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第五話 復讐者


 魔物の出現の報告の翌日。

 夜通し行われた議論の結果、王国から大規模な軍隊の出動が決定。

 その選抜隊は王都の南の各都市に派兵され、都市の防衛に当てられた。紅燈隊からもほぼ全員が出動の命が下った。しかしそこにはロイドは含まれていなかった。それからオリヴィアとピアースも残留しシスティーナ姫の護衛をするよう命じられた。


「オリヴィアとピアースは分かるけど、ロイドまでなんてヒドいよね。タンクと友人だったんでしょ?」


「そうですね、それに派兵先にはベルグリッド領もありますし、心配でしょうね」


 テトラとナタリアは遠征の準備をしながら、選抜からロイドが漏れたことを愚痴っていた。


「まだ、12歳ですからね。情に流されて冷静な判断が付かなくなると考えたのでは?」


 メイジ―は昨夜、ロイドが退席したことを思いだした。感情的になることがほとんど無いロイドを初めて子供だと認識した。身内が死んだ次の日に遠征というのは精神的にきつい。優秀な魔導士が隊に居ないのは手痛いが決定には納得いっていた。



「私にはこれがロイド卿の意志のように感じます」


 マイヤはロイドが残ることになったことに違和感を感じていた。


「「「・・・・・・?」」」


 嫌な予感がした。

 このままロイドを残して王都を離れるのは危険。そう、マイヤの直感が言っていた。


「すいません、やはり私も残ります。オリヴィアとピアースを遠征組に回します」


「え、隊長? どうしたんですか?」


「そうですよ、いきなり理由も無く編成を変えたら・・・私たちは問題は無いですが長旅ですし隊長がいた方がまとまりが・・・」


 突然の変更にナタリア、メイジーは動揺した。


「どったの隊長? らいくないじゃん」


 テトラは問う。


 マイヤはロイドの性格をよく知っていた。


(彼が本気になればどうとでも望む通りにこの選抜に入ることができたはず。ではなぜこの場に居ないのか?)


 こう言う時ロイドは不確定な情報を隠して自分で確かめようとするのだ。確実ではないが、ロイドは何かしらの根拠を元に、王都に残ることを決めたのではないか。マイヤはそう予想した。


「我々は少ない情報をもとに予想し限られた選択肢を選び、この作戦を立てた。標的を発見するために人員を動かすリスクよりも都市防衛に人手を割いた。しかし、もしも出現場所が王都だったら? これは王都の守備を手薄にする愚策となる」


「でもそれは王都だったらですよね? 標的の速さ的に無理ですよ」


「・・・!」


 メイジーの何気ない指摘でマイヤは危うい仮定の上に自分たちが動かされていることに気が付いた。


(ロイド卿はそこが間違っているという確証があるのではないか?)


「ここで隊長が抜けたら、周りからなんと言われるか・・・」


「フフ、確かに私は周りから見たら腰抜けですね・・・なに、間違っていたら責任を取るまで。引退して結婚でもする」


「隊長が・・・ッ」


「「「結婚ッ・・・!」」」


「・・・私にはできないと・・・?」


「「「い、いやいや!」」」


 これまで浮いた話の一つもなかったマイヤから飛び出した言葉が意外過ぎて三人は驚いたが、する気があればマイヤならいくらでも相手がいるだろうと思った。



「マイヤ隊長がいなくなったら隊長はオリヴィア・・・」


「落ち着いて! まだマイヤ隊長が結婚できるとは決まったわけでは・・・」


 ナタリアは結婚に見合う相手がいるかわからない、と言ったつもりだったが、その一言に色々な自身を失いながらマイヤは王宮に戻っていった。その背中には歳に似つかわしくない哀愁が漂っていた。32歳のマイヤはふと、以前ロイドと街を歩いていて親子に間違われたことを思い出していた。


「何言ってるのよ、あんたは!」


 他人事ではないテトラがナタリアに詰め寄る。


「だって、隊長がいなくなるなんて考えられなくて・・・」


「でも私たちもそろそろ考えなくてはね・・・」


 メイジーはマイヤがいない隊のことを考えた。


「結婚ですか?」


「違うわよ!・・・いや違わないけど、隊長がやめた後のことよ。結婚だって今の隊長は魔法まで使えるんだから選り取り見取りでしょう。それにこのまま出世して金華隊に移動だってあり得る。いつまでもあの人に頼り切りはいけないわ」


 メイジ―はそれがもうすぐだと感じていた。

 年齢がどうというわけでなく、紅燈隊の力が上がったために相対的にマイヤの力は一騎士団隊長に収まらなくなっていた。すでに強かったマイヤをそこまでにしたロイド。そのロイドが何かまた計り知れないことを考え、それを実行しようとしているとしても不思議ではない。


「メイジ―はロイドがあえて残ったと思う?」


「そうね、もし本当にそうだとしても、私たちに言わなかったのは確実ではないからでしょう? なら私たちは自分たちの仕事をしますよ!」


「「は〜い」」


 その後合流したオリヴィアとピアースと共に紅燈隊は王都を出発した。道中現れた魔獣を狩る手際は他の騎士たちとは比較にならないほど手早かった。ロイド直伝の魔法を組み合わせた連携は確実に隊の総合能力を底上げしていた。この一件で後にマイヤの地位は下がるどころか上がることになるのだがそれはもう少し後の話。




 王都を歩くローブを着た男は久々の王都を見て感慨に(ふけ)っていた。

 前にここに来たのは男がまだ小さい子供だった時のこと。


 村で魔法の才能があるということで王都にある魔導学院に入学させようと試験を受けさせられた。少年は村がかき集めた金で慣れない長旅を続けてようやく学院の入学試験を受けることができた。

 しかし、少年は試験を受けるやいなや試験官につまみ出された。


「お前のようなみすぼらしい子供が、崇高な詠唱をせずに正しく魔法を発動させられるはずがない! イカサマをする奴はとっとと王都から出ていけ! この恥知らずが!」


 少年は無詠唱で魔法を発動させた。その速さと正確さには自信があった。しかしその魔法をイカサマと断じられ、試験を落とされてしまった。少年は何度も抗議したが最後には学院から無理やり追い出されてしまった。他の試験官も見ていて、理不尽な言いがかりだと分かっていただろうに助けてくれなかった。

 学院への入学を当てにしていた少年はすぐに路頭に迷い、子供にできる仕事も無く路上で寝泊まりせざるをえなくなった。王都の人々は村と違って少年に厳しかった。唾を吐きかけられ酔った男たちには殴られた。


「目障りなんだよ! 死ね!」


 そうして荒んでいく生活の中を脱出し少年は冒険者の手伝いで何とか食つなぐことができるようになった。魔法が使える少年を冒険者たちは重宝した。しかしその生活も長くは続かなかった。村に戻るために溜めていた金を冒険者たちが奪おうとした。


「おれたちのおかげで稼いだ金だろ? 仕事の紹介料を回収するだけだ。いいからよこせ!」


 それに抵抗した際に冒険者の一人に怪我を負わせてしまい、気が付くと少年は犯罪者として冒険者から追われる身になっていた。

 それでも少年はその地獄から抜け出すために死に物狂いで村へと戻った。

 しかしそこは自分がいたころよりも閑散としていた。


「お前が魔導士になると信じて渡した金だったのに・・・!」


 両親に責められ、他の村人からはただ金を使い込んで王都から逃げてきたと石を投げられた。そしてついに、ある日家に居ると、冒険者が来て捕まってしまった。連絡したのは両親だったらしい。

 

 捕まったあとはむち打ちを受け鉱山で働かされた。

 奴隷のようにこき使われたが、その時にはもはや何も考える気になれなかった。


 気が付いた時少年は10年以上もそこにいた。

 そんな男の意識が覚醒したのは鉱山労働者が王都の話しをしているのが聞こえた時だ。


「王都には7歳で何でもできる天才児がいるらしい。そいつがボスコーン家を破滅させたらしいぞ」


「噂だろ? 子供にそんなことできるかよ」


「ホントだって! ただのガキじゃねー。無詠唱で魔法が使えるらしくてよ。王立魔導学院の初等科を飛び級でいきなり中等科に入ったんだと」


 それを聞いた時、何かが変わった。変わるべきだと感じ、変われると確信した。男は自分を破滅に追い込んだものを全て破壊することに決めた。それが正しいことだと確信した。やることができたので男は鉱山から降りてもっと変わろうと決意した。


 これまでの自分の苦しみは一体何だったのか!?

 自分はだめでその子供はいいなんて、許せない。

 

 計画と鍛錬に五年かけた。

 そしてそれを実行するために王都へと戻ってきた。

 この間違った世の中を破壊する。ただそれだけを原動力にして。

 

 それは権利ではなく、自分に課せられた使命のように感じていた。

 


「おれは間違っていなイ。この世が間違っているんダ。そんな間違いの中で幸せに暮らしている奴らも間違っていル。自分が幸せになるごとに誰かが苦痛に悶え死んでいっていると考えもしていなイ」

 

 

 ブツブツと独り言を言いながら、男の脚は王都の中央へと向かっていく。

 




「お前が誰かを殺したときお前と無関係な誰かが不幸になるとは考えなかったのか?」




「!」


 独り言に応えられて一瞬戸惑ったが男はその声の元をたどっていく。正面に子供が立っていた。その横には長身の女騎士と冒険者らしきエルフの女がいる。

 その眼は敵意に満ちており、男を偶然見つけたのではないとはっきりと見て取れた。三人は待ち構えていた。


「ここにも馬鹿ばかりというわけでハ無がったカ・・・女、子供とはナ。よくきづいたナ、おれがここに来るト・・・」


 王宮のすぐ目の前の広場で対峙したロイドたちと男。

 男はローブを取るとその姿が変わっていった。


 皮膚の色は赤まだらになり腕が次々と生えてきた。所々が光沢のある蛇腹状の装甲に変化し、目は猛禽類のように見開かれていた。

 臨戦態勢でないにも関わらず男の殺気が周囲を包み込む。まるで景色から色彩が消えうせたかのようだ。


 正体を現した八本腕を見てもロイドたちは驚く様子も無く、マイヤは剣を抜き、リトナリアは独特の構えを取る。ロイドの着る鎧は独特なデザインな上に異様な音が各関節から出ていた。


「お前の目的は知らない。お前が誰かもどうでもいい。ただ一言言わせてもらおう。お前のように理不尽に人の一生を奪う輩は許せん。タンクに代わって報復させてもらう」


「報復・・・?」


 その言葉に八本腕は一瞬 ポカン としてしまった。

 復讐に来たのは自分の方だったはずなのに、この子供は何を言っているのか?


「ふざけ・・・ブゴぉ?!」


 その瞬間、八本腕の頭部に矢が突き刺さり、直後にロイドは発動準備していた『地獄の業火(インフェルノ)』を発動させ、灼熱の青い炎で八本腕を焼却した。


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