幕間 金の亡者は香料に敗れる
ロイドが自分への謁見を求めていると聞き、王は部屋に通した。謁見の間ではなく、王の間だった。
そしてロイドに渡された紙を見て王はすぐに金冠隊に命令を下した。
命令を素早く実行した金冠隊はある男を連行し尋問した。男は当初何も話さなかったが捕まった一部の山賊の証言により、男が山賊の一味だということが確定した。そしてそれがゴルトン大臣の屋敷に出入りしていたという証言もあり、王は大臣を召喚した。
「申し開きがあるなら聞くぞ、ゴルトン」
こうも簡単に部下が捕まるとは思わず内心焦っていた。だが、証言というのは山賊の信用度の低い物だけ。それならここで強く否定すれば証拠も無く裁くことなどできない。
「恐れながら私の配下が捕まったのは何かの間違いでしょう。あの者が山賊と通じていたというのはその山賊の虚言にすぎません。それとも陛下は長年仕えてきたこの私よりも山賊の言葉を信じるというのですか?」
「山賊の言葉を鵜呑みにするほど余は愚かではない」
やはり、と大臣は笑う。揺さぶりでぼろさえ出さなければ済む。そう内心ほっとしていた。
「余が愚かだったのは貴様のような男を野放しにして、民の安全と生活を脅かしてしまったことだ」
「……?! 陛下それはあまりに……」
「だまれ、貴様が何をしたのかは分かっている! 私利私欲のために犯罪者と結託するなど、あきれてものも言えぬ」
どういうことか。
大臣はこれが単なる揺さぶりに思えず、思わず認めてしまいそうになる。それを堪え、逆に王へ迫った。
「陛下、私が犯罪者と結託したと申されるからにはキチンとした証拠があるのでしょうな? 国王と言えど法を無視し、証拠も無く裁くことなどできませんぞ。もし証拠がなければ私は神殿にこのことを告発させていただく!」
それを聞いて王はゴルトンに数枚の紙を見せた。
「な……!」
そこには自分の部下と、山賊の頭目が同じ馬車で逃げるシーンが精密に描かれていた。
ロイドが得た証拠。それは顔だ。
逃げる馬車から見えた男の顔をロイドははっきりと『記憶の神殿』にインプットしていた。
「ロイド卿は多才だ。この絵も素晴らしいが、こんな下らんことに才能を使って欲しくは無かったな」
「ぐっ……こんなものねつ造だ! いくらでも好きに描けるではないか! 私を貶める気だ!」
「フン……面識のない男の顔をロイド卿がどうやって描いたのかはさておき、これでも認めないというなら動かぬ証拠を見せようか?」
王が合図すると衛兵がゴルトンの前に大量の金貨と銀貨が入った箱が置かれた。
「これは……」
「貴様の別荘を捜索させた。これは何の金だ?」
(マズい、もうそこまで手が回っていたのか……)
「ゴルトン、この金は貴様の金か? 調べればすぐにわかる。どこから集めてというのだ?」
「……これは……寄付金です」
「何?」
(こうなったら背に腹は代えられん)
「神殿への寄付の為に集めた金なのです。なので収支が合わなくて当然。そしてだれがどれだけ寄付をしたのか名前を言わない方も多く、わからないのです」
(こう言われて否定は出来まい。このわしがここで終わるはずがない。金が力なのだ。金さえあればどうとでもなる。王の融通の利かなさより、わしの現実的な利益優先主義の方が国の為なのだ。この国にはわしのような男が必要なのだ)
「もういい。どこまでも不愉快なこの者に真実を見せよ。魔導士長」
「はい。ではろうそくの明かり消します」
「へ……? 一体何を……?」
宮廷魔導士長が魔法で火を全て消すと辺りは暗闇となった。もちろんゴルトンの周りには衛兵が控えているので逃げることなどできない。
「光の加護、輝きを持って万物を照らす道しるべ、変幻自在の色彩に求むるは不可視の色―『光彩黒光』」
その詠唱により発せられた魔法は光の色を自在に操る『光彩』という対人級魔法の応用であり、波長を変えることで様々な色の光を再現できるというもの。
そして、魔導士長が生み出した光は波長が長くほとんど視認できない、ブラックライト。
それに反応し、ゴルトンの金がまばゆく光った。
「その光こそ、それが山賊のアジトから持ち去られた金だという証拠だ。ロイド卿が仕込んだ香料がこの魔法でのみ反応し、暗闇で光るのだそうだ」
香料の原料は柑橘系の果物で、それをハーブと混ぜ乾燥させたものが粉末状で売られている。これは蛍光物質を多く含んでいてブラックライトに反応して青白く光る。そしてこの香料の蛍光物質は洗っても中々落ちないため、においがなくなってもしばらく残ってしまう。
この方法はロイドが発見したものだが、元ネタは映画。においや通し番号、微弱な放射能による追跡などを思い出し、この手の現金の追跡方法をどうにか再現できないかと考えていた時、紫外線を魔法で再現できればと思い立った。『光彩黒光』の魔法を創り、適当にその光を当てていて特定の果物や金属が反応するのを発見した。
汚職のほぼすべてに金が絡む。その金の追跡方法があれば便利かもしれないと用意していた方法だった。
「こ、こんなもの、だれかが私を貶めるためにねつ造した証拠だ!」
「誰もこの金に細工することなどできん。仮に細工をした者がいたとすれば、その者も先ほどの魔法で見つかるはず。だが見た通り光ったのは金だけ。金をずっと見張っていた二人が細工していないというのにいつ金に香料をつけたというのだ?」
必死に言い訳を考えるゴルトンだが何も言えなかった。ただ迫る足音がもう背後にまで近づいているのを感じた。死神の足音だ。
(あの時もっと念を入れて計画していれば、確実にあのガキを始末していれば、こんなことには……)
「最後にチャンスをやろう。他に関わったものの名を言え。そうすれば家族の命だけは保証する」
「……ッ! ぐぅっ! ううぅ……わかり……ました……」
こうして、前代未聞の汚職事件は王宮を巻き込み大事件へと発展し、多くの官僚、兵、役人が芋づる式に検挙された。そしてピアシッド迷宮都市伯までもが深く関わっており、迷宮都市での衛兵の汚職を指示していたことを自供させられ、検挙される事態となった。




