11.騎士であり姉であり
ロイドとメイジーが自警団を特定する約五年前。
「薬物中毒で麻薬の密輸人が死亡。あなたの弟と判明して埋葬した。埋葬費用は給与から天引きされます」
彼女は帝国からしばらくぶりに王国へ戻った。
そこで、告げられたのは弟の死だった。
「手違いでしょう。弟はまだ成人前よ」
担当者が後になって遺品に‶短い安物の剣〟が一振りあると付け加えた。
それは彼女が帝国へ旅立つ前に弟に贈ったものだった。
弟の死が彼女の人生を大きく変えた。
幼いころから騎士に憧れ正義感が強くまじめだった弟が、薬物の密輸に関わったのか?
真相を探るべく、彼女は動き出した。
仕事を辞めて、ただひたすらに密売人を追った。
諜報活動をしていた彼女には麻薬の密売人を探し出すことは造作もなかった。
神聖歴八紀213年、盗品や規制された薬物を取り扱う大きな組織が壊滅した。
密売人たちは次々と姿を消し、ある時は廃屋で、またある時は憲兵隊の詰め所の前で死体となって発見された。
麻薬密売の裏にいた貴族たちは権力にものを言わせ、この暗殺者を捜索させた。
だが、死体が増えただけだった
◇
人気のない路地で男にすがる少年。
「く、薬を、早く、薬を!!」
「まぁ待て。その前に出すもん出せ」
「き、今日はぬ、盗めなかった、から、あ、明日払う、から!!」
男は少年を蹴り飛ばした。
「何言ってんのおまえー。この薬がいくらすると思ってんだ? タダでやるわけねーだろ」
「――うっ……!」
「ああ。やっぱー混ぜもんでかさましすると、すぐ死ぬみてーだ」
「遊び過ぎんなよ。最近噂になってるだろ」
「〈自警団〉か? いねーよ、んなもん」
呼び方も、誰が決めたのか、複数か、男か女か、何もわかっていなかった。
「いなかったらスポンサーたちが探したりしねーよ。兵士まで使ってよぉ」
「そいつらが来たら、混ぜもん無しで売ってやるよ。意外とハマっちゃっておれらの犬になってくれちゃったりしてな!!」
「はは、お前ほんとに怖いもの知ら―――」
「あん?」
見張り役の男が急に黙ったと思い、振り返る。
ちょうど男の身体から首がはじけ飛んだところだった。
「うおおおおっ、やば、これ、はは、いや、ちょ―――」
鈍い音と共に、笑う男の顎が砕かれた。
「…………薬が好きなら飲ませてやる」
「や゛、はめ゛……ごはぉああえ…………」
彼女は持っていた薬を全て無理やり男の口に流し込んだ。
男がのたうち回っている様子を、最後の瞬間まで見ていた。
「それで気が晴れますか?」
「……ッ!!」
気配を消して密売人に接近した彼女のさらに背後にもう一人いた。
いつからいたのか、背後にいたのは長身の女だった。
「紅燈隊隊長マイヤか……なぜ止めない?」
「殺人は罪ですが、私の剣は国と姫を守るためのもの。その悪党を守る義理はありません」
「私を捕まえに来たのか?」
「あなたの首には興味ありません。高額の賞金を懸けている貴族たちもいますが、彼らを喜ばせる気もないので」
マイヤは微笑んだ。
彼女は臨戦態勢になった。
「あなたは自分の行いに疑問は無いのですか?」
「正しいことをしているつもりは初めからない」
「弟の無念を晴らそうというのは正しいのでは?」
その言葉を引き金に、彼女はマイヤに斬りかかった。
「あの子を知ったような口を利くな!!」
彼女は狭い路地を縦横無尽に飛び、鋭く短剣を振るう。
しかし、マイヤの身を掠めることもない。
二人の実力差は明確。
マイヤは躱し続け、大剣を抜いた。
振り下ろされた一撃は避けようがない的確さと速さ。
とっさに短剣で受けようと彼女の体が本能的に反応した。
「うぅ!!」
彼女は本能で構えかけた短剣を庇うように、無防備な背中を見せた。
(命より短剣を!?)
身を護るものもなく、刃が迫り来る。
死を目前にして、彼女は弟との思い出の中にいた。
思い出の続きを見ようと、そっと目を閉じた。
眼を開けると、寸前のところで剣は止まっていた。
「それは、弟の形見ですか」
マイヤが見下ろしていた。
「……なぜ?」
「当て推量ではありません。実はあなたの弟には会ったことがあるんです」
「え?」
「話を聞く気になりましたか?」
事態は彼女の思わぬ方向へと進んだ。
◇
マイヤは彼女の弟が姉に会いに紅燈隊を訪ね来たことを伝えた。
それで彼女は理解した。
彼女は諜報活動をしていたが表向きは騎士。所属は紅燈隊。
マイヤは騎士になりたいという彼女の弟を軍務局へ推薦。
その後、何があったのかは彼女にはすぐ想像がついた。
彼女の上司が目をつけ、彼女と同じように潜入捜査をさせるためにスカウトし、捨て駒にした。
彼女はマイヤと共に元上司の元を訪ね、罪を糾弾した。
「なぜ私の弟を捨て駒にした!?」
「初めから捨て駒に使おうなどとはもちろん考えていなかった。簡単な潜入捜査を頼んだだけだ。私は君の弟だから君と同じようにこなせると思っていたが、彼がヘマをした。単純な任務失敗だ」
事務的な説明だった。
「あなたの判断ミスが未成年の命を奪った。また、未成年に対する危険な任務への徴用は違法とされています。あなたを拘束します」
「拘束か。助かるよ。その女に殺されるよりはマシだ」
明らかな挑発に、彼女は拳を握りこむ。殴り掛かろうとするがマイヤが制した。
男は抵抗することなく連行された。
神殿まで身柄を拘束し、法院に預け終わった。
「よく耐えましたね。あなたは正しい行いをしました」
「大した罪には問えないわ。でも、ありがとう、マイヤ隊長。これで少しはあの子も浮かばれるかしら」
「それは、これからのあなた次第でしょう」
「そうね。……隊長、私今からでも本当に騎士になれるかしら? あの子の憧れた騎士に……」
「席はありません。ただ、別人として入隊試験を受けるのは自由です」
「そう、ならそうするわ」
その年の入隊試験。
「――軍務所属などと……『経歴を偽装して来い』と言ったわけではありませんよ」
「もちろん、しっかり別人になったわ。少しズルはしたけど、あの経歴は本物よ。この国が保証してくれているわ」
「……あなた、まさか」
「これが私の生き方。決して変わることはないでしょう」
試験を受ける前。
ピアースはこれまでのコネを使い、金冠隊隊長にして王宮騎士団長ヴァイスに密かに謁見していた。
騎士になるためではなく、裏の仕事を続けるために。
王宮には後ろ暗い仕事を請け負う非公認の専門家がいる。
その一人として非公式に雇われることになった。
紅燈隊はあくまで表の身分のままだった。
「もしあなたが捕まるようなことになれば、私は容赦なくあなたを切り捨てます」
「もちろん」
そこからの彼女の道のりは正道とは程遠いものだった。
彼女の元上司が獄中で暗殺されたことを皮切りに、密かに麻薬で小遣い稼ぎをしていた貴族たち、街の無法者たちはその影におびえるようになっていった。
‶復讐〟や‶正義〟というあいまいなものではなく、事実として自身の行いが‶抑止力〟となるように、彼女は動き続けた。
それは自分に課した贖罪でもあった。
弟に何もしてやれなかったことへの罪悪感。
それは怒りや悲しみが薄れるほどに強くなり、いつしか抜け出せなくなっていた。
夜に情報屋と密会し、時に女の色香で惑わして情報を聞き出し、暴力に訴えて吐かせることもあった。
朝に隊に戻り、表の生活を装う。
完全な二重生活をしていた。
◇
それから5年後。
神聖歴八紀218年。
密輸組織の運営が貴族から商人に代わり、再び彼女は大きく動き出した。
だが、不意にこれまで隠してきた裏の面をロイドに気づかれてしまった。
「ピアース。あなたのやっていることは全て知っている。メイジーも知っている。けど、メイジーには黙ってもらってます。ちょっと強引に」
「フフ、まさかこんな簡単にバレるなんてね」
弟と最後に会った時と今のロイドは同い年ぐらい。
ピアースはロイドを亡き弟と重ねていた。
「あなたに捕まるというのなら抵抗しないわ」
「いや、捕まりたくないだろう」
「抵抗しないわ」
「いいや捕まりたくないだろう。そうだろう。バラされたくなかったらおれの言うとおりにしろ」
ロイドの口からその年に見合わない脅し文句が飛び出してきてピアースは首を傾げた。
「殺しは無し。摘発は行政として強化する。手荷物検査や捜査に犬を使うなどで検挙率を上げる。あと、お前はおれに剣を教えろ」
「……剣を教えるだけ?」
「メイジーの仕事の負担も減らしてやらないと。要は仕事しろってことだ」
「脅されては従うしかないわね」
「そうだ」
その日、朝から演習場に顔を出したピアースはロイドにあらゆる技術を見せた。これまでに見て来た技術、編み出した技、非情な攻撃まで、連日ロイドを鍛えた。
「メイジー、あのね」
「仕事、それさえしてくれれば後は知りません。友達ではなくただの同僚ですから」
「ありがとう」
メイジーと仕事を分担し、普段から甲冑を着るようになった。
そのおかげか、メイジーがピアースの過去を知ったからか、ペアを組むことが増えた。
陰謀潰しのロイドが、薬物規制に乗り出したという噂が広まり、それまで一か八か一攫千金を狙っていた商人たちは挫けた。
やがて隊の宿舎でロイドは初めて無防備に眠るピアースの寝顔を見た。




