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9.紅燈隊の新人お姫様



 ピアースとの私服警邏から一週間後。


 ロイドはまた別の女性を連れ歩いていた。


「ロイド卿、もっとゆっくり歩いて下さい。街を楽しめませんわ」

「はいはい」


 街歩きには不向きなドレスは一目見て上級貴族のご令嬢のものだとわかる。遠目にも目立つ明るいブロンドはふわりと風でなびき、露になった面貌は幼さが残りつつも絵画のように美しい。


 行き交う人々はまさかと思い、彼女に注目する。

 

「何かおかしいでしょうか? 皆さんこちらを見ているようですが」

「そのバカみたいな格好のせいだろ」

「え、でもこれでいいってテトラさんが」


 そういう彼女の手にはドレスには不釣り合いな重厚な槍が握られている。

 この美少女はもちろんシスティーナ姫ではない。


 十五歳で騎士に内定している新人、ナタリア・ロー。


 ロイドは彼女の教育を任された。

 ナタリアは公爵家の令嬢であり、市井の暮らしなど全く知らない。そこでロイドがガイドに選ばれた。


「からかわれたんだよ。というかなんでドレスなんだよ」


「なんで、と言われましても淑女たるものドレスを着こなすのは嗜みですから」


「…………職位が上だから正直に言うんだけど、お前と話してると疲れる」


「まぁ~なんてひどい言い草!!」


 天才というものは凡人には理解しがたく、時に変人に見える。


 ナタリアは正にその天才である。幼いころから槍を振るってきたわけでもなく、興味本位で始めて数か月で達人の域に達した。

 すでに『鬼門/気門法』も習得、というより初めからできていた。


 体力も初めから備わっていた。技や隊形は一回見ればすぐできる。

 彼女は紅燈隊に来てから未だに努力をしていない。ゆえに、全く騎士らしさは備わっておらず、入隊に来た時と変わらないお嬢様のままだ。


「私のローア語の発音、抑揚、言葉の選択は淑女として完璧のはずです。私と話してどう疲れるのでしょう?」

「そういうとこ」

「ま~! ロイド卿は隊長の前ではいい子ちゃんですよね。こんなに意地悪な子だったなんて」


「はいはい、すいませんね」


 実は、この私服警邏はナタリアが望んだものだった。

 

 彼女を突き動かすのは興味。

 十五歳の少女は、公爵家の令嬢として、やや変わった生い立ちを持つ。王家の血を引きながら東方の辺境を治めるロー家で放任されて育ち、自由に生きてきた。父親は旅に出ては異邦の奇妙な話を蒐集しナタリアに聞かせた。母親は詩を読み、楽器を奏で、踊り、庭を造って、それらの美的感覚をナタリアに教えた。二人はナタリアが興味を持ったことをとことんやらせた。


 次に興味を持ったのが騎士。


 そして入隊し、次に興味を持ったのだロイド。



 年下、男子、天才児、元平民、聖人? 宮廷魔導士級の騎士、姫のお気に入り。

 自分に対し、委縮せず、遠慮もせず、対等以上の存在。尊敬の入り混じった好奇心はやがて、これまでに無い感情をナタリアにもたらした。



「ロイド卿は私といても楽しくないのでしょうか?」


「遊びに来てるんじゃないんだから」



 素っ気ない態度にへこむナタリア。ロイドはそれに気が付いている。というよりわざとやっていた。

 正直鬱陶しく、苦手に思っていた。

 なぜなら、ロイドが苦労して剣に打ち込んでいく中、あっという間にそれまで武器も持ったことも無かった少女が追い抜いたのだ。

 

 悔しさでロイドのナタリアへの態度は冷ややかになり、その距離を埋めようと遊び気分で話しかけるナタリアの言動が余計にロイドの気持ちを逆なでした。





 そんな時、路地に入った二人の前に男が立ち塞がった。刃物をチラつかせている。


「君たち、ちょっと黙って拉致られてもらおうか」


 当然の成り行きと言える。

 槍と剣を持っているとはいえ、貴族の格好をした少女と少年が歩いていたら良からぬ輩を引き付けてしまうだろう。


 ロイドは予想していたが、ナタリアは驚いた。

 そこで二人の行動に差が生まれた。


「…………無礼な! 私の槍の錆にして差し上げますわ!!」


「おおう、怖いね。でも、そんな重そうな槍が振れ……ぁああああぎゃあ!!!!」

「「「ぎゃああ!!」」」


 目の前にいた男たちが地面にめり込んだ。

 同時に同じような悲鳴がロイドたちの背後と、屋根の上から聞こえた。


「え?」


 ナタリアは何が起きたのかわからず、辺りを確認する。


「今の、ロイド卿ですか?」

「油断するな。後方を警戒しろ」


「は、はい」



「そういえば、対人戦の実戦は初めて?」


「はい…………」


 暴漢は七名逮捕された。その全員がロイドの魔法で捕縛され、ナタリアはそれをただ見ているだけだった。

 逮捕後、憲兵と共に聴取に同行。

 暴漢たちは薬物依存の下層民で、薬物を買うため強盗に身を落とした。


「最近、街に活気が。その弊害ですね」


「左様です。薬物の密輸量は増えて居りまして、ああいう輩も後を絶ちません」


「ローア南部からの麻薬密売ですか。確か以前もありましたね」


「ええ、当時は貴族も関わってましたが今は商人が中心です。ああ、その折は、取り締まりのきっかけを作っていただきありがとうございました」


「ゴルトンのことは偶然です。まさかあれほどの犯罪が明るみになるとは思っていませんでした」



 近くの詰め所で、ロイドは兵と話していた。

 以前ピアースと話していた男だ。

 隣にいるナタリアには何のことか分からない。



「しかし、よほど上手くやっているようですね」


「断って置きますと、我々に賄賂は渡ってないですよ。あなたのおかげで些細な金の流れも追跡できるようになりましたから、出来心も湧きませんしね」


「疑ってませんよ。ただ、麻薬のこと、貴族の間で噂を聞かなかったので」


「ああ、流通しているのは下層民の間だけです。我々が気づかないような小規模な取引しかやってないんですよ」


「どうして? それではリスクを負って王都に密輸するメリットが少ないでしょう?」


 この時、会話に入りたくとも入れず、置いてきぼりにされ、歯がゆい思いのナタリアは独特な思考回路でロイドと兵の会話から考えを導いた。

 先ほどの自分の不甲斐なさも含め、何がいけないのか。

 


「ロイド卿」


「ん?」


「私の話し方と服装、振る舞いは…………場違い?」


「その通り」


 ハッキリ言われて、ナタリアは悟った。

 回りくどい話し方ではこの速い会話についていけない。黙っていても意見を聞いてもらえないし、話を振ってもらえない。

 戦いでは問答をしている余地はなく、暴漢を拘束するのにドレスのなんと不便なことか。

 王都を楽しむなどという腑抜けた気構えがロイドの脚を引っ張った。


(このままではいけない)


 ナタリアは好奇心を満たし楽しむことと、騎士となることの両立を諦めた。





「それで、どうして下層民にしか行き渡っていないんですか?」

「…………それは、自警団ですよ」

「自警団?」

「勝手に密売を取り締まっている輩がいまして、我々は『自警団』と呼んでます。大きい取引は彼らの眼を引いて、すぐに潰される。数年前にもしょっちゅう暗躍していたので、同じ連中でしょう」


「迷惑そうですが、犯罪を取り締まる手間が減って良いのでは?」


「殺しがなければそうですね」


 私怨からか、「自警団」は麻薬を取引する者たちを始末して回っているという。

 おかげで商人たちは手を引き、麻薬の価値は高騰。現在は一攫千金を狙う者だけが密輸に手を染めている。

 だが「自警団」の被害者が増すのみ。

 かろうじてその眼をすり抜けた麻薬が下層民同士の間で売買されている。


「過激な者が『自警団』狩りを始めるのも時間の問題です。そうなれば市民も巻き添えになるかもしれません」

「確かに」


 ロイドはただ頷き、お茶を口に含んだ。


「ん? お前、何してるの?」

「お茶を淹れました!!」


ロイドの手元におかれたお茶はナタリアが淹れたものだった。

 少し話をしている間にナタリアが急激に態度を改めて、その割り切り方をロイドは不気味に思った。




 


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