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14.山賊3


 日が暮れ始めた時、二番目の馬車はまんまと山賊に襲われていた。だが襲った山賊たちは聞いていた話と違い戸惑った。馬車の中には取引をしている衛兵の他に子供が一人いるだけ。捕まった冒険者はいない。


「ガキだけだと? どういうことだ?」


 その問いは汚職兵に向けたものだった。だが彼らも山賊がまだ事情を知らないことに驚いた。先行した馬車から逃げた冒険者を始末するという算段だったはずだが、山賊が何も知らないということはそれが失敗したということだ。


「捕まった奴らは同乗した他の奴らが逃がしてから、あんたらに始末をつけてもらうつもりだった。あんたらがやってないならもう宿場街に着いちまってる!」


「ちっ! 役立たずだな。おい! ガキと兵どもを消せ! 大規模な討伐が来る前にアジトも撤収するぞ!」


「ちょっとまて! やめろ!仲間だろ?!」


 しかし、情報を持つものを生かしておく理由などなかった。当然ロイドが子供だろうと山賊に慈悲の心など無い。


「待ってください! お金ならあります! 僕を殺せばさらに討伐隊の規模が大きくなりますよ! 僕はロイド・バリリス・ギブソニアンだ! 父はベルグリッド伯で、それから……」


「能書きはいいから金があるなら出してみな、ガキ!」


 元々、子供のフリをしていたロイドにとって、慌てた演技など造作もなかった。ロイドは言われた通り、財布を渡す。中身を確認して男はそれを背後にいる男に渡した。どうやら、その男がこの場で一番力があるらしい。金貨を確認してその男はニヤリと笑い、山の奥へと戻っていった。


「さて、それじゃ、金貨に免じて選ばせてやる。その崖から飛び降りるか、おれに剣で刺されるか、選べ」


 これまで山賊たちは通行税を払えば無傷で通してきた。必要なのは金で殺しではない。だが今は違う。男はロイドを急かすように剣を抜く。汚職兵たちはもちろん、御者の男も他人ごとではないのでいつ逃げるか機をうかがうが、斜面の上から弓が狙っており、どうすることもできない。


「では、どちらでもいいので、最後に一つだけ教えてくれませんか?」


「ああいいぜ。答えたら飛び降りな」


「今渡した金は最終的にどこに行くのでしょう?」


「そんなこと聞いてどうする? まぁいい。お前の想像もしていないお方の下に行くのさ。てめぇのせいでおれたちはここを離れる。そのお方の御怒りを買わねぇようにすぐにでも集めた金と一緒に上納されるだろうぜ?」


 ロイドは男の答えに満足したのか。崖の方へと歩いた。山賊たちはそれを笑いながら見ていたが、ロイドは手前で止まり飛び降りない。初めからそのつもりなどなかった。


 ただ、魔導士として戦うのに最適な距離を取っただけだった。


[バゴッン! バゴッン! バゴッン!]


 斜面に居た弓兵がまず地面に喰われた。


 土魔法『石棺』。拘束用の対人級魔法。『土流』で対象を覆い、瞬時に『石礫』で土を圧縮して閉じ込める。長々と男が話している間に、無詠唱で魔法を準備しておき、瞬時に発動させたのだ。


「なんだ! どうした!」

「うおお!!? なんだこれは誰が??」


 動揺している山賊が次々と『石棺』に喰われていく。喰われた者は内側から破壊を試みるが土石の圧力を腕力でどうにかできるわけもなく、もがくことすらできずにいた。一応呼吸ができるよう顔に穴だけ出ている。目的は虐殺ではない。


 ついでに汚職兵も拘束して御者は街へ戻るよう促した。この後宿場街から紅燈隊の迎えが来る手筈だから問題はない。


 ロイドの魔法を見てすぐに逃げた何人かを山に入って追う。幼いころから林を走り回るという適当な訓練を繰り返していたため、その追跡速度は山に慣れた山賊たちを焦らせるには十分だった。


 山賊は追跡をまくため罠を仕掛けた道を進む。


 落とし穴、くくり罠、トラばさみ。


 ロイドは落とし穴に落ちる前に『土流』で穴を塞ぎ、くくり罠で釣り上げられる前にロープを『風切』で切る。トラばさみは『氷結』で動かなくした。

 

 やっかいだったのは木に潜んだ伏兵からの矢での遠距離攻撃。

『風の鎧』で防げるが正確に人体の正中線に向けて射られると防ぎきれないこともある。

 矢の風切り音に集中してとにかく止まらずに動き続ける。矢を当てるために的の動きを予測することと、正確な飛距離を図ることが特に難しい。そしてそのためには位置取りも大切になってくる。


 なるべく木々を盾にしながら敵の一射に対し、『連弩弓』10射をお見舞いする。そして振り返らずそのまま突き進んでいった。


「ボス! 早くずらかりましょう! あのガキ猫かぶっていやがった! 無詠唱の魔導士だったんだ!」

「何!……そうか仕方ないな」


[ドス……ブシュ……]


「なに、を……?」


 頭目とその取り巻きは部下たちを皆殺しにして口封じをしていた。


「悪いな。お前らは知りすぎている。それじゃ行こうぜボス。おれはまだ必要だろ?」


 頭目は数人の身なりのいい男たちにロイドから盗った金を渡し、馬車へ同乗する許可を求めた。しかし、身なりのいい男は焦りを募らせている。


「お前らは足止めをしろ! こうなったのはお前らがあのガキを甘く見たせいだ! どれだけ危険なガキかあれほど言ったのにバカにしやがって……」


「おいおい、ここで手を切ってもいいんだぜ? だがそうしたらおたくの主様が不安で夜も眠れなくなるだろう? なんせ自分の側近が山賊のアジトで捕まって尋問されるんだ。きっと主様はお前に死んでほしくて誰か雇うだろうな? ばらされたくなきゃ言う通りにしな。おれたちはもう運命共同体なんだよ」


「おのれ下種が……」


 そうこうしているうちにロイドは逃げる山賊たちを無力化してアジトに着いた。そしてすぐに荷物を積み込んだ馬車を見つけた。


「あのガキ、もう登ってきたのか! 他の奴らは何してやがる!」

「早く乗れ! もたもたするな!」


 走り寄るロイドであったが急発進した馬車に追いつけるはずもなく、どんどん遠ざかっていく。だが、魔法を発動させなかった。


「へへ、どうやらさすがに魔力切れのようだな」


 逆に、それまで維持していたパスが途切れ魔法が解除された。


[ボン!]


 金を入れた箱からはじける音がして中を確認すると馬車内に煙が充満した。


「ゴホッ! ゴホッ! ガキめ、仕込みやがったな!」

「ちょっとまて! これは香料だ。魔法で固めておいたのを解いたんだ」

「ふぅ、あ、あぶねぇ……毒かと思ったぜ」

「バカ野郎! 安心するな! これをこのままあの方の下に届けたら、においでバレるだろうが! いくら権力があろうとマズい金が出てきたら言い逃れできなくなる!」

「まさか、あいつおれたちのバックに大物がいると気づいて……初めからこれが狙いだったのか! まさか、あんなガキがそこまで……」

「だから忠告しただろう! あいつは今王国で最もやっかいな男、陰謀潰しで有名だと!」

「だが、洗い流せば問題ねぇ。これは女が付ける香水の原料だ。もっと落ちにくい香料を選べばいいのによ」

「さすがに、そこまでの知識はなかったようだな。奴が成長して手が付けられなくなる前に消したいが……」

「そんな先のことよりこの金を届けろ。一度別のアジトに移してから洗浄する」


 ロイドは一人、閑散とした山賊の根城で倒れこんで寝ていた。


「つ、疲れた……! まさか一息に山を駆け上る羽目になるとは……もっと中腹にしろよ! なんでこんな上にあるんだよ!不便だろうバカ野郎!」


 息を切らせながら悪態をつき、夜を超える準備に取り掛かる。真夜中に山を下るのは自殺行為だ。


 一応、何か決定的な証拠を探すが見事にもぬけの殻でそれらしきものは何もなかった。元々山賊に証拠となるようなものを渡すはずがない。つながりを追うなら人と金だけが手がかりとなる。

 そしてロイドは手がかりをすでに手に入れたも同然と確信していた。


 その夜、仕事をやり切った充足感を得ながらロイドは眠りについた。


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