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第九話 青二才



(どうしておれがこんな目に・・・?)


 かつてマイヤと入団試験を行った演習場でロイドはハイウエストと向き合っていた。


「巻き込んで済まない。だがおれは引くわけにはいかない。君に勝ってマイヤはおれがもらう!!」


(どうしておれがこんな目に・・・?)





◇ 

 ―――――時は遡ること数時間前。


 姫の部屋にマイヤが来ていた。

 カーマイン公爵から縁談が来ていることを伝える為だ。

 部屋に姫と二人で、何かを察したマイヤが話を中々切り出せずにいる姫に代わって話し始めた。


「そのご様子だともう知っているのですね?」


「え? 何のこと?」


「隠さなくても良いのです。私に来た縁談のことをお話になる気だったのでしょう?」


「マイヤ・・・もう知っていたの?」


「はい、すでに私の所に知らせが届いておりました。」


「それじゃあ・・・マイヤは結婚するのね・・・おめでとう・・・・」


 姫はもう精一杯祝福するしかないと覚悟を決めた。

 寂しい気持ちはあっても会えなくなるわけでない。


「いえ、しませんよ? 私の身分が上がった途端に申し込んでくるなんて地位が目当てに決まっていますし、私は出世や家柄に興味はないですから。」


「・・・そうなの? でも・・・・あなたの身分が上がったことで結婚が現実的になったからこのタイミングなのかもしれないでしょう?」


「現実的に? 姫様は誰の話をしているのですか?」


「誰って、あなたこそ誰の話をしているの?」


「私はてっきり実家の隣接領地の諸侯の話だと・・・縁談の中身は政略結婚ばかりだったので断りました」


 マイヤの両親が治める領地と下級伯爵の地位を狙った周囲の下級貴族がすぐさま縁談を申し入れてきたのだ。それをマイヤはきっぱりと断った。


「そう! それよ! 私も断った方がいいと思っていたのよ!」


「・・・姫様、何か隠していますね?」


「・・・ちょっと待って長考します」


「どう答えようと姫様のウソはすぐわかります。昔から周りを振り回すのがお好きでしたよね?」


 システィーナ姫は大人を動かすのが得意だった。

 笑顔とちょっとした話し方の印象、そして話すタイミングによってノーをイエスに変えることができると子供のときから知っていた。そのためずっと傍に仕えてきたマイヤは姫の真意を見抜くのが誰よりも上手くなっていた。ただしこれは姫に対してのみである。


「・・・そうね、どうせ聞くつもりだったから聞くわ。マイヤはだれか心に決めた人はいる?」


「すいません姫様、恋のお悩みでしたら私では力不足です」


「そうじゃなくて、今あなたが想いを寄せる人がいないかと聞いているのよ!」


 マイヤは質問の意味を理解して困惑した。

 いたらここまで独り身を貫きはしていない。

 最後に誰かに魅力を感じた時のことを思い出す。

 しかし周りにマイヤが惹かれるような未婚の男は中々いない。それでいて自分より強い男となるとなおいない。

 マイヤは記憶を遡る。


「う〜ん・・・・しいて言えば、と言うと失礼ですが、ロイド卿ですかね?」


()()()()!? けんかを売っている、そうなのね!!?」


「いえ、すいません! 単に私より強い男だと周りにいるのがロイド卿くらいしか・・・いえ、何でもありません!」


「これは・・・心配だわ」


(このままだと一生彼女は独身・・・あなたより強い人なんてそうそういるはずがないじゃない! これは私の都合なんて考えずさっさとハイウエスト卿にもらっていただいたほうが良いのではなくて?)


「それは聞き捨てならないな!」


 バーン! と姫の部屋に無断で飛び込んできたのは慌てた様子のヴィオラだった。

 むろんセリフは彼女のものではない。


「申し訳ございません、姫様!迷っていたらハイウエストさんが案内してくれて、あの・・・」


(ヴィオラぁ―――天然かッ!!!!? どうしてこのタイミングで呼んでもいない当事者を連れてくるの!? わざとなの!? どっちなの!??)


「・・・驚かせた自分が言うのもなんだがノックをして返答を待ってから開けた方がいいよ? メイドなら特に・・・」


「ああ、すいません! 姫様! ヴィオラ入ります!」


 ハイウエストは思わず室内から聞こえてきた会話にドア越しで答えてしまったが入るときはノックをするつもりでいた。


「全くその通りだが、ハイウエスト、聞き捨てならないとはどういうことだ?」


「貴殿より強い男ならここにいるということだ!」


「そうか? ああ、そうかもしれない」


「ええ? なら、ハイウエスト卿となら・・・」


「は? この男ですか?」


 マイヤは明らかに嫌そうな顔をする。


(え? なんで、そんなに嫌そうなの?)


「確かに今は立派ですが、私はコイツを昔からよく知っているのです。この男は――――」




――――――遡ること十数年前




「お前田舎の貧乏貴族の出らしいな? そんなでかいと嫁の貰い手もいないだろう?」


 


 これがハイウエストがマイヤにかけた第一声だった。


「放っておいてください」


「おい貴様、カーマイン家のハイウエスト様を知らないのか!?」


「無礼だぞ! この、田舎者が!」 


 当時マイヤは17歳の従騎士。

 ハイウエストは13歳の生意気な盛りな上に家が公爵家であることを利用してわがままし放題の典型的な親の七光りだった。

 遊び気分で剣を振り、親のコネで騎士養成所に入った。

 

 そんな有名人を知らないはずがない。

 

 でかい自分は騎士爵でもない限り嫁の貰い手どころか食べていくこともできないだろう。

 まじめなだけが取り柄の自分では食堂の給仕でさえ愛想よくできない。

 

 だから、マイヤはハイウエストとは関わり合いになりたくなかった。

 唯一残された騎士の道を阻む者。それに対し容赦をする気はなかったが、公爵家の次期当主を怪我をさせたら自分だけでなく実家にも迷惑がかかる。

 

 そっけない態度がつまらなかったハイウエストはマイヤを挑発した。


「なぁ、王都での暮らしにしがみ付いて騎士の真似事か? なんならおれが引導を渡してやろうか? おれに勝ったらこの剣をやるぞ。売れば生活の足しになるだろう?」


「侮辱しましたね。いいでしょう。正式な演習の下でしたら受けて立ちます」


 こうしてマイヤの挑発に成功したハイウエストは勝つ自信があったわけではなかった。ただ相手が勝負に乗ることが目的だった。


(おれに勝ったらコイツの家を出しに使って遊ぼう)


 負ければ親の権力をちらつかせてどうとでも罪をねつ造できる。それを傘に着て脅せば言うことを聞くおもちゃにできると考えていた。


 


 しかし、そんな親の七光りが下種な考えを抱いていたのは演習試合までだった。




 「勝者、マイヤ!」


 多くの騎士見習いが見守る中、マイヤはハイウエストを完膚なきまで叩きのめした。それは負ける気があったハイウエストにしてみてもあまりに情けない負け方だった。

 

 マイヤは一歩も動かず()()()()()()()()

 曰く、経験者であり歳も上なのでハンデが必要という理由。

 これではあとで言いがかりが付けづらい上に負けたら男として恥ずかしい。

 そこでハイウエストは本気で剣を振った。

 結果手も足も出ず、より恥ずかしい結果になった。


「おのれ・・・絶対に見返してやる・・・!」


 それまで甘やかされることしかせず、悔しい思いなどさせられたことのなかった軟弱者は以来マイヤにリベンジを誓った。


 しかし、親の七光りで見習いになったので、実力はおろか、才能も無かった。甘やかされて太り気味な身体は動くことを拒否し、軟弱な精神はサボることを常に考えさせる。


(どうしてあいつはあんなに頑張れるんだろう?)


 マイヤは背が大きい。これは戦いでは有利だが一定のレベル以上になるとただの的になる。速さが追い付かなくなるからだ。重い身体は体力の消費も大きい。マイヤは他の子よりも何倍も努力しなければならなかった。


 人の努力をあざけるのでは無く感心できるようになったのは彼も努力を覚えたからだった。


 

 二年が過ぎた。

 ようやく騎士らしさが身に着いた時、マイヤはすでに騎士となっていた。第一王女の護衛騎士を創るため増員がありその試験に合格したのだ。


(すごい! あいつ本当に騎士になりやがった!)


 もはやその時にはハイウエストの中に甘えや邪な考えは無くなっていた。

 辛い訓練を受け、才能が無くとも努力することで次第に認めてくれる仲間も出来ていった。

 自分が変わるきっかけを作ってくれたマイヤのことをいつしか騎士の手本として尊敬し、マイヤが騎士になれた時には自分のことのように喜んだ。するとそれまで女として意識していなかったマイヤが他の女子に比べて美しい相貌であることに気づき始めた。


 その時には完全に惚れていた。


「おれと勝負しろ!」


 ハイウエストはマイヤにまた勝負を持ちかけた。今度は嫌がらせや不純な動機ではなく、自分を認めてもらうためだった。男として相応しい相手だと証明しようとした。


「またですか・・・はぁ・・・」

「おれは2年前とは変わった。以前のようにはいかない! それで、もしおれが勝ったら、お前を・・・おれのものにする!」


 それは愛の告白と同義だったが恋愛と無縁なマイヤには届かなかった。

 

(言いなりにさせるために力づくでとは・・・騎士の風上にも置けないですね)


 結果は以前よりもひどかった。

 マイヤは以前よりはるかに強くなっていた。本気のマイヤに撃ち込まれてぼろ雑巾のようにされてしまった。訓練のおかげで多少粘ることができたせいでより長く攻撃を受けてしまったのだ。


「うう、あきらめんぞ・・・」


 しかし、マイヤに対する気持ちを阻むものが力とマイヤ本人以外にもう一つあった。

 身分の壁である。


 この時ハイウエストは15歳。公爵家の次期当主で、騎士を目指し努力する青年には縁談がたくさん舞い込んだ。


「父上、おれには心に決めた相手がいるんです。」


「何? 良い縁談が来てるのだぞ? それを断るほどの相手か?」


「リーグ家のマイヤです。」


「・・・ほう!・・・・・それはだれだ?」


 19歳の騎士には婚約を申し込むだけの魅力が無い。父のカーマイン公爵は息子の意見を一蹴した。


 15歳のハイウエストは自身が公爵家の生まれであることを呪った――――――






「だが、今や身分の壁は無く、力を証明するのみ」


「それで私が呼ばれる理由がよくわかりませんが・・・」


 時は戻り、演習場。ハイウエストがここまでの経緯を説明したがロイドが相手をする理由は抜けていた。


「マイヤ卿が私の名前を挙げたと言っても、私を倒すことがあなたの力がマイヤ卿より上だと証明することになるでしょうか?」


「なるさ。少なくともマイヤ卿と周りはそれで納得する」


「まぁ、別にいいんですが。ただ私は人の多いところでは全力を出せません。それでもいいんですか?」


「え? そうか・・・それは困ったな。・・・では距離をとって、互いに壁際まで離れて開始でどうだろうか?」


「いいですよ」


 魔導士と距離を空けることは大きなハンデとなる。

 それを演習場の端から端となればハイウエストはロイドと斬りあう前に何度も魔法を一方的に受けることになる。

 

 ロイドはハイウエストの恋路を邪魔する気は無かった。

 マイヤが良識があり、信頼できる仲間であるのに対し、ハイウエストとの交流は希薄。

 しかし、王国の次代を担う、王子の護衛の長をロイドはずっと尊敬していた。

 

 王宮騎士団の近衛騎士長だからではない。


 それだけの地位、公爵家という血筋があって、ハイウエストには嫌味な部分が無く、下の者にも気さくだ。そして、口車にあえて乗って不利な状況も受け入れる潔さ。


 それは恐らく、マイヤの影響。

 彼は血筋や才能を超越し、自ら天敵である魔導士を相手とし、自らの気持ちを証明しようとしていた。



 だからこそ、手を抜いては意味がない。

 ロイドは勝つ気で容赦なく距離を取り臨戦態勢に入った。



「あら? 二人とも距離を取って・・・ええ? あんなに離れて、ロイドちゃんに勝てるのかしら?」


「・・・難しいでしょう。ハイウエストは魔法の才能は全くありませんし、正直、昔戦った時の印象が何もないので剣の方も人並みかと。あの時から態度は騎士らしくなりましたが、実力が伴っているかどうか・・・」


「厳しいのね・・・昔のことは誤解だったということがわかったでしょう? それにマイヤも鈍いと思うわ。あなたとロイドちゃんて実は親戚だったりしない?」


「そ、それはロイド卿に失礼ですよ、姫様。彼は聡明です」


 ハイウエストに疑心を抱いているのはもはや宮中でマイヤぐらいのものだった。

 マイヤはハイウエストが十五歳の時すでに心を改め、騎士道に準じてきた所を見ようとしなかった。

 女性に言い寄られてもずっと結婚しないのは、身を固める気がないからだと勘違いし、シャルル王子の護衛に選ばれた時はコネを使ったのだと思い込み、騎士長に昇格した際は平凡な実力に見合わないことを増々疑った。


(私の思い違いだったのか・・・・? 私が鈍感だっただけ?)



「いずれにせよ、ハイウエストが本物の騎士かどうかはここではっきりします。力と運で勝るしかロイド卿には勝てません。その力も決して弱くはありません。運も持ち合わせています。ハイウエストがここからロイド卿に勝てるとしたら、見直すしかありません」




 ロイドは特に構えることも無く自然体で開始の合図を待った。

 ハイウエストは手に持った槍を構える。


「それでは、演習試合開始!」


ブクマ・感想お待ちしています。

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