると幸せだなとか感じたことありませんか?」


「ああ、それはいつも感じている」


 メイドと結婚。

 これはどうだろうか?

 別にいい気がする。世間的にはあまりないだろうがおれは世間の評価が欲しいわけじゃない。平穏無事にこのロイドとしての人生を謳歌してから天寿を全うできればいいのだ。それに必要な力は大体手に入った。この調子なら多少のことでこの生活レベルが落ちることは無いだろう。


 一緒に居て和むし、癒されるし、かわいいし、なぜ誰とも付き合っていないのか不思議なくらいだ。最近は美しさも兼ね備わって、ただ立っているのを見てドキッっとするほどだ。文字の読み書きもできるし、魔法も使える。貴族が結婚を申し込んできててもおかしくはない。


 ヴィオラが他の男と結婚する。改めて考えると嫌だな。やっぱりこれは・・・


「おれはヴィオラと結婚したい」

「・・・え! えええええ!」

「どうしてそんなに驚くんだ?」


 そんなに意外なことだろうか。

 顔が真っ赤になってオロオロしてしまった。さすがに12歳の子供ではだめか・・・くそ、も少し早く生まれていれば・・・


「わかりました!・・・覚悟を決めます」


 何のだ?

 そんなに深刻なことなのか?


「いや、ヴィオラ、もし嫌ならそう言ってもいいんだよ? 別に気にしないし。」

「そんな!・・・そうではないんです。私もロイド様のことは大好きです!!」


 ヴィオラは涙を流しながら微笑んだ。


 まっまぶしい!

 毎日見ている笑顔の何倍もかわいい・・・!


「・・・じゃあいいのか? おれと結婚しても・・・」

「とっても嬉しいです! ロイド様がそこまで私のことをお慕い下さっているなんて・・・でも・・・」


 いいことを言った後の『でも』は不吉と相場が決まっている。

 なんだ? 歳が10歳離れていることか? 大丈夫だ、おれの中身はもっと上だから! いやそれも問題かもしれないが、もはや歳のことを考えても仕方ないだろう。

 それとも身分のことか? 大丈夫だ、おれは元々平民だし、文句を言う資格があるのは父上ぐらいだ。父上は話せばだめとは言わないはずだ。

 いや、ひょっとして別の理由か? おれの知らない事情を抱えているとか?


「たぶん、他の女の子たちに嫌われます。特に姫様に・・・」


「なんだそれは?」


 他ってなんだ?

 どうして姫様が出てくるんだ?


「ロイド様、ロイド様は何でもできてご立派な方です。今の私があるのもロイド様のおかげです。でも一つだけ私から不満を言わせてください」


 ええええ! なんだ? こわい! こんな事今までなかったのに!!

 おれは何をしてしまったんだ? 全く心当たりがない・・・


「ロイド様は鈍感すぎます」


 ・・・・・鈍感?


 ・・・・・鈍感?


 ・・・・・鈍感?


 ・・・・・鈍感って何が?


「女性しかいなかった紅燈隊になぜ男性のロイド様だけ入ることになったのか。なぜ姫様はロイド様にあれこれと便宜を図ってくださるのか。陛下がそれをお許しになっていること、姫様とお部屋で二人きりになることがどういうことか。姫様の護衛の時間が他の隊員より長いとか、他の女性と一緒にいると姫様がちょっと意地悪になったりとか。あと・・・」

「もういいです! わかったから! すいませんでした!!!!」


 考えたことなかった―――――――!!!!!


 そうなの?

 姫様っておれのこと、す、す、好きなの?

 そうだ、子供だから全然意識したことなかったわ・・・

 

『記憶の神殿』をちょっと探っただけでそれらしき状況や反応が山のようにあったことが思い出される。


 やべ・・・

 これは、どうすれば・・・・


「ロイド様は姫様のことをどう思っているのですか?」


「今聞くの? さっきおれ、お前に告白したんだが・・・」


 姫はまだ15歳だ。

 どうと言われても可愛らしい女の子としか思えない。

 いろいろと気を回してくれるし、優しい子だ。

 例えばクラスにいたとしたら、絶対自分からは声を掛けられないだろう。向こうから話しかけてもらったらずっと覚えているはずだ。それぐらい、彼女との恋愛というのは現実的じゃない。


「例えばさ、職場の上司に子供がいて・・・」

「はぐらかさずに言ってください」

「可愛いです。いい子です。でも、恋愛感情は考えたことなかったです」

「そうですか・・・う〜ん・・・」


 ヴィオラは意外と結婚したらかかあ天下かもな。いや姐さん女房か。


「ロイド様、今日は休日ですし、丁度いいので王宮に行きましょう!」


「いやそれじゃいつもと同じ・・・」


 半ば強引におれは王宮に上り、姫に会うことになった。

 いや、どうすればいいんだ? どんな顔して会えば・・・このまま無策で向かっていいのか? ヴィオラと姫が修羅場に・・・





「先ほどロイド様に婚約を申し込まれお受けしました」


「負けたァ―――――」


 響き渡る姫の声。

 部屋に着くなり躊躇なくヴィオラは姫に告白のことを伝えた。


 いきなり何言ってんだ!?

 マズいぞ・・・

 これが女の戦いなのか・・・先制攻撃はヴィオラ、姫のダメージは大きそうだ。


「でも、姫様のことも可愛くて優しくていい子だって言ってました」


 どうしたいんだお前は!

 姫は突っ伏していた顔をぱぁと輝かせてこちらに迫る。


「ロイドちゃん・・・私・・・」


 姫がおれの手を握って眼を見つめてくる。

 ウルウルとした瞳に吸い込まれていきそうだ。

 金髪の美しい女の子にここまで好意を寄せられて意識しないなんてできるはずない。

 おれは姫のことを5年も見続けてきてこの想いに気づかなかったなんて、バカ野郎だ。

 もはや自分の気持ちがわからない。

 『記憶の神殿』には姫の記憶がたくさんある。

 どれもいい思い出で、それは姫のおかげでもある。おれを自由に他の部隊に紹介してくれた。きっと、いろんな煩わしい妬みや嫉妬も姫様の庇護のおかげで大事にいたっていないんだ。

 

 でも、おれはヴィオラに告白をした。


「ひ、姫様いけません・・・!」

「私はだめ?」

「だめって・・・姫様・・・」


 今告白したばかりなのにこれは浮気だ!


「ロイド様、私のことは気になさらないでください。初めからロイド様の妻になれるなんて思っていません。私はただのメイドです。ロイド様には姫様のような高貴で美しい方がお似合いです」


 どういうことだ?

 ヴィオラは初めから・・・


「お願い、私は一番じゃなくてもいいから・・・!」


 ええええ!


「ロイド様、一国の姫をないがしろにしてはいけませんよ!」


 なぜ追い詰める・・・くそう・・・

 こんな美少女たちの板挟みになるなんて・・・!

 

 なにかないか?


 この状況を打開する策、魔法は・・・神様・・・


「あう、あうう・・・」


 無かった、おれには二人とも幸せにするという甲斐性も、どちらかに決める度胸も無かった。死にたい。

 

「ああ、ごめんなさいロイドちゃん!」


「すいません! ロイド様は鈍感だし、姫様は回りくどいのでこうした方が早いかと・・・」


 策士!ヴィオラおまえはそんなやつだったのか!

 おれは床に突っ伏し起き上がれなった。


 というか、いつの間に姫とヴィオラがここまで・・・

 

「マイヤに相談したの。でも全く私の話がピンと来てないみたいで。ヴィオラに相談したの。そしたら協力してくれるって・・・」


 姫様は落ち着きを取り戻しつつも顔を赤らめてもじもじしながら答えた。

 そうか、ヴィオラも姫とおれが告白したせいで板挟みに・・・

 

「私が考えるのはロイド様の将来です。姫様とご結婚された方がいいです! ロイド様の私が好きと、私や姫様がロイド様を好きなのはたぶん違う意味ですから」


 あはは、と笑うヴィオラの顔は笑っているが、今朝のような輝きは無い。


「ああ! ごめんなさいヴィオラ、あなたのことまで考えず、自分のことばかり・・・」


 辛い。いたたまれない。どうしてこうなった・・・?

 おれこそ自分のことばかりで、二人の気持ちに気づいてやれなかった。そう、おれは自分の為に生きてきて、これからもそうだと思い込んでいた。でもいまのおれなら自分以外を優先しても大丈夫なはずだ。何のための力と名声だ。

 姫の気持ち、ヴィオラの気持ちを優先して考える。

 

 

 ここで、やらなきゃ男じゃねぇ!!


「姫様」


「はい・・・」


「これが私の理想の女性でした」


「・・・こ、れは、そう・・・私じゃあ初めから無理だったのね」


 神、エリアスの肖像を見せる。

 それは人の美しさとは別次元だ。


「おれがこの人を理想に思っていたのは見た目だけではありません。困っていたおれを、助けてくれたのです。それも、助けてもらわなければ全てを失っていたほどのことだったのです。そして彼女に教えられました。魔法の知識を、です。それがあるからこそ今のおれがあります。彼女はおれの理想であると同時に恩人でもあるのです。」


 黙って聞いてくれる姫とヴィオラ。おれは本題に入る。


「おれはこの人への想いを残したまま先ほどヴィオラに告白をしました。つまりおれはすでに二股をかけた最低な男です。ヴィオラは違うと言いましたが、おれの彼女への気持ちは姉弟のようなものではありません。それでもこんな男がいいというのですか?」


「甘く見ないで。その程度のことであなたのことを見下げることなんてないわ。ずっと見てきたのだもの。そんな質問をするのはあなたの誠実の証でしょう。いいわ。あなたのことはすき、だけど・・・あなたを不誠実してしまうくらいなら・・・私が引きます」


「そんな、だめですよ姫様!」


「いいのよヴィオラ、私と結婚してもロイドちゃんには重荷に・・・グスッ・・・うぅ・・・」


[ボッ!]


「「ッ!・・・え?」」


 おれはエリアスの肖像を燃やした。


「三股はしませんが、いずれにせよ二股の不誠実な男です。それをお許しいただけるのであれば、おれは二人を全力で幸せにすると誓います。姫様、ヴィオラ、二人ともずっと一緒でそれぞれに恩がある。どちらか優劣をつけられない優柔不断な奴ですが、おれと結婚してください!」


 二人ともポカンとして互いに顔を見合わせている。


 おれのダメ男発言を聞いた彼女たちの顔はまぶしい輝きを取り戻していた。


 その日は人生で最高の一日となった。


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