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10.紅燈隊の委員長



 

 街に蔓延る麻薬の密売とそれを取り締まる〈自警団〉の話をロイドが持ち帰った後。

 メイジーは私服警邏の報告をまとめていた。

 資料だらけの部屋で、彼女はピアースの報告を忌々し気に読んでいた。


「なによ、この『デート楽しかった。次が楽しみ』って……ふざけてるわね。ロイド卿はこんなにしっかりと…………ん?」


『街で〈自警団〉による私刑がまかり通っている。治安維持並びに経済活動の健全化、市民生活の安全確保のために早急な?麻薬密輸防止策?を講じる必要あり』


「〈自警団〉、後回しにされているあの案件ですね……え、この時間と場所は……」


 即座に資料を集め、メイジーはあることに気が付いた。


「やっぱり、あの人……」


 メイジーは元々、素行の悪いものを隊から排除したいがために人を雇い、尾行させていた。


(毎回巻かれて無駄骨だったけど、今繋がったわ)

 

〈自警団〉の起こした事件の日時と場所。

 尾行した人物の行動の記録。


 複数の日時、場所がピタリとはまった。

 


「紅燈隊のメンバーが〈自警団〉」


 



 メイジーはこういう時に不正や陰謀に鼻の利くロイドに相談した。 


「おかしいと思っていたんですよ。昔の記録を見ても、入隊までの記録が無いんです。軍務所属となってますが実際の記録は無い。何か後ろめたいことがあるとは思っていましたが、まさかこんなことだとは」


「それで、どうするんですか?」


「私たちで確かめましょう」


 仮説を聞いたロイドはあまり驚かなかった。

 


 それから間もなくのこと。


 夜更けに報せがやって来て二人は麻薬がらみ殺人現場を見ることにした。


 推測を確証に変えるに足る証拠を見つけるためだ。



 ロイドが『発光(ライト)』の魔法で辺りを昼のように照らした。すると足跡が確認できた。そこからそこであったことがおおよそ推測できた。

 殺害された者の致命傷の位置、角度からおおよその身長を割りだす。


「あの、サー・アレン、こちらには何用で?」


「管轄を侵害する気はありません。ただ、確認すべきことがあるだけです。どうですか、ロイド卿?」


「…………この匂い」


「匂い、ですか?」

「け、煙でしょう。お吸いになられない方がよろしいかと」

「ええ、そうですとも。燃えてるのは麻薬ですからね」


 ロイドは『鎮火』で火を消し、『風圧(ウィンドプレス)』で馬車ごと周囲の煙を吹き飛ばした。


「うおお、何だ……!!?」

「何が起きた?」

「は……?」



(早い。これでまだ九歳とは……騎士になって最大の幸運は彼と仕事できることかもしれません)

 

 ロイドは目をつぶり、周囲のにおいを確認している。

 

 匂いもまた記憶される。

『記憶の神殿』には匂いの詳細なデータが蓄積されていて、ロイドはそれを基に微妙なにおいを嗅ぎ分けることができる。


 用水路に近づいた。


「ここだ。ここに潜んでいた。だからここに…………」


 鉄の柵で塞がれた用水路の縁の壁面を確認した。門をくぐろうとする者からは死角になる場所。そこに潜んでいたであろう者が壁に身を寄せたときに付いた匂い。


 それはロイドが知っている香水だった。


「皆さん、お邪魔しました。失礼します」

「ロイド卿、どうなんです?」

「そ、そうですよ、何かわかったのでは!?」

「すいません、詳しいことはまた後日」



 そう言ってロイドは引き上げた。

 連れ添うメイジーはその反応を見てロイドが確信を得たと気づいていた。



(まさか、犯罪者を庇う気なの? 陰謀潰しの彼がどうして??)



「メイジー、入隊までの記録が無いことが怪しいと言ってましたが、外務派遣調査員がどんな仕事か知っているでしょう?」


「外務派遣調査員ですか? まさか、彼女がそこに?」


「名前も経歴も、あの仕事は複数使い分け、別人になりきると聞きます。だから記録が無いのかも」


「だからなんです? このまま追及しても別人になって逃げると?」


「それもありますが、おれは告発しません」


 メイジーが歩みを止めた。


「法に背くんですか? あなたが!?」


「順序の問題です。〈自警団〉を特定できたからと言って、捕まえて誰が得しますか。密輸業者を手助けするだけですよ」


「だからといって放っておけるはずないでしょう!」


 ロイドはメイジーを見た。

 強い視線にメイジーはたじろいだ。

 先ほどの役人たちのように、まるで上官に見られているようだった。


「おれたちはたまたま捕まえられそうな者を特定しただけだ。密輸に対し無策だからと目先の結果を求めるのは順序が間違っている。この件に関わるなら密輸を取り締まる方が先だ」



 メイジーは二の句を継ぐことができなかった。


(密輸を取り締まる…………管轄が違う、それに取り締まったからといって無くなるものではない。そんなことはロイド卿もわかっているはずなのに)


 メイジーが心配しているのは隊の名誉を損なうこと。隠ぺいなどしたら誇りも損なう。

 庇っているようにも見えるが、危険な行為を継続させて抑止力として時間稼ぎをするとも受け取れる。


 だが、〈自警団〉を捕まえることで犯罪が増す危険があるのも事実。


「いずれにせよ隊長に報告だけはします」


「……わかりました。ならその前にちょっと付き合って下さい」


「夜更かしする年じゃないでしょう」






 ロイドたちは少し離れた壁の下にやって来た。



「おや、こんな夜更けにどうなさったのですか、ロイド卿」


 ピアースと同期と自称していた城壁警備の男。

 

「『聖域(サンクチュアリ)』」


 その一言で神聖魔法が発動し、兵を清浄な空間が取り囲んだ。


(は、早い!! 神聖魔法を詠唱も無しに…………)


「……!! ぐぁあああ、何を……!!!」


「この空間はつらいだろう。それがあなたの立場を物語っている。懺悔することがあるのでは?」


「ロイド卿!! いきなり何をしているのですか!」


 メイジーの問いに答えることなく、ロイドは聖域の中の兵を見ながら話し始めた。


「どうして彼女の名前を初めから知っていた」


「……はぁ、はぁ……な、なに?? 何の話だ?」


質問の意図はメイジーにはわからない。

だが男はそれを聞かれて明らかに動揺していた。


「さっき言ったと思いますが、外務派遣調査官は過去の経歴を変えるのが常。しかし彼は騎士になってから会っていなかったというのに最初に『もしかしてピアースか?』と言ったんです。軍務に就いていた時、彼女の名前は『ピアース』じゃなかったはず」


 ようやくメイジーはロイドの言わんとすることを理解した。


(軍務教練時代からピアースなら記録は残っているはず。ないということは軍務教練時代の本名は別ということね。それをこの男が知っていたということは、騎士になってから会っていた)


「共に軍務教練をした彼女が、外務調査官となり、その後?騎士ピアース?となっていたことを、壁の警備をしているあなたが知っていたのはなぜ? 外務派遣調査員のことはメイジーが調べても分からなかったはずなのに」


「ぐぃ、やめろ……おれは……」

「ロイド卿、この男は一体…………?」

「密輸業者は兵の動きを熟知している。けど、壁の先に進むのに内部の協力者は絶対に必要だ」

「まさか、彼が……?」

「待て……話す!!」


 ロイドは兵の『聖域(サンクチュアリ)』を解いた。


「おれは確かに密輸業者を手引きしたことがある。もちろん今は違う。脚を洗ったんだ。だがおれにはまだ伝手がある。だから、今は、情報を、密輸の情報を……〈自警団〉に流している」


「〈自警団〉とは誰ですか? 名前を言いなさい!!」




「…………ピアース・ハート・ナイトレイだ」



 

 メイジーは手を握りこんだ。

 

(誇り高き騎士でありながら、夜な夜な蛮行に耽っていただなんて…………)


 気の合わない、騎士に不適格な女の首を取ったと、メイジーは笑みを浮かべた。


「では本題に入りましょう」

「え? これ以上何を話すことがあるんですか?」



 ロイドは先のことを考えていた。

 ピアースに証拠を突き付けたとしてどうなるか予想した。


「彼女がこの男の存在を隠す気があるなら、私服警邏でここには来なかったはずだ。おれに気づかせたのはなぜか」


「え?……まさか、わざと捕まえさせようとしてるというのですか?」


「おれたちが彼女を捕まえたら十中八九、おれたちの任務に〈自警団〉の代わりという管轄外の仕事が加わる」


(……麻薬密売を王宮騎士に取り締まらせる。管轄権の伸張。その為の布石だと言うの?)


「で、でも……」


 メイジーは考えをめぐらす。

 確かに、自分の行動の末、事態の悪化が見られれば、責任を果たすべく動く。


「おれには証拠を突きつけに行って、『待ってました』と笑うピアースの顔しか浮かばない」


「だから、告発をしないというわけには…………」


「いいや、しない。おれは気づかなかったと白を切る。だって、どうせ仕事が増えるのに、あいつの計略にハマったからやるだなんて嫌だ。おれは街のために働くなら自分の意志でやる!!」



 それは建前で、ロイドは知りたかった。


 ピアースがなぜ人を殺してまで薬物を憎悪しているのかを……


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