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第七話 功労者


 戦いの跡はすさまじく、広場の地面は抉れて所々ガラス質で固まっており、ロイドの火魔法の威力を物語る。広場の先にある王宮の城門は崩れて原形を失い、周囲の建物の屋根は吹き飛び、王宮の前にそびえる塔は折られていた。

 周囲で無事だったのは神殿のみ。王宮を挟んだ反対側にある学院も一部損壊が出るほど、被害は広範囲に渡ってもたらされた。


 しかし、死者無し。

 魔物に侵入されたにも拘らず、被害は最小限だったと言える。


「やはり君ならやってくれると信じていた」 


「大丈夫ですか? リトナリアさん・・・」


「ああ、これくらいは覚悟していた。しかしこの程度であいつの無念を晴らせたのなら安いものだ」


「そうですか・・・おれもなんだかやっと借りを返せた気がします」


『この貸しは高くつくぜ。将来絶対返してもらうからな』


 初めに出会ったときタンクの協力を得られたおかげで今のロイドがある。

 その借りを返す機会などなく、むしろ屋敷にフラッと来ては冒険の話や出会った人の話をしていき剣の稽古までつけてくれた。

 

(全部の恩を返すことは出来なかったけど、全くできなかっただけマシ、いやタンクなら帳消しにしてくれるかもな)


「あいつはそんなこと覚えてないと思うがな・・・フフフ・・うっ・・・」


 ふらふらになりながらも歩いて戻ってきたリトナリアはひどいけがを負っていた。腕とあばらを骨折し、内臓も損傷していた。


「リトナリアさん『霊薬(エリクサー)』を作りますから・・・かぶってください」

「・・へ?・・・きゃあ!」


 ロイドの『霊薬(エリクサー)』は『成水(アクア)』の要領で作られるがコントロールは魔力のようにはいかないため(たらい)の上で作るかそのままかぶせるしかなかった。


「・・・ありがとう」


「・・・これで庇ってもらった借りは無しに・・・なりませんね・・・すいません・・・」


「いや、気にするな。助かった」


霊薬(エリクサー)』は異常箇所を正常に戻す効果があるため『治癒(ヒール)』と違って細かな制御が必要ない。神気を込めた分だけ効果の高い万能薬が作れる。


「もう治った。それは常備できないのか?」


「できますけど、作ってからすぐ使わないと即効性が無くなってしまうんです。まぁそれでも打撲や切り傷には効くんで欲しかったら言ってください」


「ああ、でもしばらくは必要ない。当分はゆっくりしたい気分だ」


 リトナリアの傷が全快して、マイヤとマスがやって来た。


「ロイドく〜ん! 姐さ~ん! やったね! 勝ったよ! 王都を護ったよ!」


「マス、無事だったか! マイヤ卿もお見事でした」


「いや・・・私ではありません。あの力はロイド卿のものでしょう? 以前体感した『神域(ルーラーズスクエア)』と同じものを感じました。それでも動けたのはどうして・・・?」


「それは・・・・・・」


 立てないロイドにマイヤが詰め寄る。

 説明は単純で、聞いてみればあっけないものだった。

 

「そんな単純な方法で・・・・・・?」


「隠し玉があったのならもっと早く出して欲しかったよ。そうすれば濡れネズミにならずに済んだかも」


「おおう? なんか姐さん、エロいっすね!」


「エ・・・見るな!」


「ぶふぉ、なんで殴るの?」


 そんなこんな緊張感のないやり取りをしている間に人が集まって来た。神聖級魔法については一般には秘密だ。

 魔物の消滅を確認し、街の警備にあたっていた騎士や宮廷魔導士、冒険者たちが広場に集まって来た。


 この戦闘に参加しなかった者たちはあえて自重した者たちである。攻撃の要であるロイドと組んだ経験のあるものだけで練られた作戦だったため参戦したくてもできなかった。マイヤ、リトナリア、ロイドが魔法を使って魔力が干渉しあわなかったのも息の合った連携だけでなく、三人が混戦時に使用魔法を“風”に統一していたからであった。

 ロイドが恐れていたのは戦いの最中、人質になる者が出ることだった。まずそれを無くすため退避に徹してもらい、人を周囲に近づけないようにさせた。結局、対軍級魔法を発動されたため人質を取られたようなものだったが結果としてロイドたちは四人だけで八本腕に完勝したのであった。


「すげぇじゃねぇか、三人で倒しちまったのか?」

「いや四人だよ! おれも活躍してたんだよ!」

「あのでけぇ音はロイド卿か?」

「街を救ってくれた恩人だ!」

「何を言う! 王国の救世主だ!」


 ざわざわと口々にロイドたちを称える人々。

 そんな人だかりの中を割って通る一団があった。


「道を開けよ! 陛下がお通りになる!」


 シャルル王子とお付きの蒼天隊が道を作り、宮廷魔導士や金冠隊と金華隊に護られながら王と王妃、そしてシスティーナ姫と第二王女、王弟など王族がロイドたちの所までやって来た。皆膝を付き頭を垂れた。


「ロイドちゃん! マイヤ!」


 その一団を追い越しシスティーナ姫が駆け寄った。

 そして傅いたマイヤに飛びつき涙を流す。


「姫様・・・大丈夫です。もう大丈夫ですよ」


「マイヤもロイドちゃんも・・・死んでしまうのかと・・・」


 姫は要領を得ない聖騎士の説明に業を煮やし、終盤は自分の眼でその戦いを目撃していた。その光景は例え王族と言えど15歳の少女には辛いものだった。

 いつもそばにいる者たちが殺されかけている。それを受け止めることなどできるはずもない。見た目が美しい女性でも15歳というのはまだ子供であり、その精神的な拠り所がまさにマイヤとロイドであった。


「ご心配をおかけしました。ロイド卿のおかげで生き延びました」


「マイヤがこちらを見てあきらめたような顔をしたとき本当に・・・死んでしまうと思ったのよ!・・・ロイドちゃんも倒れて動かないし!」


「す、すいません、魔力が切れてしまって・・・私の方は皆が護ってくれたのでほぼ無傷です」


 

 

 二人の無事を確認しホッとしたのか、姫は身を引いて下がった。

 衆人環視の中取り乱してしまったのが恥ずかしかったのか扇で顔を覆い隠した。

 

「皆よくやってくれた。ロイド卿、マイヤ卿、冒険者リトナリア、冒険者マス。そなたらには追って褒章を用意する。だがその前に礼を言わせてほしい。この国を救ってくれたこと、感謝する」


 王の感謝に続くように周囲の人々からも感謝の言葉が挙がった。人々は英雄の姿を見ようと徐々にその数を増やし、広場と沿道を埋め尽くしている。建物の上からも皆が顔を出している。


(・・・顔を覚えられないようにしよう)


 今更ながらロイドは身バレを恐れて顔を反らした。

 すでに顔も名前も民衆に広まっているが、その場の空気はロイドの苦手とするものだった。それにこれ以上の名声はロイドには全く必要が無い。そんなものが無くともロイドは将来安泰なのでこれ以上責任のある立場になりたくはなかった。


「またロイド様か!」

「すげぇ! またロイド卿だ!」

「まただ! またロイド卿がやってくれた!」

「パラノーツ王国にロイド・バリリス在り!」

「まだ12歳らしいぞ!」

「市井の生まれが大英雄になったんだ!」

「・・・・おれたちは今、まさに伝説の幕開けとなる重要な瞬間を――――」

「きっと神々が遣わされたに違いない!」

「ピアシッド山の恩恵がロイド卿だ!」

「神々の使徒なんじゃねーか?」

「神様じゃ! 神様が少年の姿で我々を救ってくださっているのじゃ!」


 民衆の声は各々解釈が違うものもあるが、ロイドに集中した。

 しかもその中にはロイドと神を結びつけるものもあった。これでは神殿に通うことが難しくなる。

 民衆の声を聴いて大神官は説明の時を今か今かと待っていた。

 聞かれれば嘘はつけない。

 ロイドが限りなく神に近い聖人候補であることと神殿の力を借りずに【神聖級魔法】を扱うことのできる唯一の存在であることを皆にも知ってもらいたいとうずうずしていた。


(仕方ない・・・!)


「陛下! 八本腕を倒したのは我々ですが、それを一騎打ちにて打ち破ったのはマイヤ卿です!」


「む?・・・そうであったか!」


「・・・・・・・え!? ロイド卿・・・なにを・・!」


 ロイドは時として非情になることが身を護るためには必要だと知っていた。甘さは命取りになる。それで後々禍根を残そうとも覚悟を持って決断することが求められる。決断し、実行する。それがここまでのロイドの成功の秘訣と言えなくもない。そして今、この時もロイドの人並外れた警戒心と生存本能は道徳的観念を隅に置き、非情になることを促した。ロイドは理性と本能によって冷徹な計画を思い描きそれを即実行したのである。


 要するに全部マイヤに丸投げしようという計画だ。


「我々は計画を練って八本腕と対峙しましたが、不測の事態によって追い込まれました。もうダメだとそう思った絶体絶命の時、八本腕と相対し、その首を落としたのが、ご紹介しましょう、皆さま! 王宮騎士団、紅燈隊隊長で私の尊敬する上司! マイヤ・ハート・リーグ、32歳、独身です!」


「「「「「「「おおう・・・!!!」」」」」」」」


 実際はマイヤが八本腕に勝てたのはロイドの力が大きい。

 とっさに発動させようとした『神域(ルーラーズスクエア)』だったがそれではマイヤも動けなくなってしまう。そこでロイドはマイヤに『神装(カリスクロス)』を使い、神気を纏わせた。魔力と違い他人に干渉しあわない神気がそれを可能にした。本来『神装(カリスクロス)』は魔を祓う、体力の維持、集中力の向上などの効果があるが、ロイドは『神域(ルーラーズスクエア)』と複合することである意味で無敵の力を得た。

 その恩恵を一番に感じていたのはマイヤであり、自分に注目が来るとは全く予想しておらず油断していた。


「あれがロイド卿の隊の隊長か!」

「見ろよ! 他の三人はボロボロなのに、あの人はピンピンしてるぜ!」

「おれは見た! あの人の周りが光ったと思ったら魔物を斬ってたんだ!」

「王国を護る陽光の騎士!」

「〈陽光の騎士(サンライトエクエス)〉マイヤ!」

「マイヤ様!」

「きゃー! マイヤ様こっち向いて!」


 計画通り、人々の関心はマイヤの方へ向かった。

 ロイドを部下に持ち、魔物を一太刀で葬る救国の騎士。そして容姿。マイヤは騎士の姿が常人離れして似合っていた。鎧を着てもスラッと美しい姿に整った顔、金髪に剣と来れば“聖なる者”を連想するのは必然と言える。

 

 剣神システィナの再来。

 

 システィーナ姫の近衛騎士隊長ということもあって、そのイメージは瞬く間に人々の頭に刻み込まれた。

 この場の主役はマイヤとなった。


「・・・柄じゃないです」


 気恥ずかしさに震えながらロイドをにらむマイヤであったが言っていたことに嘘が無かったため否定もできない。


 その日、八本腕の魔物が王都に襲来するも、〈陽光の騎士(サンライトエクエス)〉マイヤの活躍により討伐されたという事実が王都中に広まり、マイヤはパラノーツ王国一有名な騎士となった。




「ロイド卿・・・年齢まで言う必要がありましたか?」


 後になってそのことに気が付いたマイヤにロイドは個人演習を受けさせられた。




 

 数日後、改めてこの度の事の成り行きを伝える為と4人を称え、功績を与える場が設けられ、神殿前に人々が詰めかけた。

 

「陛下よりお言葉を賜る! 皆面を上げよ!」


 シャルル王子の言葉で、顔を上げることを許された人々のほとんどが直接王族を見たことが無かった。その王から言葉を直接聞くというのは一大事。一生に一度あるかないかのことなので、皆一言も聞き漏らさないように耳を傾けた。




「余がパラノーツ王国国王にしてローア大陸の北部を統べる者、古代パラミリアスの正統な血を受け継ぐもの、ブロウド・ピアシッド・パラノーツである」


 


 その声は威厳とカリスマ性を帯びていた。聞いた者たちは胸の高鳴りを感じ、従いたいという気持ちになる。中には感動で涙を流す者さえいた。


「まずは、王国に魔物の脅威を許してしまったこと、そしてそれをこの王都まで侵入させ皆を不安にさせたことを詫びよう。すまなかった」


「「「「「「「「「「「「「「・・・・・!!!」」」」」」」」」」」」」」


 いきなりの謝罪にどよめく観衆。

 王族が市井の者たちに頭を下げ、謝罪の言葉を述べることなど前代未聞のことだった。王が頭を下げたので自然と他の者たちもそうした。


「しかし、安心してほしい。魔物は退治された。ここにいる者と残念ながら命を落とした多くの英雄たちによって今の王国は在る」


もし、八本腕を止められなかったら王都は陥落し、国の存続も危ぶまれていた。

 

「その功績に対し、余はこの四人と、死してなお魔物退治のために活路を遺してくれた冒険者〈コンチネンタル・ワン〉タンクに勲章と報奨金、そして爵位を授与するものとする」


 歓声が挙がり、その褒章の内容を聞き漏らさないよう皆が王と4人のやり取りに集中した。 タンクに対し王国は銅像を広場に建て、その武勇と感謝の気持ちを忘れないように称えることとなった。

 マスは銀級(シルバークラス)から金級(ゴールドクラス)に昇格し、男爵の位を授かった。報奨金も屋敷を王都に建てられるほどの額だった。


「冒険者マス、いやマス男爵よ。そなたには自由に家名を名乗ることを許す」


「へ? 家名ですか・・・えっと・・・」


 身分を持たないただの冒険者であったマスが王国の臣民であると認められた。家名を決めればそれを子孫に受け継がせることができる。なのでマスは立派な家名を考えるが緊張で頭が回らなかった。


「ロ、ロイドくん・・・・ロイドくーん! ねぇ何がいいかな?」


「自分で決めろよ。大事なことだぞ?」


「だめだ、今ぱっと出てきたのがリトルフィンガーだよ? 無理だよ」


「ああ、そうだな・・・じゃあ、ロビンフッドなんてどうだ?」


「おお! マス・ロビンフッドか・・・悪くないね! じゃあそれで!」


 ロイドはものすごく安直な名前を付けたがマスは気に入ったようで正式に決まった。

 ちなみにこの世界にロビン・フッドの民間伝承は存在しない。


 リトナリアも報奨金を与えられたが、爵位は辞退した。エルフにも爵位を与えて問題は無いが、彼女の信条ということで、代わりに魔導具を授けられた。魔力を一定量溜められる、ソロ冒険者にとって重宝しそうなものだった。また、タンクの魔剣はリトナリアが相続することで皆納得した。タンクもそれを望むと考えは一致していた。


 ロイドに対しても同じだった。これ以上地位が上がると領地を持たなければならないので、そんな面倒は嫌だとロイドはあれこれ理由を並べ立てて阻止した。代わりにロイドが求めたのは研究資金だ。魔導アシストは戦闘で使うにはリスクが高かったが資金があればもっと改良が進む。

 また、ベルグリッド伯領の税率を一年下げることが許された。


 そして、マイヤに対しては最大の功労の対価として身分を騎士爵から下級伯爵とし、新たな称号として〈ライト〉の名が授けられた。

 騎士が下級とはいえ伯爵まで昇進することはめったに無く特別な措置と言えた。マイヤは地方領主の末子だったため、ほぼ無名から成り上がったことになる。

 マイヤの実家の領地は拡大、代官を増員、税を減額となった。

 さらに宝剣を一振り、王家の紋章をあしらったマント、宝物が一箱分贈られた。

 加えて、紅燈隊とは別個の独立部隊の編制権、これは金冠隊隊長のみの権限だったがこれも与えられた。

 これでマイヤは姫の護衛以外に独自の判断で隊を動かすことができる。実家の駐屯騎士に増員を送ることができるようになった。


「きゃーマイヤさまー!」

「はぁ・・・なんて美しいの!」

「マイヤ様結婚してぇ!」


 なぜかマイヤは女性人気が高かった。男性からの声もあったがそれをかき消すほどだった。その反応にマイヤは自分の婚期がいつ来るのか、いやそもそも本当に来るのか不安になった。

 


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『ゾンビにされたので終活します × 死神辞めたので人間やります』
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