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第六話 神装域

話が続いたのでできるだけまとめて投稿しようと思いましたが、いつも通りになりました。すいません。

ようやく無双し始めたロイドの活躍をお楽しみいただければうれしいです。

よろしくお願いします。


 王宮の前の堀は水路になっており、そこに溜まっている空気を風魔法の『気流(エアブロウ)』で操り、『風渦(エアスパイラル)』で圧縮。その放出で火魔法『火炎(フレイム)』を吹き付けると燃焼量の多い高温の炎となる。

 空気中の腐敗物質が可燃性のガスを生み、圧縮空気の勢いと合わさり青い炎を生んだのだ。

 

 その炎は身体能力強化など関係無く一瞬で全身の皮膚を焼き尽くし、水分を蒸発させ、骨をも焦がした。


「ぐぉおがぁ・・・」


 それでも、八本腕は絶命に至らず、噴水に駆け寄り水魔法『水流(ストリーム)』で消火を試みる。

 しかし、それを読んでいたロイドは水と火の複合魔法『霧散(フォッグアップ)』で噴水の水を一気に気化させる。


 八本腕が飛び込もうとしたところ、高温で燃焼中の自らの身体が気化を促進し、一気に大量の蒸気を生んだ。

 瞬間的に膨張した蒸気は水蒸気爆発を起こした。

 

 爆発の衝撃で腕や脚が吹き飛び、意識を失って、八本腕はその場に崩れ落ちた。

 それでもロイドはさらに可燃性ガスを集めて圧縮し、『地獄の業火(インフェルノ)』の準備に入る。


 それを見ていたマイヤ、リトナリアはかつての自分たちが戦った少年とは別人となったロイドの力に驚愕していた。


(全く何もさせないとは・・・攻撃に集中するとここまで一方的になるのか)


(力だけでは無い。ロイド卿の予想はことごとく当たっていた。これはほとんど予測ではなく予知だ!)


 魔物に初対峙したのにもかかわらず、ロイドが主導権を握ることができたのには理由があった。 

 


 遡ること数時間前。

 深夜ロイドは神殿の遺体安置所でリトナリアと対面した。リトナリアは調査隊に参加した冒険者から直接タンクの死を聞かされ、王都に同行していたらしい。


「ロイド、君は私が知る中で最も頭が良い。君はタンクを殺した魔物をどう見る?」


 怒りから覚めて、ロイドは冒険者の話を思い出す。すると引っかかる点がいくつかあった。


「まず、最初に遭遇したのがタンクなのは偶然なのか・・・」


「タンクを狙ったと? それはタンクの関係者が魔物になったということか?」


「いえ、そこまでは分かりませんが、タンクがもしその魔物の情報を聞いてから討伐に行っていたら・・・逆に言えば八本腕を倒せる最も可能性の高い人物はタンクでした」


「初見殺し。それを狙ったかもしれないと?」


「これまでにも遭遇した者がいたが皆殺しにあって気づかれなかっただけの可能性もあります。それに・・・」


(村を壊滅させ一人も逃がさずというのは何か情報を知られたくないという意図を感じる)


 それに手間がかかる。相当計画的に行わなければ短期間で複数を壊滅させるのは不可能なはず。それこそ、森で遭遇した冒険者を捕まえる方が簡単なはずだ。バラバラに逃げる複数の村人より少数のまとまって逃げる冒険者の方が追うのは楽だ。


 しかし、それは不審な点というだけで決定的な情報とまでは言えない。


「ロイド、ちょっと付き合ってくれないか?会わせたい奴がいる」


 リトナリアについていくとそこは冒険者ギルドだった。併設されている酒場はいつもの活気は無くシンと静まり返っていた。その中にがっくりと項垂れているロイドの見知った顔もあった。


「マス・・・」


「・・・ロイド君、やあ・・・」


 秋の狩猟祭でリトナリアに紹介された弓の名手。銀級(シルバークラス)冒険者となっていた彼は第二調査隊に同行し、タンクの遺体を発見した一人だった。


「・・・やるんだね。その顔は・・・でも相手は本物の化物だよ。勝算はあるのかい?」


「今のところ、お前次第だ。何でもいい詳しく知っていることは全部聞かせてくれ」


 マスが駆け付けた時、タンクや他の冒険者の遺体がそのままだった。


「僕は狩りで獲物を追うから、現場を見ればどういう足跡を辿ったのかはある程度分かる。でも、あれは変だった。たぶんタンクの旦那は魔法を掻い潜って接近できたはずなんだ。それで倒せないとすると、無敵じゃないか」


「タンクの二刀を接近戦で破ったということか?」


「たぶんね。別々の場所に剣が落ちてたから、力負けしたってことだろうね」


「・・・やはり! おかしい・・・!」


「ああ、元が人だったなんて信じられないよ」


「いや、そうで無く、移動スピードの話だ。つじつまが合わない」


 マイヤが鎧を着こんで約時速60キロで移動できる。無しだったら70キロ出せるかもしれない。馬の全力と同じぐらいだ。タンクとマイヤの『鬼門/気門法』の練度が同等としても、そのタンクに接近戦で優る身体強化が可能なら、脚だって遅くないはずだ。間違っても『人間より早く馬より遅い』なんてことにはならない。むしろタンクに優るのだからもっと速いことだってあり得る。


「森で冒険者を逃がしたのはわざとか・・・」


 移動速度を誤認させ、南で派手に動き出す。魔獣を狩りたて、やって来た腕のいい冒険者をまず最初に殺し、出没が南だと印象付けた所で冒険者にわざと発見され、一部を逃がす。

 事の重大性を知った王都は戦力を動かし、分散するしかない。


 その間に最も手薄になるのは・・・


「調査団が戻った今、奴もすでに近くまで来ていると考えた方がいい」


「え、どうして?」


「おれを信じろ。それと八本腕は計画的に動いている可能性が高い」


「南は陽動ということか?」


 リトナリアは少し考えて、マスに向き直った。


「タンクは何か持っていなかった?」


「え・・・いえ、冒険者の一般的な消耗品ぐらいでしたけど・・・」


「なら持っていなかったものは?」


 ロイドとマスはその質問でリトナリアの意図を察した。

 あのタンクがただでやられるはずがない。

 敵が知能を持って、情報を見せないようにしているなら少しでも情報を残そうとしたはず。


「そういえば、剣が・・・両方ともタンクの旦那と離れたところに! 水の魔剣は茂みの中に、火の魔剣はもっと離れたところの魔獣に突き刺さっていました。なんだったかな・・・あの魔獣は・・・」


「弾かれたりして落としたら魔獣に刺さるなんてこと滅多にない! それだ! マス、思い出して!」


「うう、姐さん・・・そんなこと言っても・・・」


「いいかマス。その時のことを順番に思い出せ。見たことだけでなく音やにおい、その時考えていたことゆっくり一つずつだ」


 人の記憶は視覚だけでなく他の五感を含めた複合的なものだ。


「・・・・・・・そうだ、焦げたにおいがして、煤まみれになった火の魔剣を見つけたんだ。タンクの旦那のものだから引き抜いて持って帰らないと、と思って魔獣の身体に脚を掛けて・・・あっ、思い出した。下にあったのは・・・あの長い角はスピアライノスだ! それで、その上に串刺しになったウォーサラマンダーが・・・」


「「それだ!」」


 スピアライノスは身体能力強化の特性を持つ魔獣。そしてウォーサラマンダーは火を吐く魔物で、かつ再生能力がある。


「身体能力強化がある以上、もう一方の再生能力もあるみた方がいいな」


「よし、ロイド! 王に上奏してくれ!王都の防備を固めよう!」


「そうですね・・・」


 



 ロイドたちは王にこの考察を伝えた。しかし―――


「今、各都市の防備に人手を回さないわけにはいかぬ」


「はい、おっしゃる通りです・・・」


 魔物が出たというのに王が王都だけ護るようなことをすれば魔物から王都を護ったとしても下手をすれば反乱がおこる。王は国の臣民を見捨て自分だけ助かろうとしたという事実は否定できない。


「その方らの見解には筋が通っている。だが、あくまで予想の域を出ない。また八本腕の目的が不明である以上、攻め込むのは王都だけとは限らぬ。それこそベルグリッド伯領でも良いやもしれん」


「では・・・せめて、私をここに残してください。確証が無いのは確かですが、これが最悪のシナリオであることもまた確かです。魔物は計画的に王都の守護を弱め攻めてくる。私は最悪を想定してここを護れるよう戦術を練ります」


「・・・・・・そうだな。では残留部隊とは別行動を許す・・・期待しているぞ、ロイド卿」





―――――時は戻り現在。


 爆発の音が聞こえ、市民は衛兵に促されて退避。王族は王宮からすでに出て神殿に居た。戦闘が始まるにつれ近くにいた市民も皆神殿に駆け込んでいく。


 塔の上からは聖騎士が戦闘の様子を伺い、言葉を失っていた。


「もし? もし!・・・・・・ねぇ、あなた!」


「へッ? あ、これは姫殿下・・・このような場所に来てはなりません。危険です!」


「大丈夫です。ここは今王都で最も安全な場所。彼の『聖域(サンクチュアリ)』の中ですから」


 ロイドはあらかじめ、神殿の神官と共に巨大な『聖域(サンクチュアリ)』を神殿に創った。そこには邪なものは入ることは出来ない。


「それでどうですか? 私の騎士は?」


「それが・・・」


 聖騎士は見たことを口では説明できる自信がなかった。


 あまりに一方的過ぎてロイドが戦っている相手がどれほどの脅威かもわからない。しかし、確かなのは魔物というのが人知を超えた生命体であるということだけ。

 

 何度繰り返し攻撃をしても再生が始まる。

 再生しきる前にロイドの魔法や他の三人の攻撃で反撃のチャンスを与えない。

 その繰り返しだった。


「ぐがぁあああア!!」


(なぜ・・・・おれの能力は誰にも知られていないはずだったのに・・・それにおれがここに来ることもこいつらは知ってたのか? どうやって・・・・!?)


 混乱の最中、考える暇も与えられず八本腕は攻撃を食らい続けた。


「ぐギィィ!!」


 再生が終わる前に死角から矢が降ってくる。しかも矢の先には油袋があり、破裂した油でさらに炎上した。


「ググギ・・・・・・がぁあァ・・・・・・」


(再生がままならン・・・!)


 ロイドがここまで火にこだわるのは、タンクが突き刺したウォーサラマンダーが火を吐く魔獣でそれに火の魔剣が刺さっていたからだ。これはただの偶然に過ぎなかったのだが、運もロイドに味方をした。八本腕は切断や粉砕によるダメージからは再生が早いが、火による重度の火傷は焼けて完全に死んだ組織が邪魔し再生に時間が掛かった。


(このままであは負けル? いや、この流れを崩せば・・・・・・矢の飛んでくる方角・・・・・・まさかあの塔カ? 人の力では届くまイ。王国の新兵器カ? とにかくおれの身体を貫ける矢、軌道も読めない避けられなイ。なら接近戦で―――)

 

[ガキン!!]


「ッ!! しまッ!!」


 遠距離からの攻撃は分が悪いと判断し、接近しようとすると所々に罠がある。

 ただの落とし穴やトラばさみで、それによるダメージは無いがその一瞬止まることが致命的な隙となっていた。


「はぁ!!」


「ぜぁ!!!」


 近接魔法戦闘に長けたマイヤとリトナリアが不用意に近づいてきた八本腕を斬りまくる。

 


「ぬぅゥ・・・・・・」


(こいつらも侮れン! おれと肉薄して互角に戦える者がまだ居たとは・・・・・・)


 腕を失った分強化を集中した身体で特攻しようとすると、三人は連携して風魔法を駆使し、手数で圧倒した。

 マイヤが風魔法で加速し攻撃を防ぐと、リトナリアが『風の刃(ソードヴェント)』で脚を取りに来る。


「調子に乗ッぐふぁぁあああアッ!!」


 力でマイヤ、リトナリアを跳ねのけようとするとロイドの重い一撃が入って止められる。

 

 この時ロイドが装着していた鎧は身体能力強化研究のアイデアの一つ、パワーアシストの試作品で、スピードは無いがパワーは『鬼門/気門法』に匹敵するものだった。ただし常時魔法を発動するためロイドにしか使えない。そのロイドもまだ操作に慣れておらず単純な動きしかできないが、それは他の二人が上手くフォローしていた。

 距離ができて魔法を放とうとすると背後から毒矢が飛んでくる。強力な麻痺毒で動けない身体に、再びロイドの『地獄の業火(インフェルノ)』がさく裂した。


(マズい・・・これでは・・・あのガキの魔力を削らなけれバ・・・・)


 八本腕は踵を返し逃走の姿勢を見せる。


(だが、その前に、この流れを作っているのは・・・アレダ!)


 王宮の正面にある石の塔は、戦闘の行われている広場から約200メートルは離れている。


「・・・! ヤバッ!」


 マスは直感的に塔から飛び降りた。直後、塔の上部に岩の礫が撃ち込まれ完全に破壊されていた。

 魔法の発動ではなく、岩が投げ込まれたのだ。

 拾って投げる。ただそれだけで岩は砲弾のように200メートル先まで一瞬で飛んでいった。


「しまった・・・マス!」


 遠距離からのサポートがなくなり、反撃を警戒したが八本腕は再生を後回しに魔法を街へと向けて発動しようとした。


「止められるものなラ、やってビろ! 行くゾ・・『豪風直下(ダウンバースト)』」

「マズい・・・!」


 ロイドは発動直前の風にパスを作り別の魔法を発動しようとする。すでに相手がパスを作っており魔力も送り込んでいるためレジストはその魔力を上回る量でなければならない。


【対軍級魔法】『豪風直下(ダウンバースト)』は強力な下降気流。


 ロイドは咄嗟に『突風(ガスト)』で相殺しようと試みるが【対人級魔法】なので全く力が足りない。そこで同時に複数の『突風(ガスト)』を集中させ、下降気流と相殺しようとした。


 豪風が衝突し、激しい風が周囲に逆巻いた。相殺しきれず三人は吹き飛ばされてしまった。


(勝った・・・!)


 八本腕は余裕をもって再生し、ロイドの方へ歩いていく。

 しかし、ロイドは反撃どころか動くことさえできなかった。

 魔力切れにより鎧のアシストが止まったためである。


「クソ・・・」


 動けないロイドに八本腕が殴り掛かる。


「風の加護よ我が障壁に!『風の盾(シールドヴェント)』!」


 リトナリアはロイドを庇ってあいだに割って入ったが、八本腕の攻撃は盾を突き破ってリトナリアに直撃した。


「ぐぅッ!」


 吹き飛んでいったリトナリアは壁に激突し意識を失っていた。


「ああッ!! リトナリアさん!!!」 


 助けようにも何もできないロイドの頭には失敗の二文字が浮かんだ。


 元々の作戦は再生が追い付かなくなるまで攻撃し、弱点を探りつつ首を狙うというものだった。生物の細胞分裂の回数には限度があるため、無限に再生は出来ないと予想していた。まさかここまで粘るとは思いもしなかった。


「ぜぁ!」


 ロイドにとどめを刺そうとする八本腕に切りかかるマイヤ。

 しかし想定以上の長丁場に元々少ないマイヤの魔力はとっくに切れていた。

 消耗したマイヤの剣は腕で受け止められる。

 

(ここまでか・・・)

 

 マイヤは神殿の方を見る。システィーナ姫のことを考えた。


(どうか、見ていませんように・・・)


 その時八本腕はちらッとロイドの方を見て笑った。


(またなのか・・・おれはまた奪われるのか?)



(今度は仲間まで一緒に・・・こんな最後を迎えるためにおれはこの世界に来たのか・・・!?)


 マイヤの死が訪れる刹那。


 混沌とした感情はシンプルな回答をロイドにもたらした。






 ―――この不条理に今、ここで抗え―――





(・・・・ッ・・・・・ッ・・・・・ッ・・・ふざけるなぁぁ!!!!!!!)


 


 「『神装域(デウスエクスマキナ)』!!!!」


 ロイドの叫びに呼応するかのように、魔法が発動した。


 まばゆい光の結界が発生し、そこに八本腕とマイヤが囲われた。


[ボトッ]


 地面に八本腕の一本が切り落とされ、同時に消滅した。


「「え?」」


 図らずもマイヤと八本腕の言葉が重なった。

 マイヤと拮抗していたはずの腕はあっさりとただの肉塊となっていた。

 なぜなら、そこは魔法の発動しない『神域(ルーラーズスクエア)』であり、邪悪なものはおろか神気の無いものも立ち入られない空間となっていたからだった。


 ただし、それはただの『神域(ルーラーズスクエア)』では無かった。


「がぁ・・・」


(息ができなイ。魔法も上手く発動できなイ・・・なんだこれは・・・・それにどうしておれだけ・・・)


 一緒に入ったマイヤは何ともなかった。

 初めての感覚に戸惑いながらもマイヤは剣を振り上げ、首を落とした。


 魔法が使えない八本腕はあっけなく消滅した。

 

 

 


 


 

 



2018/09/04

読者様のご指摘により、水蒸気爆発について、「蒸気に着火して爆発」から「高温で一気に膨張して爆発」という内容に変更しました。


粉塵爆発と水蒸気爆発の解釈が混ざってました。混乱させてしまいすいません<(_ _)>

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