15.山賊4
朝になり下山すると、街道には意外な人物が待ち受けていた。
「意外と早かったわね」
山賊と汚職兵を拘束して詰め込む用の5台の馬車と騎馬8機を率いてきたのは金髪ツインテの少女、オリヴィア・ハート・レイニー。紅燈隊副隊長だった。
彼女とおれは叙任式の祝いの席での失言があって以来微妙な関係だ。きついお叱りを受けておれにも謝罪してくれたが三か月経った今でも溝がある。
「副隊長自ら来ていただけて恐れ入ります」
「フン、命令だから仕方ないでしょ」
差別的な発言は無くなったが気難しくて困る。だがこれでも彼女は指摘されたことは素直に直すのだ。意外と人の言うことに影響されやすい。
というのも彼女は見た目通り若く、まだ17歳くらい。
要するにまだ子供なのだ。
「ねぇ」
「はい? 何でしょう?」
「……いえ。その、あなたの知り合いに街で会ったわ。あの人何者なの?」
何者というと剣神のことだろうか。何かあったのか?
「昨日稽古だって言って剣持ってる女子全員に切りかかってきたのよ。まぁすごくためになったんだけど……部下の前で土をつけられたじゃない! どこの誰なのか教えてくれなかったし!」
(何してるんだあの人……)
「何者と言われても、本人が答えなかったことを私の口から勝手に言うことは出来ません。まぁそもそも大して知りもしないんですが」
「……そうね。詮索してもダメよね。騎士なんだから」
おお……前だったらすごい悪態をついてあれこれ聞こうとしたのに、改めてるな。
「一つ言えることは、あの人と剣を交えるなんて光栄なことってことだけです」
「……そうね。強かったわ。強さが推し量り切れなかったもの。私これでもマイヤ隊長の次に強いのよ?」
この若さで重職に就くのは特別な才能を持ったものだけだ。
その自負と年齢で舐められたくないというプライドがハッキリと顔に出ている。
基本この子のことは顔を見ればわかる。正直こういう嘘が付けない人は大好きだ。
拘束した者を馬車に乗せ、宿場街に向かった。そこで一晩泊まって翌朝出発。その日の夜にようやくおれは王都に戻った。
この長い道のりの間にオリヴィアとは少し打ち解けられた。捕まえた兵の数や作戦について話し、それを彼女は素直に感心しながら真剣に聞いていた。
◇
ロイドが凱旋する前。
先に王都に戻った学生たちは無事戻ってきたことに安堵した。今回の道中は危険が多かった。往路の魔獣襲撃、復路での山賊との駆け引き。後者については後になってから知らされショックも大きかった。
「ひどいな、ロイド君、教えてくれてもいいのに」
「そうだよな。一歩間違えたら襲われてたんだろ?」
「でもまぁそうならないと思って先に行かせたんだし……」
「不安をあおっても意味、無い」
「おそらく、ロイド君は確信していたのでしょう。我々の身の安全を―――」
ロンドンの視線の先には同行してきた冒険者が居た。
「ああ、あの人にだけ作戦内容伝えてたんでしょう?」
「確かにすごい強いよな。なんか王宮騎士団のすごい強い人に稽古つけてたし」
「強さもそうですが……あの剣、あの模様……どこかで見た覚えが……」
「もしかしたらどっかの国の英雄だったりして」
カミーユの予想は半分当たっていた。システィナの持つ剣〈不可能を覆す導きの剣〉は多くの文献に載る、名剣の中の名剣。しかし実物を見た者はおらず、一部の装飾と伝説が伝わるのみのため、歴史に詳しいロンドンにもそれ以上は分からなかった。
◇
その頃、王宮内では汚職で駐屯兵が捕まったとの知らせに戦慄が走っていた。
中でも当事者となる一人の男は必死に今後の対応を考えていた。
「大丈夫だ。証拠は出ない。山賊とわしは直接の接触はない」
それは国務を担う重要人物の一人。
ゴルトン大臣であった。
金に汚いことで有名な男ではあったが、それで裁かれるはずもなく莫大な資産により地位と発言権を高めた成金。
当初、山賊との契約により馬車を襲ったのは敵対する貴族の資金源だった商会を標的として、荷の運搬費を倍増させるためだった。しかし、そのせせこましいやり方は思っていた以上に効果的でバレにくい。そして調子に乗って他の馬車も襲わせるようになった。
翌日、ロイドが凱旋したころ、自分の部下も戻り、詳細を聞いて大臣は戦慄した。山賊は壊滅し、あと一歩で部下も捕まっていた。そうなれば自分とのつながりから捜査の口実を与えかねない。だがそれを逃れたということで、もはや心配はないと油断していた。
嵐は去ったと誤認してしまっていた。




