第八話 恋煩い
15歳の女の子ともなれば恋の一つや二つ経験していて当たり前。
私の場合は12歳の時だった。
彼と出会ったのは10歳。それから思いは募り、いつしか大きくなる彼の存在感に私の心は掴まれていた。
(もうこの人しかいない!!)
その確信があった。
子供の恋愛ごっことは違い私は今でも彼のことを思い続けている。でも彼は私の気持ちに気づかない。というより私と彼の間には大きな壁があるのだ。
それは主従の壁。
彼は私に仕えている。だから友達というわけでもない。気さくに話すことも無く、彼は私と話すときはいつも他人行儀で余所余所しい。
あくまで仕事で仕えているだけで、女の子としての私には興味が無いようだ。
それでも振り向かせようとあらゆる努力をしてきた。
しかし、彼は私だけでなく周りの女子からも好意を寄せられている。彼の周りに女の子が多いというのもあるのかもしれないけど、少なくとも皆が好感を持って彼に接している。彼には魅力がたくさんあるけど一番は優しいところ。思いやりがあるところだ。
こういうのを市井では天然のジゴロというらしい。
そういうわけでライバルが多い。
大抵は私が牽制すればあきらめる。
でも中には手ごわい者もいる。
私に彼との仲を認めてくれるように直訴に来る者がいるのだ。
それを突っぱねるのはいざとなると難しい。
なぜ駄目なのかと正直に聞かれても、彼が好きだからとは言えない。
なので、そういう話が来る際はとても念入りに準備をする。
「失礼いたします。姫様、突然の謁見をお許しいただきありがとうございます」
応接の間にやって来たのは、公爵家の当主。つまり私とは遠縁の親戚にあたる。それでも私は手を緩めはしない。彼に見合う娘ならば私が身を引けばいいけど、今のところ彼を欲しがるのは彼の才能と将来性に投資したいという打算的な人たちだけ。私とは彼に感じる魅力が違う。
「カーマイン公爵、私こう見えても忙しくてよ?お話があるなら前置きは結構ですから手短にお願いしますわ。」
この時の私は最高に嫌な女。
何が、「忙しくてよ?」だ。
特に急ぎの用などないとういうのに、来客を急かして焦らせる。こうして本音が出るように追い詰めるのだ。それでもやるしかない。全ては恋のため。
「は、はい・・・実は、本日は縁談の話を・・・あ、いやもちろん姫様にではなくですね、姫様の騎士にですのでまずですね、姫様に置かれましては、恐縮ですが、そのお話をご本人にする許可をいただきたいと・・・」
それきた。
要領を得ないけど、彼に縁談を持ってきたということね。
はて・・・? でも公爵の娘はもう結婚していなかった?
・・・まさか、二番目の夫にしようというの? 私の好きな人を!?
「あ、あの、勘違いでなければ、公爵のご息女はすでにご結婚されていたのでは?」
「は・・・はい? 娘は結婚していますが・・・・・・それが何か?」
ええ?
何が問題か分からないの?
なんて厚かましいぃ!
「公爵、確かに彼はあなたから見れば低い身分の生まれですが、その才覚、人格、能力はすでに王国随一ですわ。魔導士としては宮廷魔導士をしのぐ実戦力となり、騎士としても努力を怠らずその姿は才覚にだけ頼らない愚直な精神を体現し、皆からの信頼も厚く、皆が彼に意見を求め、それに貴賎を問わず返し、多くの者を導き、成長を促し、多大な評価を受けても謙虚に、驕らず、常に前を向いて前進し続け、新しい革新を生み出し、その精神性はもはや尊いというより神聖なものとさえ見える、そんな、まだ12歳でこれからも王国に様々な恩恵をもたらすであろう私の大事な騎士をあなたの娘の二番目の夫に収めたいなどと虫がいいを通り越して不敬です! 大罪です! そんなことを許すくらいなら今すぐ私がロイドちゃんと婚約します!!!」
「・・・・・・・・ハッ! あ、いや、そのロイド卿ではなくマイヤ卿に私の息子をと・・・」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、・・・・え?」
「「プッ!・・・くふぅ・・・」」
護衛に笑われた!!!
むぅ・・・テトラとナタリアに聞かれるなんて・・・この二人はおバカだから口を滑らしそうだわ。後で念入りに口止めを・・・・・ん? 今カーマイン公爵の口からマイヤと聞こえたような・・・
「不肖の息子ではありますが、28歳で未だ独身なのは頑なに思い人をずっと慕い続けているからなのです。今までたくさんのご令嬢たちに縁談をいただきましたが首を縦に振らず、もうあきらめていたのですが、昨日突然息子から縁談を申し込みたい令嬢がいると聞き、それがどうやらマイヤ卿のことなのだそうで、こうして姫様にお許しをと」
「そう・・マイヤに・・・そう・・・」
マイヤに縁談・・・!
これは・・・どうなの?
全く想定していなかったからどう返答していいのかわからないわ・・・
「ちょっと、マイヤと相談させてくださいますか?・・・それと、ご子息の詳しい経歴・・・・カーマイン公爵のご子息は確か・・・」
「はい、現在は蒼天隊の隊長を務めております。ハイウエスト・クローブ・カーマインです」
あ、お兄様といつも一緒にいる・・・ということは・・・
「お兄様はもう?」
「はい! シャルル王子は大変喜ばしいことだと賛成して下さっております!」
あ、あれ? 申し分ない・・・・
公爵の息子で同じ王宮騎士の隊長で兄さまが信頼している人なら・・・
なのになんで? 祝福したいのに、反対したい。
なにか問題が無いかと思ってしまうわ・・・
いえ、問題なのは私だ。
マイヤが結婚したら、きっと騎士をやめる。
マイヤがいなくて私が大丈夫なのかが心配なんだわ・・・
「では、姫様、お時間をいただきありがとうございました。より良いお返事がいただけるのをお待ちしております。ごきげんよう」
「え、ええ、ごきげんよう」
どうしよう?
今すぐに誰かに相談したい!
でもメイドの娘に聞いても恐縮させちゃうし、テトラとナタリアには荷が重いわよね・・・
◇
「ということで、ロイドちゃんはどう思います?」
ここは私が信頼している彼の出番ね!
まだ12歳だけどロイドちゃんは頭が良いから私が納得する答えをくれるはずよね!
「さぁ?」
がくぅ!
聞いたことない!
ロイドちゃんからそんな頼りないセリフ聞いたことないわ!
「マイヤが結婚するのかもしれないのよ? 一大事なの! さぁ考えてロイドちゃん!」
「いや、12歳の子供に大人の色恋についてのアドバイスを求められましても、何分経験がないもので・・・」
もっともだ!
そうだった!
ロイドちゃんは恋愛とは無縁だった・・・天然ジゴロだけど、惚れさせておいて何もないのだ。
「でも、普通に考えていい縁談なのでは? たぶんハイウエスト卿は出自が公爵家ですから地方領主の末子の生まれとでは結婚ができないとあきらめていた。それが、マイヤ卿の地位が上がったのでこれに賭けたのでは?」
「う・・・そうね」
「身分を捨てて駆け落ちとか馬鹿な事考えず、想い続けて待つ方が難しいですよね。しかもハイウエスト卿っていい人なんですよ。きっと今まで良い縁談がたくさんあっただろうに、適当なところで落ち着こうとせず思いを貫くのは覚悟がいることだと思います」
「・・・そうね」
ズーン!
「あ、いや・・・・その、あとはマイヤ卿の気持ち次第です。もしかしたら別に決めた人がいるかもしれませんし・・・」
マイヤにそんな人が?
考えてみれば私はマイヤのことを何も知らないわ。
小さいころからいつも一緒で、礼儀正しくて、努力家で、でも得意になることも無くて・・・
私の憧れ。
かっこいい姉のような存在だった。
そうか、私がすぐにロイドちゃんを好きになったのは二人が少し似ているからかもしれない。だから離れてしまうとまるで二人とも離れて行ってしまう気がして不安なんだわ。
マイヤが離れて行ってしまったら今度はロイドちゃん。
親しい誰かが居なくなる。
それがぬぐいようのない恐怖だと先日思い知った。
「姫様はマイヤさんが結婚しちゃったらもう会えないと考えてるんですよ、ロイド様!」
「ああ、なるほど! そういうことか!」
「だってそうでしょう? 結婚したら公爵家の跡取り息子の妻なのよ? 騎士で居られはしないわ」
「いえ、あの・・・姫様は他の貴族のご令嬢といつもご歓談してますし、いつでも会えるのでは?」
「・・・!」
「ハイウエスト卿はシャルル王子に仕えている限り王都で暮らすでしょうからマイヤ卿もこのまま王都にいるのでは?」
「・・・!!」
そうだわ!
なんで遠くに行ってしまうと考えたのかしら。
主従の関係でなくても大丈夫よね。大丈夫かしら。
ああ、だめだわ。
どんな顔して話せばいいかわからない・・・!
「大丈夫ですよ! マイヤさんも姫様のことが大好きですから、きっと今まで以上に仲良くなれますよ!」
「・・・そう思うヴィオラ?」
「はい! 絶対そうですよ!」
はぁ癒される・・・
いつもロイドちゃんと一緒にいるメイドのヴィオラ。
底抜けに明るいこの人を見ていると元気になってくるわ。
この娘が私の最大のライバルかもしれない。
かわいい上に素直でやさしい。
この娘を見ていると女の子としてとても負けている気がする。
「ヴィオラは賢いな。昔はもっとあれだったのに。」
「あれってなんですか? 私もう24歳ですよ? 大人ですから!」
「そうか? 色恋に詳しいのならどうして未だに独り身なんだ?」
「・・・うっ、なんででしょう? アハハ・・・」
この二人の関係は恋人というより姉弟に近いかも。
きっとヴィオラも私と同じなんだ。
結婚してしまえば会えなくなる。それは私と違って平民のヴィオラと貴族のロイドちゃんではもう滅多に会うことは出来ない。
「全く・・・もうあと三年経っても未婚だったら仕方ないからおれがもらってやろうか?」
「「ええ!!!」」
「えぇ? いや冗談ですけど・・・なんで姫様も驚くんですか?」
「「なんだ冗談か・・・」」
本当に、この子の頭はどうなっているのかしら?
あれだけいろんなことが見通せるというのに目の前の女の子たちの気持ちには気づかないなんて・・・
この件に関してはロイドちゃんよりヴィオラと一緒にマイヤと話した方が良さそうね。




