第十話 大団円
ロイドとハイウエストのマイヤを賭けた戦いが始まった。
それと同時にロイドは魔力を込めて魔法を放とうとした。
「うわ!」
それよりも早く、ハイウエストは手に持っていた槍を投げ、それは一直線にロイドに向かった。かろうじて避け、態勢を崩したもののまだハイウエストとの距離はある。しかしそれがロイドの油断を誘っていた。
[ばぁん!]
破裂音とともに何かが宙を舞った。
「しまった! 魔力阻害か!」
槍に仕込まれていた細かい魔石を砕いた結晶が宙を舞う。
これには魔力をコントロールできにくくする効果がある。それはほんの一瞬だがハイウエストが距離を詰めるには十分な時間だった。
(は、速い!)
『鬼門法/気門法』を駆使した全力のダッシュはスピードに乗ったオートバイ並みのスピードと追突力を有していた。
ロイドは制御の難しい魔法をあきらめ、単一行程の基礎級魔法『気流』で空中に漂う魔石の結晶を払い、接近してきたハイウエストの剣に魔法で対処しようと身構える。しかしロイドは思わず剣を抜いて受け、その勢いを殺せず後ろにたたきつけられた。
「何!」
「ロイドちゃんが・・・」
試合開始早々、ロイドまで辿り着き一撃を入れたことに驚くマイヤたち。
(パワーアシストも用意するべきだったか・・・)
ロイドの対応が遅れたのはハイウエストの剣がレイピアのように細く鋭いものだったからだ。腰に付けた剣ではなく初めから手に逆手で持っていたため抜刀が無い分速かった。
おまけに細いというのにその重みはロイドを吹き飛ばすほどだ。これはただの鉄ではなく希少な神鉄を混合したことで可能となる。
吹き飛んだロイドに魔法を撃つ暇を与えることなく間を詰め、速い攻撃を続けてくる。
それを躱そうとするが上手くいかず剣が鎧を掠めていく。
(この剣はなんだ? 見たことのない戦い方だ!)
ピアースに叩き込まれたあらゆる戦闘スタイルの中にも同じものは無かった。それもそのはず、このレイピア状の剣を使ったスタイルはこのローア大陸のものではなく、海を渡った先にある帝国のものだからだ。
初めて見るそのスタイルに対する動きは平凡なものだった。
冴えが無く見切りができない。
(仕方ない・・・!)
ロイドは構えを逆にし、剣を右手で持った。
「む!」
それまでギリギリで躱すことしかできなかった連続攻撃を最小限の無駄の無い動きで捌き始めた。
剣神の加護を持つ右手は直感的動きをより正確にできる。
ロイドも半身となり剣を前に突き出した状態で切先を交差させる。
速さと手数はハイウエストに、受け・捌きの正確さはロイドに軍配が上がった。
「ぐっ・・・この!」
焦ったせいで連撃は単調になり始めた。そこを捌ききってロイドは試合が始まって初めて態勢を整え、魔法を発動する猶予を生み出せた。
発動させるのは『風圧』
距離を取るためだ。
「させん!」
「うお!?」
しかしそれを読んで、ハイウエストがレイピアを投げた。
騎士が剣を投げることを予測できなかったためにそれはロイドの鎧に当り態勢を再び崩させた。
ならばと、ロイドは剣を振りかぶって攻めに転じた。
レイピアが無ければ息もつかせぬ連撃は繰り出せない。
「甘い!」
脇腹に入ったと思った一閃は途中何かにぶつかり弾かれた。
「ぐはッ!!!」
大きな隙ができカウンターの膝蹴りが決まった。
(なんだ? 剣を逆手に持って・・・背中越しに剣で弾いたのか・・・!?)
ハイウエストはレイピアを投げると同時に剣を抜き半身で剣を隠し、隙ができていると見せて攻撃を誘った。それを正面ではなく背後に逆手で構えた剣で受け、密着した状態でカウンターを入れたのだ。
これもロイドが知らないスタイルだった。
帝国からさらに東の小国家群で使われるもので、正統派な正面での斬りあいの中にからめ手を混ぜる対人特化の剣術。先ほどの技は〈背刀〉と言われ、背を経由して剣を運び翻弄したり、剣を隠してわざと攻め込ませる基本動作である。
「っ! この感触・・・魔法で防いだか!」
防いだというより半端に発動しかけていた『風圧』を使って後方に飛んで威力を殺そうとしたのだが、カウンターだったためダメージは大きかった。
しかし、ここで攻撃が止まり今度こそ猶予が生まれた。
ほんの一瞬の間。ハイウエストは手ごたえが軽かったためすぐに追撃の態勢に入っていたが、それでも距離を埋めるほんの少しの間ができた。
ロイドが選んだのは魔力を少ししか込めていない『気流』だった。
当然それで止められるわけも無い。
しかしもう一つ気流が合わさると『突風』になり、動きを一瞬止められた。
さらにもう一つ、もう一つと徐々に風の束は多くなり強くなる。
「小賢しいぞロイド卿!」
風は霧散した。
ハイウエストの剣は聖銅製で、魔力を通さない性質がある。パスを斬られることでコントロールを失った『突風』は吹き続ける事無く自然に消滅したのだ。
しかし、ロイドは魔法を複数同時に扱える。この時、発動したのは『突風』だけではなかった。
『成水』―『水流』―『水流』
水を生み、一部を固定、一部を回転させる。
この三工程で空中には高速回転する水が生まれる。高速回転による気化熱で冷やされたただの水を次々とかぶせる。
パキパキ・・・
『突風』で冷やされた甲冑に冷やされた水がかぶさり、鎧にはシャーベット状の氷が付いた。
「これで『鬼門/気門法』は使えないでしょう?」
運動能力である以上、運動機能を阻害すれば使えなくなる。元々長時間の使用ではなく一瞬の切り札的技術だ。体温を奪われれば動きは緩慢になり瞬間的な力の上昇は出来ない。
「まさか、『鬼門/気門法』を封じてくるとは・・・」
「残念ですが手加減できなかった、と捉えてください!」
ロイドは剣を突き付けた。
勝敗は決した。
動きが鈍った騎士が魔導士に勝てるはずが無い。
誰もがそう思ったその時・・・
「・・・!?」
(体が動かない?)
ハイウエストの眼を見た瞬間、ロイドの身体を寒気が駆け巡り、硬直した。
ハイウエストは突き付けられていた剣を瞬時に奪い、その剣で逆にロイドを追い込んだ。
「・・・参りました・・・」
気門法の応用技。
肉体の強化ではなく、殺気や気合を眼に集中させる技術。これは獣人族の〈捕食眼光〉という体技。射竦められたものは恐怖で身体が強張る。
剣を奪ったのは手首の関節、指の関節を取り武器を持てないようにする拳闘家の技。
「はぁはぁ・・・勝った!・・・・よっしゃあぁぁぁぁ!!!!!」
「「「「おおお!!!」」」」
ロイドに勝った瞬間演習場に来ていた紅燈隊、蒼天隊、そのほかの騎士ややじ馬たちが歓声でハイウエストの勝利を称えた。
「すごい! 勝ったわ! あのロイドちゃんに、ハンデありで!!!」
「そうですね・・・これは、意外ですね・・・人がこうも変わるとは・・・」
「あなたが変えたのでしょう? 責任をお取りなさいな」
「責任ですか・・・」
ハイウエストはマイヤの方へ歩いて来て剣を突き立て跪いた。そして興奮した様子で観覧席にいるマイヤに届くよう叫んだ。
「マイヤ、身分の壁は無く、力は証明したつもりだ! あとはお前の気持ち次第!」
これまで身分をかさに着たいけ好かない輩と、色眼鏡で見ていた彼女は眼下で跪いた立派な騎士と初対面な気がした。
「・・・その、ご苦労でしたね。それに素晴らしい戦いぶりでした」
「おれと結婚してくれ!! 幸せにすると騎士の誇りに懸けて誓う!!!!」
聴衆の面前で告白を受け困惑しながらも、まっすぐな気持ちに心が動いた。
「・・・こんな行き遅れの大きい女を嫁にもらうとはもの好きですね・・・」
「おれが惚れたのは直向きで、芯のある、気高くて美しい女だ。そんな女を愛する資格のある男は限られている!不足かもしれないが、もうおれで我慢したらどうだ!?」
マイヤは顔を真っ赤にしながらも微笑んだ。
「そうですね・・・ではお言葉に甘えて・・・・私を幸せにしてくださいね」
「・・・!・・・・あは、はは・・・約束する!!!!!」
こうして、マイヤとハイウエストの婚約が成された。
[パチパチパチパチパチ]
その瞬間、演習場中から拍手と祝福の声が上がった。
姫は涙を流して祝福した。
ロイドや他の紅燈隊メンバー、蒼天隊とシャルル王子も祝福した。
「おめでとう、マイヤ! 幸せになってね・・・」
「姫様・・・私があなたの騎士であることには変わりありません。どこに居ても、どんな時も私は・・・」
「マイヤぁ!」
二人は抱き合い、互いに言葉にならない気持ちを交わしながらしばらくそのままなごりを惜しんでいた。
「まさか、お前が負けるとはな・・・」
役目を終えたロイドに話かけてきたのはルーサーだ。
「恥とは思わない、あの人が強かった。それにいいものを見せてもらった。きっと自分にできることを探しては身に着けてを繰り返し、自分を高めてきたんだろうな」
通常、一つの流派の技を身に着けるのには相応の時間が掛かる。
身に着けた技を実戦で使えるようにするにはさらに時間を要する。
そして、異なる流派、異なる体系の技を戦いの中で織り交ぜるのには多くの経験が必要となる。
ハイウエストは『超越者』では無いかもしれない。
だが、誰よりもがむしゃらだった。
それは、ただ憧れの存在に近づくために。
「お前だって同じだろう? 本当は奥の手があったんじゃないか?」
「いや、完敗さ。しいて言うなら鎧が万全ならってとこかな。パワーアシストが付いていたとしてもあのスピードには対応できたか分からないけど」
「・・・そうか。ちくしょう・・・おれはお前が勝つ方に賭けてたんだぞ? なんか驕れ!」
「それは知らん!」
(これから忙しくなりそうだ・・・マイヤ卿の穴を埋めるのはむずかしいしなぁ・・・でも・・・)
幸せそうな二人の姿にロイドはいい仕事をしたと、充足感を得ていた。負けたことや今後のことは今はどうでもいい。
「お幸せに、マイヤさん」
◇
数日後。
「結婚しても仕事は続けることになりました」
「「「「「えええええええ!」」」」」
公爵家の嫁にやるべき仕事は特に無いので騎士を続けても全く問題ないとのことだった。
特にマイヤは〈陽光の騎士〉と呼ばれ王国でも騎士の象徴のような人物なので、騎士の称号は保持したままにされた。紅燈隊の名誉隊長として在籍が許されるという特別措置がなされた。
「それは今までとどう違うの?」
「私には仕事の要請が来ません。自己判断でやりたいときにしていいということらしいです。隊長は別に擁立してもらう必要がありますが姫様との関係は変わりません」
「よかった〜!・・・でも今までの葛藤は何だったの?」
「ハイウエストも陛下に口添えをしてくれたのです。私を屋敷に閉じ込めてはもったいないからと」
「ふふ、そうね。仕事のできる人には働いてもらわないと」
「しかし、ずっとではありませんよ。次は姫様の番ですから。ロイド卿が姫の御傍にずっといられるようになるまでの代わりです。なのでお早くお願いします」
「なら、今度は恋の相談にものってくれるわよね?」
「仰せのままに。何でも聞いてください」
その後王宮内はマイヤ・ロスとハイウエスト・ロスのため焦り始めた騎士たちによる婚活が流行り出した。
◆
しかし、その空気の中、異質な空気を纏う者たちがいた。
彼らにはこんなお気楽な空気はなじまない。なぜなら彼らには実行すべき計画があるからだ。
「奴の弱点が割れた。図らずもハイウエストがそれを証明してくれた」
「人、金、策がそろった。実行の時は近い」
「すべてはあのガキに報いを受けさせるために・・・」
暗く淀んだ感情は楽観的空気に紛れて誰にも気づかれることはなかった。
それはロイドも例外ではなく・・・
ロイドは身近にいるその者の顔を見ても気づくことができなかった。
その顔が己の天敵特有の下卑た笑いを含んでいることに・・・
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