8.紅燈隊のお色気担当
「また、あいつはサボりか!?」
9歳のロイドは演習場で声を荒げる。その様子を女騎士たちがほほえましく見守る。
「ロイドは本当にピアースが大好きだね~」
「ヤメロ、テトラ、だ・ま・れ」
「なんで私には当たりがキツイのさ!?」
演習場に顔を見せないピアース。
ここ最近は特に職務をサボり、やる気が感じられない。
さすがに討伐や姫の護衛はやっているが、それ以外では屋敷にもいないことが多い。
「はぁ…………注意も減俸も無視ですから。これ以上隊の規律を乱すなら除隊も検討した方が良いのでは?」
真面目人間のメイジーは特にピアースとはそりが合わず、しばしば対立していた。
だがロイドがイライラしているのは隊の規律のためではなかった。
「クソ、最後にあいつのを見たのは3週間前だぞ!」
「え、何の話ですか?」
「ロイドはピアースのスタイルが気に入ってるのよ」
意味深な言い方をするオリヴィア。その顔は冗談を言っているわけではなさそうだ。
「ロイド卿……確かに魅惑的な体つきですがアレに依存すると後で泣きますよ」
「ええ! ロイド君はああいうのが好きなの? いや、男の子だね~」
「……明日は私服警邏だから全力で魔法が使える。一人ずつ相手をしますか?」
「「「………」」」
ロイドが怒っていたのはもちろんピアースの肢体に惚れこんでのことではない。
彼女の戦闘スタイルはロイドにとって理想的で参考になる。
臨機応変、変幻自在な戦法。
身体能力だけではなく立ち回りの上手さと的確な動きは剣だけではなく魔法戦闘にも応用できるものだ。
「イラついていますね。明日は私服警邏なのだから気晴らしすれば良いのでは?」
「そうですね、その警邏のペアがピアースじゃなかったら気分も違うんでしょうけどね!」
私服警邏は最近できた職務。
内容はただ街をぶらぶらしたり、適当に店に入って、あったことを報告するだけ。名目は都市の治安維持のためだが、実質休みと変わらない。
「ピアースが来ないなら私服警邏はキャンセルかな」
ピアースによってたまったイライラを発散する機会さえもピアースによって失われる。
ロイドは確信し、あきらめた。
◇
私服警邏当日。
「あら? 私とのデートがそんなに不満なのかしら?」
「どういう風の吹き回し?」
珍しくピアースが来た。
「せっかくのロイド君とのデートなのに、サボるはずないでしょ?」
にっこりと愛想を振舞うピアースにロイドは違和感を覚えた。
(ちゃんと服を着ている)
シャツのボタンはキチンと締まり、ベストまで着ている。スカートどころかズボン、ヒールではなくブーツ、髪は下ろさずまとめている。
さらに、いつもは手ぶらなのにちゃんと帯剣している。
女が脚や胸元を見せることは基本的にこの世界では無い。
あえて見せるのは娼婦くらい。
あとはせいぜい機能的に出てしまう冒険者。
いずれにせよ騎士では絶対ありえない。
ピアースは常にそのありえない格好で居たため、ロイドは目の前にいる普通のパンツルックの女性がピアースとは別人ではないかと疑った。
「どうかした? 行きましょう!」
「う、うん…………」
(そういえば、ピアースのことは何も知らないな…………)
聞く機会はあったが、どことなく聞けない雰囲気を出している。
彼女は気さくで親しみやすいが、人のことを聞こうとしない。それは自分が聞かれたくないことがあるからだと思った。
「ん?」
考え事をしていたら手を掴まれていた。
「手をつなぐ必要はないでしょ」
「つないで問題ある?」
地味目な恰好をしていてもピアースは目立つ。
「ねぇ、見てあの人。すごい美人」
「うひょーいい女!」
男も女も皆思わず振り返る。
「子供連れかよ」
「弟さんよ、きっと」
「声掛けてみようぜ」
「やめとけ、剣を持ってるぞ」
帯剣しているためなのか、誰も話しかけてこないが衆目の関心を集めることはロイドにはストレスだ。
「なんだか人が多いわね?」
「あなたのせいです」
「違うわよ~。最近街はにぎやかでしょ? それも私のせい?」
貴族特権の一部見直しで、マージンをぼったくられることが無くなり、流通が活発に、商業が盛んになった。それで王都は特に人の往来が増えた。
「憲兵も大変ですね。増員はされてないから仕事が増えて困っているかも。ピアース、騎士が嫌なら軍務で夜勤したらどうですか?」
「もう~メイジーの影響かしら? 言い方が意地悪ね。私、何かしたかしら?」
「仕事サボられると迷惑なんですが」
「ああ、昨日の演習行かなかったから拗ねてるの? ごめんなさい。また今度教えてあげるから」
まるで駄々をこねている子供をあやすようにロイドの頭をなでる。
「ちょぉと! 本当に、往来でやめてくださいよ! 子ども扱い嫌いなんですよ!!」
思わずロイドはその手を払いのけた。
どうせ悪戯な顔つきで自分を見下ろしていると思い見上げる。
「…………」
「き、聞いてます?」
頭から手を払いのけられた後、ピアースの眼はロイドではない別のものをみているようだった。
「あ、うん。ごめんね、嫌だった?…………ごめんなさい」
深刻そうな顔色で平謝りする。
「いや、そんなに強く言ったつもりでは…………」
その後、二人は街の城壁近くまで脚を伸ばした。
相変わらずピアースはあっけからんとしたまま。どうやら反省したのは一瞬らしかった。だが拒絶した時の反応があまりに寂しそうだったため、それ以降ロイドは強く言うことができないでいた。
(あんな顔もできるとは……もしかしてわざとか?)
「あれ、もしかしてピアースか?」
考えを巡らしながら歩いていると城壁の警備をしている兵がピアースに声を掛けてきた。
「……あら、お久しぶり」
「ほう、騎士になってからも色々噂は聞いていたが、少しはまともになったみたいだな」
「いいえ、これは今日だけです」
口を挟んだロイドは子ども扱いされたので子供らしく口を開いた。
「ん? なんだ、お前の弟か? それとも…………いや、すまん」
「フフ、城壁警備なんてそっちこそ出世したものね。それとこちらはロイド卿よ」
「…………あの?」
兵は目を見開き、視線は上へ下へ行ったり来たり。
「ええ、あの」
笑顔でいたずらっぽくピアースが答えた。
すると次の瞬間、兵は片膝をついて頭を下げた。
「大変申し訳ございません!! あなた様がかの有名なロイド卿であらせられるとは……」
「いやいや、なぜそんな、いいですから別に。ピアースの方が職責は上ですよ?」
同じ騎士爵でもロイドは未だ六席、ピアースは三席。
先ほどまでピアースに気安い態度を取っていたので彼が同格の爵位職責持ちか、爵位を気にしない軍人と思えた。だがどうやらどちらでもないらしい。
(いかがわしい関係か?)
「彼女とは軍務教練時代の同期でございまして……つい、立場を忘れ軽口を」
「え? ピアースって軍務所属だったんですか?」
ロイドたちは気づかなかったがピアースの眼元がピクついた。
「はッ! 教練終了後は確か、外務派遣調査官に―――」
「ちょっと、女の秘密をペラペラ話さないでよ。奥さんに昔の女のことバラしちゃいましょうか?」
「ああいや、勘弁してくれ!!」
他人の家庭環境にヒビを入れるのは申し訳ないのでロイドはそれ以上追及しなかった。
外務派遣調査官は要するに諜報部員のことで、帝国やローア大陸南部の小国家群の情勢調査などを目的とする軍務とはまた別の勢力だ。
(つまり、彼女は軍務で軍事訓練を受けて、外務省の部隊に配属されてから紅燈隊の騎士になったのか…………)
多彩な戦闘方法と臨機応変な対応力。
その背景に確かな経験があったことは意外ではないが、やはり特殊な経歴には驚いた。
ロイドに気づかれてバツが悪そうなピアースは何か考えているらしく黙っていた。
城壁の上に昇り、街を見下ろしながらしばらくしてピアースが口を開いた。
「……聞きたいことがあったらいいのよ、尋ねても」
「いえ、別に興味ないですよ」
ここで聞いてしまったらフェアじゃない気がした。
ロイドの人生はピアース以上に特殊な変遷をたどって今に至る。例えピアースの過去を教えられてもその対価に教えることができない。
「もう~ そういうところが大好き!!」
さっきまでは抵抗があったのに、なぜか引きはがす気になれずロイドはされるがままだった。




