5.養子
一週間ほど経ち、店に見慣れない馬車がやってきた。黒塗りの車体に屋根が付き、窓まである。明らかに貴族の乗る馬車だ。
その中から出てきた男は燕尾服を着ておりまさしく貴族に仕える執事といった身なりをしていた。
「ロイド様をお迎えに上がりました」
おれはそれを聞いても何のことかわからなかったが、一瞬考えを巡らせて自ら前に出た。
「僕がロイドです」
「左様でございますか。私はギブソニアン伯爵の命により参りました。伯爵はあなた様を養子としてお迎えすると仰せられて居ります。馬車にお乗りください」
(ギブソニアンだと……! ここの領主の名だ! どうしておれを?)
人生の転機が唐突に訪れる時ってあるよね。
これは願っても無いチャンスだ。正直、飛び跳ねたくなるぐらいうれしい。
雑貨店はもうすぐ潰れそうなほどさびれているし、何より領主の養子ということはおれも将来は伯爵だ。
この物語にタイトルを付けるとしたら?
「平凡な家に転生したけど貴族の養子になったので将来安泰です」
イイネ!
でも、後ろめたさがある。
ここまで育ててくれた両親を置いて、おれだけ幸せになってもいいのだろうか?
チラ……
両親を見ると、すでに荷造りをしており馬車に乗せている。そして従者の一人から大きな革袋をいくつも渡されていた。中から幸せの音色がここまで響いている。
チャリ、チャリと。
(ああ、なるほど……)
おれは売られたようだ。魔法が使える息子。だが商売には関係ない。跡を継がせるより売ってしまったほうがまとまった金が手に入る。
それに二人とはやはりどこか距離があった。その原因は間違いなく自分にある。
(仕方ないな。でも、まさかこの領地を治めるお方の養子とは)
おれは両親と顔を合わせることなく馬車に乗った。
「両親と別れのあいさつは良いのか? もうしばらく会うことはなくなると思うが?」
中には魔導士っぽい姿をした三十代前半ぐらいの男が座っていた。
「はい。必要ありません。あの大金で育ててもらった恩は返せたと思いますし」
「五歳と聞いていたが子供離れした考えだな。気に入ったよ。これから君が身を置く貴族社会でそういった損得勘定は非常に重要となる」
「はい。……あの失礼ですがあなたは?」
「ああ名乗っていなかったな。すまん。私は宮廷魔導士をしているヒースクリフだ」
宮廷魔導士というのが社会的立場から言ってどの程度かわからないが、この人は物腰というか一つ一つの所作に品格がある。
「ここには君の魔導士としての資質を見極めるためにベルグリット伯から遣わされた。さっそくみせてくれないか」
見せろと言われても狭い馬車の中でできる魔法なんてたかが知れている。とりあえず風の属性『送風』を使ってみる。
「おお! その歳で無詠唱か……しかも風は安定して一定の風力。魔力が安定している証拠。それにこの中で使える魔法は限られる。魔法の危険性をキチンと理解し選択できているようだな。私がその領域に達したのは確か十歳ごろだ。君なら将来どんな魔法職にだって就けるだろうな」
(おお、やはりおれは魔導士として素質があるのか)
ようやくおれにも華々しい未来を想像することができてきた。
(それにしても話しやすい。いや煽てられて気分がいいのもあるな。才能をここまで褒められることなんて今までなかったから、ちょっと反応に困るな)
おれはにやけそうな表情を抑える。
そして初対面にも関わらず警戒も忘れて魔法談義に夢中になった。
初めてまともに魔法について語り、ヒースクリフにも質問を繰り返した。
「――なるほど、君は本当に独学で魔法の習得に至ったようだね。普通は座学で魔力の集中と発動、詠唱を学び、属性魔法の基礎級を使いこなすに至るのだが」
「やはりキチンと基礎を学んで置くべきですよね?」
「うむ。しかし君の魔法はすでに〈対魔級〉に匹敵する。それに学ぶといっても君なら残りの道中で火と光の〈基礎級魔法〉ぐらい習得できるだろう。私が教えるよ」
「本当ですか? ぜひお願いします!」
こうして初めて魔導士に師事したおれは、ベルグリット伯領に着く二日間に未習得だった属性魔法、火と光を習得した。
―――二日後。
「ようこそ、我が屋敷へ。今日からここが君の家だ」
そう言ったのはいっしょにギブソニアン邸にやってきたヒースクリフだ。
「私がこのベルグリッド伯領を治めるヒースクリフ・ドラコ・ギブソニアンだ」
「えええええ!!」
ずっと一緒にいた親切なお兄さんが、この辺り一帯の領主様だったのだ。
「黙っていてすまなかった。だが、君とただのヒースクリフとして一度話しておかなければならなかった。私がどういう人物かは先入観なく知っておいてほしかった」
(これもテストだったということか? おれの人となりを見定めるための?)
「正直に言って、この家での暮らしは君にとってつらいものになるかもしれない。しかし、7歳になったら王立魔法学院への入学でここからは出られる。そこはきっと君の求める生活を叶えられる場所となる。だからそれまでどうか耐えて欲しい」
(つらい? 耐える……?)
ヒースクリフがギブソニアン伯爵、つまりおれの父親になる人ということだ。それは喜ぶべきことだが、彼はおれに注意を促している。
その理由は屋敷に入って分かった。
「父上、何ですかその平民は! ぼくは絶対そんな奴を弟とは認めたくないっ!」
「ふへぇへ、ふへへへぇ」
怒鳴りつけてきたのは太った子供。
気持ち悪くニタついているのはひょろっとした子供。
前者は、このベルグリッド家の嫡子、ブランドン。12歳。
後者は次男、フューレ。10歳。
ヒースクリフには2人の息子がいたのだ。
(どうして? 後継者がいないからおれを養子にするのではないのか?)
「そんな薄汚いのを屋敷に入れないで頂戴! 早く放り出して! 早く! 早くっ!!!!」
そう突然怒鳴り出したのはヒースクリフの妻、ベス。
(おれはどうやら歓迎されていないようだが、それにしてもこの二人も養子か? 全くヒースクリフに似ていないな)
しばらく屋敷のロビーで言い争いがあった。ヒステリックに叫ぶベスの金切り声はもはや会話ではなく獣の威嚇のようだった。
それでも話を聞いているとどうやら、ヒースクリフは自堕落で傲慢に育った息子たちが魔法学院で何度も落第したために、生活態度を改め努力するよう約束をさせたそうだ。もしまた落第したら、養子を迎え魔法学院に入学させる。その者が適格と判断されれば、この家の跡取りとする。
要するに父親の権力を傘に着て、実力もないのに威張り腐っている息子に発破をかけたのだ。しかし、本気と捉えなかったのか態度は変わらず落第したため、本当に養子を取ろうと決めた。そんな時商業ギルドの知り合いから平民の魔法の才能を持った子供の話を聞き伯爵家に迎えることにした。それがおれだった。
「このロイドは五歳にして魔法の理に独学で辿り着き、すでに学院の中等科並みの力がある。我がベルグリッド領のみならずこの子はこの国の宝。いずれ大魔道を極めるやもしれん。だというのに、それに驕ることなく探求心を持ち己の道を見据えているのだ。そしてそれだけの力があるにも拘らず、礼節を弁えている」
そこまで褒められると耐性がないので顔が緩む。だが、すぐにおれを睨む三匹の獣に気づいてそんな気分も吹き飛んでしまった。
「それに比べ、ブランドン、お前はもう十二歳になるのに他人を見下し、すぐに感情任せに暴力を振るう。己を正しく見つめ、理性的でなくてどうして魔導士になれる?」
ブランドンは、歯を食いしばり、ギリギリとおれを睨みつけた。
(いや、それはおれのせいじゃねぇだろ!?)
「そしてフューレ、お前はどうして魔法を、他人を傷つけたり嫌がらせに使うのだ。魔法はお前の欲望を満たす為の道具ではないのだぞ」
(いやクズ過ぎるだろ! 本当に血がつながっているのか? こんな奴らをおれは兄として接していかなければならないのか?)
「なんてこというの! それでもあなたは父親ですか! それにブランドンもフューレも優秀よ! 落第するなんて学院側がこの家を貶めようとしているのよ。あなたは二人の落第を取り消してきなさい! なんのための宮廷魔導士なのよ!!」
「そうだ! ぼくの担当試験官をクビにしてよ! そうすればそんな平民なんていらないじゃないか!」
「ママ、あの子に魔法を試したいよ、いいよね?ねぇ? ねぇ?ねぇっ!! ねぇぇッッ!!!」
うわぁ、ここはだめだ。精神衛生上レッドゾーンの危険地帯だ。ヒースクリフもよく正気で居られるものだ。
と思ったらヒースクリフもとうとうキレた。
「ベス、お前は当主である私に命令するのか? いつから伯爵以上の地位を得たのだ?」
本物の魔導士の放つ気迫。
こんなデンジャーゾーンで正気を保っていられる理由はこれか。
ヒースクリフはただの優雅な貴族ではない。先ほどまでと異なり、居竦まされて震えだした三人の態度がそれをハッキリと示している。
「ブランドン、フューレ、お前たちを入学させ、落第の度、問題を起こす度に学院長に頼み込んで在籍を許していただいているというのに……もういい、次はない。今度落第すれば退学、そして勘当する。それが嫌なら己の行いを改めることだ!!!」